きおくのかけら/3
真っ暗な闇。記憶を探るからって、アタシ寝てたんじゃ無かったっけ?
何だか記憶が曖昧。頭が、痛い。ずきずき、ずきずき、ずきずき。
──来ちゃったの?
「え?」
声。それに見てみれば、アタシそっくりの“何か”。
何だろう?何処かで見た事がある気がする。
色も同じ、顔も同じ、まるで・・・・アタシそのもの。
──来なければ忘れていられたのに
声は悲しそうな色合いを含んでる。何で?
──ずっと、アタシはアタシでいたかった
だからこそ捨てた筈なのに・・・
それは、アタシが望んだ事?
分かんない。知らない。だってアタシには残ってない。何も・・何も・・・っ。
──もうほとんどの記憶は残ってない。だけどアタシは覚えてる
“アタシ”という存在が記憶している思い出は全てが苦痛を伴うものだって事
僅かに残った残骸すらも・・・だけどアタシは望んでしまった
記憶を取り戻す事を、って目の前のアタシが続ける。
昏い瞳が気持ち悪くて、生気の無い瞳が怖くて、ただ身体が僅かにも動かない。
怖い。今、この場所に自分が立っているっていう事実がどうしようもなく怖い。
逃げようと僅かに一歩身体を退く。退けた、という現実を認識する前に───身体が落下する感覚。一瞬の浮遊感。
──もう、後戻りは出来ないよ
突き落とすような冷たい言葉が響いて頭の中に一気に映像が駆け巡る。
──アタシはずっとひとりぼっちだった
何時からとかは記憶に無い。けど、ずっとひとりぼっちだった
その孤独から差し伸べられた手は温かみも無く。愛された記憶など微塵も無く。
労働力とストレスの捌け口だけに存在する自分。ずっと相手を怨み、自分を呪った。
──苦しくても逃げられない自分。子供1人で生きていく事など出来ない現実
相手からの加虐。愉悦、快楽に歪むあの顔。引き裂いた筈の記憶に未だ残り続ける・・・ソレ
組み敷かれて動かない身体。気持ち悪い感触が全身を這う感覚。衝撃と哂う声。
戯れに絞められた首・・・本能だけが逃げろと告げる。ムリなのに。出来ないのに。
逃れたい。逃れられない。叫びたい。叫べない。助けて。言葉は悲鳴にもならないで消える。
何で?何が?如何して?ただ、痛い。呼吸が、止まる。苦しい・・・嫌、嫌だ、怖いっ!!
「・・・・・っは・・ぁ!」
呼吸も忘れてたんだって、気付く。落ちたと思ってたのに、そうじゃない。ただ座り込んでいる状態。
・・・あれがアタシの昔?フォウルと会う前のアタシ?
目の前をみれば変わらずアタシを見つめる瞳。静かな、静かなアタシ。
──ある日、城の人達が若い娘を探しに村へ来た
如何してなのか理由は分からなかったけど・・・でもそれがチャンスだと思った
逃げる為に。あの状況から逃れる為に。
──皆が戸惑う中でアタシは自ら城に行く事を望んだ
皆が反対する声が響く。それは働き手を惜しむ?玩具を手放す事を惜しむ?知らない。
耳を塞ぎたくなる偽善と独善の言葉。裏に隠された想いもその全てが気持ち悪くて・・・。
「アタシは、全部を手放した?」
──うん、手放したかった
名前も。記憶も。何もかも全てを捨てたかった。
死んでしまうならそれでも良かった。今までの自分自身を無かった事にしたかった。
だから最初から記憶を取り戻そうと考えもしなかった。だって自分から捨てたんだから。
「・・・・・・・なんだ」
そうだったんだ。アタシは、アタシを棄てたんだ。
──だから思い出して欲しくなかったのに
捨てた記憶を拾って欲しくなかったのに
僅かにでも残ってしまった滓に気付いて欲しくなくて。だけど・・・
「仕方ないよ。だってそれは滓じゃないんだもん」
引き裂かれた記憶。フォウル達と出逢う為の犠牲。
それはもう殆ど蘇る事は無い。だけど・・・。
「必要ないものじゃないんだよ。きっと」
──何で?捨てたモノを今一度拾うの?苦しみの破片を自分に戻すの?
「うん。だってそれが自分で望んだ事だから」
今までだって苦しい事、沢山あった。悲しい事も、絶望したくなる事も一杯。
だけどソレをもう一度捨てたいなんて思わない。この記憶を手放したいとも思わない。
あいつらはもう存在しないし。それに今はもう大切な人達が一杯いるから。
「アタシはきっとこの欠片を抱いても笑えるよ」
ほら、今だって笑ってるでしょ?
そう言葉を続ければ、静かに見つめていた“アタシ”の瞳から一気に涙が溢れ出る。
座り込んで、大声でわんわんと大泣きする姿は・・・うん、ちょっと記憶にあるなって感じ。
やっぱり目の前のアタシもアタシなんだよね。
分かるよ。本当は怖かった。拒絶されるの、怖かった。だから自分から突き放した。
分かるよ。本当は受け入れて欲しかった。棄てられるのも・・・やっぱり、怖かった。
「大丈夫だよ」
アタシはきっと・・・・。
「!」
「・・・・ん、ぇ?」
唐突に覚醒する意識。ぼんやりと霞がかった頭。何か、変な夢見た。
夢・・・・?あ、ううん夢じゃないんだけどさ。でも何だか眠たい感じ。ぼんやりする。
「大丈夫ですか?・・・あの、ご気分は?」
「気分?」
「何か変な感じとかない?大丈夫??」
ニーナとリュウが心配そうな顔。変なの、アタシはなんとも無いのに。
その周りにはやっぱり皆がどこか心配そうにしてる。
あはは、やだなぁ。そんな顔してたら空気が重たくなっちゃうよ?
「うん、アタシは何時も通りだよ!」
「あの・・・昔の事、は・・思い出せましたか?」
恐る恐る訊ねる声。それは、あの“アタシ”になって欲しくないから?
分かんないけど、そうなんだと思う。だってアタシだって最初怖かったし。
でも分かったら全部怖くなくなっちゃったんだけどね?
「あ、ごめん。何か思い出したと思ったけど忘れちゃった」
嘘。だけど、あっけらかんと返せばニーナは目を丸くしてから笑った。
何時もの笑顔。アタシの大好きなニーナの笑顔。だから・・・これで良いや。
忘れたなんて嘘。欠片は今も抱いたまま、だけどアタシはアタシだから。
大切・・・かは分かんないけど、アレだって結局アタシだもんね。
だから大丈夫。もうイラナイなんて思わない。今までの記憶も、これからも記憶も。