鳥篭の夢

幼年期/脅かすモノ03



「・・・へへ、やっぱりね。どう?兄ちゃん」

全身ずぶ濡れになりながら、ティーポはそれでも得意げな顔を見せる。
滝の途中に横穴があってどうにかそこに入れたんだけど・・・・。

「あぁ・・・でも、あのまま流れていったら如何するつもりだったんだ?」
「まぁ良いじゃない?結果としては無事に着いたみたいだし・・?」
「そうだよね!へへへ~」

フォローを入れれば本当に嬉しそうに笑ってくれる。あぁもう本当に可愛いなぁ、ティーポは。
それから私はびしょ濡れの髪を絞って翼を震わせた。うーん・・さっきから翼が水を含んですっごい重たいんだよね。
見れば皆もそれぞれに水分を飛ばそうとして──・・

「レイ、お願いだからこっちに水飛ばさないで・・」
「まぁ気にすんなって。・・行こうぜ?」

肩を竦めて、何事も無かったかのように進む。全くもぉ・・・なんて軽口もすぐに叩けなくなった。
洞穴みたいになってるその奥から新しくて濃い血の匂いがする。鋭い眼光。ゆっくりと姿を見せる。
さっきの傷の所為だと思うけど、鵺は酷く弱ってて全身を上下させながら荒く呼吸を繰り返していた。

「何だ、弱ってるじゃん。これなら楽勝だね」
「・・・・だと、良いな」
「ティーポ、手負いの獣は怖いんだよ?」
「え!?そうなの!!?」
「リュウもティーポも、油断しちゃ駄目だからね!」

忠告だけして剣を抜く。殺気が数段と増していて、瞳が爛々と輝いていた。と、不意に鵺が高く跳躍する。
鋭い爪と牙が見えて・・・その軌道を目線で追って戦慄した。

「リュウ!」
「わ・・ゎ・・・!」


──ガキッ・・

鈍い音。力に耐え切れなくて腕が震える。でも、短剣でもどうにか鵺を受け止める事は出来た。
・・・本当は振り払いたかったんだけどね。流石に私の力じゃそこまでは無理。
ただ、リュウが硬直して動けないんだと思ったら無意識に身体が動いてた。今どうなってるのか分からない。
・・・・あんまり持ちこたえるのは無理かなぁ?刀身がミシミシいってるし怖いかも。

──バキィッ

「嘘・・っ!!?」

「姉ちゃん!!」
下がれ!」

げ、剣が折れた!鵺の前足が不意に薙いで、慌てて後退る。少し掠っただけなのにその切り口は鋭利だ。
すぐ近くにまだ座り込んだままのリュウがいたから、そのまま抱きかかえてレイの傍に避難。
見れば、全員で固まってるから手出しできないのか鵺はこっちを睨みつけるだけだった。・・・・あぁ、怖かった。

「リュウ、大丈夫だった?」
「う・・うん!でも、姉ちゃんが・・」

だくだく流れる血を見ながらリュウが目に涙を浮かべる。ティーポも瞠目してその傷を見た。
小さくレイが一度舌打ちしたのが分かる。・・・・ど、どうしたの?皆。

「・・っざけたマネしてくれんじゃねーか」
「姉ちゃんに何すんだよ!このバカっ!!」

「だ、大丈夫だよ?2人とも。掠り傷だから・・・ね?」

明らかに怒気を含んだ2人の姿。いや、えっと怒ってくれてるんだよね?それは嬉しいかもしれないけど。
でもさっきとは打って変わって2人とも凄く攻撃的。うーん・・でも、これなら別に支援しなくても平気かな?
レイは分かってたけど、ティーポも本気出したら強いんだねぇ。

「・・・姉ちゃん」
「ん?どうしたの、リュウ?」

まだ泣きそうな顔をしてリュウが私の傷に触れる。と、柔らかい光が私を包んだ。

「リリフぅ」

まるで光と同じように柔らかい優しい声。光が消え去った後に傷も痛みも残っていない。
ただ怪我をした後だと言わんばかりに流れた血だけがそのまま残っているだけだ。
てっきりリュウは魔法が使えないものだと思っていたけど・・・どうやら違ってたみたい。

「リュウ。ありがとう」
「もうこれで痛くない?」
「うん、もう大丈夫だよ」

ニッコリと笑うと、リュウは涙を拭って同じように笑う。・・・・・・良かった。


『グギャァァァアアァァァッ!!!』

激しい咆哮。ティーポとレイが距離をとって鵺に剣を向け、リュウも私を守るように前に出てダガーを構える。
だけど鵺はゆっくりと後退ると、そのまま洞穴の入り口を塞いで動かなくなった。目に光は無い。そのまま事切れたんだと思う。

「・・・・・死んでる」
「穴を塞ぐって事は・・何かあるのかな?」
「行ってみようよ、兄ちゃん!」

ティーポは鵺の身体を無理やり押しのけてその奥へと進んでいく。私達もソレを追って・・・・何だか嫌な臭いがする。
なんて言ったら良いのか分からないけど酷く不快な臭い。進んでいくと、立ち尽くすティーポの姿があった。
その奥には・・3匹の鵺の子供?それは酷く腐敗が進んでて、最近死んだのではないのだと分かった。
多分、嫌な臭いの原因はコレ。

生命の“死んだ”臭い。


「・・・・・・・アイツ・・・・バカだね。子供・・・もう、死んでるのに・・・・」
「ティーポ・・」

あの鵺はずっと死んだ子供に餌を運んでいたんだろう。その事実とティーポの言葉に酷く、胸が締め付けられる。
親がいない私達、捨てられたかもしれない私達。それが今、親の愛情を強く見せ付けられていて、そして殺してしまった・・・・。

「・・・・・愉快だね、全く」

吐き捨てるようなレイの言葉。皆、似たような感情を味わってるんだろうなって思う。
苦しくて、ただティーポとリュウを抱き締めた。

「・・・・おうち、帰ろっか!!」

出来るだけ明るく努めてそう言えば、皆、ただ無言で頷いた。


川に流れながら山麓まで降りると、ババデルの姿があった。心配してくれたのかもしれない。
レイだけじゃなくて私達まで一緒にいたのだから・・・でも、ババデルは全てを知っていたようだった。
鵺が辺りの獲物を狩りつくしていた事も、死んでいる子供に餌を運んでいる事も・・・・。
そして私は同時に考えていた。きっとババデルは私達を村の人に認めさせるチャンスをくれたんだ。
だってそうじゃなきゃ“お手柄”なんて言葉は出て来ない筈で・・・・・。

でも何だかそれから暫くはずっと、胸に1つワダカマリが残っているようなそんな感覚だった。
だけどまぁ、そうこうしていても時間は確実に過ぎていくもので・・・。



───そうして、春は訪れた。



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