鳥篭の夢

第二章/獣‐六



「・・・・あれ?」

食後の休息中。マミは主の包帯を替えてて、なのに不思議そうな声。
如何したのかな?顔を上げる。マミが主の腕を凝視。

『キュ?』
「・・・・どうした?」

あたしと主の視線が一気に来たから?マミはちょっと慌てたみたいな顔をする。
でもそれからやっぱり困ったみたいに主の腕を見た。

「いんや・・おかしいだな。
昨日、包帯を替えた時は確かに此処に傷があったのに・・・」

不安そうな声。何でだろう?

「元々ここの傷は大したものではなかった。癒えたのだろう」
「治った?一晩でか??」

変な顔。そんなに変な事かな?あたしの傷も治ったけどマミは変な顔してなかった。
あ。でも“治るの早くて凄い”とか言ってたっけ?どうだったっけ??
主のお怪我が癒えるのは変なの?あたしは変じゃないの??ワカラナイ。

「ヒトより丈夫に出来ている。
他も大分良くなった。多少動いても問題あるまい」

そう仰って、主は服をお召しになる。でも本当にお元気そう。良かった。
まだ全快じゃないけど、あの時よりずっと顔色も良い。少しずつだけど嬉しいな。

『キュウ?』

まだマミは変な顔してる。驚いたみたいな顔。如何したの?ねぇ、マミ??
すりすりって擦り寄る。そしたら漸く我に返ったみたいにあたしを見た。

「あ・・・なら、外に出てみるけ?」
『ゥ?』
「・・・外へ?」

にっこり笑うマミの手があたしの頭にそっと乗る。気持ち良い。

「いきなり沢山動いたら良くねぇだろうし今日は天気もええ。散歩して身体慣らししたらどうだべ?
もずっと兄ちゃんと一緒にいたけ動いとらんし、いい加減運動不足だろな。
でも一緒なら安心してついてくべ。あ、勿論、無理しない程度に・・・な?」
『キュ!!』

あたし賛成!おうちでずっと寝てるのもう飽きちゃった!
主!主もお体が平気であれば、一緒にお散歩行きませんか?

「・・・良いのか?」
「どっちみち地主さまにはもうバレてんだ。大丈夫だべ」

僅かに思案されるお顔。それからあたしを一度見て立ち上がって・・わぁっお散歩ですね!!
ぱたぱた。尻尾が嬉しくて勝手に動いた。
えへへ、あたし変なの。ガーディアンなのにな。

久しぶりの外。穏やかな空気。目覚めてからずっと感じていた刺々しい雰囲気が無い。
主の横を付いて歩いてたらマミが“賢いなぁ”って言う。そうなのかな?普通だと思う。
暫く何をするでもなく散歩。本当に身体を慣らす程度に歩く。ゆっくり。急がないように。

は本当に賢い子だなぁ」
「そうか?」

そうかな?そんなにしみじみ言う事かな?

「他の獣みたいに畑を荒らしたりもせんし・・それに──」


「どわぁぁぁぁっ!!!!」

『キュ!?』
「わっ!何だべ??」

誰かの叫び声。何??不思議な気配。何だろう?

『キューゥ』
「あ、っ!!?」

いってきます!そう言って走り出した。後ろからマミの驚いた声。
大丈夫だよ、マミ。あたしはガーディアン。だから何があっても平気。

騒ぎのあった場所に着くと、珍しく騒ぐヒトの声。
穏やかだった空気がざわめいて、あたし・・これ嫌い。
耳をピンて立てて雑談の範囲から必要な情報を探す。混じって聞こえる声。
“ケモノが凶暴になった”“最近頻繁に姿を見せ、作物以外にヒトも襲う”・・それが騒ぎの原因。
ソレを何とかしたら元通り?分からないけど行ってみようと思う。だってこんな中では主も静養なんて無理だから。

『キュー』

山へ向かって小さな道を奥へ進む。森の中。生い茂る緑。
力が少しだけ濃くなっていく匂い。深緑の香りとは違う、力によるもの。

『ゥ?』

高い草が生えて見えない奥から物音。と、思った瞬間に多くの獣達がこっちに向かって走り出す。
敵意?違う、恐怖!何かに対する大きな恐怖。恐れ。それが獣達を駆り立てて動かす。

『・・・・・・キュッ!!?』

あたしの上に黒い影。見上げて、何かが降って来るのが見えた。それを避けて顔を上げる。
あたしよりも何倍、何十倍も大きなケモノ。イノシシ?
茶色い被毛に鈍い赤みを帯びた牙。露出した皮膚は灰色。緑色の瞳には敵意。
敵意?分からない。戸惑い。自分がおかしくなる感覚・・・多分、そう。

『グルル──』
『ゥー・・・ッ!!』

とにかく威嚇。殺意を込めて。ケモノにおいて身体の大きさなど関係ない。
秘める力を感じ取った後にどう行動するか。本能のままに動くなら逃走が得策。

『ギャゥッ!?』

・・・??突進!?ケモノに比べてとても小さいあたしの身体が軽々と宙に舞う。
でも相手に敵意は無い。寧ろ、怯えてはいるのに引けない。逃げられない。
己の変質。苦痛。恐怖。混乱。だからこその攻撃。捨て身の一撃。

───だったらっ!!

『・・・・・・・ウゥッ!!』

ブレス攻撃。荒業だけど、ケモノの力を衝撃で捩じ伏せる。
余計な力を削ぐ為に。もし無理だとしても己のまま死ねるように。
その為に、与えられた“神”の力を以てお前の相手をしよう。
咆哮。苦痛に叫ぶ声。
ドサリとケモノの身体が横たわる。見ていれば身体が小さくなった。
何故?変質が止まったから?力が削がれたから?
あたしには分からない。その知識は無い。アタシにならあるかも・・・・ううん、無いかな。

『キュ?』

ケモノの傍に寄れば、驚いたように身体を起こす。
もう大丈夫。じっとその旨を伝えれば、ケモノは黙って背を向けた。
森の奥へと帰って行く。多分、これでもうケモノが荒れる事は無い。



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