鳥篭の夢

終章/02



「ごめん、皆。アタシちょっとこれから別行動するね」
「・・・・え?ど、どうかされたんですか?

驚いたようなニーナの声。皆も驚いてて、リュウも意外そうな顔してる。

「んー・・どうしたっていうか、ちょっと確認したい事があるの。
大丈夫だよ!帝都までの道なら知ってるし、終わったらすぐ追いかけるから!」
「で、でも・・・」
「うん、分かった」
「リュウ!?」

頷いてくれたリュウにニーナが驚いたような顔。だけどリュウはアタシをじっと見る。
心配。信頼。色んな感情がアタシにも伝わってくる。

「だけど無茶はしないで、
「大丈夫!ありがと、リュウ!!」

信じてくれて。やっぱり嬉しいな、そういうの。だから笑顔でお礼を言って駆け出す。
目標はソン村。アスタナからの道のりは“あたし”の記憶を遡ったら良いだけだから簡単だし、全力で走ればあっという間。
・・・・・・・ん、あれ?

「誰だろ?」

誰かの気配。アタシが来たのと同じ方角から走ってくるのが分かって立ち止まった。
ニーナ・・じゃないし、アースラも違う。リュウは先に行ってる筈だし、クレイはこんなに早くない。マスターも。

「・・・サイアス?」

消去法。だけどサイアスならすぐだもんね。
見てたら予想通り、茶色い毛皮と緑の着流しが目に入った。

「サイアス、如何したの?」
「・・・・ひ・・・1人は・・危ない・・・」

もしかして心配でついてきてくれたのかな?えっと・・まぁ、大丈夫だったんだけど。1人の方が早いし。
アタシ、ずっとガーディアンだって言ってるのに・・・サイアスは本当に変わらないなぁ。
でも嬉しいって気持ちはある。胸の辺りがぽかぽか暖かい感情。気持ち良い。

「ありがと。でも本当に大丈夫だったんだよ?」

こくり。一度だけ頷く。でも戻る気はないみたいでアタシをじーっと見る。
やっぱり戻らないよね?きっと。でも帰れとは言えないし、言いたくない気もする。
変な感じ。歩き出したら少し後ろをついてきた。

「この先にあるソン村っていうトコが目的地なんだ」

ぽつり。言葉を落としたらサイアスは首を傾げた。何で?って事なんだよね、多分。

「あたしが・・・」

あ、この言い方で通じるか分かんないか。でも、まぁ良いや。

「あたしが、フォウルの命を受けて守った・・って言うか、逃がしたヒトがいるの。
フォウルの大切なヒト。ちゃんと命を守れたかも気になるし、無事を確認しようと思って」

サイアスは頷く。それだけ。
言葉は無いけどなんとも思わない。だって意思疎通できてるし。

──ガサガサ...

草の擦れる音?近くに呪いが落ちたってアースラが言ってたのに?
変なの。ヒトが近づけない場所なら獣はもっと近づけない筈だよね。あの子達は素直だから。じゃあ・・・?


「や、貴方達は確か──」

草むらから出てきたのは・・知ってる顔。会いたくなかった顔。怒りで目の前が赤くなる感じ。
何で此処にいるの?如何して此処にいるの?考えたって分かる筈なんて無いけど。

「ユンナ・・・!?」

赦せない。ただ、それだけの感情。

「・・・・ッゲホ!!」

あたしの事、マミの事、エリーナさんの事。全部が一気に頭を過ぎって・・・・・・あぁ、今リュウいないんだ。
その事実に気付いた瞬間、アタシの身体は出来る限りの力を使ってユンナを近くの木に叩きつけてた。
呼吸が出来なかったのか大きく咳き込んで、そのまま倒れこむ前に首を掴み上げた。
って言っても、背が低いからつま先が届かないギリギリだけど。凄く残念。

「・・・ぐぅ。・・や、ぼ・・暴力は・・いけませ・・・」
「うるさい!だったら自分がした事はどうなの!!」
「・・・・・・ぁ・・・が・・・・っ!」

沢山のヒトを犠牲にした。犠牲にするように指示を出した。それが暴力じゃなかったら何なの!?
首を掴む手に力が入る。後少し締め上げたらきっと殺せる。
そうだ。さっさと首の骨を折っちゃえば良いんだ。

・・」
「でも、サイアス・・っ!!」

首を横に振る。ダメだって意思表示。でも嫌だ、無理だ、赦せない。だから手が離れない。
コイツを殺さなくちゃ・・アタシの中にその感情だけが渦巻くの。嫌だよ。聞けない。

「ダメ・・だ・・・」

無理やり手を剥がされた。思ってたよりも強い力。
やっと息が出来たってユンナは咳き込みながら何度も何度も短く呼吸。後少しだったのに。
それからサイアスはアタシの手を掴んだままユンナに視線を向けた。

「な、何を・・・?」
「・・・あ、えぇ。実は前回ニエに使用した筈の方を見かけた・・という情報がありまして。
今まで使用した中で生きておられたニエなどいなかった筈ですから、確認にと思いましてね」

マミだ。分かる、マミの事。コイツもソン村に向かってる。
もし見つけたら如何するんだろう?ううん、そんなの考えるまでも無い。もう一回ニエにするんだ。
今度は本物のマミをニエにする。あの痛みをマミに?フォウルに・・・・フォウルに呪いを?
考えただけで、頭がくらくらする。

「馬鹿みたい。そんなの、当たり前だよ」
「・・や?」
「だってあの時使ったのはマミじゃなくて、あたしだもん。
呪いの弾になる為に色んな苦痛を受けた。フォウルに・・・きっと凄い傷を負わせた」

なのに──。

「ねぇ、サイアス。アタシ・・・」

自分で声が震えてるって分かった。

「アタシ、如何したら良いのかな?」

ただ理不尽に嬲られた事実とか。その間の酷い苦痛と屈辱とか。一方的に与えられた不条理な死とか。
それから、その全てを赦せない自分だって・・・・・!

「アイツを殺しちゃダメなら、この行き場のない感情は如何したら良いんだろう?」

ずっと覚えてる。一瞬の死よりもツライ激痛。やり場の無い怨み。逃れられない苦しみ。
だけど、あたしは全部それを飲み込んで、飲み込もうとして・・フォウルを傷付けたくなくて。でも──!

「ずっと痛かった。苦しいってずっと感じてた。もう嫌だって・・・助けてって沢山!!
それを表に出したら、少しでも感じたら主を傷付けるから我慢して。けど、そんなの我慢で終われる訳無いのにっ!!
あたし、ずっと苦しかった。戦って、自分の実力不足で殺されるなら仕方ないって思ってたけど、そんなんじゃなくって。
“呪い”・・・本当は怨みも何もかもをアイツや殺したヤツにぶつけたいのに、それすらも叶わなくて・・・!!」

ただ、つらかった。苦しかった。永遠にも思える時間。何も感じたくない、絶望の時間。
フォウルを傷付けたくなくて、それだけをずっと考えて、マミを助けたくて、本当にそれだけで・・・なのに。

「アタシ、如何したら良い?自分を殺せって指示したヤツが目の前にいるの!
自分自身を殺されても黙ってなくちゃダメかな?それも耐えなくちゃダメなのかな・・・?」

泣くな泣くな泣くなっ!!
泣いたって如何にもならないって分かってる。でも苦しい。凄く苦しいよぅ・・。



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