第三章/16
「此処へ来るのは2度目だが、やはり好きにはなれんな」
「帝国領だから・・でしょうか?」
首を捻るニーナに、クレイは首を横に振った。
「いや、それとエリーナの事を差し引いても此処には落ち着かん何かがある」
「あ、ソレはアタシも分かるかも」
「僕も同じだ。特に、この奥から強い何かを感じる──」
アタシもそう。凄く強くて、変で、酷く歪な“何か”を。
「此処は・・・以前捕らえられた場所の先、だな」
「私もこの奥へは入った事が無い。
ただ見張りがいないな。帝都へ出払っているのか?」
「好都合だ。行くぞ」
不思議そうにするアースラに、クレイは先に扉を開ける。
心臓が強く鳴り響く。変な緊張。強くて歪な何かがさっきよりももっと強く感じられた。
──ドクン
アタシのソレよりももっと大きな音。
──ドクン...ドクン...
アタシのソレよりも、もっともっと大きな・・・・。
「な、何だこれは!?何かの臓器か?」
「・・・ひ、ひどい・・におい・・・」
凄く大きな・・・心臓?何かに浸されてて嫌な臭い。
ううん、それよりこの強い力。歪だけど・・・考えてたら“うつろわざるものの”ってディースの声。
やっぱり。うつろわざるものの気配と力。だけど、こんなの初めて。捻じ曲げられたみたいな違和感。
ヒトと神。それが一緒みたいな。色んな何かが混ざったような。
言葉が出ない。リュウも一緒。多分アタシより分かってる。うつろわざるものだから?分かんないけど。
「帝国は此処で一体何をしているんだ?」
「・・・・知らん。此処から先は軍の機密だと聞く。
指揮を取っているのは“あの”ユンナだ。大方ロクな研究ではあるまい」
「ユンナ?」
誰だっけ?聞いた事ある気がする。
「に、兄さま。道が・・・」
「如何した!?」
恐る恐るニーナが指差す先・・・大きな内臓で道が塞がってる状態。
それが脈打つ音が凄く大きく響く。怖い。臓器じゃなくて、その歪さが。
「完全に道が塞がれているな。これでは通れん」
「・・・・サイアス。斬れるか?」
「・・う・・・」
サイアスが一度頷いて、臓器を──痛い──感情が少しだけ伝わってくる。
ずるり。斬られた内臓が地面を這って、断面がくっついて、元通り。また鼓動する。
「・・・・さ、再生・・した」
「い、一体何だというんだ?これは!?」
『ニーナ』
ニーナを呼ぶ声。頭に響くみたいだけどディースじゃない。もっと優しい声。
不思議そうな顔でニーナは声の方を見て、それから驚いたみたいに固まっちゃった。クレイも一緒。
「姉さま・・・!?」
「エリーナ!!」
2人で同時に叫んで、それでアタシも見て・・・・見て、瞬間に理解。
エリーナさんだ、捻じ曲げられたの。ヒトでない、歪な存在にさせられた。
分かる。この巨大な臓器の持ち主もそう。エリーナさん。だけど如何して?どうやって?
「エリーナ・・やはり此処に!待ってろ、今そこへ・・・!!」
『道を塞いでいるソレは、普通の剣では斬る事が出来ません』
「・・・?では如何すれば良いんですか!?姉さまの元へ行くには──」
「ややっ!何をしているのですか、貴方達!?」
聞き覚えのある声。見て、直後目の前が真っ赤になるのが分かった。
“あたし”を痛めつけるように指示を出したヒト。フォウルを傷付けるためにあたしを・・・マミを呪砲の弾にしたヒト。
自分もヒトなのに、同じヒトを道具みたいに扱うヒト。死にゆく姿を笑って眺めてたヒト。
怒り。憎悪。絶対にリュウの前で出したくない感情。だけど・・ダメ。止まらない。苦しい。嫌だ!
