鳥篭の夢

漂着先の縁/2



「酷い目に遭ったな・・・」
「大丈夫ですか?」

手のひらで包むようにして、マッシュの指先にじんわりと癒しの光を送って火傷を治します。
私としては何だかんだ時計とかを直しちゃうマッシュは凄いと思いますが。

シャドウさんに助けられた先にあった小さな家屋で話を聞こうとした私達は、そこに住んでいらっしゃる不思議なお爺さんにお会いしまして。
最初は私達を修理屋さんと言っていたのですが最終的には熱くなったストーブを触らせたり。
まるで子供のイタズラみたいな事をして笑っていたかと思えば、急に“ゾッとする”と言って私達を家から追い出したり。
“子供”・・・という単語が切っ掛けだったのかもしれません。
あの方の様子は所謂“精神病”というものに近かったように思います。

「ありがとな、。もう大丈夫だ。
──・・っと、あそこが噂の陣地ってやつか」
「ああ」

遠目からでも物々しい雰囲気が伝わってきて緊張しますね。
ギリギリまで近づいて壁際に隠れます。ちらりと覗いてみますが・・・んん、これはなかなか。

「兵士の数が多いな」
「ですね」

此処を通り抜けるのはちょっと難しいような気がするのですけども。
じっと息を潜めていれば、不意に兵士達が集まってヒソヒソ話・・・よりかは大きな声で話し始めます。
内容は・・えぇと、簡潔に纏めると“上司への愚痴”になるんですかね。
後はケフカという方が、レオという将軍を追い出して自分がその地位につこうとしている、と。

「おい、コラ!お前らキチンと見張ってるか。ん?」

不意に出てきたのは・・・あぁ、何だか凄いインパクトのある方ですね。
緑のコートの下に極彩色の衣装を身に纏い、顔面は真っ白に塗りたくられていて道化師のような鮮やかでキツめのメイクを施しています。
“ケフカ様”と呼ばれたあの方が、先程の話題に出てきた上司でしょう。
挨拶をする兵士達に“キチンと見張ってなければ後で酷い目に遭わせる”と脅しをかけて行きましたが・・・アレは確かに怖いかもしれません。
去って行った後も何やら悪口を言われているようですから本当に嫌われていらっしゃるんですね。

「おいっ!そこの2人!これよりドマ城に対し突撃を行う。
お前達も突撃隊に加われ。今すぐだ!」
「「はっ!」」

青い鎧の兵士に呼ばれて、愚痴を言っていた方々は行ってしまいました。
その周囲にいた兵士達にも声をかけていたので現状見える範囲に誰もいなくなって・・・。
これは、チャンスですかね?

「あらかたの兵士が行っちゃいましたね・・」
「今の内に通り抜けるか」

マッシュの言葉に何度か頷いてみせて、私達はこっそりと行動を開始しました。
・・・もしバニシュが使えたら透明のまま行動できて楽でしたが、世の中甘くはありませんね。
時にテントの中、時に建物の影に避難しながら地道に進んでいけば、慌てたような兵士の姿が見えて思わず近くにあった塀の影に隠れます。
崩れかけているおかげで向こう側が隙間から見えますが、緑のコート・・もしかしたら軍服なのでしょうか?・・それを着た厳ついお顔の方がいらっしゃいますね。

「レオ将軍。ドマの者は籠城戦の構えです」
「お得意の戦法でくるか」

悩むような仕草に、兵士が“命令を下されれば何時でも城を攻める”なんて言葉を続けて・・。
でもレオ将軍と呼ばれたその方は首を横に振ってその意見を取り下げました。

「しかし将軍。帝国の為なら私はいつでも命を落とす覚悟は出来ています」
「お前はマランダ出身だな?」
「は?は、はい。しかし何故?」
「国には家族もいるだろう。この私にお前の剣を持って家族の所に行けと言うのか?
その時私はどんな顔をすれば良い。お前は帝国軍の兵士である以前に一人の人間だ。
無駄に命を落とすな。ガストラ皇帝もきっとそうお望みだ」
「はいっ!」

マランダ出身・・・という事はあの方は、徴兵された方なんですかね?
そういった話は聞いた事がありますが。それでも“帝国の為なら命を落とす覚悟がある”なんて少し驚きました。
帝国に対して悪感情ばかりではないのでしょうか。
或いはあのレオ将軍という方がそう思わせるに足る方なのかもしれません。
直後に伝書鳥からの連絡を受けてレオ将軍はテントへと入っていきました。

