第二章/05
「・・・フォウ帝国が我等連合軍の殆どの土地を中立にしろと言ってきたらしい」
「な・・・ッ!!」
ガチャンッて音がして食器が揺れた。・・・わ、スープが零れちゃう!
見たら、クレイの驚いた顔。ゴハンの途中なのに立ち上がるなんて行儀悪いよ、クレイ。
そう思ったけど内容が内容だから仕方ないのかな?
食事の用意が出来たから、アタシ、リュウ、クレイ、ニーナ、王様の5人で机を囲んで今はゴハン中。
マスターとサイアスはいらないんだって。端っこで座って休憩中。
アタシも本当はお腹空いてる訳じゃないけど・・・だってパンとか美味しそうだし。折角用意してくれたんだし。
それで最初は他愛ないお喋りしてたんだけど、漸くって感じで王様が切り出して、それでクレイの今の反応。
「その様な無茶な条件を!?」
「ルディアからそなた達が捕まったと報せがあった時から覚悟はしていたが・・・。
やはりそれと引き換えに条件を出して来おったわ」
「・・・俺は、エリーナが助かれば良いと・・・・。
申し訳ありません。後の事も考えず身勝手な行動を・・・・族長失格です」
クレイが渋い顔をする。後悔するみたいな感じの。だけど王様は優しい顔のまま首を横に振った。
・・・・あ、このパンふわふわで美味しい~!!何だか幸せな気分になってきちゃう。
「いいや、クレイ殿。族長という自らの立場がありながら、そなたの行動は中々出来るものではない。
現に私など娘が行方不明になっているというのに行動すら起こせぬ。連合の足並みばかり気にして情けない事だ。
・・・・寧ろ、そなた達には感謝しておるのだよ」
「そういって頂けると救われます・・・」
「うむ。しかし1つ気になる事があるな。中立地という事は自由に立ち入り出来るという事だが・・。
帝国の意図が分からぬ。一体こちら側で何をしようと言うのか」
「・・・・お父様」
手を組んで真面目な顔になった王様をニーナが呼ぶ。
ニーナは何か分かるのかな?アタシは・・良くわかんないや。
とりあえずスープを飲みながらニーナの方を見てみた。
「何だ?ニーナ」
「帝国はこちらで探しものをしているみたいなんです・・・」
「探しもの?」
何だろう?
「“竜を探している”・・帝国軍の方がそんな事を言っていました」
「竜を・・・!?」
っとと、大きな声が出ちゃった。全員の視線がアタシに向いてちょっと恥かしいかも。
「さん。何か分かるんですか?」
「ん・・と、そういう訳じゃないけど。アタシだって全然何も思い出せないし。
でも竜を探してるっていうのは多分リュウの事でしょ?そうだとあまり良い予感がしないんだよね」
何だろう?アタシじゃないあたしの記憶・・みたいな。知らないのに分かる。
帝国に捕まったら絶対にダメ。アイツらは多分リュウを見つけたら傷付けるだろうから。
ううん。そんな生易しいものじゃなくて、生命すら危ぶまれるって言うのかな?そんな気がする。
「え?」
「え・・って、何?リュウ」
ボロボロって食べかけのゆで卵が崩れたよ?
「何で・・・僕?」
「でも私もそう思います」
不思議そうにするリュウにニーナも同意してくれた。だよね?ニーナもそう思うでしょ?
アタシは最初からもっと深い感覚的な所でそう感じてた。感覚だから上手く伝えられないし確証も無いから“絶対”って言えないけど。
でも分かる。あの姿、あの力はどう見ても竜だって・・・懐かしい気さえした。そうだ、主が“竜”だからだ。
「リュウさんって“リュウ”って名前だし、裸だったし、何か変身したし・・・普通じゃないっていうか人間離れしているというか・・」
「ニーナ・・正直すぎだ」
「ていうか、それはちょっと言い過ぎだと思うな」
人間離れって・・。確かにヒトじゃないけど、そんなにズバズバ言われたら流石にアタシだってショックだと思う。
そりゃあアタシも・・・・・何だっけ?また忘れちゃったけど。でもヒトとちょっと違ってた筈だし。
お皿に盛ってるゆで卵を次々口の中に放り込んでションボリしちゃってるリュウの姿がちょっと淋しい。
それに漸く気付いたってニーナが一生懸命首を横に振った。
「・・・あっ!だからってリュウさんが嫌いとかそういう訳じゃないですよ!?」
「それにリュウって竜眼あるよね?」
「竜眼・・・?」
「うん、竜眼。竜の眼」
顔を上げて不思議そうにするリュウの右目の近くにそっと触れる。不思議な力。
アタシは確かにリュウにも近いけどソレはもってない。
主は・・・あったと思う。竜だし。じっと見てると何だか温かいキモチになる。懐かしくて、落ち着くみたいな。
「竜眼はね、普通ヒトはもって生まれてこないんだよ」
「にも無いの?」
「うん。アタシには無いよ」
返した言葉に少しだけ考えるみたいな表情。それから“そっか”って一言だけ返ってきた。
「・・・なるほどな。帝国の思惑を知るにはまずはリュウ君の正体を明確にする必要があるな」
「お父様。私、リュウさんを風竜様に会わせてみようと思うんです」
「風竜ラーウィに?」
ラーウィ?聞いた事ある名前。リュウと一緒に首を捻る。
「風竜様なら何か知っているかも・・」
「竜の事は竜に聞け・・か」
一度頷いて王様がリュウを見た。
「リュウ君」
「は、はいっ」
「君は己の事を知る覚悟はあるのかね?」
少しだけ緊張した顔は、その問いでどこかに消えちゃった。
しっかりと王様を見据える強い強い意志の篭った青い瞳。主とは違うけど、でもとても綺麗な色。
「・・・自分の事すら分からないままだなんて嫌です。僕はもっと色んな事を知りたい。
そしたら今よりずっと前に進める───覚悟は最初から出来ています」
ハッキリと告げた言葉。それに王様は満足そうな顔で“良い返答だ”と言った。
「よろしい。風竜に会うと良かろう、そなた達にはその資格がある。
まず風竜に会うには風読みの塔を登らねばならぬ。天高く聳える塔の頂よりはるか上空・・・ウインディアの空に風竜は泳いでおる。
・・・だが、今日は陽も落ちてきた。一先ず休んで明日塔へ行くといい」
最後は表情を緩めて・・窓の外を見たら、もう夕日が沈みかけて空が茜色になってた。
確かに今から行ったら真っ暗になっちゃうよね。塔とかの上の方って夜は寒かったりするし。
「・・・・ウインディア王。申し訳ない、もしもルディアの追ってが来たらその時は──」
「案ずるな」
クレイの不安そうな言葉を打ち切る。強い言葉。
「ウインディアは出来る限りそなた達を庇い立てするつもりだ。
あぁ、虎人の里にも使者を出しておこう。族長の身を案じておるだろうからな」
「感謝します」
深々と頭を下げる。ルディアに帝国に何だか大変なんだなって他人事みたいに思う。
ま、正直アタシからすると他人事ではあるけど・・・でもリュウが関わってくると別だからなぁ。何だか難しい。