鳥篭の夢

漂着先の縁/4



さて。車両が無事に切り離されて幽霊の大群が追って来ない事も確認しまして。
マッシュとも合流しましたがこの車両は・・・えぇと、食堂車でしょうか?テーブルと椅子が幾つか置かれてますね。

「よし、腹も減ったしメシにするか!」
「食事・・・」

この状況下で、ですか?

「車両を切り離したし、あいつらも流石に追い付けなさそうだしな。
ちょっと位なら休憩しても平気だろ。おーい、山ほど持ってこーい!」

マッシュの声に、給仕をされているだろう幽霊が色々運んでくれましたが・・・大丈夫ですかね?
チラリと同行してくださっている幽霊さん達を見れば、にこやかに頷いてくださいました。
と言う事は、食べたら現世に帰れない・・なんて事もないのでしょう。あの方々が私達を害する事はないでしょうから。
実際、帝国の陣地から今まで食事休憩なんてしていないので空腹ではありますしね。

も食ってみろ、旨いぞ」
「そうですか?では後学も兼ねていただきます」
殿?!」
「んー・・・多分、食べても大丈夫ですよ」

幽霊さん達も大丈夫だとジェスチャーしてくれてますし。寧ろ自分達の分を待ってますしね。
それにシャドウさんも席について食事されてますし、インターセプターにも分けてますよ?

「・・・本当に大丈夫なのでござろうか」
「ん、心配なのか?ま、良いんじゃないの。腹が減っては戦は出来んよ」
「うーむ。拙者、どうにもこういう話は苦手でござるよ」
「ふふ、お気持ちは分かりますけどね」

1人では私も食べる気にはならなかったでしょうし。
結局、皆が食事の席に着いた事もあってカイエンさんも恐る恐る食べてましたが・・・うん、普通に美味しかったです。
さてお腹も一杯になりましたから行きますかね?なんて、今度こそ私達は機関室を目指します。
前の車両の幽霊達は穏やかな方々ばかりなのか争いにもなりませんでしたし。
もうそれだけで一安心です。

「そろそろ機関室だな」
「うむ。あれが先頭車両のようでござるな」

ああ、やっと此処まで来れましたか!
良かった良かったと足を踏み出して・・・今まで同行してくださっていた幽霊さん達が止まっているのが見えました。
・・・・・・そっか。此処までなんですね。お別れまで、あっという間で・・。

「行ってしまうのか?」

マッシュの言葉に幽霊さん達は頷きました。
これ以上はきっと死者が立ち入るべき場所ではないのでしょう。

「此処までありがとうございました。
最後に・・・どうして一緒に来てくださったのか伺っても宜しいですか?
────・・・お父さん、お母さん」
「は!?」
「何と!!殿のご両親でござったか!」

笑いながら眼前の幽霊さん達・・・いえ、両親はフードを取りました。
あの頃と何も変わらない・・・幽霊ですから変わる事はないでしょうが・・・そのままの姿。
ああ、やっぱり。確信したのは父の太刀筋でしたが、間違いではなかったみたいですね。
心臓が煩くて、動悸がします。まるで酸欠になったように頭がくらくらして。
嬉しさと哀しさと。だって、こんな形で逢えるなんて本当に微塵も考えていなかったのに。

「アリシアさん、ガレスさんっ!?」

逆にマッシュは全然気付いてなかったんですね。それはそれで彼らしいですが。


そりゃあ自分の家族が魔列車なんかに乗りゃあ慌てて飛んでくるってもんだろう
ひやひやしたぞ?お前らがこれに乗るのはまだまだ先だ

もー・・本当はこのまま格好良く去っていきたかったのだけれど
は誤魔化せないわねぇ
でも元気そうで安心したわ




「でも、どうして2人だけ・・・」

言いかけて、お母さんに人差し指をちょんと口元に当てられて言葉が止まります。
でも彼らが心配で駆け付けたいと願う方もきっと他にもいらしたでしょう?


ふふ、そこはほら・・・企業秘密?




企業・・・絶対に違いますよね?お母さん。
まぁ口止めをすると言う事はきっと魔導の力に関係してくるのでしょうけれど。
なんて返そうかと考えていれば、お母さんは耳元で“マッシュ君と仲良くね”と囁いて・・・何故そこでマッシュの名前を出すんですかっ!
反論する間もなくそのままふぅわりと消えた2人に、ああ・・・もっとちゃんと話せば良かったなんてそんな思いも無くはないですが。
折角逢えたのにもうお別れなんて淋しい。また私を放っていくなんて酷い。・・なんて。
本来ならこっそり手伝いたかったのでしょう2人にそんな悪態をつく訳にもいきませんし。
ここまで無事に来れたのは手伝っていただけた事もありますから・・・。