「──!?」
掴みかかろうと伸ばした手を別の手が掴む。
・・・・サイアス?見上げたら静かに首を横に振って、えぇっとダメって事?だよね。
「・・・・ユンナっ!!貴様、どういう事だコレは!!」
「や、アースラ隊長!?」
気が逸れた瞬間、アースラがアイツの胸倉を掴んだ。アイツがユンナ。
そういえばそうだったかも。前に忍び込んだ時そんな風に呼ばれてたっけ。
「私はこんな話は聞いてないぞ、こんな・・・エリーナ王女が此処にいるなどとっ!!」
「・・機密事項ですからね」
目線を逸らす。もしかしてユンナがエリーナさんを?胸が苦しい。痛い。赦せない。
嫌だ、こんな感情は嫌い。でも止まんない。
サイアスが掴んだ手を離さなくて良かった。じゃないと殺しちゃうから。
「貴様ならこの先へ行く方法を知っている筈だ。それを教えろ!」
「そんな事を言われましても──」
「ならば、身体に聞くか?」
拳を鳴らしながらクレイが訊いて、諦めたみたいにユンナが剣を出す。これも強くて変な力。
“神鉄の剣”だって・・・何それ。こんな変な力の剣、昔は無かった。新しく作ったの?ヒトがこれを?
普通の剣にしか見えないってクレイが言うと、ユンナは大きく首を横に振った。
「とんでもないっ!これは神の剣ですよ。
かつて召喚に失敗し、頭部だけが呼び出された神を材料としています。
ですので、この剣は己の身体を求める心と憎悪で満ち溢れている。
たとえ同族でもその力を吸収しようとしますからね。だから、神をも殺せる剣なのです」
“やっぱ殺せば良かった”なんて嫌な感情がごく自然とアタシの胸に落ちてくる。だって酷すぎる。
召喚に失敗したから剣に?どうやって、なんて考えたくもない。吐き気がする。
“惨い事”・・・ディースの声が聞こえてきて、でもアタシもそう思う。本当に惨い事。
「だ、だが、これでエリーナの元へ!!」
「前にも言ったでしょう?エリーナという人間は此処にはいないと。まぁ、名残ならありますけどね」
「・・・?何を言っている!!あれは確かにエリーナだ!!!」
「ええ。だから、あなた方がこの先へ行くのを私は止めませんよ。どうぞご自分でお確かめ下さい。
──では、またお会いしましょう」
にんまり笑う顔。空気の揺らぎ。風みたいなのがユンナを包む。
「待て!ユンナ・・・っ!!」
アースラが叫んだけどユンナの姿は消えちゃった。“逃げたか”って憎々しげに舌打ち。
まぁ逃げられたなら仕方ないよね。深呼吸。とにかく、今はこの感情を抑えなきゃ。必要無い感情。
それからサイアスに手を離して貰って“ありがとう”って笑う。おかげで助かっちゃったから。
「クレイ」
ふとリュウが名前を呼んで、神鉄の剣を手にとって真剣な顔。
「僕がやる」
「・・大丈夫なのか?これは神にとっても害になると・・・」
「大丈夫だよ。これで怪我しなければ良いんだ。
それに、こんな事クレイにはさせたくない」
だったら──
「それならアタシがする」
アタシはガーディアンだから。半身様を無事にフォウルに会わせるのが今の役目だから。
もしうっかり怪我とかされたら嫌だし。困るし。それに、アタシだってリュウにそんな事させたくない。
リュウの気持ちは分かるから。だから、尚更・・・。
「だけど、」
「良いの。リュウに何かあったらアタシがフォウルに怒られちゃうもん。
それより、ほら!危ないから下がってて!」
笑って剣を貰う。嫌な役目はアタシがしたら良いと思うんだ。大丈夫、多分剣も使えると思うよ?
皆が後ろに下がったのを確認して、臓器の前に立って一度大きく深呼吸。
それから・・・・ごめんなさい。臓器に手をつけて一度謝る。だって痛いから。苦しいから。酷いことをするから。
“大丈夫”“早く”そんな声が聞こえてきて、だから大きく剣を振り上げた。
「・・・・再生は、しないようだな」
「うん」
痛みに臓器が何度か動いたけど、すぐに止まった。元には戻らない。ごめんなさい、本当にごめんなさい。
無意味だって分かってる。謝ったって意味の無い事。それでも、声にしないで何度も謝った。