鳥篭の夢

漂着先の縁/3



南の森を進みながら、漸くとマッシュにカイエンさんを紹介して頂いてお互い自己紹介出来ました。
カイエンさんはドマ国の戦士なのだそうです。
ただ、今回の・・・ケフカに毒を川に流された為に、家族も国民も、主君である王も亡くされたとか。
まだ小さなお子さんもいらっしゃったみたいで、本当は仇を取ろうと乗り込んだのだと哀傷と厭悪がない交ぜになったような表情で、それでも静かにそう教えてくださいました。

「すみません。私がケフカを止められていれば・・・」
「何。それは殿の責任ではござらんよ」
「それより無理するなよ?お前は止めようとして間近で毒を吸い込んでるんだからな」

わしっと頭を掴まれましたが・・もう大丈夫ですからね?マッシュ。

「なんと毒を・・!」
「あ、いえ。薬は飲みましたから、もう普通に動けますよ」
「いや、無理をしてはなりませぬぞ、殿。
鍛え上げられたドマの兵ですら少量触れただけで死に、力無き女子供は触れずとも・・・。
・・・おのれ帝国め!非道極まりない斯様な仕打ち。拙者は絶対に許す訳には参らぬ!!」

本当に毒とは恐ろしいものです。扱う事のある人種としては、やはり何度だって再認識します。
ただ少量触れるだけで死んでしまう・・・それも川に流れても毒性が薄まらないなどという毒薬は聞いた事がありませんでしたが。
物によっては薬にもなる事はありますが、こんなにも毒性の強い物があるとは恐ろしい限りです。
“くぅん”と鼻を鳴らしてインターセプターがすり寄ってきたので、一度頭を撫でます。この子も心配してくれているのでしょうから。
その後ろにいるシャドウさんがやたら無言なのがちょっと怖いですけどね!言葉にせずとも無理したのを怒ってそうな雰囲気が・・・!

────・・・ォォォ

「・・・何の音でしょう?」
「ん?」

インターセプターもピンと耳を立てて周囲を警戒しています。

「何だか笛のような音でしたが」
「・・・汽笛か?」
「汽笛っ!まさか!!?」

シャドウさんの言葉にカイエンさんが走り出して、私達も後を追いかけます。
プラットホームに入る瞬間、何だか違和感がありましたが・・えぇと、私だけですよね?多分。気の所為でしょうか?

「おお!未だに戦火に巻き込まれていないドマ鉄道が残っていたとは・・・」
「生き残りがいるかもしれない。調べてみよう」

マッシュの言葉に私達は頷きました。
・・・・・・ええ、頷きましたけれどもね?マッシュ。


「いやー、流石にこの展開は読めなかったなー」

そりゃあ誰も予測できませんよ!平然と笑っている場合ではないですからね?
マッシュが我先に乗り込んだのを追いかけて私達も来てしまいましたが、まさか列車の扉が勝手に閉まって動き出すなんて・・・。
プラットホームに着いた時もですがこの列車に乗り込んだ瞬間も違和感があって。
何と言いますか“普通ではない”と言いますか。
とにかく、そんな暢気な事を言っている場合ではないと思いますけれど。

「・・・で、この列車は結局何なんだ?」
「魔列車、と仰ってましたよね?カイエンさん」
「うむ。これは魔列車・・・死んだ人間の魂を、霊界へと送り届ける列車でござる」
「・・・待てよ。ってぇ事は俺達も霊界とやらに案内されちまうって事か?」

言葉に“このまま乗り続ければそうなる”って。流石にそれは困るのですが。

「何か方法は無いでしょうか?」
「うーむ。降りられないとなれば列車を止めるしかないだろう。
とりあえず最前両の機関車へ行ってみるか!」
「マッシュ・・・」
「おう。心配すんなよ、

いえ、そのポジティブかつバイタリティ溢れる行動力には感心するばかりで心配は無いのですが。
ただ勢い良すぎて今回の事を引き起こした点も是非忘れないでいただきたいです。是非。
笑顔で進むマッシュに思わずため息が出てしまったのは、きっと仕方のない事だと思うんですよ。

