鳥篭の夢

未来への決断/3



結局、ティナはリターナーに協力する道を選びました。
“まだ分からない事は多いけれど、争いを少しでも早く止めたいから”・・・と。健気な言葉に私が泣きそうになりましたが。
勿論お手伝いをさせてくださいと言えば微笑みと共にお礼を言われてしまいました。

早速と開かれた作戦会議では、帝国が魔導の力を復活させた件、また幻獣の研究を進めているらしいという情報。
そしてそこから関連付けられる事柄が“魔大戦の再来”であると話を進めます。
幻獣の存在を疑問視する言葉。
暗黒の歴史を繰り返すのではと不安と動揺が辺りに広がっていきました。
魔大戦に関しては何せ1000年前の話ですから伝わっていない事も多いでしょう。サマサでも昔語り程度ですしね。
だからこそ確証のない話が多すぎて不安になってしまうのです。

「しかし・・・帝国に立ち向かうにはこちらも魔導の力を手に入れるしか・・・」
「ならん!それでは帝国と同じ間違いをする事になってしまう」
「・・・ではどうしろと?」

エドガーさんの言葉にバナン様は腕を組んでまるで悩むような仕草をしました。
それからゆっくりとその口を開きます。

「幻獣と話が出来ないかと考えている。
危険だが・・・ティナと幻獣をもう一度反応させれば幻獣が目覚めるかも知れない」
「幻獣と・・・!?しかし、本当にそんな事が・・・?」
「確かな事は言えないが・・・しかし、これにはティナの協力が必要だ」

視線が一斉にティナへと向いて、緊張に息を飲んだのが分かりました。
僅かにたじろいだようにも見えましたが、一度深呼吸をして頷きます。

「やってみましょう」

途端に歓声が上がって・・・あぁ、どうしてそうなるのでしょうか?
幻獣を目覚めさせて、話をして・・・それでリターナーの方々はどうするつもりなのでしょうか?
助力を得る?それは間接的に魔導の力を得る事と一体何が違うのでしょう。

「幻獣を巻き込んでしまえば・・・本当に、魔大戦じゃないですか」

ポツリと落ちた言葉は、歓声で掻き消えます。
魔導の力を得た人間と幻獣。その争いで1000年前は世界が滅びかけたのに?
カーバンクルみたいな戦う力の無い幻獣はどうなってしまうのでしょう?

?」

心配そうな声。見ればティナが不安そうに私を見ています。

「何でもありません。大丈夫ですよ、ティナ」

笑みを向ければホッとしたような表情。
今は・・・そうですね、今はティナを助けると決めたのですから。
ティナの為にも暫くはリターナーの方々にお付き合いする事に致しましょう。

───ガタン

扉が開く音?にしては妙に乱暴な・・・それに、この臭いは・・・・血?此処まで届くほどの?
背筋がぞわっと総毛立つ感覚に私はいち早く走り出します。確かハイポーションを作っていた筈。

「バナン様・・・大変です・・・・」

ぐらりと崩れかかった男性の身体を支え、予め鞄から出していたハイポーションを振りかけます。
転々と続く血の跡からも出血量が多い事が分かって・・・。
これなら魔法を──考えかけて、拳を握りしめました。
ここで私の力を明かす事は得策ではありません。今はこの方の生命力に賭けましょう。

「なんと酷い怪我じゃ、何があった?!」
「サウス、フィガロが・・・。帝国が、サウスフィガロからこちらに向かっています」
「気付かれたか!作戦を急がなければならん!!」

バナン様の慌てる声が聞こえてきますが、こちらも急がなければ。
後このまま支えるのもツラい・・・と、思っていると不意に重みが消えました。見ればマッシュが代わりに抱えてくれています。

「ありがとうございます、マッシュ。助かりました」
「いや、気にすんなって。は相変わらず無茶するな」
「性分ですから。・・・すみません、どなたかこの方をお願いします!
ハイポーションを使いましたからじきに効いてくるかと。今は安静にさせてください」

言葉に近くにいたリターナーの方が運んでくれて・・・一応、あの方に関しては一安心ですかね。
去り際に“ありがとう”と小さな声でお礼が聞こえて、私としてはそれで満足ですし。
と、エドガーさん達と何事かを話していたロックがこちらを向きました。

「ティナ、。俺はこれから別行動するが気を付けろよ。
特に・・・そこの手の早いので有名な何処かの王様にはな」
「ロック!?」
「兄貴。本当にそのクセ直ってないんだな・・・」

ニヤリと笑ってロックは去って行ってしまいました。
エドガーさんが慌てている姿とマッシュの呆れる姿は何だか面白いのですが今はそうではなく。
コホン、と一度咳払いするとエドガーさんはあくまでも真剣な表情に戻ります。

「バナン様、我々はレテ川を抜けてナルシェに逃げるべきかと。
炭鉱で見つかった幻獣の事も気にかかります」
「うむ。では裏口に筏を用意させよう。少々危険だが仕方あるまい」
「ティナ、。ここは危険だ、一緒にナルシェへ・・・。
ティナにとっては自分の力を知るチャンスになるかも知れないな」
「グズグズしてる暇はない!すぐナルシェに向かうぞ!」

バナン様が指示を出せばリターナーの方々も準備の為に慌ただしく動き始めました。

───しかしアレですね。
割と巨大な筏なのは助かりましたがそれでも男性3人、女性2人はギリギリ感すごいですよね。
時折、在来種であろうモンスターが飛び出してくるのを時に剣で、大抵をマッシュとエドガーさんが顔を出した時点で倒していきます。
というかオートボウガンもオーラキャノンも普通に魔法より怖いと思うんですけどね?私は。

