鳥篭の夢

青年期/女神ミリア03



「ミリア、わしが誰だか分からんのか?」
「・・・!?お前は、賢樹」

初めてミリア様が驚く顔を見た。あぁ、笑う事しか出来ない方じゃないんだって今更な思い。
勿論ペコロスが賢樹だって事にも喋った事にも驚いたけど・・・変異植物って聞いてたし。確か賢樹が関係してるんだったよね?
それからペコロスが強い力を放って、一瞬眩く光ったと思えば元の世界に帰された筈の皆の姿。

「ニーナ、モモ!皆も良かった・・」
「・・・あらー?」
「ぇ?さん、わたし・・・」

「あのような勝手な事をしてどうなる・・?ミリア」

皆が無事な事に安堵。
それから不思議そうにしていた皆は、ミリア様と対峙するペコロスの声に固まって瞠目した。
・・まぁ、ついさっき似たような感覚を味わったばかりだから気持ちは分かるけど。
平然としてるリュウ達の方が変なんだよね。

「私は・・・私の世界でしか生きられない幼子の手を引いただけです・・・」
「だが、わしはお前の言う小さな世界を越えて来たぞ。
その幼子達と共に、な」

緩く瞳を細めるペコロス・・・今までからは想像もつかない“賢樹”としての姿。
ふと見ればティーポが強く拳を握っていた。僅かに緊張するように深呼吸して口を開く。


「・・・ミリア様、俺は。
俺もリュウも、シーダの森に帰りたい。
いや、兄ちゃんと姉ちゃんとリュウと一緒に生きていきたいんです!!」
「ティーポ・・私も出来る事なら貴方に自由を与えたい。貴方が竜族でさえなければ・・・。
貴方は先刻言いましたね“大切な人を守りたい”と。
ですが安心なさい。貴方の守りたい人も貴方達も私が守るべき愛しい子供達です。
それを貴方が気にかける必要は無いのですよ」
「ミリア様。それでは俺は・・・・!」
「心安らかに私の庇護の元・・エデンにいれば良いのです」

「それは違うっ!」

本当に珍しく声を荒げた・・リュウが。

「・・・確かに俺はずっと守って貰ってた。
姉ちゃんや兄ちゃんや・・ティーポや、皆にも。
だけど・・・だからこそ、それだけじゃ駄目だって分かるんだ。上手く言葉に出来ないけど・・だけど・・・」
「リュウ。貴方を此処まで連れてきたその力が、世界には不相応だと分からないのですか?
貴方達のように強い力を持たない者達を・・その“大切な人達”をただ危険に晒すのだと・・・・」

“そういう訳じゃない”と、だけど“竜の力は捨てられない”と、リュウはそう言葉を続けた。
それが自分の身勝手だという事も分かってると、確かに竜族の力は強大だけど・・それでも私達と一緒に生きる事を選んでくれた。
もう離れたくは無いんだって・・・そう言ってくれて、嬉しくてちょっと泣きそう。

「それが・・貴方の、貴方達の決心なのですか?」
「「はい!!」」

本当に息の合った返事。
普段なら小さく笑みでも漏れるような・・・だけどミリア様は悲しげに瞳を伏せた。

「それが・・結果として大切な者を破滅させる道になろうとも?」
「・・・死にません。私は」

2人が返すよりも先に、私が口を開いた。ただミリア様を見据えて。

「確かに悪意を持って振り下ろされる力の前では無力です。
でもそうでは無いのなら・・・悪意がなければ、そんなに簡単には死にません。
私達は弱い・・ですが、その代わりに強さもあります」
「それにあいつらは俺の弟だ。
確かに力のデカさで言えばアンタにもあいつらにも敵わねぇ。
だけどな・・・それでも俺はあいつらがガキの時に守ってやるって決めてんだよ。
今更アンタには任せらんねぇな」

レイの言葉が続いて、それに私は笑った。
同じ気持ち。私だって2人を今更誰かに“お願いします”なんて言うつもりは無い。
それに話を聞けば聞くほど違和感が募って仕方がない。
一般的に言われる邪神とか、そういう存在じゃないのは分かるけど、でも・・・

「ミリア様。私はずっと貴女のお話を伺っていて、ずっと引っかかるものがありました。
確かに貴女の御言葉は正しい・・だけど、やはり間違っています。
竜族を、強大な力を持つ者をそれだけでただ“危険”とだけ認識して排除するなんて・・・・」
「悪として動いてしまえば時は遅いのです。
それに数多の竜族達はそれを納得して己の滅びの運命を受け入れた・・・違いますか?」

ミリア様の言葉・・でもそれは違う。そんなつもりで竜族は滅びたんじゃない。
だから私は首を横に振って、それからニーナが一歩前に出る。

「・・・それは違うのではないのでしょうか。
竜族は己の力を怨んでも、それを邪悪だとも思わなかった。
彼らはただ力を解放する事で世界が滅びてしまうのを避けようと・・・それで己の滅びを選んだのでは?!」

悲しみに、ミリア様が眉を寄せて瞳を伏せる。考えを理解してもらえない事を心底悲しむ顔。
本当に私達を愛し、心配するからこその・・・母様のような少しだけ間違えた愛情。

「貴女が私達を我が子のように愛してくださっている事は深く感じました。まるで母のような・・・。
だけれど少しだけ過保護になっておられるのではないでしょうか?
それでは子供は1人で立つ事すら出来ません。
立ち上がろうとする幼子を、歩き出そうとする幼子を、危険だと座らせるような親はいないのです」
「そういう事だ、ミリア」
「・・・、賢樹」

ペコロスがミリア様を見据える。

「お前の世界に生命が納まらぬ時が来たのだ。
今のままでは生命は“死なない”だけ。
全ての探究心を埋没させ、全てが整った世界では生命は“生きて”はいない」
「それに、子供は何時か親から離れていくもんだ・・・そうだろ?」
「そうよー。機械だって、砂から掘り起こしてでも調べる事は出来るんだしー」

ニッコリとモモが笑った。
相変わらずの間延びした口調、底抜けの前向きさが逆に大丈夫だと支えてくれる。
・・・うん、きっと大丈夫だって思うの。
人は確かに1人じゃ弱いけど、でも決して1人という訳じゃないんだから。



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