終章/03
「貴女が死んだ?や。それは実に興味深いお話ですな。
死んだ貴女が此処にいるなど、まるで神・・・うつろわざるもののようではないですか!
何か死を超越する術があるのか、それとも・・・・・」
──ヒュ...ッ
一陣の風。アイツの嫌な声を遮るみたいにアタシを掠めて、そのまま言葉が聞こえなくなった。
・・・あれ?サイアスだ。何で?よく分かんない。頭がぐちゃぐちゃしてる。
何があったのか良く分かんないけどサイアスとユンナが対峙してる姿。
変なの。ユンナが怪我してる。アタシあんな傷付けてないのに。まるで斬ったみたいな傷。
「べ、別に・・俺に・・・・・復讐を止めろ・・とか、言う資格は、無い。
ただ・・・そうしても、何も得られない・・し、残らない・・・」
うん、知ってる。ヒトを殺してもどうしようもない。
分かってるよ。でも、止められないから。
「・・・俺は、に・・そうして欲しく、無い」
「や、涙ぐましいお話ではありませんか!
では私はこれで・・・・・ひぃっ!!!?」
ユンナの引きつった悲鳴。仕方ない?だってギリギリすぐ横、後ろの木に剣が刺さってるんだから。
戦いに慣れてないならきっとそれは怖いんだと思う。
「だが・・・を傷付けた事は・・・赦さない・・・」
初めて聞く声。冷たくて、まるで本当に殺す事も厭わないって聞こえる声。
あんなサイアス初めて。もしかして怒ってるのかな?
「・・や、やはははは。いえいえ、私に争う気なんて全くありませんよ。
えぇ、興味深い事を教えて頂きましたし、今回の状況もまぁ理解出来たので退散させて頂きます。それでは」
前の・・・・エリーナさんの時みたいに風に包まれてユンナは消えちゃった。あぁ、殺せなかったな。
サイアスが木から刀を抜いて鞘に収める。雰囲気は今まで通り。さっきのが嘘みたいに穏やか。
「サイアス、如何して邪魔したの?」
後少しだったのに。もう少しで殺せたのに。何で・・・?
だけどサイアスは首を横に振る。そんな事しちゃダメ?偽善だよ、そんなの。
「折角リュウがいなかったのに。・・・今だったら殺したって・・・」
「」
名前を呼ばれて言葉が止まる・・・・うん、分かってる。
「分かってるよ。復讐はイケナイ事。
この感情も・・リュウは此処にいなくても、もしかしたら伝わってる。
本当はダメなんだって知ってる。こんなキモチでいちゃいけないって理解してる。
だけどダメなんだよ。心が止まらない」
所詮はアタシもヒトだった存在。だからそんな感情に流されちゃうのかな?
本当のガーディアンなら・・・オンクーやアーターなら、もしかしたら・・・。
「べ、別に・・・・耐えなくて、良い・・・ただ、きっと別の方法が・・ある。だから・・・」
殺すだけじゃない、別の方法があるから。サイアスは言葉をそこで切る。
「・・・泣いたって、良い。苦しんで・・良い。抑える事は、無い」
“これ以上は無理をするな”って言葉を続けてくれて・・・あ、何だか目の奥が熱い。変な感じ。
泣きそうな感覚。でも悲しいんじゃなくて・・何ていうんだろう?これ。
・・・・・・あのね。本当はね、知ってる。自分で分かってる。
恨みに任せて殺したって意味の無い事。気分が晴れる事だって無い。きっとあるのは虚しさだけ。
だって過ぎた時間は戻らないから。嘆いたって意味が無いから。
アイツを殺したって、あたしが死んだ事実は変わらない。ずっと分かってた事。
でも誰かが止めてくれなかったら衝動は止まらない。
誰かが受け止めてくれなかったら嫌な感情が溢れちゃうの。
「如何して」
純粋に疑問。だってサイアスは変。何時もアタシの傍にいて、気付けば守ってくれる。
怪我とかだけじゃなくて、心も。何で?分かんない。アタシには理解できない。
ああ、やだな。なんだかぐるぐるする。
「如何してそんな風に言ってくれるの?」
「の・・そんな顔は、見たくない。
笑っている方が、ずっと・・・良い」
笑う?
