鳥篭の夢

If―ありえた末路―/失踪した少女の行方



が失踪した。
カルタちゃんが何者かに襲撃されてから暫くしての事で、あたしが気付く数日前からラウンジでも姿を見かけなかったみたい。
なりに何か考えがあったのだろうけど・・それはあたし達に不安だけを齎した。
仮に実家に帰ったとして、そんなのよっぽどの事態じゃないとありえない事だし。そもそも何の連絡もないのは不自然だわ。
手掛かりが何も無いまま、そしてカルタちゃんも目覚めないまま、ただ時だけが過ぎていく。
凛々蝶ちゃんもあたしの事を気に掛けてくれる位で・・・ううん、ダメね。そんなんじゃ。
おかげで何とか気を引き締める事が出来て、の捜索と、カルタちゃんに関しての情報を探していた。

そうしてそんな最中、カルタちゃんが病院から消える事態が起こった。
誰かに連れ去られた訳じゃなく1人で森林公園まで歩いた彼女は変化して戻れなくなってしまっていて・・。
だからあたし達は彼女の為に戻る方法を探そうと動く事を決意した訳だけど。
その後であたしと御狐神、青鬼院が呼び出され、カルタちゃんを襲った張本人が来るという情報を夏目から教えられた。
まぁそれならキツくお仕置きしにいくわよね、勿論。それ一択しかないでしょ?
そうして深夜に集まった訳。えぇ、何故か凛々蝶ちゃんも増えていたけど、そこまでは良かったわ。だけど──。


「如何して・・貴女がいるの?
「鎌太刀さんだって!?」

驚く凛々蝶ちゃんに一度頷いて返す。
それが例え獣に変化した姿だったとしても見間違う筈が無い。
動物が嫌いなあたしでも彼女だけは別だもの。
ふわふわとした黄褐色の毛並みも、その愛らしい瞳も。全部、全部・・・!
なのに如何してあいつの肩に乗ってるの?

「何そんなに驚いてるのさ。こいつもオレの仲間になっただけだよ。
この女と、他のこいつらと一緒のね」

な・・・。

「何ですって・・・?
そこにいるのはカルタちゃんと同じ状態の、同じ先祖返りだって言うの・・・!?」

妖怪の本能を無理やりに目覚めさせて・・・?
既にも同じようにされていたっていうの?ずっと気付けなかったの?あたしは。
考えれば自分に腹が立つ。だけど、それ以上に怒りが沸き立つような思い。

「無理やりに自我を奪うような事をして、その上こんな・・・っ」

こんな酷い仕打ち。
自由になったからまたソレを奪うなんて許せない。

「虫唾が走るわ!!」

絶対に、赦せない。
あいつに向けて氷柱を無数に作り出すけどそれでもそれはあいつには届かない。
届ける訳にはいかない。同じ先祖返りだし、何より肩にはがいるから。
にんまりと笑う顔。苛々させるそれに睨みつけて返す。

「どうしたの?やらないの?同じ先祖返りだから?
でもそれじゃアンタ達がやられちゃうんじゃない?」

周囲には自我を奪われた先祖返り達。
これを何とかしないと。だけど、どうやって・・・?

「それともアンタらも仲間になるぅ?
仲良くしようぜ。妖怪は妖怪らしくね」

それはまるで合図の言葉。
あいつの肩からも降りてきて、獣の耳と尾を持つ人型になるとあたし達へと向く。
瞳に生気は無く、ただ幼い頃のあの空虚な瞳を思い出させられた。その両手には鎌。
どうしても戦わなくてはいけない?だけどそうなるのなら、躊躇すれば死ぬのはあたしの方。
考えていれば、青鬼院が前へと出た。あたしが戦えないと思って?いえ、事実は分からない。

「生憎だが、本来これは私の家畜達だ。すぐにでも返してもらうぞ」
「あいつらが帰りたがったらいくらでも返してやるぜ。
ま、残念ながら妖怪にはそんな本能備わってないけどぉ?」

返される言葉。確かにそうだわ。妖怪は闇に還る存在なのだから。
地域柄のものもあるけれど、だからといってその地域に囚われている訳じゃないもの。

「もしと戦うつもりなら、ちょっと往なして気絶させようなんて軽い考えじゃダメよ。
は確かにあんたより腕力は無いけど──」

だけど言葉が終わる前にそれは始まった。
つむじ風が巻き起こったかと思えば、その中心からが突如と眼前に現れる。
一瞬遅れてあいつが刀を構えるけどそれじゃあダメだわ、遅すぎる。
目の前にいた筈のの姿は既に消えていて、直後に肩口が深く裂けた。それでも血は噴き出さない。
くすくすと笑う声。薬壷を握り締めたの。それはまるで楽しむようで・・・。