「・・・レオ将軍か。敵とはいえなかなか分別のある男のようだ」
「しっ。誰か来る」

視界の端に極彩色が入って・・・確か“ケフカ”と先程の愚痴を言っていた兵士が呼んでいた方ですか。
少し距離があるので何を仰っているのかは聞き取りにくくて・・・川?と、触れる?辺りは分かったのですが・・・何をするおつもりなのでしょうか?
とと、考えていれば今度はレオ将軍まで出てきましたね。

「皇帝からお呼びがかかった。私は先に本国へ帰る。
くれぐれも間違いは起こさぬ事だ」
「お前さんより手っ取り早くやってやるよ」
「卑劣な真似だけはするなよ。敵兵といえども同じ人間だ。そこを忘れないでくれ」
「リターナーに属す国などに情けの心はいらんわ!
最も最初からそんなもんは持ち合わせて無いがなっ!」

ケラケラと笑うケフカを尻目に、レオ将軍は歩き────って、危なっ!
真横を通り過ぎて行ってしまいましたが・・・気付いてないですよね?息を潜めていたとはいえ、此方を見られれば完全にアウトでした。
“良い子ぶりやがって”と悪態をつくと、ケフカは近くの兵士へと近づいていきます。

「毒は用意できたか?」

・・・・・・ぇ?

「しかし毒は駄目だとレオ将軍に・・・」

毒?あ、もしかしてさっき聞こえた川って・・・川に毒を流すって事ですか!?いや、まさか。
“ドマ城内に我が軍の捕虜もいる”との言葉に対して“構わん”って・・・そんな、嘘でしょう?!



チラリとマッシュが見ますが、私には首を横に振るしか出来ません。

「今の手持ちで強い毒への解毒剤は作れません。
というか川に流された毒を薬で消すなんて不可能です!」

これが毒の恐ろしいところと言いますか。
人1人なんて狭い範囲だから薬や魔法は正しく作用するのであって、水に溶ければ毒は何処までも広がりますから。
毒に汚染された川の水を魔法で治すとなれば1人では補えないような魔力が必要になりますし。
薬を入れれば元通りなんて世の中都合の良いようには出来てません。悔しいですがこれが現状です。

「くそ・・・っ!そうはさせるか!」

慌てたようにマッシュが立ち上がって・・・。
いえ、見付かれば危ないとか言ってる場合じゃないですね。ケフカの企みを止めないと!

「おやおや、ぞろぞろと。全く見張りは何をしているのやら。
・・・代わりに俺が痛い目に遭わしてやる!」

ニィ・・と笑ってケフカは剣を抜きますが、それより先にマッシュの拳がケフカに届きました。
このまま私達も続けて────

「いったぁーい!」

・・・えぇ?

「待て、ケフカ!!!」
「待てと言われて待つ者がおりますか!」

楽しそうに笑いながらケフカが逃げて、マッシュも追いかけて・・・て、え?!
つい呆気にとられてしまいましたが私も追わないと!
インターセプターが一度鳴いて教えてくれて私も後を追います。
“相手をしてやれ”と響く声。金属音と打音。
交戦しているのが見えて、これじゃあ時間が足りませんよね。

「マッシュ、シャドウさん!このままお願いします!」
!?」
「私はこのままケフカを追いますので!」

身を低くして帝国兵士達の隙間を潜り抜けて行きます。
お相手の方が重装備をしていたおかげですね。あれでは身軽には動けませんし。


「待ちなさ───っ!」
「フン、遅いわ!」

何とか追い付きましたが、それは丁度ケフカが毒を川へと垂らす瞬間で・・・っ!
全身がゾワリと震えて、身体が自身の力で痺れるのが分かります。
ああ、でも私はそれを許容できませんから・・・。
この瞬間に何も出来ないなんて。そんな事を・・・・・・だから!


────ドォン・・・ッ


鼓膜が破れそうな雷鳴。まるで落雷の様な放電が、真っ直ぐケフカへと落ちました。

「・・全く。ゆっくり汚染されていく様を楽しもうと思っていたのに、半分は無駄になってしまったじゃあないですか。
まぁ、それでもその毒性としては何一つ変わらんがな。全くの無駄足、ご苦労」

背後から聞こえる声に、背筋が凍りました。
直撃させましたよね?私。確かに魔法としては唱えてませんが威力は遜色ないレベルです。
サンダラ・・或いはもっと高威力であろう落雷が当たって、そんな平然としてるなんて・・・。

「貴女も魔導の力が使えるのですね?」
「っ!」

腕を取られて、その冷たさに更に無意識に身体が震えました。
というか貴女“も”って言いました?それは一体・・。
いや帝国が魔導の力を行使する事は噂に聞いてましたが。
振り返れば派手なメイクが目に飛び込んできて、ええと、あれで無傷でいらっしゃいます?