「良く、分かんないよ」
頭がぐちゃぐちゃ。アタシも同じ事言うかな?リュウとかニーナとかクレイやアースラに。
あ、マスターの名前出すの忘れてた。違う、そうじゃなくて・・・。
「ゎ」
ぐちゃぐちゃした頭で考えてたら、ふかふか暖かい感触。見上げたらサイアスで・・気持ち良いなぁ。
ふわふわふかふか。アタシもぎゅうって抱きしめたらサイアスの身体が少し緊張して、でも退けたりしない。
「・・・・好き、だ」
凄く優しい声。だけど唐突なソレが何に対してか分かんなくてアタシは首を捻った。
「何が?」
「・・・が、好きだ・・から、笑っていて、欲しいと思う」
「うん。アタシも好きだよ」
だって皆好きだもん。ニーナ達も、リュウも。勿論フォウルも。
「・・・・ぅ・・」
「あれ?違った?」
首を横に振られちゃった。えっと、じゃあ何だろう?
「と、特別な・・・・」
「特別?」
そんなのあるっけ?如何だっけ?アタシそんなの知らない。
特別って事はアタシにだけ違うって事だよね?
じゃあアタシは?皆に対する“好き”と、サイアスに対する“好き”は・・・・・一緒?
「・・・ぁ。ちょっと分かったかも!」
多分、だけど。
「あのね、サイアス。アタシも多分だけど・・絶対かは分かんないけど、サイアスは特別なんだと思う!
言葉にしにくいんだけどね。ニーナ達の好きとも違うし、フォウルの好きとか大切とも少し違うの!」
出会ってから今までの事を思い出す。最初は監視役だったから邪魔だなって思ったけど。
でもアタシ達に味方してくれた。本当はすっごく優しくて。あ、蛇の時も助けてくれたっけ。あの時は本当に助かったよね。
・・・・いなくなったら寂しくて、帰ってきてくれたら嬉しくて。一緒にいると心がぽかぽかする。
「傍にいると落ち着いて、ずっと一緒にいたいなって思うの。
フォウルにも同じように思ったけど、でもそれともやっぱり少し違う感じ。もっと、胸があったかくなるの。
・・・・・・ソレが特別な好きなら、きっとアタシもそうなんだよね」
初めての感情。だから、分かんないけど・・・きっとそう。
「でも良いのかな?アタシ、ヒトじゃないよ?」
ガーディアンでヒトとは別の存在。だけど、そう言ってもサイアスは頷いてくれる。
「主・・フォウルを優先させちゃうよ?」
だってそういう存在だもん。もしフォウルが命令したらアタシはソレに従うよ。
「それでも・・」
「アタシ・・・良いのかな?サイアスの事“特別な好き”になって」
不安。だってアタシはもうヒトと違う存在だから。
同じ気持ちになって良いのかなんて分かんない。
「俺は、嬉しい」
その言葉は優しくて、アタシも嬉しい。自然と顔が緩んじゃうのが分かる。
「・・・そっか。えへへ、うん!ありがとうサイアス!」
やっぱり胸がぽかぽかあったかくなる。ふわふわして不思議。凄いなぁ、サイアスって。
今まで渦巻いてた憎しみとか怨みとかが小さくなってくのが分かる。完全には・・流石に無くならないけど。
でも、分かる。これがヒトの温かさ。優しさ。愚かだけど・・同時に綺麗だとも思える。ヒトを嫌いにならない理由。
フォウルは・・・・フォウルはきっとこれも忘れちゃったのかもしれないけど。
ずっと愚かさとか狡猾さとか。そんなのばかりで優しいヒトは本当にごく僅かだったから。
「・・・行こっか!アタシね、フォウルも助けたい。
忘れちゃったヒトの優しさとか全部思い出させたいから。サイアスがアタシを助けてくれたみたいに・・ね!」
アタシにはサイアスがいるから、もう大丈夫。だから今度はフォウルを助けるの。
悲しみと深い絶望と、苦しさの底から救い出したいの!
その為には・・アタシだけじゃダメなんだけど。