鳥篭の夢

百鬼夜行が終わって/前



最期を見届けてないアタシや野ばらちゃん達に、皆が説明してくれた。
卍里君が犬神命を止めてくれた事。
その内容がどんなものなのかは詳しくは分からなかったけど、思紋お婆様が悟って真実を知ったって事。
アタシには真実がどうかは定かではないけど・・・きっと犬神は救われたんだと思う。
IFの卍里君と、今の卍里君の2人に──。


「何だ、考え事か?我が愛すべき家畜よ!」

そんな私は非常事態に悩まされていた。

「蜻蛉・・・・っ」

あ、やばい。今回もダメだ。そう思った瞬間ぶわっと一気に涙が溢れる。
ガタンとラウンジの椅子を倒す勢いで立ち上がると、アタシは部屋へと猛ダッシュで引き篭もる。
今回の事で鼬姿で階段を駆け上がる事が最短だと悟ってしまった辺り別の意味で悲しい。

あれから・・・蜻蛉が生きてるって分かってから、アタシの涙腺は壊れてしまっていた。
彼を見る度に一気に涙が溢れて止まらなくなるのだ。
かと言って離れればすぐに止まる訳でもなく、べそべそと十数分たっぷりと涙を流す。
というか、何せ感情的に泣いた記憶って言うのが基本的に無いから止め方も良く分からない。
玉葱だったら簡単なのに。というか最近はまず事前に氷水で冷やすところからするし。
で。散々泣いた後で顔を洗って保冷剤とかで目元を冷やすのが現状出来る事位だ。ツライ・・・。


、大丈夫!?」

バッターン!と言わんばかりの勢い。
開いた扉から姿を現したのは駆けつけてくれた野ばらちゃんで。

「の、野ばらちゃ・・・・っ!」

しゃくり上げる声も、どうにも抑えられなくて涙を零したまま野ばらちゃんに抱きついた。
涙が思いっきり服に吸い込まれていくけど止められない、本当にゴメンなさい。
よしよしと優しく背中を撫でてくれて、それが何だか安心できた筈なのに涙がもっと流れていく。

「ご、ごめ・・!いつも、こんな、泣いて・・・っ」
「良いのよ。は今まで我慢しすぎたんだもの」
「そんな、こと・・・な・・・無くて・・っでも・・でも・・・」

えぐ、ひぐ、と情けないしゃっくりの音が部屋に響く。
ゆっくりと途切れさせながらしか喋れないのに、野ばらちゃんは何度も頷いてくれた。
そして毎度の如くたっぷりと大泣きをやらかした後で洗顔と目元を冷やす。
その間に野ばらちゃんに紅茶を淹れて貰ってしまった。ああ、良い匂い。
ふぅ、と何度か息を吹きかけて紅茶を口に含む。野ばらちゃんは黙って見守ってくれてる。
何時もそう。此処最近、ずっとそうしてくれる。

「ごめんね、野ばらちゃん」

掠れた声が情けなくて、更にしょんぼりと気落ちすれば隣に座る野ばらちゃんがアタシを抱きしめてくれる。
おっと危ない、紅茶が零れる。なんて仕様の無い事を頭の端で考えながらそのまま目を閉じた。

が謝る事じゃないわ」

“アイツが悪いのよ!”と、低く呟く声と歯軋りする音が頭上から聞こえる。
後で残夏君から聞いた。本当はアタシとカルタちゃん、卍里君には伝えようと思っていたって。
とは言えアタシはミケ君奪還に一緒について行ったから機会が無かったし、カルタちゃん達もタイミングが悪くて言えなかったって。
仕方が無い。とは思う。言って欲しかったっていう本音もあるけど。

「我慢すべきじゃないのよ、
本当はアイツに文句でも不満でも全部言ってボコボコのボロ雑巾になるまで殴ってやれば良いのよ。
むしろあたしが氷漬けにしてそのまま氷像の如く路上放置しても良いんだから」
「野ばらちゃん・・・」

それは如何考えてもやりすぎだよ。ボロ雑巾って・・・氷像って・・・。

「でも蜻蛉や残夏君にだけ文句も言えないよ」
「あら、如何して?」
「・・・・だって、アタシ。蜻蛉が死んだって聞いた時、全然泣けなかったし。
正直に、何も感じなかったの。悲しいとか、ツライとか。薄情者だって思った。自分の事」

ぽつり。ぽつり。言葉を零していく。

「もしかしたら野ばらちゃんが死んでもそうなのかなってちょっと考えた。
大切な人がいなくなっても、アタシは何も感じないのかなって・・・」

「だから、今更になって馬鹿みたいに涙が出てくるのが不思議なんだよね。
毎日、毎回だよ?なのに自分でコントロール出来なくて・・・野ばらちゃんにも迷惑かけてる」

野ばらちゃんは困った顔。だよねぇ。
毎日こんなに迷惑掛けてるのに、こんなこと言い出したら困るよね?

「ね?文句言えないでしょ?
野ばらちゃんにもゴメンなさい。毎日迷惑かけ──」
「そんな訳ないでしょ!」

強い言葉。まるで叱るみたいな口調・・・ううん、あれ?叱られてる?

「世の中、全ての人達にとって泣くだけが悲しみを表現する訳ないでしょう!?
衝撃が強すぎれば心が壊れないように何も感じなくなる人だっているに決まってるじゃない!!
それなのに・・・・薄情、ですって?たとえでも、を貶めるのは許さないわ!!」
「あの、野ばらちゃん?」
「混乱するのは当たり前じゃない!死んだと思って、心を止めて、そこからのどんでん返しよ?
平然と通常運転で当然みたいに呑気な顔で目の前に現れるなんて・・・今すぐブチ切れたって良い状況なのよ?
なのに貴女はあたしにまで気を遣って・・・」

じわりと野ばらちゃんの瞳の端に、涙が浮かぶのが見える。

・・・っ!」
「野ばらちゃん・・・」

ぎゅうっと強く抱きしめられる。そっとカップをテーブルに置いてからアタシも抱きしめ返した。
野ばらちゃんの身体が小さく震えていて、アタシに泣いてくれてるんだって理解して涙腺が緩む。
ああ、本当にアタシの涙腺壊れちゃったんだなぁ、なんて──。


「そんな雰囲気を一掃するドS登場!」


・・・・・は?



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