鳥篭の夢

第二章/獣‐参



『ゥ・・・?』

物音。ゴソゴソと動く音に目が覚める。いつの間に寝てたんだろう?覚えてない。
顔を上げたらそこには主のお姿があった。
傷だらけのお身体を起こして包帯を外してて・・でもまだ完治されていないのに。
あたしも身体を起こすと主もお気づきになられたみたい。丁度視線だけを寄越されて目が合った。

、目が覚めたか」
『キュ』
「どうやら私はまたヒトに助けられたらしい」
『キュー・・・ゥ』

なんて言葉を返したらいいんだろう?静かに告げられた言葉にただ返事。
あ、でも大丈夫です、主!そのヒトにも悪意は微塵にも感じられませんでした!だから・・・!!
一生懸命言ってもやっぱり言葉は通じない。少し淋しいけど、主が頭を撫でてくれたから嬉しい。
それから主は傷の残っている腕を眺められて、僅かに瞳を細められた。何か思案される表情。

『キュ!!?』

・・・・あ、主!ダメです!まだ傷は治られてないのに立ち上がってはっ!!
ふらふら。覚束無い足取り。体力だって戻られてないのは一目瞭然で、どうしよう。どうしよう?

『キューゥゥ』
「・・・こんな所で寝ている訳にも行かぬ」

多分、あの老いたヒトの言っていた事を気にかけていらっしゃるんだと思う。
アイツは“半身様を手にかけるのは容易い”と言った。
でも主。“アタシ”も一緒にいますから。だから、どうか“アタシ”の事を信じてあげてください。
確かに主に比べれば微弱な力しかありませんし、心配されるお気持ちは分かります。でも・・・。

『・・・ゥ?』

主の手があたしの頭をそっと撫でる。“アタシ”には絶対しない、あたしだけにしてくれる事。
それからあたしを抱き上げて肩に乗せてくださった。視線が一気に高い位置になって不思議な感じ。

。お前を私の半身の元へ行かせたのは私自身だ。
・・・ただ、どちらにせよ悠長にしている暇はない。分かるな?」
『キュ!』

はい!だからこそ主が先を急いている事も承知しております。
・・・主。貴方様の敵はあたしが排除します。ですからどうか無茶だけはしないでください。
信頼と親愛を込めて身体を摺り寄せる。主が嫌がられる様子は無くて・・・ちょっと安心した。

それから家を出た先にあったのは木々と畑ばかりの村。人々が農業に勤しむ姿を歩きながら眺める。
田舎では良く見られる風景。長き眠りにつく前と何ら変わらない。うつろうヒトの姿。


「・・・っく」

よろり。よろめく主に、思っていた以上にお身体が回復していないのだと分かる。とても心配。
度重なる愚かなヒトの襲撃。そして主の弱点である炎を多用してくる狡猾さ。
半身様と1つになっていればそんな事は無かったのかもしれない。でも今はそんな事を嘆く事も出来ない。
その半身様にお会いになる為に、主とあたし達ガーディアンは長き眠りを経て此処にいるのだから。

『キュ?』

じゃりじゃり。砂の道を踏む音。誰かがあたし達に向かってきている。・・・・誰?
殺意や悪意は感じられない。でも好意的でもない感情。懐疑。

「おめぇ・・っ!おめぇだな!マミん家でやっかいになってるって男は!!?」

マミって誰だろう?主とあたしを助けてくれたあの女のヒトの名前??わかんない。
それよりもソコを通して欲しい。だってあたし達は都へ行かなくちゃいけないのに・・・。

「おめぇ、何者だ?この村によそ者は──」

「ロンの兄ちゃんっ!!」

威嚇でもしようか?なんて考えてたらあのヒトの声。
ロンのあんちゃん?それは誰??ワカラナイ。
考えてたら、チリンって澄んだ綺麗な鈴の音が聞こえた。

「マ・・・マミ、おめぇ・・・」

慌てる男の姿。あ、やっぱりこのヒトが“マミ”だったんだ。
男の横をすり抜けてマミは主に駆け寄る。すごく心配そうな顔。

「兄ちゃん、無理しねぇで!
こんなにふらふらして・・・傷はまだ治ってねえんだから」
『キュー』
「お前さんもだべ」

ちょっとだけ怒る様な口調。でも顔は凄く心配そう。どうしてあたしの心配までするのかな?
あたしは獣の姿をしてる。それなのに同じヒトのように話しかける。
・・・・そういえば、あの大きなヒトもそうだったかも。もうあんまり思い出せないけど。

「マミ、そいつは・・・」
「あっ!お・・おらのイトコでロンの兄ちゃんって言うです。
ハシビトに行ってたども怪我して、戻ってきてます」
「イトコ?初耳だぞ?」

問い返すヒトにマミが慌てた顔。でも精一杯笑って見せた。

「ず、ずっと遠いトコに住んでましたから・・・。
怪我が治るまでうちで世話しますんで・・・あの、よろしくおねがいします!」

深く頭を垂れる。それからパッと顔を上げた。
慌てるみたいに主の背をそっと押す。“さ、行こう”って促しながら、主のお身体を支えて歩き出した。
あたしはマミの肩に移動する。少しでも主への負担を減らしたいから。
マミに別段嫌がる様子もない。だから大丈夫だよね。逆に嬉しそうにニッコリ笑ってくれた。

『キュ・・』

ちらり。最後にもう一度ヒトを見る。まだ懐疑の視線。
でも何もしないから大丈夫。邪魔にならないなら必要以上に構う必要は無いから。



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