そう。あの子の元々の戦闘能力は驚く程に高い。腕力を補う程のスピードと器用さがある。
特に速さはまるで一瞬の出来事に感じる程。普段は使う事を嫌うけども、多少であれば風だって操れる。
そして人と獣の姿を戦闘中でも上手く使い分けて相手の攻撃を避けながら攻撃を加えていく。

!」

呼べばは気付いたようにあたしを見る。
名前に反応したのか、単純に声がしたから見ただけなのかは分からない。
だけど彼女が来る前にあたしは攻撃準備を整えた。
周囲一体に氷柱を張り巡らせれば、は驚いたように向かっていた足を止めると身を翻す。
まるで余裕すら感じさせるようにストンと大地に降り立つと、氷柱に触れて何かを考えている素振りを見せた。
だけどそれは一瞬の事。次の瞬間、また姿が消えたかと思えば跳躍するのが見えた。
鼬に変化。真っ直ぐにあたしの脳天を狙って落ちてくるそれを氷で防ぐけれど、滑り落ちるように背後に回ると大きくあたしの髪を削ぐ。
あと少し防いだ氷のサイズが小さければ首ごと落ちていたわね、僅かに首の皮も傷付いたみたいで妙にひりひりする。
触るけれどやはりそこに血はなかった。何時の間に塗ったのか彼女の薬特有のぬるりとした感触だけ。

──...ガッ

後ろからの唐突の斬撃。青鬼院の。
だけれどそれを軽く避けると、は鎌を振り上げた。辛うじて青鬼院が刀で受け止める。
力押しで行けば勝てるだろう。単純に力だけで考えれば。
だけどはそれを早々に諦め、金属の擦れる音を響かせながら跳び上がるとそのまま顔面へ一撃入れる。
わざとかは分からないけれどそれは仮面に当たって僅かに罅を入れてから着地した。

『ガァァァァ──』
「・・・っ」

唐突の声。背後からカルタちゃんの腕が降ってきて吹き飛ばされる。
そうね。だけじゃない。勿論、襲ってくるのは他の先祖返りも一緒。
これ以上体力を削られれば如何にもならないのは自分自身で分かっていた。
あたしの力だって底無しな訳じゃない。疲弊は判断力も鈍らせるわ。

そうして暫く劣勢を強いられていると思紋様の使いが現れた。
加勢してくれるのだと単純に喜んだあたしは直後に凍りつく事になる。
自我の戻らない先祖返りに対して、このままであればとらなければならない行動。

同胞として責任ある決断──つまりそれは殺処分するという事。

「流石にこれ以上はキツイか。今回はまぁまぁってとこかな。
それに処分されたら呪いも解けるし折角だから今は逃げとくのが正解かぁ」

ひょいとあいつが木の上に逃げる。
ついさっきまでいた場所には血溜りと、そこに座って動かない凛々蝶ちゃんの姿。
傍で横たわる身体。それは信じられない姿で──。

ふわり。唐突に見慣れた柔らかい色合いの金髪が視界に入る。あぁ、だ。と一拍遅れて気付く。
油断した。このままやられるんだと強く目を瞑るけど衝撃は来なくて・・・。

ちゅ。

小さな音を立てて、頬に柔らかい感触。キスされたのだと気付いて思わず目を開けた。
見れば離れてニッコリと満面の笑み。・・・・
それから青鬼院にも同じようにして、そのままを捕まえようと手を伸ばすけど叶わない。
あの子は鼬へと変化してその手からすり抜けて、あいつの肩に乗ってしまったから。

「何?本能だけになってもあいつ等が好きって?
そこまでの途方もない愛情とか妬けるね」

ケラケラと嘲笑う声。強く拳を握り締めるけど、悔しいけど攻撃できるほど身体が動かない。
自分への不甲斐無さ。あの子を・・・を漸く見つけたのに。カルタちゃんだって・・!
それでも撤退するアイツをむざむざ見送るのは、凛々蝶ちゃんがいるから。
御狐神があんな事になって、まだ放心したままのあの子を放ってはおけないから。
こんな事をして・・・・絶対に許さない。ただそれだけを心に誓った。



inserted by FC2 system