鳥篭の夢

泡沫の夢/前



「残夏!」
「ハロ~。たんの様子はどう?」

保健室に呼び出されたボクが赴けばそこにいたのは若き高校生達の姿。
慌てた様子の渡狸に訊いてみれば、若干青褪めた顔で俯いた。
ありゃりゃ。それじゃ詳しい事情は分からないよ~?
まぁ連絡受けた時に簡単な事は聞いたけどね。“たんが妖怪の最後の不意打ちを受けて倒れた”って。
今はまだ放課後って訳じゃない。ただ妖怪が好む天気ではあったからそれで出てきたんだろうねー。
セキュリティは絶対じゃない。だから上手い事掻い潜って出てくる奴もいる。

「見た感じは普通に眠ってんだよなぁ。だけど凛々蝶が言うには何か呪いを受けたらしいんだ。
俺は丁度その時いなかったから分かんねぇけど」
「ふむふむ。成る程ね~」

レンレンの言葉に頷きながら、ちよたんを視る。その時に何があったのか。
妖怪に襲われたちよたんを救い出して、最後にちょーっと油断して一撃を受ける姿。
とはいえ迎撃は出来なくても避ける事は出来ただろう。彼女がその程度の攻撃を避けれないとは思えない。
ただその攻撃を避けた先には、ちよたんがいた。だから避けなかったんだ。
それは幾度と反芻していたのかな?ちよたんの視点で簡単に視る事が出来たから。
たんに関しては誰かを介さないとそうそう視えないしねー。

「鎌太刀さん・・・僕を庇ったんだ」

ぽつり。ちよたんは言葉を落とす。

「大丈夫だよ、ちよたん。
たんはそんなつもりないだろうし~?」
「ごめんなさい・・私、気付くの遅くて・・」
「カルタたんも気にしたらダメだよ~」

何時だったか“自分は妖館メンバーでは1人フリーだから、学校位はSSの代わりをする”って言ってたっけー。
特にレンレンも渡狸も戦えない妖怪だから。そうそう学校に来られないボク達の代わりに、って。

「・・・で、皆が気になってるだろう呪いの話だけど。
この妖怪の呪いは過去の記憶を引きずり出すタイプのものが多いんだよねー。
袖引き狢みたいに夢の中に引きずり込むものもあるし、他には──」

「残夏様・・・?」

僅かに掠れた声。・・・“様”?

「鎌太刀さん!目が覚めたのか!!」
ちゃん・・大丈夫?」
「おい、平気か?」
「大丈夫か?

次々と皆が声をかけるけど、まるで事態が把握出来てないと困惑する表情。
なのにその瞳はどこか、ぼんやり、というか、虚ろ、という言葉がピッタリと合っている。

「あの・・残夏様?」

もう一度その薄く開いた唇から小さく零れた言葉は常とは違うボクへの呼び名。
心臓が、強く鳴ったのが分かった。

「“様”?鎌太刀さん、一体・・・」
「・・・あ。凛々蝶様、お久しぶりでございます。
申し訳ございません。このように恥ずかしい姿で・・・・・ぇ?
えぇと・・あの、すみません残夏様。アタシ、どうして床に?
というか申し訳ないのですが・・・此処は一体?」

“何処なのでしょうか?”なんて、遠い昔に聞き覚えのある口調。
僅かに困惑した顔。答えを求めて僅かに縋るような瞳。
何時もとは全然違うその雰囲気は、本当に本当に懐かしいソレ。

君は・・・君は・・・・・まさか、本当に?

