鳥篭の夢

百鬼夜行が終わって/後



唐突な来客に目が点になるアタシとは別に、野ばらちゃんはアタシの額を肩口につけて顔を隠させた。
うん、理由は分かる。アタシが蜻蛉を見ないように・・・だよね?

「ん、百合か?とは言えその前には私の愛すべき家畜だ。
たとえ貴様にも渡すつもりはない!!」
「あ・・っんたねぇ!空気位読みなさいよっ!!」

と、野ばらちゃんがアタシから離れて、蜻蛉に負けず劣らずの声量で叫び返す。
ていうか野ばらちゃんが立ち上がった所為で蜻蛉の姿がバッチリ見えてまた一気に感情が、涙が・・・!うわぁぁぁ、折角泣き止んだのに!
と言うか。え?何で蜻蛉??今まで全然引き篭もってる間とか来なかったのに何で今日はいるの?

「・・・ぁ、ぇ?蜻蛉・・なんで?」
「この雌豚から助言を受けたからな!
ドSたる私としてもとこの状況のまま甘んじる訳には行くまいと乗り込んだという訳だ!」

ああああ。此処からでも野ばらちゃんの歯軋りが聞こえる。ギリギリやってる。何かすっごい耐えてる。頑張って、野ばらちゃん。
ごめん。アタシ、頭の中ぐっちゃぐちゃで涙ぼろっぼろで自分で手一杯で本当にごめん!
ていうか助言って何?野ばらちゃんが蜻蛉に助言って何?考えが纏まらない。涙って怖い。

「折角ついさっき泣き止んだばっかりなのに・・・ちゃんと責任取りなさいよ!
、何かあったらすぐにあたしを呼びなさい。すぐ傍にいるから」
「え、野ばらちゃん・・・?」
「ふはは!心配性だな!しかし愛あるドSたる私がに危害を加える訳がないだろう?
安心してロビーにいる家畜共と戯れていると悦いぞ!」
「うるっさいわね!あたしは今、と話してるのよ!」

“邪魔しないで”と噛み付く勢いで蜻蛉に言い放ってから、涙でボロボロのアタシの頬を撫でる。
それからポケットから何かを取り出してアタシに握り締めさせた。

「大丈夫よ、。何かあったらコレを鳴らすのよ」
「・・・・の、野ばらちゃ・・・っ、これ・・防犯・・ブザー・・・っ」

アタシ、小学生じゃないんだけど。

「色んなメーカーを探して音量が一番大きな物を探したわ。
これなら少し離れていても妖館中に響く筈よ。何かされそうになったら、絶対にコレを鳴らすのよ!」
「あ・・あの・・・」

流石にこれはちょっと恥ずかしい気もするけど。
後、妖館中に響く音量ってどれだけヤバいんだろう・・・ちょっと想像できない。
でも野ばらちゃんの心底心配そうな顔とか見るとそんな事言えないし。

「あ、りがと・・っ」

しゃくり上げながらお礼を言えば、凄く優しい笑顔。
それにアタシもぼろぼろ涙を零しながら出来る限りの笑顔を返した。
変な顔になってないと良いけど。

「安心しろ、私は変質者ではないぞ!」
「じゃあ、あたしは行くからね」
「無視!流石ドS!!」
「ごめんね、

蜻蛉の言葉を完全にスルーしながら、アタシの頭を何度か撫でて野ばらちゃんは部屋から出る。
ひと時の無言。下を向いて防犯ブザーを握り締めていれば、隣が僅かに揺れた。
見なくても、蜻蛉が座ったんだって分かる。如何しよう・・やっぱり涙、止まらない。



優しい声。さっきのテンションとは全然違う、落ち着いた低い声。
何だか別の感じでドキドキしてきた。なんて考えてたら、ふと蜻蛉の両手が頬に添えられて・・・・。
無理矢理顔を蜻蛉へと向かされた。今ぐきって言いそうになった。首がヤバイ。涙もヤバイ。

「ふむ。やはり目前にすると難しいな」
「・・・・ぇ・・」
「貴様が生理的に流す以外に泣いているのを見た事など無いからな。
どう接すれば良いのか、ドSにして絶対君主である私とて迷う事もある。
長く離れていた分、存分に構い倒してやろうと思っていたのにアテも外れたしな。
全く、主人を翻弄するとは中々のS」

