鳥篭の夢

第三章/17



臓器を斬り進んでいけば1つの建物があった。歪なうつろわざるものの気配。

「此処にエリーナが・・・・ッ!!」

焦るクレイの声。ニーナと慌てて走り出して、乱暴に扉を開く。バタンって五月蝿い音。
それ位にエリーナさんを心配してるんだって事。苦しい位・・・理解できる。
アタシとリュウも一緒に建物に入って、奥の大きなベッドに横たわってる人を発見。あれがエリーナさん?

「エリーナ!」
「姉さま・・・・姉さまっ!!」

ニーナが泣きながら名前を呼んだら、エリーナさんは閉じていた目をそっと開けた。
それから笑顔でニーナとクレイの名前を呼ぶ。綺麗な声。優しい声音。マミみたい。

「よく、来てくれましたね」
「エリーナ・・やっと会えた!」
「一緒に帰りましょう、姉さま!」

嬉しそうな声。だけどエリーナさんは首を横に振る。だって・・・。

「いいえ。それは出来ません」
「姉さま・・?ど、如何してですか!?」

だって、エリーナさんは・・・アタシとリュウには分かる。言葉には、出来ないけど。

「私はもう・・此処から動けないのです」
「大丈夫です、姉さま!今だったら帝国は混乱していて逃げ出すのはきっと簡単です!」
「そうだ、エリーナ。それに俺達がついている。大丈夫・・・・行こう!」

2人の言葉にエリーナさんが嬉しそうに笑ったのが見えた。本当は一緒に行きたい。そんな感情。

「今、世界が大きく動こうとしていますね。
ニーナ。クレイ。貴方達がその大きな流れの中にいるのが分かります」
「・・・・姉さま?何を──」
「ごめんなさい、ニーナ。暫くクレイと2人にしてくれる?」
「え・・でも・・・」
「お願い」

戸惑うニーナにクレイがそっとその肩を叩く。それでニーナは漸く頷いた。
そのやり取りにどんな意味があったのかなんてアタシには分からない。だけど・・・・。

「ありがとう、ニーナ。それと・・・」

その視線がアタシに向いた。

さん。神鉄の剣を置いていって下さる・・・?」
「・・・・ぁ・・」

死なないものを殺せる剣。ソレを置いていく意味。呼吸、出来ない。
一度リュウを見たら頷いて返された。それでベッドに置いて・・・これで良いんだよね?合ってるかは分かんないけど。
でも、そうするのがエリーナさんにとって一番なんだよね?なんて自分に言い聞かせる言葉。
あれだけ斬り進んで、痛い思いをさせといて、なのに今更な感情。そうだよ。エリーナさんの望みなんだから。

「ありがとうございます」

お礼と笑顔が儚く見えて痛い。だけど精一杯の笑顔だと思うからアタシも笑ってみせた。
リュウとニーナと3人で部屋を出て・・・あ、皆は外で待ってたんだ。気付かなかった。

「・・・・姉さま。如何しての名前を知ってたのかしら?」

扉を閉めながらポツリとニーナが呟く。素朴な疑問。

「ディース様が、うつろわざるものの気配がするよって言ってます」
「え・・・?」

驚いたみたいな不思議そうな顔。うつろわざるものの気配。エリーナさんの・・・。
だけどディースもそれ以上何も言わなくて、誰も何も言わなくて。
暇だからって動いてられる雰囲気でもなくて、アタシもただ黙り込んで、じっとクレイを待った。


「・・・・兄さま」

長い静寂をニーナの声が破る。
どうしたのかな?顔を上げたらニーナの視線はまだ地面。

「遅いですね。2人で何をお話してるんでしょう?」

呟く声。だけど誰も何も答えない。アタシだって流石に話してる内容は分かんない。
ただ何が起こるのかっていうのは・・・多分こんな感じかな?程度には分かる。頭が足りて無くても、流石に。

「リュウ、。私ね、兄さまの事が好きだったんです」
「え、そうなの?」

クレイの事が?言葉を続けたら1つ頷いて返された。

「好き・・・って言うより、憧れかなぁ?
でも兄さまは姉さまと本当に仲が良くて、だから小さい頃から何となく2人は結婚するんだろうなぁって思ってました。
ルディアとの事も兄さまが止めていれば今頃・・・。私、兄さまが好きだったけど姉さまの事も大好きで。けど・・・」

ぽたり。ニーナの目から涙が零れ落ちた。

「それ以上に・・・一緒に笑っている2人を見ているのが好きだったの・・・。
3人で一緒にいる時間が楽しくて、とても幸せで、大好きだった!兄さま・・姉さま・・・!」
「・・・ニーナ・・」

ずっと不安だったのかな?ニーナ、本当はずっと苦しかったのかな?
やっぱり優しい。ニーナは凄く優しい。
ぎゅうって抱きしめたら“ありがとうございます”って。声は震えてて、でも抱きしめ返してくれた。
そうしてたら──気配が、消えた?歪なうつろわざるものの気配。ずっと感じてたソレが無くなった。

「ディース様が・・・うつろわざるものの気配が消えたって言ってます」

それは全部終わったという事実。
直後、ギィって音を立てて扉が開いた。いるのはクレイだけ。

「・・・兄さま!」

ニーナはアタシから離れてクレイの傍に駆け寄って・・・。

「兄さま、お話はもう済んだのですか?姉さまは・・・・──兄、さま・・・?」

さっきまでと違う雰囲気。首を傾げて、不思議そうに名前を呼んで、でもクレイは何も答えない。
リュウはじっと黙ったままクレイを見て、でも何も言わない。アタシも。だってクレイの手が少し震えてたから。

「如何したんです?兄さま。姉さまは?姉さまはまだ中に・・」
「ニーナ」

中に入ろうとしたニーナを手でそっと止めて、静かに首を横に振った。

「行くな。エリーナはもう・・何処にも・・・・」

すとん。ニーナはそのまま座り込んで、呆然とした顔のままで、でも涙だけは流れた。全部分かる言葉。
エリーナさんがもうこの世に存在しないって事。

「そんな・・・じゃあ、姉さまは・・・?」

か細い声。ボロボロと涙を零して・・・でも、泣いても現実は変わんない。
何て言えば良いんだろう?それとも何も言わない方が良いのかな?分かんない。言葉が見つからない。苦しい。

「わ・・・私は。もしかしたら私にも一因が・・・」
「え?」

アースラに?何で??

「アースラ、どういう事?」
「・・リュウの捜索で東の大陸に行っていた時、たまたまセネスタ付近にいた私はエリーナ王女を西に渡らせる手助けをした。
帝国とマーロックの仲介をしたのだ。王女は単なる招待だと聞いていたが、こんな結果に・・何も知らなかったとはいえ、私は・・・っ!!」
「・・・・・・・もう過ぎてしまった事だ。どうしようもない」
「だが・・・!」

叫ぶアースラにクレイが目線だけを向けた。それで、アースラの言葉が止まる。

「ならばエリーナの事を弔ってやってくれ。
どうか、エリーナのことを忘れないでやってくれ・・・頼む」

静かな声。何時ものクレイとは全然違う声。大切なヒトを喪った・・・喪失感。それが伝わってくる。
後、同時に別の絶望感。“どうしてヒトは”なんて、そんな感情。フォウルと同じ思い。
絶望しないで。ヒトに絶望しないで。
あぁ、それはただ愚かな願い。アタシだって思うのに。ヒトは本当に──。



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