鳥篭の夢

青年期/もうヒトリの03



光の道を歩く。
永遠に続くんじゃないかと思ったその瞬間、急に視界がひらけた。一面の緑。
さっきの場所に戻ってきたのかな?
見上げれば天井があるから間違いないとは思う。でも、周りに誰もいない。

「レイ?リュウっ、ニーナ!ガーランドさん!!モモ、ペコロス・・・・・ティーポ、誰もいないの?」

人の気配はない。
でも・・・人じゃない気配?動物とはまた違う何かの・・・。

「リュウ?・・ティーポ?」

ダウナ鉱山でドラゴンのリュウと再会した時の気配に似てるから、多分どちらかだと思った。
ガサリと草を踏む音。その近くの木の陰からひょこりと一匹の小さなドラゴンが顔を出す。
紫色の鱗に紅い瞳。色合いからもリュウじゃない事は明白で・・・ううん、そう思うより前にティーポだって確信した。


「ティーポでしょう?」
『キュー・・・』

ドラゴンの鳴き声。何を言ってるのかは分からず、ただ見上げる紅い瞳には不安の色が見えた。
何を不安に思っているんだろう?
考えながらティーポに一歩近づくと距離をとるように一歩退く。
もう一度近づけば同じ距離だけ遠ざかる。
もしかして嫌われてしまったんだろうか?そんな考えが過ぎった。

「ね。私の事、もう嫌いになっちゃった?」
『ゥルルル・・・・・』

悲しげに咽喉を鳴らすような音。
何だろう?ティーポが何を言いたいのかが分からない。
その場でしゃがみ込んでティーポと目線を合わせる。
ずっと昔みたいに不安にさせないように・・・。

「ほら、怖がらなくても大丈夫だからおいで?
私は怒って無いし、ティーポの事も嫌いにならないから・・・ね?」
『クルルル・・・ゥ』

おずおずとティーポが私に近づく。
てこてこと可愛らしい足取りでこっちに向かってくる姿に自然と笑みが零れた。
私の目の前まで来て、くりくりとした大きな瞳が私を見つめている。
手を伸ばして・・私はティーポを思い切り抱き締めた。

『キュィッ!?』
「よし、捕まえたっ!ほら何でそんな顔するのか教えてごらん?
もし姉ちゃんが嫌いになったんならそれでも良いから・・・」
『キュゥゥ・・ッ!!』

いやいやと手足をジタバタと動かして抵抗する姿。
前足の鋭い爪で肌が裂けて、鋭い痛みと共に血が溢れる。

『キュッ!?・・・・ゥゥ』
「ん、どうしたの?」

ピタリと急に抵抗を止めるからどうかしたのかと思ったら、申し訳無さそうな顔で私の顔と傷を見比べる。
あぁ、爪で怪我させたって・・本当にティーポは優しいね。
今のは私の方が悪いのに、なんて。そっと頭を撫でた。

「大丈夫だよティーポ。
こんな怪我痛く無いし、姉ちゃんは治すの得意でしょう?」

精神を集中させてリリフを唱えてケガを治す。
“ほらね”って笑顔で言えばそのままの瞳で頷いた。
覗き込むように私の顔を見て・・それから擦り寄ってくる。
嫌われてる訳じゃないみたいで良かった。

「ねぇ、ティーポ?
それで・・どうしてか教えてくれる?」
『キュー・・・ゥ』

戸惑う瞳。ドラゴンが瞳を閉じて光に包まれて・・・人間の形、小さな頃のティーポ?
そういえば今は心の世界にいるんだっけ。じゃあ此処はティーポの心の中なのかな・・・?

