鳥篭の夢

漂着先の縁/1



火の爆ぜる音。暖かさと、同時に全身がひどく寒くて意識が急速に浮上しました。

「目が覚めたか」
「・・・貴方は?」
「シャドウだ」

シャドウさん、ですか。ええと、私はなんでこんな全身びしょ濡れで──っ!
考えていれば一気に思考が巡って先程の事を思い出しました。
あの巨大なタコと遭遇して、私が足に捕まって水中に引きずり込まれたんです。だけど確か、誰かが・・・?
辺りを見渡して、少し離れた場所でマッシュが倒れているのが見えました。

「マッシュ!?」

慌てて近付いて・・・うん、大丈夫ですね。
息もしてるし脈もちゃんとしています。大きな外傷もなさそうです。
ああ、やっぱりと言いますか。あの時助けに飛び込んでくれたのはマッシュだったんですね。

「そいつは仲間か?」
「はい。助けていただいてありがとうございます、シャドウさん。
マッシュは重かったでしょう?」

私では引き摺る事も出来ないでしょう巨体を、川辺ではない此処まで運ぶのは大変だったと思います。

「インターセプターがお前達を見つけた。礼ならコイツに言え」

指し示した先にいたのは一匹の精悍な犬。だけどその尻尾は緩く振られています。
あれ?この子、何処かで見覚えが・・・・・いえ、待ってください。もしかして。

「インターセプター?」

問えば、眼前の犬は一度吠えました。

「貴方、もしかして本当にインターセプターですか?サマサの??」

言葉にシャドウさんが驚いたように私を見ました。いえ覆面で表情は分かりませんが、雰囲気が。
という事はシャドウさんもサマサを知っているのでしょうか?でもインターセプターが懐くのはそもそも一部の人間だけです。
仔犬の頃から遊んでいた私以外であれば、飼い主であるお姉さんとその家族────

「えぇと・・・・・クライドさん?」
「・・・っ何故・・いや、お前は・・・・・・か!」

まるで記憶を手繰るように名前を呼ばれて・・。
良かった、忘れられていなくて一安心です。

「やっぱり!お久しぶりです、クライドさん」
「・・・・・・その名はとうに捨てた。今はシャドウだ」
「捨て・・・って、でもどうしてですか?それにリルムの事も・・・」
「アイツは知人に頼んである」
「知ってます。今はストラゴスさんのおうちにいるって」

おじいちゃんは優しいって何度も手紙にありました。途中から悪口も増えていましたが。
いえ、私が聞きたい事はそうではなくて・・・でも、そうですね。私が無闇に聞いてはいけない話題ではあるのでしょう。
クライドさん・・・いえ、シャドウさんの雰囲気はこれ以上踏み込むなと告げています。

「・・・・・・・・・そういうお前こそガレス達はどうした。サウスフィガロは此処から距離もある。
体質改善と魔力のコントロールが出来るようになって親離れ・・という訳でもないだろう?」
「そうですね、何一つ改善してませんが・・・両親は3年前に亡くなりました。
今はマッシュが家族の代わりになってくれてます、かね」
「・・・そうか。ガレスとアリシアが」
「帰郷から戻る途中で帝国の侵攻に巻き込まれたらしいです。
私は留守番していたのでその場には居合わせませんでしたが・・・」

ふ、と静寂が落ちて、インターセプターがすり寄ってきてくれたのでよしよしと撫でました。
とと、そうだ。シャドウさんがクライドさんだと分かりましたし魔法解禁しても良いですよね?
ここぞとばかりにマッシュにケアルラを掛ければ、ため息が落ちました。クライドさん・・・いえ、シャドウさんの。

「お前は警戒心が薄すぎる。油断しない事だ、俺以外に見てる奴がいないとも限らん」
「あ、そっか。それもそうですね。ありがとうございます。
・・・そう言えばクラ・・シャドウさんは、今は何をされてるんですか?」

クライドさんと呼びかけたらめっちゃくちゃ怖い目をされて即座に訂正しましたが。
問えば、シャドウさんはふと視線を焚き火へと戻しました。

「何でもやっている。護衛だろうが、殺しだろうが。
金を貰えればどんな汚い仕事でもな」
「そう、なんですね」

私の中のイメージでは巻物で消えたり分身する面白お兄さんだったのですが。
久しぶりにお会いしたら、どんなお仕事も出来る黒装束の怪しいお兄さんになってしまいました。
・・・・・・何でも?