さて。動き出したからでしょうか?それとも私達が“魔列車”だと認識したからでしょうか?
車両内にはフードのついたローブを頭から被った、いかにも幽霊と思われる方々が自由自在に浮遊したり闊歩したりしてらっしゃいます。
魔列車の車掌さんからは魔列車の在り方や、列車を止める為に機関室へ行く必要があると教えて頂きました。
明確に教えていただけないのはやはり止められたら困るから・・・ですよね?
このご時世、争いに満ちた世の中では時刻表すら作れないと嘆いておられましたし。

「ん?」
「え?」

マッシュが立ち止まって、私も同じように止まります。
どうしたのでしょうか?見てみれば、2人の幽霊さんが私達の前に立っていました。
珍しいですね。他の方は体格も似たようなものだしフードの中も良く分からないのですが、この方々は輪郭とかも分かります。
体格から男性と女性でしょうか?敵意はなくて、女性の幽霊さんは唯一見える口許にニコニコと笑みを浮かべています。
何だかその微笑みは見知った雰囲気を感じなくもないですが。まぁそれは置いといて。

「なんだ、こいつら?」
「拙者達と行こうというのではござらんか?」

カイエンさんの言葉に幽霊さん達は何度か頷いてくださって・・・。
そうだったんですね。でも死者が生者のお手伝いしても大丈夫なのでしょうか?
ちょっと疑問は残りましたが私達は幽霊さん達に同行をお願いする事にしました。

ええ、でもその判断は間違ってなかったと思いますよ?
何度か列車内で幽霊の方に絡まれそうになった際に、その幽霊さん達が宥めてくださいましたから。
後はカイエンさんが機械が苦手だったり、霊の類いも得意ではないという事が発覚したり。魔列車という割には緊張感は薄かったかもしれません。
そんなこんなで列車内で暴れる事なく私達は進む事が出来たのですが────。

「ええと、困りましたね」

出入口を塞いでますよね?あれ。車両から出られないのは流石に困るのですが・・・。
マッシュ達とどうしようかと顔を見合わせていれば、眼前の幽霊はフードの中の暗闇から口の端を吊り上げるように笑みを浮かべました。


・・・に、が、さ、ん・・・




頭に響くような声。深い怨念すら感じさせる声音にゾワリと背筋が凍ります。
明確な害意。殺意と共に手が伸びてきて、いえ、これダメです。触れたら・・・っ!


ギャアァァ──ッ!




「・・・え?」

悲鳴。私が魔法を使う前に、まるで回復魔法のような光に包まれて幽霊は消えてしまいましたが。今のは・・・ケアル、でしょうか?
見れば一緒に来てくださった女性の幽霊さんがニコニコしたまま私を見ています。
いえ、顔の上半分は見えないですが何となく雰囲気で。

「良くわからんが、行くぞ!
「は、はいっ!」

今のはあの方が使ったのでしょうか?あの幽霊さんは魔法を・・・?
引っ掛かる感覚。そもそも、どうしてこの方々は私達に同行してくださったのでしょうか?


・・・に、が、さ、ん・・・




「ん?」
「声、ですか?さっきと同じ・・・」
「うむ。今度はこっちから・・・?」


・・・に、が、さ、ん・・・




「げ!追って来やがった!」
「反対からも来ているな」


逃がすな・・・

 逃がすな・・・

  逃がすな・・・




耳が痛くなるような怨嗟の声。押し寄せる幽霊達のフードから覗く昏い瞳には羨望、敵意、怨念。
そのような色合いが見てとれます。
皆さんの声が塗り潰されるような圧倒的な質量の音に思わず耳を塞ぎましたが、この程度で軽減出来る訳もなく。
マッシュに手を引かれて、苦肉の策と車両の上まで来てしまいましたけれど。
仕方ないとはいえこの先は行き止まりですよね?


