鳥篭の夢

未来への決断/2



「ティナは大丈夫でしょうか?」

あれから2人と別れて本部内を散策しながら、ポツリと独り言ちて溜め息をつきます。
いくら“自分が決めて良い”と言われたとしても周りからのプレッシャーがある場で自分の意見など言いにくいでしょうに。
彼女にそれをはねのける強さがあるかどうか・・。それは付き合いの浅い私には窺い知れませんしね。

あの時エドガーさんにした質問は・・・ええ、そうですね。自分の為でもあるかもしれません。
私は彼等に秘匿された力を行使してまで助力する必要があるのか・・・と。

「恐れてそれを排斥したのは自分達なのに・・・」

指先からパリパリと僅かに放電していて、強く拳を握りしめて何度か深呼吸をして落ち着けます。
遥か昔の話です。寝物語に語られる程度には遠い昔の話。
人間と幻獣が仲良く暮らしていた時代から、経緯までは分かりせんが人間に魔導の力を注入して魔導士が造られた事。
そして、魔大戦と魔導士狩り。
母も祖父母も“それだけ魔大戦の恐怖が身に沁みているから”と笑いながら言っていましたか。
でも頑なに外からの人達に力を秘匿する程度には、私達サマサの村は力を持たない人達を恐れているのです。

全員がそういう訳ではない事は分かっていますが、それでも・・・。

「よう、

不意に呼ばれて顔を上げれば、そこにはロックがいました。

「ロック!先程はありがとうございました。ティナは大丈夫でしたか?」
「ああ。ティナならさっき起きたところだ。
まだ頭痛が残ってるからってから貰った薬を飲んでたぜ」
「そうでしたか。少しお見舞いに行っても平気ですかね・・・?」
「勿論。行ってやれば良い」
「ふふ、ありがとうございます。では行ってみますね」

それからティナのいる部屋を教えてもらって、私はそちらへと駆け出しました。

「頼んだぜ、。俺じゃ・・・ティナに何も言ってやれないからな」

そう呟いたロックの言葉は、私に届く事はありませんでしたが・・・。

───コンコン

扉をノックすれば“どうぞ”と返す声。
部屋に入ればティナが出迎えてくれて、一緒にベッドに腰かけます。

「ティナ?調子はいかがですか。
ロックから薬を飲んだと伺いましたけれど・・・」
「ええ。おかげで今はもう大丈夫、ありがとう」

柔らかく微笑む姿に私もにこりと笑みを返します。
ああ、良かった。顔色はだいぶ良くなったようで私も一安心ですね。

「もし他にも症状があれば教えてくださいね。
手持ちの制限はありますが一応一通りは揃えたつもりですので・・・」

それにティナは一度考えるような仕草をして、視線を落とすと膝の上で拳を強く握りしめました。
はて、どうしたのでしょうか?

「魔導の力を・・・」

ぽつり。消え入りそうな声。

「魔導の力を、消す薬は、ない?」

それは何処か泣きそうな、苦しそうな声でした。

「私・・・気付いたら、この力があって。自然に使えるのが当たり前で。
でも何で使えるのかも分からなくて。周りは・・・・・普通は、そんな人間はいないって」

ぽつり。ぽつり。小さく落ちていく言葉は、自分の持つ力への恐怖がありました。

「私だけがなんでこんな力があるのかも分からなくて・・・。私、怖くて。
あのバナンって人が言っていたでしょう?私、沢山の人を・・・無為に殺してしまった。
覚えてなくても分かるの。この力で、私───」

震えるティナの手を私はそっと握りしめます。
ぼろぼろと涙をこぼす姿は本当にただの女の子で。
魔導の力があるというだけで、こんな事を強いられてて。

「大切なものなんて無い。守りたいものなんて無い。私は何もわからないのに。 
希望なんて・・・・私、そんなものにはなれない」

こんなにも周囲の期待に押し潰されそうになって苦しんでいる。

「ティナ、口開けてください」
「え?」

涙の残る瞳をぱちぱちと幾度か瞬かせたあと、ティナは大人しく口を開けました。
素直な姿に微笑みながら鞄からクッキーを取り出した私は、その小さな口に押し込みます。

「むぐ・・・む?」

目を白黒させながらもサクサクとクッキーを食べ進める姿は可愛らしい普通の女の子です。

「・・・おいしい」
「でしょう?後でこっそり食べようと思っていた私のおやつです。
美味しいものを食べると元気になりますからね」

少しの糖分は心の栄養ですから。
ハンカチで目元を優しく拭って、私はティナを抱き締めました。

「良いですか?ティナ。
正直にお話をすれば、魔導の力そのものを消すお薬は今のところありません」
「・・・そう、そうよね。ごめんなさい」
「でも多少その力を抑える薬は存在します」