『オレは・・・竜族だから。
一緒にいたら姉ちゃんを傷つけるから』
「如何して?」
『だって!!竜族の力があったから争いが起きる!
ミリア様がそう仰ったし・・それに、今までずっとそうだった』

顔を俯かせて、唇を噛んで今にも泣きそうな顔。
きっと辛い事が沢山あったんだと思う。
そうだ・・・此処に辿り着くまでリュウと同じように沢山の血が流れていったと、そう話してくれたもんね。

「いっぱい苦しかったね、ティーポ」
『そんな事・・っ!!でもオレ・・姉ちゃん達を傷つけるのは・・壊すのはヤダ!!
ずっと夢で見るんだ・・シーダの森の楽しかった時の夢と、姉ちゃん達が死んじゃう夢と・・・ずっと・・・。
それにっ!人間は脆くって、竜族みたいな強い力が触れたらスグに壊れちゃうから・・・・!!』
「・・そう。そうやって今までいっぱい悩んだの?
だから此処にいようって思ったの?」

僅かに頷く。その小さな身体が震えていた。

「ティーポ・・さっきも言ったでしょう?私は怪我を治すのは得意なんだよ。
それに簡単に死なないし、触っただけで壊れたりもしないから・・・大丈夫」
『姉ちゃんは・・・いなくならない?』
「うん・・───!!?」

衝撃

腹部に熱い程の痛みを感じて呼吸が一瞬止まる。
チラリと視線を向けると深々と短剣が刺さっていた。
ティーポが柄を握ってて、刀身から伝う紅にもまるで気付いて無いように不安げな瞳を私に向けたまま。
これが・・ティーポの悪夢?
此処で私が倒れたら多分ティーポの悪夢が形になる。
“私が死んでしまう”夢になる・・・?

「・・勿論、私は一緒にいる。簡単にいなくならないよ」
『そしたら兄ちゃんとリュウとまた一緒にいられるかな?』
「一緒にいられるよ。だから一緒にシーダの森に帰ろう?」
『うん!・・・・・ぁ、でも───』

言葉の途中でティーポの姿が消えた。
あぁ・・お腹痛いなぁ、なんて暢気な言葉が脳内を駆け巡る。
世界は変わらない。
まだ何かあるのか、それとも実は戻ってきているのか・・・どうだろう?


「───戻ってきたんだね、姉ちゃん。
あのまま俺の悪夢に飲み込まれるかと思ったのに・・・」
「・・・強いでしょう?」

ふと大きくなったティーポが姿を見せる。
どうやら元に戻ってたみたい・・ケガも短剣もそのままだけど。

「・・・でも、如何して俺の世界に?」
「んー・・・血?面白い話だけど、ご先祖様がイキナリ現れて“お前には竜の血が混じってる”って仰られたんだよ」
「まさか竜の血・・!?そんなだって姉ちゃんは飛翼族なのに・・?」

目を丸くして動揺する言葉。
それにクスクスと笑った。

「ほんの少しだけだよ。私に竜族みたいな力はないから」
「・・・・そう、だよね。その傷だって治さずに放っておけば血が流れきって死んでしまう。
多少の事では死ぬ事の無い俺達と、僅かに血が混じった程度の姉ちゃんでは全然違うんだ」

ソレに今度は私が目を丸くする。
そこまで簡単に死ぬつもりは無いんだけどなぁ。

「・・・・ねえ、ついさっき言ったばかりだよ?ティーポ。
私は治癒が得意分野なの」

短剣・・昔、シーダの森で使っていたティーポの剣。
それを乱暴に引き抜くと同時に鋭い痛みが走る。
それから手を腹部の傷に当ててトプリフを唱えれば、まるで傷口無かったみたいに綺麗に消えた。勿論、同時に痛みも。
引き抜いた短剣に付いていた自分の血を振り払って、それをティーポの方へと投げる。

「一応返しとくね。私のじゃないし」
「ああ」

弧を描く短剣を上手くキャッチするとティーポはそれを鞘へと収めた。
あ、アレはちゃんと実物だったんだ。

と、遠くで草を踏む音が聞こえて見ればリュウがこっちへ駆け寄ってくる姿が見えた。それと一緒に皆の姿も。
うん、皆無事みたいだね。
ニーナは回復使えないから本当は少しだけ心配だったけど・・良かった。



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