鳥篭の夢

未来への決断/1



さてはて。のんびりとお話をしながら、サーベル山脈を越えてやって来ました!
ロックがトレジャーハンターさん・・えぇと、泥棒だとからかうエドガーさんに物凄く反論してましたが・・という事。
同時にリターナーに所属していてフィガロ王家との連絡役になっていた事を聞きました。
そしてティナが元帝国の兵士で、操られて無理やり戦わされていた事も。その所為でほとんど記憶が無いそうです。

「記憶は徐々に戻るそうだから・・・たまに頭は痛いけれど」

等と控えめに教えていただいたので、鎮痛剤をいくつか渡しました。
心因性でしょうから効きは悪いかもしれませんが念の為。薬があるというだけで安心する事もきっとあるでしょう。

────とと、どうやら此処がリターナーの本拠地ですね。
洞穴みたいな入口は外から気付かれないようにでしょうか?
エドガーさんが先に行けば顔パスで奥へと案内されます。流石フィガロ国王。
奥の部屋へと進んでいけばそこにいるのは一人の年配の方ですが・・・何でしょう?謎の圧を感じます。指導者足る者の雰囲気というか。

「バナン様、例の娘をつれて参りました」
「ほう。この娘か。魔導の力を持ち、氷漬けの幻獣と反応したというのは」

魔導の力?それに・・・・・幻獣?
初耳の単語に目が丸くなります。皆さんからは聞いてない新情報なのですが。

「どうやらこの娘は帝国に操られていたようです」
「おおよその事は伝書鳥からの報せで聞いておる」

じり、とティナが一歩下がりました。
顔は青ざめていて、身体も僅かに震えていて・・・私は思わずティナを抱き締めます。

「帝国兵50人を3分で皆殺しにしたとか・・・」

「いやぁーっ!」

耳を塞ぎながら震えるティナが痛ましくて・・・・・・。
嗚呼、どうしてこの方はそんな話を突き付けるのでしょうか?
伝えた事が事実か否かはさておき。それは操られていて記憶も無いという少女に、オブラートにも包まず告げる事なのでしょうか?

「ティナ!」
「バナン様、酷すぎます!」

余りの事に流石にとロックも駆け寄ってくれて、エドガーさんも抗議してくださいます。
ですが・・・・

「逃げるな!」

一喝するような大声。ティナの肩が一度大きく揺れました。
気付いてかそうでないのか“こんな話を知っておるか?”とバナン様は続けます。

「まだ邪悪な心が人々の中に存在しない頃、開けてはならないとされていた1つの箱があった。
だが1人の男が箱を開けてしまった。中から出たのはあらゆる邪悪な心。
嫉妬・・妬み・・独占・・破壊・・支配・・・。
だが箱の奥に一粒の光が残っていた。希望と言う名の光じゃ」

近付くバナン様に思わず私は怯えるティナを抱き寄せました。この人は・・・。

「どんな事があろうと、自分の力を呪われたものと考えるな。
お主は世界に残された最後の一粒。“希望”と言う名の一粒の光じゃ」

嗚呼、この人は────なんて慈愛に満ちた、冷たい目で他人を見るのでしょう。
色んな感情がない交ぜになった瞳。
何処かでティナが・・・魔導の力が有益が害悪かを冷静に計算しているような、そんな。

「バナン様は・・・ティナに何を望んでいらっしゃいますか?」
「お主は・・・?」
「薬師のと申します。突然失礼いたします。
大変申し訳ないですが、この繊細な時期の女性に対して余りのお言葉ではと口出しさせて頂きました次第です」
「そうか・・・」

深く息を吐いて、バナン様は私へと視線を移しました。先程とは違い私個人へは何の興味もない瞳。
それはきっと私が彼にとってティナ程の価値はないという判断でしょう。

「わしは帝国とは違う。無論、対抗組織として今までも・・・そしてこれからも血が流れる事は覚悟の上だが、出来うる限り穏便に済むように事を進めたい。
その為にもティナの力が必要なのじゃ」
「それは本当に穏便に済むのでしょうか?」

魔導の力を行使するという事は少なくはない被害が出るという事です。
穏便に済む?まさか、そんな筈がありません。
魔導の力を盾に和平に持ち込むにせよ、武力行使するにしても・・・・多くの人が傷付くでしょう。
だと言うのに“希望の一粒”であるティナに多くを背負わせるのでしょうか?こんなにも怯える女の子に?こんなにも小さな肩に?

「出来るだけそうなるようにはするつもりじゃ。
まだ仮定の話で、実際行動してみなければ分からない事は多分にあるがな。
さて。わしは疲れた・・・少々休ませてもらうよ」

ふと視線を外して、バナン様はそう告げると部屋を出ていきました。
バナン様の視線を思い出して・・・背筋がゾッとします。
ティナの存在・・魔導の力に対する期待と高揚、畏怖の感情。あれがその力を希望だと指す人間の目なのでしょうか?
いえ。普通の人間にとっては未知の力になるのでしょうから怖くない筈がありません。
嗚呼、やはりマッシュやおじ様達が特別なのです。
だって、そうでなければ過去に魔導士狩りなんて────。

あの方も、帝国との戦争が終われば同じ事をするのでしょうか?
”魔導の力は呪われている。破滅と破壊しかもたらさない悪しき力だ”と?考えて、思わず私も身震いしました。
弾圧する事はきっと簡単で、“正義”の御旗の元に断罪する事すら容易いのでしょう。

