鳥篭の夢

幼年期/脅かすモノ01



「思ったよりも登るんだねぇ」

無意識にため息が1つ漏れる。ババデルの手伝いが終わったのが昼過ぎだったからか、もう陽が傾いてきた。
うーん・・・日が暮れるまでにレイに追いつけたら良いんだけど・・・どうかな?

「姉ちゃん!リュウ!!早くーっ!!」

「もぉ、ティーポ!あんまり先に行くとはぐれちゃうよ!!」
「大丈夫だって!姉ちゃんは心配性だなー」

そう言って、ティーポが楽しそうに笑う。さっきまで薪割りしてたなんて思えないくらいな元気な姿。
そんなティーポの後ろから慌てて後を追いかけるリュウの姿は、まるで弟みたいだと思う。
くるりってリュウもこっちを向いてパタパタと手を振って私を呼んだ。

「姉ちゃん、こっちに小屋があるよぉっ!」

小さな声を精一杯に張り上げて叫ぶ。
・・・小屋かぁ。もう陽も落ちるから一旦休憩かな?って思って、少しだけ歩く速度を上げる。
待っててくれたからか、すんなり2人に追いついた。
ちっちゃい子特有の底無しの体力が本当に羨ましいなぁ・・・なんて思ってみたりして。

───カァ・・
───・・・カァ・・カァ・・

「カラスが鳴いてるね」
「暗くなってきたなぁ・・・」
「そうね。丁度小屋もあるし、今日は休みましょうか?」
「うん」
「兄ちゃんもココで休んでるかなぁ・・?」
「うーん・・仕事内容によってはいるかもね」

空が夕暮れで赤く染まり始めて、それを黒い影が幾つか横切った。直に夜が来ると烏が告げるみたい。
ドキドキとした様子でティーポが小屋の扉を開けて、リュウは私にくっついてその様子を見守った。
うーん、流石に扉を開けたらモンスター!!なんて事は無いと思うけど・・・。

真っ暗な小屋は手入れされて無いのか埃っぽい。その中に1つの気配があった。
向こうも私達に気付いて、少しだけ顔をこちらに向ける。暗闇でのハッキリと分かる青い双眸が私達を捉え・・・・・・

「・・・あれ、レイ?」
「兄ちゃんっ!!」

外から入った光がレイの姿を照らす。・・・・本当に小屋にいたんだ。ちょっと意外だったかも。

「ティーポ!それに達も・・・どうして此処へ?」
「ジジイの言う事なんかとっとと片付けて追いかけてきたんだ!兄ちゃん1人で心配だし」
「私達は・・まぁ、ティーポに引っ張られてきたって感じかな」

自信満々のティーポに、私とリュウが一度だけ顔を見合わせて笑った。それにレイも納得する。

「成る程な。
・・・・あのなぁ、ティーポ。じいさんが俺1人を此処に来させたのは、お前らを心配したからだと思うぜ・・多分」
「え?な、何それ!?だ・・だって、あん時“人質”って言ったじゃん!!」

って、それを言ったのはレイであってババデルは何とも言わなかったと思うけど・・・・・まぁ、良いか。
それよりも気になるのは“私達を心配したからレイだけを寄越した”という事実。

「ね、そんなに厄介な仕事なの?」
「あぁ、そうだな・・・」


───グルァァァァッ!!!


獣の咆哮。距離はまだ遠いけど、まるで私達に気付いて威嚇するみたいな遠く遠く響かせる声。
それが漸く止んだ頃に、レイは一度だけ肩を竦める。

「・・・・聞こえたろ?村を襲ってるモンスターがこの山にいる。ババデルは俺にヤツを倒させるつもりだったんだ」
「もしかして、最近家畜を襲ってるっていうヤツ?」

・・・・・漸く思い出した。確か、折角育てた牛とかを丸ごと攫って行くって話だったと思う。
それで地主のマクニールが機嫌が悪いって村の皆がぼやいてたっけ。

「どうして兄ちゃん1人にそんなヤバイ事さすのさ!?モンスターってすっげぇ強いんだろ!!?」
「・・そ、そんなに怖いの?」

バタバタと身振り手振り大きくしてティーポが問うて、リュウが怖がるように引っ付いてくる。
確かに牛一頭丸々持ってけるんだから、強くない訳は無いと思うけど・・・・・でも・・・。

「だけど・・・俺はヤツより強い。俺1人だったらな・・・・」

確信めいた言葉。だけどリュウもティーポも意味が分からなくて首を捻った。それはそうだと思う。
私だって彼のあの姿を見たのは過去に一度だけなんだから・・・。それからレイは一度ため息をついて頭を掻いた。

「しっかし、お前らがいたら“アレ”を使う訳にはいかねぇしなぁ。・・・・愉快だねぇ」
「まぁ、今日は休みましょうか。今から動く方が危ないだろうしね」
「そうだな」

「・・・・兄ちゃん、ごめんね」
「あ?気にすんな。ほら、さっさと寝ろ!」

申し訳なさそうな顔をする2人にレイが毛布をかける。その様子が微笑ましくて私は思わずくすくす笑った。
火を焚いて暖をとりながら毛布に包まると、何だかんだ疲れてたらしいティーポ達はすぐに寝てしまう。

パチパチと薪が爆ぜる音だけが小屋に響いて、静寂が広がった。

後悔していた。ティーポ達と一緒に山に来た事を・・・。
私はレイが“獣”としての姿を持っている事を知っている。
だからよっぽどの事じゃない限り窮地に陥る事は無いって理解していたのに、それでも2人を危険に晒すような真似をしてしまった。

「・・・・ゴメンね、レイ。2人を止められなくって・・」
「お前も気にしてんなよ。どうせティーポが五月蝿く言ったんだろ?」
「それでもレイに2人の事を頼まれてたのに・・。あ~ぁ、軽率だったかな」
「そりゃ違いねぇな」
「・・・・む、酷い」

拗ねて見せれば、押し殺したような笑い声が聞こえた。・・・・やっぱり酷い。

「ま、お前らは明日にでも下山しろ。後は俺がやるから」
「うん、そうしようかな。・・・・・・でも、気をつけてね?」
「誰に言ってんだよ?」
「あははっ!そうね、レイならきっと平気だね」



不意に真面目な顔で名前を呼ばれてドキリとする。炎に照らされてその色に染まった瞳が私を見つめて・・。
近づいてきた顔に思わず瞼を閉じれば唇に感触が1つ落ちる。顔が熱くて・・本当、未だに慣れないな。

「もう寝とけ」
「・・・うん、そうする」

言って、毛布に包まった。そうやってじっとしてると眠気が私の意識を奪う。
あぁでもきっとレイは火の番をするんだろうなぁ・・・なんて、そんな事を考えながら眠りについた。



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