鳥篭の夢

青年期/人食い虎の報復01



「さて。此処が問題のオウガー街道・・か」
「そうですね」

なんて他愛ない会話。でも、特に変なものが出る気配は無いけど・・・

───ガサ・・

不意に草を掻き分ける音が耳に入る。
しかもそれが地面の草じゃなくて、木々の葉が擦れるような・・・。

『グルルルル・・ゥ───』

「ふむ・・どうやら現れた、か」
「姉ちゃんは下がって」
「あ。うん・・・」

肉食獣の唸り声。それから大きな黒い影が、ガサガサと幾つかの木々を一気に飛び越える。
リュウとガーランドさんはとても警戒してて・・・・だけど私は、もしかしたら少しだけ期待してるのかもしれない。
だから2人程警戒なんて出来てなくて、まぁ一番に狙われるとしたら私なんだろうなって思ってて・・・。

『ガァ───ッ!!』

!!」
「姉ちゃん!!」

唐突に飛び出してくる影が目の前に迫ってくる。
同時にリュウとガーランドさんが私を呼ぶけど避けれない。
やっぱり私かぁ、なんて頭の端では凄く冷静で・・・。
鋭い爪が服の上から私の肉を抉る様に裂いて鮮血が噴き出した。“痛い”なんて感覚を一気に飛び越えて傷が熱い。
ドプリと血液が溢れ出る感覚と共に、そのまま虎に押し倒された。
・・・ごつん。なんて鈍い音。思い切り頭をぶつけたっぽいけど意識を向けられない。
傷口を押さえるように圧し掛かられた箇所が痛みを超えた感覚。
それもすぐ痺れたように分からなくなってて、多分これヤバイやつだよね。
と言うか、何だかここ数日押し倒されてばっかりじゃない?私。
・・・危険だって分かってるのに意識は別方向に働く。
いや、まぁ暢気にこんな事を考えてる場合じゃ無くて、失われていく血液で頭がくらくらするんだけど。

「ねぇ・・もしかして貴方・・・」

顔を上げれば、ふわふわと柔らかい金色に縞の入った被毛に包まれた虎の姿。
やっぱり間違いない、レイのもう1つの姿。
初めて見た時よりも、もっと大きくてガッシリしてるけど・・・・・何だかデジャビュ。昔にもあったよね?こんな事。
あの時と違って怪我をしてるのは私だけど。ねぇ、レイ・・・今は怪我とかしてない?

「ね・・だいじょう・・・」
「・・っの!」

ヒュ・・って風が一陣舞う。
虎の動作が一瞬遅れて一太刀浴びながら木の上へと移動する。警戒する様に唸る声。

「リュウ・・・?」
「姉ちゃんっ!!」

今にも泣きそうな顔。あ、そういえば私襲われてたんだっけ?
上体を起こして見れば、流れる血液が服と身体を汚していた。
この出血って危険・・だよね?ううん、今はそれより───

「リュウ・・攻撃したら、ダメ」
「・・・だけど」

渋る姿。リュウももう気付いてるみたいだった。
さっきと少しだけ虎に対する反応が違う。ガーランドさんはまだ警戒してるみたい。

「って、姉ちゃん!それより早く止血しなきゃ・・!!」
「・・・ぁ、そう・・だね・・・」

視界が霞む。動かないからかリュウが駆け寄ってきてくれたのが分かった。
治さなきゃいけないんだけど、分かってるんだけど・・・。
ごめん、何だか意識が・・集中できなくて・・・視界がブラックアウト。
全身から力が抜けて、もう何も分からない。ちょっと困った、な・・・・・・・