いえ・・・そう決めつけるのは時期尚早というものでしょうか。
お会いしたばかりですし、また印象が変わる事もあるやもしれません。
とは言え、この方の前で魔法は使わない方が良いとは認識させていただきますが・・・ただ。
腕の中のティナへと視線を向けます。まだどこか青ざめた顔。

ただ、もしティナに全てを背負わせてしまうのなら。それなら、私は────。

「・・・・・・ぁ、たま・・・ぃた・・・・」
「ぇ?」

考えていれば、絞り出すような小さな声。
直後、くたりと私へ体重を預けさせるような重みに私は我に返りました。

「ティナ!?」

極度の緊張からでしょうか?ティナは青い顔のまま意識を失っています。
自分が不甲斐ない。まさかバナン様が怖くてティナを放っておいてしまうなんて、失態です。

「ティナ、どうした!?」
「気を失っています。ロック、何処か休める場所はありませんか?」
「ああ、こっちだ。俺が休ませてくる」
「すみません、お願いします」

ひょいとティナを抱えて、ロックは部屋を出ていきました。
心因的なものと疲労からくるものでしょうから暫く休めば多少は良くなる筈です。
不甲斐なさにひとつ溜め息を吐けば、のすっと大きな手が私の頭に乗りました。

「・・・・・・あの、どうしましたか?マッシュ」

ぐりぐり撫でるのは如何なものかと思うのですが。

は大丈夫か?」
「そうだな。よくあの状況下で話に割って入れたものだ」

多分、マッシュとエドガーさんではその意味が違うのでしょうけども。
魔導の力に関する事でも、バナン様の圧力に対してでも疲れました。気疲れです、ホント。
ありがとうございます、と返して僅かに苦笑してみせて・・・ふと思い出します。

「そう言えば、ティナは魔導の力を使えるんですよね。
ここに来るまで一度も見ていませんが・・・」
「あー・・・」

僅かに言い淀みながら、エドガーさんは眉を下げました。

「前に彼女が魔法を使った時に、私達が少々動揺してしまってね。
意識的か無意識にかは分からないが、それで忌避しているのかもしれないな。
達に同じような反応をされたくない、とね」
「成る程」
「そういえばマッシュもも魔導の力と聞いても驚かなかったな」

ええと、そうですね。でも知っているとは言えませんから。
何とお答えするのが正しいのか・・悩みながらも私は顔を上げました。

「そう、ですね。私はそれよりティナの方が心配だったので」
「俺はまぁ実際見てないからなぁ」

“よく分からん”と続けるマッシュは心からそう思ってるのでしょう。
そしてきっと実際に見ても私の時のようにあっけらかんと笑ってくれそうです。それがマッシュですから。

「まぁ確かに私も実際に見る迄は“魔導の力”と聞いてもピンと来ていなかったかもしれないな。
目の当たりにして驚いてしまった。一瞬で魔導アーマーが炎に包まれる姿はなかなか見れるものじゃない」
「炎・・・」

ファイアでしょうか?私は使えませんが、村にも何人か使える人はいましたっけ。
気を付けなければ木や建物にも燃え移りますから練習する子は場所探しに苦労してましたね。
でも・・・そんな力を帝国は操って無理矢理使わせていた?きっと加減もさせずに、全力で・・・。

「それは、少し怖いですね」
はそう感じるかい?魔法は怖いものだと」
「あ、いえ。そうではなくて・・・」

上手く伝わらないもので、つい苦笑してしまいます。

「魔法がというよりは、その力を使わせようとする人達が。
力なんて機械であっても武力であっても・・・薬品だったとしても使い方次第じゃないですか。
リターナーの方々はティナを“希望”と呼びましたが、何をさせるつもりなんでしょう?」

私の答えは何か変だったでしょうか?
エドガーさんは僅かに瞠目して、それからふと表情を和らげました。

「そうだな。私もまだ彼の真意を聞いた訳ではないが・・・。
この争いを終わらせようと尽力している事は確かだ。
だからこそ私はフィガロの王としてリターナーに協力しようと考えている」
「そう、ですね・・・争いが長引くのは良くありませんから」

国王としてそれは正しい判断なのでしょう。ですが───

「では力を持つ者は、乞われるがままに力を貸さねばいけませんか?
争いを止める為に望む望まないに関わらず、それを行使する義務があるのでしょうか?」
「それを決めるのは本人だろう。
我々の考えを無理強いするのは帝国のやり方となんら変わらない事だからな」
「・・・エドガーさんがそういう考えの方で良かったです」

にこりと笑みを向ければ、同じように笑顔で返されました。
それから近付いてきて、頬から顎のラインをなぞられたかと思えば優しく上を向かされます。
ハニーブロンドの綺麗な髪と、鮮やかな青の瞳が間近にあって・・・マッシュもですが、やはり綺麗な色合いだなぁなんてしみじみ再認識しますね。

は聡明な女性だ。そして外見と違わない他者を慈しむ美しい心を持っているのだね。
君のその清らかな瞳にぜひ私を映して欲しいものだが・・・」
「っ!?」
「兄貴・・・」

身構える前にひょいと腰に腕を回されて、マッシュへと引き寄せられます。早々に救助されてしまいましたね。申し訳無い。
やはり心臓と感情コントロールに悪いです、この手のものは。
しかし僅かに張り詰めていたような緊張感は霧散して・・・もしかしてわざとそうして下さったのかもしれません。
何処か呆れたようなマッシュと悪びれないエドガーさんを見ながら私は思わず笑みを零したのでした。



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