頬に触れている手の指先が何度もアタシの涙を拭う。

「触れられるのは嫌か?」
「ぇ?」

言っている意味が分からなくてキョトンとすれば蜻蛉は“ふむ”と意味ありげに呟いて笑う。

「いや、何でもない。
それより泣きすぎると良くないからな!コレを当てると良いぞ!!」
「ぁ・・あり、がと・・・」

目元専用の保冷剤を渡されて・・しかもご丁寧にタオルも巻いてあるソレを目元に当てる。
蜻蛉ってこういうとこ優しいよね。涙が思いっきりタオルに吸収されてるけど気にしない。
後、肌触りめちゃくちゃ良い。

「あの・・・あの、ごめん、ね?蜻蛉。
ほんと、は・・・泣く、つもり・・・ないんだけど──っ」

とりあえずしゃくり上げながらも何とか言い訳をしようとすれば唐突に膝の上に座らされた。
何時も2人で一緒に居る時の定位置。腰に蜻蛉の腕が回って引き寄せられた。
そういえば久しぶり。蜻蛉の体温が直接感じられて、鼓動も分かる位に近い距離。

「分かっている。すまなかったな」
「ぇ・・と、何が?」
には何も告げずに事を進めたからな。
百鬼夜行を終わらせる為とは言え貴様にはかなりの負担をかけた」

アタシの髪をひと房とって口付ける。
何だろ・・・蜻蛉の体温が安心するんだろうか?それとも保冷剤の効果か涙が僅かに引いてきた。
それに合わせてしゃくり上げる感覚も収まってくる。1つ、深呼吸。

「・・・・あの、ね」

話し始めたアタシに蜻蛉がジッと耳を傾けたのが分かる。

「野ばらちゃんが言ってたんだけどね。
“衝撃が強すぎると心が壊れないように何も感じなくなる”人もいるんだって。
アタシ、最初は本当に全然平気で・・ただ、穴が開いたような感覚しかなくて。
だから・・・・大切な人に何かあっても大丈夫な薄情な人間なんだって思ってた。
けど、多分違うんだよね?野ばらちゃんが言ってたみたいに、壊れないように自衛してたんだよね?
アタシは蜻蛉の事、本当にそれ位に大切だって思うから」

保冷剤を下ろして蜻蛉を見る。
あの唐突に涙が零れる衝動は──来ない。

「やっぱり言って欲しかったんだと思う。
蜻蛉が、いないのは。いなくなるのは・・・・やっぱり、嫌だよ」

過去になったからかもしれない。
今更、蜻蛉が死んだって言われた時の事を思い出して涙が滲む。

「ああ、安心しろ。私がそうそう死ぬなど有り得ん。
心配させた非は私にあるが──」

目元に1つキスが落ちる。そのまま口付けて、何時もの笑顔。

「貴様も知っての通り、私は寂しがりだからな!
に触れられない期間、どれだけ堪えたか教えてやろう!!」
「ぇ?」
「それに暫くは旅に出かけるつもりはない!
が卒業次第、世界を回るからな!」
「そうなの?」
「勿論、貴様も一緒だ!」
「は?」
「本当なら今すぐにでも出発したいが、残夏もまだ入院中だからな!仕方あるまい!」
「ちょっと待って、アタシの進学は?」

えーと・・あれ?アタシ、一応大学行く予定だったんだけど?

「まだ大学受験はしていないだろう?」
「いや、まぁそうだけど」
「ならば問題ないな!」
「え、いや問題だらけだと思うよ?」

アタシの将来設計的には。

「言っただろう?と共にいられない期間も、間近にいて触れられない期間も合わせて充分に堪えたのだ!
貴様が嫌だと言っても離すつもりはない!流石私、ドS!」
「ちょっと離れてる間にヤンデレちゃった!?」

いや、カテゴリー的にはちょっと違う気もするけど。
ヤンデレはどっちかっていうとミケ君だし。

「ん?私に双熾のような趣味は無いぞ?」

そんなキョトンとしなくても。
片足突っ込んでるような気はするんだけど・・・?

「それに私が傍にいた方が自身も安定するようだしな。
触れていると安心するだろう?」
「・・・ぅ」

それは・・・・あるかもしれない。
何時もの蜻蛉テンションに乗せられてるのもだけど、涙も気付いたら止まってるし。

「私は幻ではない。それを旅に出るまでの間にじっくり理解させてやろう!」
「・・・・・うん」

そうだ。この蜻蛉は幻じゃなくて、夢でもなくて。ちゃんと此処にいる。
触れるまでもしかしたら心の何処かで疑ってたのかもしれない。
体温と、鼓動と、匂いと、声と、全部が本物だって分かって・・・・それで。

「これからはずっと一緒にいてね、蜻蛉」
「勿論だ!悦いぞ悦いぞ~」

きっと貴方が傍にいないと駄目なのは、私の方だから。



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