「まだ着かないのかしら?」
「うむ。そろそろ出口が近い筈じゃが・・・」

ちゃぷん。激流にそぐわない水音。
それにいち早くエドガーさんがオートボウガンを構えました。

「敵か!」

水面に向けて・・・でも、えぇと。アレって。

「うひょひょ、此処は通せんぼ!
通さないよー、イジワル、イジワル?」

「・・・・・・タコ?」

巨大で紫色で何故か凶悪な牙がずらりと並んでいますが。
そして軽快なお喋りまで見せてくれていますけども、形状はタコですね。

「とにかく倒すか」
「そうだな・・・いくぜ、オーラキャノン!」

毎度オートボウガンとオーラキャノンが容赦なくタコへと放たれます。

「んがー!何するんじゃーっ!」

しゅるりとタコ足が2人に伸びてきたので剣でソレを切り落とせば、ビチビチと足の先端が跳ねます。やや気持ち悪いのですけれど。
更にティナがファイアを放つと、切れた断面から炎が吹き出して炙られた良い匂いが・・・。
っと、失礼しました。
でもティナの魔法は初めて見ましたが村で見たファイアとは威力が段違いで感心しちゃいました。きっと持ち得る魔力の量が多いのでしょう。

「あっちっちー!?ゆでだこ!?ゆでだこ!?」

火のついた足にふーふーと器用に息をかけて消して・・・水に浸ければ早いんじゃ、とちょっぴり考えましたが。
じっと私達を見つめるとやや頬を染めました。タコなのに。

「可愛い女の子達。ワイの好みや・・・ポッ」

等と頬を染めたままの割には容赦ないタコ足が迫ってきますけどねっ!
切り落としても切り落としても再生してませんか?このタコ足。というか。

「・・・・私、もう女の“子”っていう年齢ではないのですけれど」
「・・・?は今幾つなの?」
「今年で20です」
「私より2つ上なのね。同じ位かと思ってた」

僅かに驚くような顔。そんなに意外でしたかね?
確かにバルガスさんには童顔だとからかわれていましたが。

「ワイ、可愛いお姉さんも好みや」
「へ?」

容赦なく近付くタコ足。というか女性なら何でもありなのでは?このタコ。
剣を握り直した瞬間、巨体が割って入って──あぁ、マッシュだと認識したと同時に、凄い勢いでタコ足に爆裂拳を叩き込みました。

に寄るな、このタコ野郎!」
「タコだけどっ!筋肉モリモリ嫌いだー!」

更に近付くタコ足にオートボウガンが、そして本体にマッシュがオーラキャノンを放てば“グェグェ”と呻き声を上げながらタコは水中に沈んでいきました。

「やったのか?」
「いや、手応えがなかった・・・水中に潜っただけか」
「このまま進んじゃいますか?」
「そうね・・・・・・きゃっ!足になにかが・・・!」
「ティナ!?」

足には紫のタコ足が絡まっていて、それを剣で切れば慌てたように足は水中へと消えていきます。
油断も隙もないタコですね。
エドガーさんがティナに手を貸して筏の中央へと避難させてくださいます。

「ティナ、こっちだ!」
「もう大丈夫じゃ」
「・・・ぃっ」
「大丈夫ですか?!」
「少し足を捻ったみたい・・・」
「でしたら鞄に湿布薬があるので使いましょうか。
それでも良くならないなら・・・・えぇと」

ケアルを使いましょうと言いかけて淀みます。使えませんね、困りました。
その様子にティナはくすりと一度微笑んで“大丈夫”だと返してくれました。すみません。
ティナの足を治療をしていれば不意に腕にぬめりとした嫌な感触。
何かと視線をやった時には時既に遅し・・・とでも言いましょうか。巨大なタコ足が私の腰にぐるりと巻き付いていました。

!?」

驚くティナの声。あー・・・でも無理ですね、これ。
腰に思いっきり絡んでますからほどけないし、剣も抜けません。どうしましょう?ではなくて!

「ティナ、鞄頼みます!」
「え?え?」

大きい方の鞄は大事なものが!後、水濡れ厳禁な物もちょいちょい!
もう一度あれらを揃えるのは大変骨ですので、絶対に犠牲にする訳にはいきません。
混乱するティナに説明する間も無く、私はタコ足に水中に引きずり込まれました。

「・・・っ!」

ゴボゴボと飛び込んだ瞬間に発生した泡が地上に向かって昇っていくのが見えますが・・・私は見事に沈んでますね。
さて、どうしましょうか?鞄を頼むのに精一杯で空気もあまり吸い込めませんでした。
そんなに持たなさそうですから急いで抜け出さないと。
とにかくと腰に巻き付いたタコ足を掴みますが・・・・・やっぱ無理です、剥がせる気がしません。
口の端から空気が漏れ出て思わず口を押さえます。あんまり苦しくなると放電しかねないですね。そして、そうなると多分私も死にます。
水中で放電すれば間違いなく感電死でしょう。これだけは避けなければ────。

「・・・ごぼっ」

息を吐き出しながら水中で歪む視界の向こうで、にんまりと笑うタコが見えて正直イラッとしました。落ち着きましょう、私。感情を乱せば感電死。
あ、リフレク使えば・・・いやでも今度は上の人達が危ないですかね?やっぱり無理です。
うーん、お手上げ。なんて冗談じゃなく私もそろそろタイムリミットです。酸素が足りなくて頭痛が。思考と視界も、霞んで・・・。


ッ!!」


上からくぐもった声。聞きなれたソレが耳に届いたと同時に、何かが飛び込む音と衝撃。
腰回りに幾度か衝撃があって、そのまま引っ張られてタコ足から解放された所までは分かりましたが・・・そのまま私の思考は途切れました。
ああ。水死体になるのは避けたいのですけれども、どうでしょう?



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