「・・・ぁ、れ?」

身体が揺れる感覚に目が覚める。
・・・もしかして倒れてた?良く見ればガーランドさんに抱え上げられてる状態。

「目が覚めたか?」
「姉ちゃん!大丈夫?痛いとか、気分悪かったりしない??」
「・・うん、大丈夫」

大丈夫?そういえば何で痛くないんだろうって思って傷の辺りを探るけど、傷痕も何も無い。
着替えさせてくれたのか服にも身体にも血は付いてなかった。

「リュウが治してくれたの?」
「そうだよ!姉ちゃんあのまま倒れちゃうから・・」

“ビックリした”と泣きそうな瞳が訴える。
急げば自分でも治療できた筈なのに・・ごめんね。

「ありがとう。ゴメンね、驚かせて」
「・・・うん」

俯くように大きく頷くリュウの頭を、小さい頃と同じように優しく撫でる。
・・・と、そうだ。私まだ抱きかかえられたままだった。

「あ、あの!ガーランドさん、私もう大丈夫ですから降ろして貰って良いですか?」
「そうか?」
「はい!・・・すみません、私重いのに」
「いや、そんな事は無い」

そう言いながらも、そっと私の身体を地面に降ろす。
高かった目線が一気に元に戻って、それから・・何だか見た事のある風景。
ここってウールオル近くの牧場?

「ねぇ、此処って・・マクニール村の近く?」
「あ、うん。何だかウインディアの人が取り調べしてるみたいで通れなかったんだ」
「そうなの?」
「少々時間を潰す必要性があるから、久しぶりに宿でもとろうと思ってな」

なるほど。マクニール村にも一応宿屋はあるもんね。
そのまま牧場を抜けてマクニール村に入れば変わらない宿屋のおばさんが宿屋の前にいた。

「・・・あら、その翼!
アンタもしかしてかい?」
「はい、お久しぶりです」
「おやおや、生きてたんだねぇ。良かったよー」

柔らかく笑みを見せるおばさんに私も笑みを返す。

「それにしても珍しいですね?
カウンターじゃなくて外で客寄せなんて・・・」
「あぁ。人食い虎は出るわ、地主は捕まるわで大変なんだよー、全く」

ため息をつく。・・・虎?虎って、オウガー街道で見かけたレイの事?
ガーランドさんが不意に腕を組む。

「その虎とやらは俺達がオウガー街道で逃がしたヤツの事・・か?」
「ちょっと!あの虎を逃がしただって!!?殺しそこなったのかい??!」
「穏やかでないな・・?」

凄い剣幕に気圧されながらもガーランドさんが問えば、おばさんは大きくため息をついた。

「数日前に傷を負ったあの虎が北のシーダの森に逃げ込んだのさ!
あんた等の所為って訳じゃないだろうけど手負いのケダモノは恐ろしいからねぇ。
森に近づけやしないよ!!」
「えっと・・・」
「・・・・・まぁ、俺達が悪い訳ではないだろうが、片付けておくか?」
「そうしてくれるとアリガタイねぇ。
もいるし、宿代はオマケしておくよ!」
「あ、ありがとうございます。おばさん」
「良いんだよぉ、気にしないで!」

急にニコニコと笑顔を取り戻す姿がちょっと怖い。
3人だからと大部屋に案内されて、ベッドに腰掛けて一息つく。
それにしても、数日前に虎が来たって事は・・・・。

「リュウ、もしかして私結構長い間寝てた?」
「うん。ずっと起きなくて、本当に心配した」

真剣な瞳で返される。・・・・ご、ごめんなさい。
多分疲れてたのと、やっとリュウが見つかって安心したのもあると思うんだ。
なんて笑って誤魔化す。私にとっては一瞬の出来事だったんだよ?

「まあ、今日はゆっくり休め。明日はシーダの森に向かうしな」
「やっぱり退治するんですか?」

それにガーランドさんは無言で返す。

「姉ちゃん。やっぱりアレって・・・」
「うん、多分そう」

リュウの言葉に曖昧な肯定。でもそれ以上言葉が出てこなかった。私だってまだ半信半疑。
・・・どうしてあんな事を?今まで“傷付けたくない”って忌嫌ってた姿。
それで人を襲って“人食い虎”なんて呼ばれて・・・。
気付けば、私は無意識に拳を強く握っていた。



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