鳥篭の夢

第二章/獣‐七



「生来、魔なるものではないようだな」
『キュゥ!』

木の陰で一部を見守っていて下さったんだろう主の御声。
はい!何かの影響を受けていたみたいです。ケモノ自身、苦しんでました。
伝えたくて、でも伝わらない。やっぱりもどかしい。
それでも主は何か思慮するようにふと空を見上げられる。如何されたのかな?

「神の・・・気の、影響・・・・・か?」

神の?でも、もしかしたらそうなのかもしれない。
あのケモノはまだ当てられたばかりだから、あたしでも元に戻せた。
だけど、もっと強い神気だったらあたしでは無理だったかも。

、戻るぞ」
『キュ!!』

主に返事を返して歩き出す。村へ戻るとマミが心配そうな顔であたしに駆け寄った。

!!大丈夫だったか!?
怪我は?あぁ、全身こんなに汚れちまっただなぁ・・・」
『ゥー?』

慌ててあたしを抱きしめて、怪我がないか確認。そんな事しなくても平気なのに。
体当たりされたから全身は痛む。でもこの程度なら大した怪我じゃない。
身体の汚れだって大丈夫。毛繕いすれば良いだけだし。

「おめぇさんがあのケモノをやっつけたんか?」
「え?」

急に話しかけて来たヒトにマミが首を捻る。でもあたしにじゃない。主に。

「マミんトコの居候だろ?怪我してるって聞いたども大したモンだねぇ!」
「本当じゃ!ハシビトやってただけあるだなぁ」

ぽんぽん。主の肩を本当に気軽に叩く。ヒトの分際で・・・ちょっとそう思う。
でも相手に悪意は無い。主も嫌悪を抱かれていないみたい。だったら良いのかな?
マミはちょっとだけ困った顔。でもあたしが追い払ったとは言いづらいみたいだった。
だから困ったみたいな顔のまま“兄ちゃん行くべ”って先を促す。
あたしはマミに抱きかかえられたまま黙ってその姿を見ていた。



───バチャッ!

『キュゥゥ!!』
「わぁ!釣れた釣れた!!」

わぁ!釣れましたよ、主!凄いですっ!!
帰り道に老いたヒトに勧められて主が“釣り”というものに挑戦されたのだけど・・。
初めてなのにお魚が糸の先にくっついてきた!どうなってるのかな?

「ほっほ。初めてにしちゃ上出来じゃの」

上出来じゃないの!主は本当に凄いんだよ!!
何度もそう言ってもヒトには伝わらない。ただ“ほっほ。嬉しそうにしとる”って・・違うのにっ!!
あ、でも普段から“釣り”をしているこのヒトも凄い・・・?どうなんだろう。

「今日の夕飯は焼き魚だな!煮魚でもええなぁ。
ロンの兄ちゃんはどっちがええだか?」
「・・・どちらでも良い」

嬉しそうなマミの言葉。少しだけ優しいお顔をされている主。
えへへ、あたしも嬉しい。主が心穏やかでいらっしゃる事がとても嬉しいです。
それから合計3匹のお魚を釣り上げて、良い時間だからって今度こそ帰る。

「・・・あ、そうだ!おら、ちょっくら畑さ寄って野菜採ってくるだよ。
ちょっと待っててくれろ!」

・・・・・あれ、帰らないの?お魚を主に渡してマミが走っていく。
本当はあたしが持てたら良いのに。この姿じゃ本当に何も出来ない。

『キュー?』

主は辺りを静観されておられた。あたしも倣って同じ様に見渡す。
長閑な風景。争い事のない穏やかな空気。穏やかな時間。
あたし、此処は好き。目覚めてから今までいた何処よりも。大好き。
・・・ざり。砂を踏む音が近くで止まる。気にしてなかったけどそれで気づく。

「──おい」

声をかけられて・・えっと“地主”とかいうヒト。あたし、このヒトは好きじゃない。
相手もあたし達に不信感を持っている。だからそれが伝わってきて好きになれない。

「おめぇ、動けるようになったのか」

主は何も言わない。あたしも。

「よそ者が勝手にうろつくでねぇ!怪我が治ったらさっさと村さ出てってけれ!!
マ・・・マミがおめぇを置いてくれてるからって、いい気になるでねーぞ・・!」

強い言葉。少しだけ分かった。地主は村に“違うモノ”を入れたくないのだと。
この村の平穏。争いの無い長閑さ。それを護りたくて、このヒトは喚くのだと。
主にも何か伝わったのかもしれない。唯、ゆるりと瞳を閉じられる。

「・・・言われなくとも」

じゃり。砂を踏む音。見れば野菜を採り終えたマミの姿。
だけど・・・・

「此処に長居するつもりは無い」

ねぇ。マミ、如何してそんな顔をするの?ねぇ・・・・?



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