逃がすな・・・

 逃がすな・・・

  逃がすな・・・




「行き止まりでござる!」
「どうしましょう?このままじゃ追い付かれちゃいます!」

流石にこの量を眼前にするとパニックになると言いますか。
飛び降りてもアウトですし、レビテトは浮く魔法ですし。
ええと、何とかして逃げなければならないのですが視界を埋め尽くさんばかりの数の暴力で思考が上手く纏まりません。

「しつこい奴らだな・・・・・・よし!」

よし?

「あの、マッシュ・・・?」
「何か良い考えでも?」
「おう!カイエン、シャドウ!ちょっと耳貸せ」

ヒソヒソと囁く言葉。それにシャドウさんは呆れたような、カイエンさんは唸るような声を出して。

「いや、承知した!拙者も腹を括るでござる!」
「まぁ他に方法はなさそうだな・・・」
「では殿はマッシュ殿にお任せしましたぞ」
「おう、任されたぜ!行くぞ、しっかり掴まってろよ!!
修行の成果を見せるときだぁぁぁっ!!」
「ぇ?きゃぁっ!?」

展開についていけないのですが・・・ちょっ、ひぇ!?
身体が浮いて、抱きかかえられたのだと理解したと同時に疾走感からの浮遊感。
あ、まさかこれジャンプして屋根を越えていこうって・・・っ!!?そんな、無茶苦茶ですよ!?
と言うか、当然のように抱きかかえられてしまって今更ながらに凄く恥ずかしいのですが。
言っていただければ私も自分で飛び越えましたからねっ!!
ああ、いや・・・平静に。冷静に。落ち着きましょう。此処で放電だけは絶対に駄目ですよ、私。
あああ、でも恥ずかしい。ドキドキして顔が熱いのですけれど。
抱えられているおかげで後ろも良く見えますが・・・あの女性の幽霊さんは何故あんなに楽しそうに笑っているのでしょうか。

「・・・っと、此処までくれば何とかなるだろ!カイエン達も無事だな」
「私は死ぬかと思いました・・・」

物理的にも精神的にも。げんなりとマッシュの肩に額をくっ付けて一度ため息。
いくら妹程度にしか見てなくても、一応人目があるのですから抱えられて移動するのはちょっと。
と言うか・・!顔を上げてマッシュを見れば、思った以上に近くで目が合って少し驚きましたが。
ああ、ほら。私を抱えて走るなんて無茶をするから顔が赤くなってますよ?では無くてですね。

「あの、そろそろ降ろして頂いて平気ですよ?」
「ん?おお、忘れてた。悪い」
「忘れないでください・・・もう。
でも、ありがとうございます。助かりました」
「ああ」

変わらない朗らかな笑顔は、まぁ確かに一番に安心出来るのですけどね。

「全員無事だな!これなら・・・」


・・・に、が、さ、ん・・・




「おい、この声・・・」
「もしかして・・・」

見ればふわふわと浮遊しながら幽霊達が此方に来ています。

「しつこい奴らでござる!」
「後ろの車両を切り離さねぇと!」

マッシュが車両内に入って暫くすると、ガシャンッと音を立てて車両の継ぎ目が切り離されました。
ですがそれと同時に最前にいた幽霊も此方に飛び降りるように襲い掛かってきて────!

「・・・っく!」
殿!」

シャドウさんが私の手を引いてくれたのとほぼ同時に、同行してくれた男性の幽霊さんが私の腰の剣を抜きました。
入れ替わるように前に出て・・・

一閃。

無駄のない綺麗な斬擊。それは襲い掛かってきた幽霊を一瞬で消滅させるに足るもので・・・んん?でもその動きは・・・あれ?
考えていれば幽霊さんは私に剣を返してくださいました。ありがとうございます、ではなくて!

「貴方は・・っ!」

口を塞がれて、幽霊さんは口元に指を当てて“静かに”のジェスチャーをします。
ぽんぽんと頭を優しく撫でられる感覚は、ずっと昔に亡くしたと思っていたソレで・・・。
ああ、どうして?なんて言葉にも出来なくて。私は口元を引き結びました。

殿・・・?大丈夫でござるか」
「はい!すみません、今行きます!」
「もう追いかけてはこないだろうが、念の為急ぐぞ」

シャドウさんの言葉に頷いて、私も2人の後を追いました。



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