「折角お気に入りの服でしたが、まさか焦がされるとは思いませんでした。
ああ、無傷ではないですよ?勿論痛かったですとも。咄嗟にリジェネを使っていて正解でした。
それより、それよりも!こんな退屈な遠征に、しかもレオなんかの代わりに指揮を執れだなんて、と思っていましたが・・・!
とんだ誤算だ。貴女を見つけるなんて俺はなんて幸運なんだ!まさかあの魔導の力を持つ娘と同じ天然の魔導士か?
なんて羨ましい。ずるい。妬ましい。厭わしい。欲しい。操りの輪があればすぐにでもお人形にしてさしあげるというのに!」

まるで狂気にでも取り憑かれたかのように饒舌に喋る姿。
腕を掴む手には力が入って、折れそうな位痛いんですけれど!後、凄く怖いのですがっ!
先程から怖すぎて勝手に放電しているのですが、離して頂けそうな気配はありません。
ううん、こうなったら・・・。魔法を使って何とか距離を取ろうと早口で詠唱します。
が、同時に別の音。詠唱・・・ですか?これ。まさか──っ

「サンダラっ!」
「ファイラ」

相手とほぼ同時に唱えた魔法が爆発を巻き起こして、身体が吹っ飛びます。
そのまま強かに瓦礫に背中を打ち付けて・・・これはこれで息を詰めてしまう程には痛いですが。
とにかく、やはりあの方は魔導士でしたか!リジェネを使ったようにも仰ってましたし、先程のは中級魔法です。
どのような方法でその力を得たかは分かりませんがそれだけの力を有しているのであれば油断出来ませんね。
何度か咳き込んで、立ち上が・・・あ、れ・・・・・・?

「ごほっ!」

胸が焼けるように痛いのは、肺に気化した毒薬が入ったのでしょうか?臭いがなかったから今まで気付きませんでした。
くらりと目眩を感じながら、力が入らずに私はそのまま地面へと突っ伏しました。
魔導の力に圧迫された時とはまた別の苦しさ。上手く呼吸が出来なくて、身体も、これは・・・ちょっと・・・思った以上に、危険ですね。

「・・・む。そろそろ追い付きますか。全く、使えん奴等だ。
仕方ありません、貴女をお人形にするには道具も足りませんし今回は諦めましょう」

わざとらしい挙動で恭しく手を取ってその甲に口付けます。何の反応も返せないのが悔しいですが。

「私の名はケフカと申します。
名も知らぬ魔導の娘。またお逢い出来る時を楽しみにしていますよ」

遠ざかる足音。
ボンヤリと思考が霞んで、早く解毒剤を飲まないと・・・鞄に・・・・───。


「───っ!!」

声、が・・・。

「揺するな、毒を吸っている可能性がある。回るぞ」
「毒・・・くそっ!ケフカの野郎・・・!」

誰か、聞きなれた・・・よく、わからな・・・。

───ちゃぷん

水音。喉の奥に液体が流れ込む感覚がして霞んでいた意識が覚醒してきました。
蜂蜜のような綺麗な金色に、鮮やかな青の双眸。
大好きな人の色だとボンヤリと考えて、包み込むような温もりにすり寄りました。
ケフカとは違ったソレに安堵して・・・・・・あれ?ちょっと待ってください?ん・・・?

「まっしゅ・・・?」

回らない呂律のまま名前を呼べば、その人はホッと安堵したように笑みを向けました。

「ああ、平気か?悪い、勝手に鞄の中漁ったが・・・」
「・・いえ。たすかりました」

自分ではどうにも出来ませんでしたから。抱き締められているのは解毒剤を飲ませる為でしょう。

「ごめんなさい、わたし・・・とめられ、なくて・・・」
「それは俺達だって同じだろ」
「でも・・・」
「でもは無し。今は少し休んどけ」
「・・・・・・はい」

川辺から離れた場所までそっと運ばれて下ろされます。
解毒剤が効いてきて幾分か楽になりましたが、元気に動けるかと訊かれればそれは否と返さざるをえません。
思考はハッキリしてきているのですが身体が上手く動かないのは致命的と言いますか。

「無理に動かす訳にもいかないが、このままってのもなぁ・・・ん?何の音だ?」

金属音?・・・と、怒声。でしょうか?