厳密に言うと、余剰分を体外に出すお薬になりますが。後は干渉分を抑える効果ですね。
つまり普段から私が飲んでいる薬です。

「・・・・・・ぇ?」

意味が分からないと、ティナは私の腕の中で目を丸くしています。
私は小さく笑って見せて、人差し指を自分の口元の前へと持っていき秘密だと示しました。

「これは現在のメンバーではマッシュしか知らない極秘情報ですからね?
特にあのバナン様の前では公言しないでほしいのですが・・・」

ふわり。手のひらからケアルに近い癒しの光を纏わせます。

「実は私も使えちゃったりします」
「ぇ、ええっ!?」
「ティナ、しー」

バレちゃいますからね!静かにとジェスチャーすればティナはパッと両手で口を覆いました。

「ティナも此処に来るまで教えてくださらなかったので、これでお相子ですよ?」
「でも、どうして・・・?」
「そうですね。一応、家系という事になるんでしょうね。
稀に私のような者が生まれるそうですから」
「そう、なの・・・」

とても濁しましたが。間違ってはないですよ?魔導の力は家系ですしね。
稀に生まれるのは、私みたいな魔力の影響を受けやすい者ですけれど。
しかし生まれつき使えるのであればサマサが関係している?他に魔導士が残っている村があるとか?
でも自分しか使えない・・・という点でみれば隔世遺伝になるのでしょうか?難しいところです。

「でも安心してください、ティナ。
良いですか?貴女だけが苦しまなくて良いし、何もかもを背負わなくて良いんです。
誰かがティナだけが~・・なんて言ったら私を思い出してください。
私もティナと同じですから。貴女だけじゃない。
誰かの希望なんて無理にならなくて良いんです。相手が圧力をかけるなら逃げても良いんです。
貴女は、ただのティナでしょう?」
「私・・・ゎ、私・・・・・・っ」

止まった筈の涙がまた溢れて、しがみついて泣く姿はまるで小さな子供のようでもあって。
ぽんぽんと背中を優しく叩いてあやします。

「沢山泣いたら良いんです。
感情を抑えなくても、ティナの思ったままにして良いんですよ」

それは私が言える事ではないでしょうけれど。
マッシュのおかげで思いきり泣くというのが大切な事だと教わりましたからね。

「縁とは本当に不思議なものですね。
人と人との繋がりが、きっと良き縁となって私達を引き寄せてくださったのでしょう」

しみじみと、そう実感します。
まさか村の外で魔導の力を持つ方に会えるとは思ってもいませんでしたから。
暫くして泣いていたティナが落ち着くと、私は彼女の泣いてやや腫れた目元をケアルで治しました。
“ありがとう”と微笑む姿はやはり可愛らしいごく普通の女の子です。

「ティナ。貴女のお手伝いをさせて頂けませんか?」
「え?」
「これからティナがどうするかは分かりませんが・・・・。
協力するにせよ、しないにせよ。ティナの意思で出した答えを少しでも手助けしたいなぁ、と。
それが世界の果てまで逃げるでも良いですよ?」

その時はサマサまでご案内しましょう。あそこであればティナも気負わなくて良いでしょうし。
同じ魔導の力を持つティナであれば村の人もきっと無条件で受け入れてくれる筈です。
なんて、流石にそこまでは口にしませんでしたが、ティナは不思議そうな顔をしました。

「それは、同じ力があるから?」
「ええ。切っ掛けはきっとそうですね。
そして私はこのご縁がとても大切なものであると思ったからです」
「たいせつなもの・・・」

小さく呟いて、ティナはそっと自分の胸元に手を当てました。

「ありがとう、。・・・まだ答えは出せないけど、もう少しだけ考えてみるわ。
私も同じ力を持つと会えた事は大切だと思うもの」
「こちらこそありがとうございます。ティナ。
また心がツラくなったら言ってくださいね。私特製クッキーをお出ししますので」

冗談めかしてそう返せば、ティナは少しだけ悲しい顔をして・・・あれれ?どうしましたかね?
変な事を言ってしまったかと思って慌てかければティナが真剣な瞳で私を見つめました。

「・・・ツラくなくても良いかしら?クッキー、とても美味しかったわ」
「是非たんと召し上がってください」

秒速で両手山盛りに渡してしまったのはちょっぴり反省しています。



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