第二章/23
「それじゃあ、他の村人は他の所へ避難しているのか?」
クレイの言葉。確かに他の人達も気になってたけど・・今はニーナが心配。
動かなくなったマスターを壁にもたれる様に座らせて、寒くないようにって毛布を掛けた。
マスターを動かす力仕事はアタシがして毛布はニーナが持ってた物。
馬鹿みたいな行動だって思う。自分でも。だってマスターはもうただのヨロイなんだから。
だけど、何でかな?そうしたかった。
戻ってからは部屋の隅っこで膝を立てて座って、蹲るみたいに顔を伏せて・・ずっと動かない。
「ニーナ・・」
「さ・・っ!」
声をかけたら、顔を上げて思い出したように泣いちゃった。えっと・・如何しよう?
抱きついてきたニーナをそのまま抱きしめて考える。如何したらニーナは泣き止んでくれるかな?
「大丈夫?ニーナ」
「・・リュウさん」
「リュウ」
心配そうなリュウの顔。皆がニーナを心配してる。
アタシもそう。こんなに泣いたらきっと体中の水分が無くなっちゃうに違いないから。
「マスターさんが元々ただのヨロイだって言うなら・・・」
ニーナの口から震える言葉。
「私達の知ってるマスターさんは最初からいなかったって事になるんでしょうか?」
「そんな・・・」
そんな事ってあるのかな?元々ありえない物に宿った生命。
あったモノが消えてしまったら、それは最初から無かった事になるの?そんなの・・
「そんなの、変だよ」
「そうですよね?さん。やっぱり・・変、ですよね?
でも、そうしたらマスターさんは何処へ行っちゃったんでしょうか。私達が死ぬ時と・・一体何が違うんでしょうね・・・・?」
ぽろぽろと流れた涙。それを袖で拭いながら小さく嗚咽を漏らす。
アタシはニーナを抱きしめたまま、でもそれ以上何をしてあげたら良いのか分かんない。
いなくなったマスター。消えてしまったマスター。
ぽっかりと穴が開いたような感覚。今まで感じた事の無い感情に、ただ自分自身戸惑う。
暫くそうしてたらニーナは眠っちゃって・・泣き疲れちゃったのかな?多分、そう。
リュウにニーナをお願いしてアタシはそっと外に出た。ひんやりした空気。
大きく息を吸い込んで吐き出す。真っ白な息。それがあっという間に闇に消えていった。
「アタシ、変になっちゃったのかなぁ?」
カタン。扉が開いた音が聞こえて、ぽつりと言葉を落とす。
振り向いて・・やっぱりサイアスだ。余り音を立てない動き方をするからすぐに分かった。
驚く様子も全然無くて、不思議そうに首を捻る姿。
あはは、そうだよね。だってそれは余りにも唐突な言葉だから。
「マスターが動かなくなって・・・多分、消えちゃったんだよね。
それでね?アタシ、何でか分からないんだけど“悲しい”って思ったの。
勿論、戦争だって参加した事あるんだよ?命を奪う行為。殺し合い。アタシだって沢山奪った。
だからヒトは死んでいく存在だって知ってるし、命が尽きたら終わりだって事も理解してる。
なのに・・・・変だよね?分かんないけど、涙が出そうになったの」
その前にニーナが泣いてくれたから、泣かずに済んだけど。
今は不自然な位に平気。何にも思わない。ううん、今まで通りに戻ったのかな?そんな感じ。
「べ・・別に・・・変、じゃ・・・ない・・」
そう言ってくれるのは嬉しいな。だけどね──
「変だよ。アタシはガーディアンだから、フォウル以外は如何でも良い筈で。
フォウルが無事でいればアタシは他なんて別に気にしない筈で。興味も無い筈で。
今までそうして来ただろうし、戦争中だって悲しんだりしなかったと思うから」
だから変なの。そう続けて言って、笑った。
でもやっぱりサイアスは首を横に振る。
「・・ゎ!」
ぽん。って頭に大きな手。サイアスの。如何したのかな?急に。
「変・・じゃ、ない・・・」
分からなくてじっと見てたら、落ちて来た言葉。優しい低い音。
「、が・・マスターを・・大切だと・・思った。だ、だから・・・悲しい」
「マスターが大切?」
アタシが?ガーディアンが、主であるフォウル以外を大切だと思った?
リュウなら半身様だから分かるけど、マスターも?考えてたらサイアスが一度頷いた。
「か、悲しむ・・のは、悪・・い、事じゃ・・・ない。
余裕が、あるなら・・・泣いても・・・良い、と思う」
「・・・・良いのかな?」
泣いても。悲しくてぽっかり空いた心。
でもそんなのは気のせいだからって・・・・良いのかな?泣いても。
アタシはニーナみたいに優しいヒトじゃないよ?だけど、こんなアタシでも本当に良いのかな?変じゃないのかな?
サイアスがじっとアタシを見てて、アタシもサイアスをじっと見てた。
頷いてくれて、頭に置かれたままの手が凄く安心できて・・・・あぁ、もうダメだ。
「・・・・・っく、ぅぇ・・・」
消えてたと思ってた“悲しい”って感情が涙と一緒に流れ出て、止まらない。
「ぅ・・・ぅぁ、うあぁぁー・・・っ!!!」
サイアスにしがみ付いて、泣いた。まるで馬鹿みたいに泣いた。
そうやって泣きながら頭の中で同じ言葉ばっかりが巡る。
マスター・・・もう戻って来ないのかな?本当にもう会えないのかな?
ううん、分かってるの。答えは最初から分かってるのに何度も考えちゃうの。
頭がぐるぐるして苦しい。助けて欲しい位に・・・ずっと。