第二章/獣‐拾
『・・・キュッ!?』
突然貫くような痛み。アタシが怪我をしたのかもしれない。生命に関わる痛みは共有して逃すから。
あたしが此処まで痛いという事は、ひとりじゃ背負いきれない怪我という事。
まるで切り裂かれた?みたいな。そんな痛み。
意識の共有。だけど余り気にしていなかったからあまり何が起こったかは分からない。
それから・・・ゾクリ。背筋に走り抜けるような強い力。激しい怒り。もしや半身様の?
「。まさか向こうに何かあったのか?」
『ゥー・・・』
分かりません。向こうの意識が朦朧としていて記憶をたどる事も出来なくて・・・。
せめて意識を失ってくれれば逆にたどる事も出来たんですが。申し訳ありません、主。
頭を垂れる。でも主は“そうか”って言って頭に手を置いてくださった。
「しかし───・・・・!!」
『キュー?』
如何なされて・・・・!?言いかけて言葉が止まる。
「こ・・こちらです、将軍様」
地主・・と、あの老いたヒト。名前は忘れた。アイツ、如何してこんな所へ?
主はご自身の真名を名乗られてはいらっしゃらない。それなのに・・・?
しまった。長くこの地に留まり過ぎた。長閑なこの地に慣れすぎた。
普段なら鋭敏に察知出来る筈の気配。それすら気付けない程に鈍感になってしまっていた。
「密告されたか」
小さく降り注ぐ声。僅かな舌打ちと共に主が音も無く家へと駆け出される。
まずは身を隠す事が先決。後はマミの無事も確認したい。考えながらあたしも後を追いかけた。
もしかしたらあの時・・火山からの帰りに地主に出会ったのが良くなかったのかもしれない。
“神を如何した?”“マミのイトコは嘘なんじゃないか”と問い質すヒト。
主はそれに“神などいない”と言葉を返された。それから“もう二度と火山が噴火する事も無い”と。
マミは気にするなと言ってくれた。村の人達は感謝しているんだって・・。
だけど・・・そうだった。ヒトの世界では大多数の言葉より権力ある1の言葉が全てになるんだ。
それはアタシが良く知っているじゃないか。ずっとずっと知っていた事だったのに。
ああ、折角の平穏が壊されてしまった。長閑な空気が消えて緊張感。少し息苦しい。
「──如何する?戦って退ける・・・いや、やり過ごせるか?」
『キュ』
主が上手く身を隠す事が出来れば、或いは。
あたしは小さいから如何にでもなりますし・・・・主?くつくつと笑う声。如何されましたか?
「何を迷っているのだ?私は・・・。
こんな村がどうなろうと構わずに奴等を倒し突破できるではないか・・・」
『ゥー・・・』
ああ、そうだ。と思う。
あたしもそうだった。主以外は如何だって良くて、興味もない。
周りがどうなろうと構わない。主だけが最優先。この村だって。マミだって、本当は・・・。
だけど・・だけど主!・・・・あたし、今はマミを守りたい。この村の平穏を壊したくないです!
───ガラ...ッ
思い切り扉が開く。立っているのは息を切らしたマミの姿。手には大きな板があって・・・マミ?
主もただ黙ってその姿をご覧になられて・・ふと笑んだのが分かる。とても悲しそうな。
「・・・そう、か。そうだな。
私を匿ったお前が私を捕まえねば、皆に白い目で見られるな」
それが“村”という小さな空間で生きる術。皆に合わせる事。
だけど・・・マミは扉を閉めてその大きな板を扉に挟んだ。開かないように、上から押さえて。
「何をしている?」
「て・・帝国の人達が入って来れねぇように・・・」
「馬鹿な。そんな事をしても無駄だ。私をこれ以上匿えばお前にも危害が及ぶ。
私を奴等に突き出せば良い──私にはもう関わるな」
「そんだったら、最初からっ!!」
叫ぶ、マミの声。痛い。心が悲鳴を上げている。そんな声。
「そんな、関わるつもりがないなら・・最初っから手当てなんかしねぇっ!!」
今にも泣きそうな顔がつらい。あたしまで苦しくなってくる。
主がマミを想い自分を突き出せと仰られた事も分かります。マミが主を想っての行動に出た事も、勿論。
互いが互いを想い合う。本当はとても素敵な事の筈。なのに・・・。
「マミッ!!俺だ、此処を開けろ!!」
ドンドンと強く扉を叩く音。地主の声。それから・・・沢山の兵士とアイツの気配。敵意。殺意。
地主はマミの名前を呼びながら何度も扉を叩く。用件は言わなくても分かる。
だから開けない。眉根を寄せて扉を必死に押さえて。マミは優しい、凄く凄く優しい。
「ホントは・・・」
ぽつりと零れ落ちるマミの言葉。
「うすうす気づいてました。お前さまが普通の人でないって事は・・・。
けど、何かに追われていても、此処でひっそりとしてればそのうち普通に・・一緒に暮らせる。
・・・・・そんな。そんな、夢みてぇな事ずっと思ってました」
マミは笑う。悲しそうに、申し訳なさそうに。そんな顔をする事はないのに。
ずっと一緒にいた。まるでヒトの“普通”のように過ごして、それはとても楽しくて・・幸福で。
だからマミが気に病む事、ないのに。
「マミッ!!何してる、開けねぇかっ!」
外から地主の声。扉を叩く音は一層強くなってるから苛立ちも多少混じってるんだろう。
何て五月蝿いんだろう。お前が密告しなければ平穏は壊れなかったのに。
そう考えても遅い。向こうからすればあたし達が平穏を壊す者なのだ。無理もない。
「そこのカマドから逃げてくんろ。穴が開いてて、そこから裏に出れます」
「しかし、そうすればお前は──」
「良いから早く行ってけろ!」
主の御言葉を遮って、叫ぶ。痛い。痛い。
心が、悲鳴を上げている。あたしまで痛くなる声。
「・・・・おらは、大丈夫。きっと・・」
マミはもうあたし達を見ない。
「きっと何時かまた一緒に・・・」
一瞬の静寂。ううん、周りは五月蝿い。だけどそう感じてしまった。
「」
主に名を呼ばれる。先に進まれるのだとわかる。帝都へ行く事が主の目的。
だけど・・本当にこれで良いの?マミが本当に無事な保障はあるの?ううん、無い。
ヒトは信用できない。主を害そうとするヒトは・・・。
『キュー』
だったらあたしは───