たん?」
「はい・・?如何なさいましたか、残夏様?」
「君は・・・・」

「夏目くん?」

ちよたんの言葉に我に返る。そうだ、これは彼女じゃない。
今は違う。これは妖怪の呪いで過去の記憶を引き摺りだされてしまっただけだ。

夢の中に引き摺りこまれるものとは別のパターン。
それが過去の記憶・・・何処まで遡るかは分からないけど、その記憶が現実に人格として表れるケース。
小さな子供の時の人格そのものだったり、生まれたばかりの赤子の事だってある。
今回のたんはまさにそれだ。何代も前の彼女の記憶が表れてしまっている状態。

にっこり。心配させないように笑ってみせる。
取り繕うような笑顔になってないかちょっとだけ心配だけどねー。

「んー、そうだなぁ。だいぶ昔まで記憶が遡ってるみたいだねー。
でもこの手の呪いっていうのは無理に解こうとしなくても大丈夫だよ~。
妖怪自体は倒せてるし、大抵は1日~2日で自然と消えたりするもんだからさ☆」
「そ、そうなのか?良かった」
「だけど今のコイツをどうすんだよ、残夏。このまま学校に置いとく訳にも行かないだろ?」

渡狸の言葉も最もだよね。
ん~、やっぱり最善の方法って言ったらー・・・。

「ボクが妖館に連れて帰るよ。
どうやら記憶がボクとの関わりが強かった時まで戻ってるみたいだし、部屋で安静にしてた方が良いかも~?」
「だな。じゃ、俺ちょっと教室行って鞄とか取ってくるわ」

“クラス同じだし”なんて言葉を残してレンレンが保健室を急ぎ去っていく。
く、と袖を引かれる感覚。見てみればたんが不安そうな瞳でボクを見る姿。
安心させたくて、無意識に手が伸びた。そっと頭に手を置けば僅かに身体が強張る。
そのまま手を下にやって頬を撫でてみれば僅かに緊張がとけていく。昔と同じだ。

「心配しなくても大丈夫だよ~、たん。
詳しい事は後で説明するから、とにかく今はボクと一緒に帰ろう」
「ぁ・・・はい、残夏様」

小さく頷いてくれて、恥ずかしそうに頬を朱に染めて微笑む。
愛しい。純粋に込み上げてくる感情が、自分自身で止められないのが怖いと思う。
すぐに消えてしまうって分かってるのに、ボクは・・・。

「夏目は・・・ちゃんが、好き?」

わぉ。カルタたん、超ド級ストレート発言~。

「うん。勿論、好きだよ~」
「って、夏目くん!?鎌太刀さんには蜻蛉が・・・!」
「蜻蛉・・様?あ、青鬼院様ですか?もぉ。
そんな事を言わなくても凛々蝶様は青鬼院様から愛されているのですから──」
「鎌太刀さん!君も何を言ってるんだぁぁぁぁっ!!!」

前の記憶だって言ってるのに、ちよたんが“ステータス異常:混乱”状態に突入。
本当に応用が利かないというか。真面目だなぁ。見てて面白いけどさ。

「お待たせーっつか、何騒いでるんだ?凛々蝶」
「は・・・反ノ塚!」

“廊下まで声響いてたぞ”ってレンレンが言葉を続けて、それから持ってきてくれた鞄をボクに渡してくれた。

「じゃ。悪ぃけど、後よろしくな。残夏」
「安心してよ。責任持ってたんを面倒見るからさ~☆」
「夏目くん、それは蜻蛉が聞いたら誤解しそうだが・・・」

さてさて。それはどうかな~?どっちにしろ蜻たんはまだ放浪中だしね。
不幸中の幸いというか何と言うか。蜻たんには流石に見せるのを躊躇う姿なのは違いない。

「とりあえず行こっか、たん」
「はい。あの、では・・皆様、失礼致します」

一度深く頭を下げてから小走りにボクの傍に来る。正直、可愛い。
浮かれてはいけない。彼女にまた嵌ってはいけない。
これはあくまでも泡沫の夢のようなものなんだから・・。

「残夏様。後で詳しく教えてくださいね」
「うん、勿論だよ~」

だから厳しい現実すらも突きつけなければ。君の存在は、あくまでも仮初のものなんだって。
ちくり。胸を刺すような痛み。だけどボクはそれを無かった事にした。



inserted by FC2 system