鳥篭の夢

青年期/己という存在を03



「大丈夫か?
「・・・うん、平気」

遅れたからか、或いは何かあったと感じ取ったのか、心配してくれるレイに一度頷いた。
これ以上心配させないように精一杯の笑みを向けて・・・あ、でもこの状況下だと逆効果かな?

「それよりどうするの?ここ地下だけど・・・」
「とにかく、ハニーを追いましょう!!」

今の自分達にはそれしか無い。そんな意味合いを含むニーナの言葉に、私も頷く事しか出来なかった。
追っていけばハニーはキッチンを通り抜けて、更にワイン貯蔵庫への梯子を降りて行く。でもその先って・・

「行き止まりじゃないのか?」
「そうだけど、でも・・・」

悩むように視線を下げ、ニーナは一度立ち止まってから私達を見据える。

「上手くいきそうな気も、する・・・」
「レイ。今はニーナとハニーを信じよう?」
「・・・愉快だねぇ、全く」

言ってレイは頭を乱暴に掻いて、それから頷いた。それにニーナも“ありがとう”と礼を言う。
まぁ、今は早く逃げなくちゃね。
再度ハニーを追いかけていけば今度はワイン貯蔵庫の更に地下へ降りていった。
私達も降りれば南京錠のかかった扉に体当たりをするハニーに、呆然とするような驚くような見張りの兵士の姿。

「大丈夫、危険なモノじゃないから・・ね?」
「で・・・ですがニーナ様・・・」
「レイ!扉の鍵を開けてあげて!」
「あぁ」

兵士はニーナに任せてレイに扉を開けてもらう。私じゃ錠前破りは無理。
鍵が開いた音とほぼ同時にハニーが飛び込むように部屋へ消え、私とレイがその後を追った。
その先にあるのは多分機械文明の遺物だと思われる大掛かりな機械。

『10010101011101000001011・・・』
『ナビゲーター・コード入力終了、ポート・ドライブ起動シマス』

「え、消えた・・?」

突然の出来事に一体何が起こってるのか頭がついていかない。
傍にある小さな機械にハニーが数字を喋って、機械も何かを喋って、そうしたら大きな機械から光の柱が伸びて・・・。
で、ハニーがその光の柱に入ると姿を消してしまった。もしかして逃げる方法って───

「何てこった。これで逃げろって事かよ?」
「・・・だよね、多分。
とにかくニーナにも言わなくちゃ」

一緒に逃げるのか城に残るのかは分からないけど、逃げられる事だけは伝えておかないと・・。
そう思って扉を開けて、予想外の事に息を飲む。
ど、どうしてこんな所に母様がいらっしゃるんですか?

「ニーナ!逃げられそ・・・げげっ!!?」

思わず剣を抜くレイに下がってるように仕草だけで示す。
ニーナと母様が対峙する姿。

「ごめんなさい、お母様。わたし、やっぱり・・・。
勿論、お母様も好きだしお城も大事に思います。でも、わたしはわたしだからっ!!」
「ニーナっ!早く、先に行ってて!!」
「あ、さん!」

名前を呼べば、母様が私の存在に漸く気付いて───瞠目。
まるで硬直したようにそのまま止まってしまった。
それを黒い翼の為だと思ったのかニーナは一度頷いてレイと一緒に扉の奥へ消えて行った。震える母様の身体。

・・なのですか?」
「お久しゅうございます」

此処にいるのは少人数の兵士・・それも見覚えのある顔ばかりだから大丈夫だって思ってただ頭を下げる。
声が震えていた。私ではない、母様の。
カツンって音がして、顔を上げれば扇子を落として両手で顔を覆う姿。

「母は・・母は・・・一時も貴女を忘れた事は・・・」
「何も仰らないで、母様。
私はもうウインディアの者では無いのですから」
「そんな・・そんな事・・・!!」

“言わないで”とまでは言葉が出ない。だけど言葉にしなくてもそう続くんだって容易に分かる。
優しい母様。何時だって愛情深い母様。
ニーナの事もあの子を思っての事だって分かる。ただ、過保護すぎて伝わらなかっただけ。
もしかしたら私の分の愛情までもをニーナに乗せて・・・?ううん、それは今考える事じゃないよね。
それから母様に小さく首を横に振って精一杯の笑み。

「母様。どうかニーナの少しの自由と我侭をお許し下さい。
私があの子に全て押し付けてしまったから・・。
代わりにお約束いたします。私がニーナを必ず守り抜き、城へと無事に送り届けますから!」
、貴女は・・・」
「ニーナは必ず成長して母様の元へと帰ってきます。
・・・母様、お元気と分かって安心しました。どうか私の事は気に病まないで?」

それから扉を通ろうとして思い出す。父様の事・・・。

「後・・父様に過ぎた口をきいてしまい申し訳御座いませんと、お元気でと、どうかお伝え下さい」

嗚咽を押し殺そうとする声に私は振り向けなかった。
そのまま奥の部屋の機械へと飛び込めば身体が浮遊する感覚。
気付けば狭い地下にいて、レイとニーナが私を待ってくれていた。

さん、大丈夫ですか?」
「うん、平気。ありがとう」

「じゃあさっさとリュウ達と合流するぞ?」
「って・・此処は?」
「あ!此処、ウインディアの端っこなんです」
「ウインディアの?・・って事は」

出来るだけ急いだ方が良いんだよね?

「そういうこった。急ぐぞ!」

言葉に私は頷く。少しだけ複雑そうなニーナの横顔。
母様は分かってくださったのかな?なんて不安が過ぎった。



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