「行ってみるか、シャドウ。
はここから動くなよ」
「はい、おまちしてますね」
「・・・インターセプター、任せたぞ」
「ワンッ」

1つ鳴くと、インターセプターは私の側に座りました。去っていく2人の後ろ姿を見て・・・。

「インターセプター・・・わたし、とんでもないことをしましたよね?」
「わふ?」

温もりを求めたのは安堵感を欲してでしょう・・・が!毒に冒されていたとはいえ、マッシュにすり寄ってましたよね?私。え。やだ、はしたない。
身体が毒で死にかけているのとはまた別に、恥ずかしくてメンタルが死にそうなのですが。
そんな事考えている場合で無い事も重々承知していますけども!
問われたインターセプターは良く分からないと、小首を傾げて不思議そうな顔をしていました。

とにかく体力の回復に努めなければと鞄の中のポーションを一息に飲みます。
残数を考えると本当は少し節約したい気持ちもありますが、足手纏いになる訳にもいきません。
怒声と叫び声と、技名を叫ぶ声と、打音と金属音と悲鳴をBGMに休むのは本当に気が引けますけれども。大丈夫でしょうか?
いや今は何時でも動けるように身体を少しずつ動かしながら慣らしていきますか。
流石、自作の解毒剤。症状が軽かったのもありますが効果が早くて助かります。


!」

と。遠くから声が響いて、見れば猛ダッシュするマッシュが目に入りました。
その奥にはシャドウさんの姿もあって、お2人共ご無事でなによりです。

「あ。マッシュ、お帰りなさい」
「おう。じゃねえ、ちょっと急ぐぞ!」
「ぇ?いえ!私もう動け・・・ひゃっ!?」
「いいからいいから!」

ひょいと軽々と抱えあげられて、とんでもなく恥ずかしいのですがっ!
後、思ったよりスピード感あって怖い!人を抱えてるんですよね?私、抱えられてますよね?
思い切りぎゅうっと首元に・・・いや、絞めない程度にですが、しがみついて恐怖感を軽減させます。

「待たせたな、カイエン!」
「マッシュ殿、そちらの女子は?」
「紹介は後。まずは逃げるぞ!確か・・・こっちだ」

私としても紹介して欲しいところですが、背後が騒がしい辺り余り良い予感はしませんね。
マッシュがたどり着いた先にあったのは・・・えぇと、魔導アーマー?ですか。

「マッシュ殿!このヨロイの化け物のような奴は一体何でござるか??」
「詳しい説明は後で!いいから早く乗った乗った!」

無理やり乗せちゃいましたけど・・大丈夫ですかね?
マッシュは私と一緒にもう一機の魔導アーマーに乗り込みます。
流石に1人乗りの機械に2人は狭いような気もしますが。

「マッシュ殿ー!一体どうやれば動くのでござるか!?」
「全くもう。世話が焼けるでござるな・・・いけねぇ!俺までうつっちまったよ。
いいかー!?手元のレバーを倒すんだ。早く!」

───ガッシャン!

「・・・あの、マッシュ?あの挙動は危ないのでは?」

“マッシュ殿ー!”等と叫んでらっしゃいますけれど。
あの、マッシュ?“ついてこいよー”って、返事が雑になってますよ?ええ・・・。

「あわわわわ!!止まらんでござるぞー!!」

ええええー。

「・・・マッシュ」
「よし、俺達も此処を突破するぞ!」

見なかった事にしてませんか?ねぇ。
途中、姿の見えなかったシャドウさんも合流して、暴走するカイエンさん・・でしたよね?お名前。その方にマッシュが声をかけながら進みます。
シャドウさんの機体からインターセプターがひょっこり見えているのが可愛いのですが、今はそんな事を言ってる場合では無いですね。現実逃避良くないです。
うーん、やっぱり機械って魔法より怖いと思うんですよね、私・・・。

「ここまで来たらこっちのもんだ──っと」
「っひゃ」

此処は陣地の端でしょうか?考えていればまたマッシュに抱えられて地面に降りました。

「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。もう1人でも大丈夫ですよ」

そっと地面に降ろされて、ホントにドキドキしました。色んな意味で。

「カイエン、此処からナルシェにはどうやって行けば良いんだ?」
「ナルシェでござるか。此処からでは南の森を抜けるしかなさそうでござるが・・・」
「よしっ!そうと決まったら、こんなガラクタに用はない。行こう!」

声に私達は頷いて・・・あの、紹介して頂く件は忘れてないですよね?なんて。
胸中でちょっぴりとだけ考えたのでした。



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