鳥篭の夢

第二章/26



「ラッソッ!!貴様、何て事を!!」

アースラが叫ぶ。あの子に駆け寄って・・・何に気づいたのかな?少しだけ視線を動かして言葉が止まった。
ううん、本当は分かる。だってあの臭いは1人だけにしてはとても強いから。
1人だけじゃ無い。本当は分かってる筈だった。
如何して気づかないふりをしてたんだろう?何の可能性に縋った?どうせ真実は変わらないのに。

「き・・さまっ!まさか、無抵抗の者に手を出したのか・・・ッ!!?」
「ちょっと竜の居場所を聞いただけよ」
「・・・・なんて惨い事を・・!」

ディースの声。目を凝らしてみれば・・・ほら、ハッキリと見える。屍の山と紅い水溜り。
惨い事。あんな奴の馬鹿みたいな目的の為に、あれだけの生命が奪われた。
戦争で沢山の生命が消えるのは知ってる。でもこれは違う。こんなの、ただの虐殺。殺戮でしかない。

「良いじゃない。そんな如何でも良い連中なんか・・・」

・・・・は?

「何?それ・・・」

如何でも良い?何それ。如何でも良いヒトが存在するというのなら、それは全部同じでしょ?
あの子が如何でも良いのなら、お前だって如何でも良い存在でしかない。ヒトは所詮ヒトなのだから。
ヒトという存在に優劣なんて存在しない。ヒトはヒトでしかない。何故、それが分からないの?

「何それ?生命は不平等だって事?」
「えぇそうよ、お嬢ちゃん。当たり前でしょう」

当たり前?

「そんなのおかしいですっ!如何でも良い人なんていません、生命は皆同じです!
如何してそんな事が言えるんですか・・・・!!」
「あは、立派だわお姫さま!けど、今は生命に関してなんて如何だって良いの。
だって私達の目的は竜の確保。まずは竜を連れて帰る事が先決ですもの」

何それ。確かに命令は絶対。邪魔をするなら排除するのも厭わない。それはアタシも同じ。
だけど・・・関係のない生命を奪う?力の無い子供を犠牲にする?
何それ。そんなの知らない。アタシの行動にそんなの無い。
如何してそんな事が必要なの?如何してわざわざ奪うの?必要な行為?ううん、違う。

「分かんない。何それ、一体何の為に必要な行為なの?
あの子達の何が命令の妨げになったっていうの?それも主の命令?」
「は?何、急に・・?」
「愚かなヒト。貴方の存在価値がどれ程に大層なものだとでも言うの?
同じように生きている者と貴方の何が違うの?生まれが違えば違うの?」

じりじり感じる怒り。まるで炎のように熱い、焼けるような怒り。
アタシだってそうだけど・・もうひとつ別のも。誰のかって言うのは分かる。
だから先にアタシが怒らなくちゃいけないのもある。
だってこのままじゃダメだから。怒りのままに行動させたら・・・絶対に、ダメ。

「なぁに?お嬢ちゃんもお説教?貴女こそ自分がお偉いつもりかしら」
「馬鹿みたい。そんな尺度で測ろうとする事自体が愚かな事に気づかないの?
生命に優劣を付けるだけじゃなくて簡単な問答すらできないんだ」
さん・・・?」

それならアタシ以下の頭だね。更に付け加えたら流石に苛立った表情。
驚いてると思うニーナの顔も今は見ない。だってアタシ、本当に怒ってるから。
何に怒りをぶつけるか分からないから。ごめんね、ニーナ。

「貴方の事・・絶対に許さないんだからっ!!」
「まぁ。良い顔ね!出来るものならやってみなさい!!」
「今の言葉、後悔させてあげる・・・・っ!」

アタシを捕まえていた軍人の腕をそのまま振り解いて蹴り倒す。
元々ニーナ達が捕まってて危ないから大人しくしてただけだし。この程度、造作無い。
武器は持ち忘れちゃって・・でも取りに戻るのが煩わしくてそのまま駆け出す。
とにかく一発殴ってやる。そんな感情。衝動。
嗚呼、アタシもヒトと変わらない、なんて頭の端で思う。


「ただ、その前に・・・我が名において命ずる。出でよ!鉄鬼・アイトー!!
連れて行きやすいよう先に竜ちゃんの手足の2・3本でもちぎってあげなさい!」
「っ!?」

しまった。アタシとリュウの間に符が飛んでいく。無意識に目線で追った。
魔物に変わって、手にした武器をリュウに向ける姿。

半身様ヲ無事ニ帝都ヘオ連レセヨ


「ゃ・・・・ダメッ!!」

頭に言葉が響く。ガーディアンとしての本能が、頂いた命が身体を動かす。
あんな“気にかける価値もないヒト”は後で良い。
アレを片付けるより優先すべきは半身様の身の安全。
本能に従って無理やり身体を捻る。
それだけじゃない。“アタシ”だってリュウに傷付いて欲しくないから、そのまま飛び出して──

衝撃


ッッ!!??」


悲鳴みたいにアタシを呼ぶ声。咄嗟の行動。飛び散る鮮やかな赤。
昔もこんな事をした気がする。誰に?分からないけど、でもちゃんと覚えてる。
同じ事・・・って、学習能力ないのかな?アタシ。やっぱり頭が足りてないや。
だけど、その時よりは全然軽い傷。リュウの前に出て胸辺りから肩口を切り裂かれた。
凄い勢いで血が噴き出してる感覚。流石に痛いなぁ。ちょっと頭がくらくらしてくる。

「ぁ・・リュ、ウ。へーき?」

足に力が入らなくて倒れそうになったのをリュウが支えてくれた。優しいなぁ、リュウ。
あぁ、でも。言葉、出しにくい。目の前もちょっと霞んできて、ちゃんと見えない。
傷とか大丈夫?アタシでちゃんと止まってくれた?触ってみて・・うん、大丈夫みたい。良かった。

・・!!」
「ん。リュウが、無事で・・・良かった」

体中の力が入らない。意識を手放しそうになる。まだダメ。まだ・・・。
リュウの叫ぶ声。神の気。竜の力。嫌な感情。深い怒り。ぐるぐるとアタシにも流れ込んでくる。強い憤怒。
全ての世界が遠く感じる。何も見えない。動けない。時間の感覚もない。
ただ、感じるのは悲しみと怒り。それから苦しみ。・・・お願い、泣かないで?リュウ。

「なか・・・なぃ、で・・・?」


アタシは、平気だから。



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