「シャドウさん。護衛もされてるんですよね?」
「ああ」
「私達、実は他の仲間とはぐれてしまって。
ナルシェへ行きたいのですが、途中まででも案内して貰う事って出来ませんか?」
「金が払えるならな」

うぐ。お金、ですか。ですよね。お仕事ですもんね。

「手持ちだけでも良ければお願いしたいです。待って頂けるなら後で色々売って工面しますし。
相場はおいくら位になりますかね?あ、身内サービスって無いですか?」
「お前を身内にした記憶はない」
「え、うそっ!?同じ村にいたんだから身内じゃないですかー」
「それは身内とは呼ばん」

うう。酷いです、シャドウさん。

「・・・別に、案内してやらん事もない。
ナルシェへ行くには東にあるドマを抜ける必要があるが、今その手前で帝国が陣を張っているらしい。そこを抜けるまでで良いならな」
「帝国が・・・・・・やっぱり優しいですよね、シャドウさん」
「気が変わればすぐに抜けるぞ」

ピシャリと言われてしまいましたが。
帝国の陣地を抜けるまででもご一緒してくださるなら十分に心強いです。
そんな大変な場所を抜けるお手伝いをしてくださるのですから、やはり優しい方だと思います。

「あまり関わろうとするな。
・・・・俺は、死神に追われている」

最後の言葉はまるで呟くように落ちて・・・。
ああ。シャドウさんは、シャドウさんであっても本当に面白いお兄さんなんですね。

「死神に追われない人なんて、この世にはいませんよ」

人はいつか死にますから。それが寿命か、事故か、事件か、病気か、なんて差があるだけで。
私だって薬で生き永らえているだけです。いつどうなるかなんて知りません。
間に合わない事も、手を尽くしてもダメな事も世の中にはあります。
絶対に大丈夫なんて存在しないのです。悔しいですが。

「でも怪我や病気なら私が治しますからね?
簡単には死神に引き渡しませんから、ご心配なく!」
「お前は相変わらずだな」

どこか呆れたような声音に、私は満面の笑みで返しました。


「・・・・・・・・・ぅ・・・」

呻く声。それに私はパッと視線を下に落とします。

「マッシュ、大丈夫ですか!?」
「・・・・・・?」
「はい、そうですよ。どこか痛いとかツラいとかありませんか??」
「いや・・・」

ぼんやりとした顔のまま身体を起こして、何度か頭を左右に振りました。
それから唐突に私の両肩をいきなり掴んで────ぇっと!?あの、マッシュ??

「お前こそ大丈夫か?
悪い、助けにいったつもりがあのタコに一緒に吹っ飛ばされちまって!」
「いえ。私こそあんなタコに捕まってしまうなんて・・・不覚でした。
マッシュのおかげで水死体にならなくてすみました。ありがとうございます」

答えに深いため息。それでも安堵の笑みを見せてくれて、私も笑顔で返します。

「後はティナが私の鞄を無事にナルシェへ運んでくれると助かるのですが」
「それは大丈夫だろ。頼まれたって抱え込んでたからな」
「抱え・・・でしたら一安心ですかね。
あ。後、流されていた私達を助けてくださったク・・・・・・えぇと、シャドウさんです」

危うくクライドさんと言いかけましたが大丈夫です。何とか間違えずに紹介できました!
マッシュは肩に置いたままだった手をどけて、シャドウさんへと向き直ります。

「そうか。すまない、おかげで助かった」
「・・・見つけたのはインターセプターだ。勘違いするな」
「それでも助けられた事には違いないだろ」

それからインターセプターへと視線を向けました。

「お前もありがとうな」
「よせ、他人には懐かない犬だ」

グルル・・と唸るインターセプターにマッシュは差し出しかけた手を引っ込めて、思わず苦笑。
でも確かに大きくなったから唸るだけでもなかなか迫力がありますね。

「それで、ナルシェに行く道の途中までお願いする事にしたんです。
ドマの近くで帝国が陣を張っているって・・・」

話でしたよね?確か。

「帝国が!?」
「ああ。東の森を抜けたところで陣を張っている。
どうやらドマの城を狙っているらしいが・・そこを抜けなければナルシェには着かん」
「成る程。俺達にはここら辺の土地勘も無いしな。
そもそも此処が何処かもサッパリだから助かる。頼むぜ、シャドウ」

マッシュは笑顔で握手を求めます・・・が、してくれませんよね。そんな気はしていました。

「礼はいらん、金は取るからな。
気が向いている間だけだ」
「おう」

それでも大丈夫だとマッシュは笑顔で頷いてくださいましたが・・・結局お値段を聞き損じてます。
身内サービス無いって言ってたしちょっと怖いですが支払い頑張りましょう、うん。



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