鳥篭の夢

第一章/獣‐四



『キュ・・・』

アレから暫くお休みになられただけの主。
傷は治りきっていなくて、それでもあの御方の瞳には先へ進む意志だけ・・・。
承知しております、主。貴方の御意志に反するなどガーディアンとして失格。
確かに貴方様の御怪我は心配ではあります。ですが、それでもあたしはガーディアンとして主に付き従いましょう。

「・・・・本当にもう大丈夫なのか?」

あたしが肩に乗って、それでヒトも気付いたみたい。
心配そうな瞳。だけど主は緩く瞳を閉じられた。

「問題ない。私は行かねば・・・・」
「フォウル。何か訳があるようだから訊かないでいたが・・・お前さんのその怪我」

ヒトの瞳が哀しげに揺れる。

「また、戦が始まるのか・・・?」

言葉で分かる。このヒトは戦に参加した事があるんだ。
ヒトは言葉を続ける。あたしの思った通り、ヒトは長い間戦に参加していたと言った。軍にいたらしい。
そうして愚かな戦いを・・数百年前に一度終わらせた筈の戦を、未だにヒトは続けていた。今もまた──。

「年を取って辞めたっていうのもあるが・・・何だか馬鹿馬鹿しくなってな。
初代の皇帝様がお始めになった頃には何か意味があったのかも知らんが・・長く続きすぎて訳が分からなくなってしまった」

己の戦う意味も見出せぬまま、他者の命を奪う。

「・・・分からない・・・うつろうもの、か」

主が緩く笑みをお見せになる。愚かなものを嘲笑うように、嘆くように・・・。
不思議そうにするヒトに“なんでもない”とだけ告げて、主はふらりと歩みを進める。

「世話になったな」
『キュー』

「フォウル・・・帝都を目指すのは良いが、気をつけろよ──」

ヒトの言葉が不穏に響く。
前に感じた事のある気配。そうじゃない気配。色んなものが混ざった嫌な空気。
主の足取りは重い。傷は完治されていないから覚束無い足取りになってる。嫌な予感。


『キュ』

名前を呼ばれる。分かる、アイツがいる。主に大怪我を負わせた張本人。
嫌だ・・・あたし、アイツ嫌い。また殺気を纏いながら大勢でこちらに向かってくる。
足音が近づいてきて──細い道の先に雑兵とアイツの姿。


「・・・貴様、どうやって此処を嗅ぎ付けた?」
「──は。おそれながら、未だ不完全とはいえフォウル様は神。
その力をお使いになれば勿論、たとえ名前をお名乗りになっただけでもかなりの気配が致します」

名乗ったその気配を辿って此処まで来た。主を討つ為に?

「・・・なるほど。どうあっても私を帝都へ行かすつもりはないようだな・・・?」
「御意にございます」

アイツが印を組む。何かを呼ぼうとしてる。嫌な気配。

「前回は仕損じましたが──今度こそ神皇様にはお眠り頂きます」

───バサリ

羽音と共に大きな鳥の魔物が舞い降りていくる。
アイツが命を下すと魔物は額の目のような所から光を放った。
熱線・・・じりじりと大地を焦がしあたしと主はそれを避ける。チリ・・と空気の焦げる匂いに嫌な予感。
大きく息を吸い込んで前方・・敵のいる方へブレスを放つ。同時に空気が爆ぜてあたしの小さな身体が大きく飛んだ。

「・・・・くっ」
『ゥゥッ!』

慌てて体勢を整える。前を見るとアイツは避けたんだと思う。怪我はない。
一箇所に固まっていた雑兵が消えただけ。
魔物の姿も無い。・・・・無い?ううん、気配はある。
ふと落ちてくる影。しまった──!気づいた時には遅い。

「・・・・・ッ」

大きく大地が揺れた。見れば、主が魔物の爪に捕らえられている。逃れられないのは怪我の所為・・。
ぐるんって魔物の頭が回る。攻撃準備。でも・・・そんなのさせないっ!!

『──ゥウッ!!』

ブレスを吐く。それが魔物の足を裂いて、でも同時に主のお力を感じる。何時もよりもずっと強い強い力。
先程よりも強い閃光と爆発。必死に地面に爪を立ててそれを堪える。主のいらっしゃる場所が力の渦になっている。
畏怖の念。それで魔物が飛び上がったのが分かった。純粋な恐怖。でももう遅い。
力の渦から鋭い光が真っ直ぐと魔物に伸びて、それは見る見る内に魔物を凍らせ破砕する。ボトリ。破片が地面へ落ちた。



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