「全く、どうしようもない両親ですね」

なんて、悔し紛れだけで終わらせてあげましょう。

「さぁ。機関室に行きましょうか!」
「・・・行けるか?」

あら、心配させてしまいましたね。
シャドウさんの問いに私は出来るだけの笑みを向けました。

「そもそも両親が亡くなったのはもう3年も前ですから、大丈夫ですよ」
「・・・・・・・・・そうか」

長く含みを持たせてましたが、本当に大丈夫ですからね?
前みたいに暴走したりはしませんし。哀しくはありますが思ったより平静でいられていますし。
だからですね?マッシュもそんな風に優しく手を握らなくても平気なんですけれど。

「・・・もう泣きませんよ」

私は大人ですから。

「分かってるさ」

そう言ったマッシュの笑顔は、だけど本当に優しいもので。
何となく手を離すのは惜しいと思ってしまいましたが。

「そういえばマッシュ殿、先程殿の父君に何か言伝てられていたようでしたな?」
「え、そうなんです?」

お父さんがマッシュに・・・?

「ああ、いや。まぁちょっとな」

パッと手を離して、わしわしと乱暴に頭を撫でられて誤魔化され・・・て、おきますか。
マッシュが言葉を濁すなんて珍しいですし。大切な事を言われたか私には言いにくい事なのか。
気にならないかと問われれば答えは否ですが。問い質してまで知りたい訳でもありませんしね。

「・・・と、此処が機関車の制御室だな!早く列車を止めないと!」

そのまま走り去っていくマッシュに、カイエンさんと一度顔を見合わせて私達も追いかけました。
そうですね。今は早く魔列車から降りなければ!
機関室に行けばマッシュは既に説明書らしき物を熟読してレバーを引いていましたが。
流石、元々は機械王国フィガロの血筋です。実は機械に強い所は凄く頼りになります。

「後は煙突の横のスイッチだな」
「煙突の横・・・ですか」

それって外からじゃないと押せないですよね?

「とにかく外に出てみ───」

『先程から私の走行を邪魔しているのはお前達かっ!』

「む。何奴か!」

突然響いた声にカイエンさんとシャドウさんが臨戦態勢になります。
でもこれ、まるで機関室から聞こえるような・・・あ、もしかして。

「魔列車の声・・・ですか?これ」
「魔列車の・・・?列車に意思があると言う事でござるか?」
「かもしれん、何が起こっても不思議ではないだろう」

まぁ、魔列車ですものね。

「しかし、この様子じゃ簡単にはスイッチを押させるつもりはねぇって事だな!」
「え、マッシュ・・・?」

何で拳を握りしめるんですか?嫌な予感しかしないんですけど。

「このまま霊界とやらまで行く義理はねぇからな!
ぶん投げてでも降ろしてもらうぜ!」
「ぶん投げ・・・って!投げないでください!」

どうやって投げるんですか!というか仮に投げれたとして私達も乗ってますからね?!
意気揚々と機関室の外に出ていくマッシュを追いかけて引き留めます。

『生者でありながら死者の魂を運ぶ私へと乗り込み、あまつさえ暴れる愚か者よ・・・。
死者への冒涜を赦す訳にはいかん!』

「え、いえ!私達はそんなつもりでは・・・!」

穏便に!穏便にいきましょう!
なんて願いと叫びは虚しく、闇に包まれていた空の合間から光が差し込みました。
どちらかと言うと熱線のようなものでしょうか?光に当たった服の裾が僅かに焦げて・・・ひぇ、これ直撃したら火傷じゃ済みませんね。
思わずそんな自分を想像して・・・ゾッとしました。やだ、怖いのですけれど。

「・・・分かりました。穏便に済まないのであれば私も考えがあります」
「お、何か良い物があるのか?」

マッシュの言葉に、私は1つの薬品を取り出します。
ちょっと手持ち無沙汰だった時に念の為作っておいた物なのですが・・・。

「これを使いましょう」
殿、これは?」

ちゃぷん。瓶の中の液体が揺れました。

「ポーションにフェニックスの尾を混ぜた物です」
「ポーションにフェニックスの尾を混ぜた物・・」

え。なんでそんな神妙な顔をされるんです?

「効くのか?これ。だって回復アイテムだろ?」
「勿論です。霊体は聖属性が弱点のようですし、治療薬は生身の肉体に正しく作用しますから。
ほら、聖水も死霊には効果がある・・・なんて言われてるじゃないですか。魔列車も霊体、とまでは言いませんが近い存在でしょうし。
聖水は手持ちに無いので市販のお薬を組み合わせて似た効果が出そうな物をお出ししてみました」

きゅぽん。瓶の蓋を開けた瞬間、ギュギギギと車輪が悲鳴を上げて停止の姿勢を取ります。

『ちょ、ちょっと待て!分かった、お前達は降ろしてやろう!
だからそのオーバーキルするつもりの劇物をしまってくれ!!』

ああ、やはりそうでしたか。幽霊に母のケアルが効きましたから苦手だとは思っていましたが。
それにしても劇物扱いとは。それは流石に・・と、中身が零れる前に蓋をして鞄へと仕舞いました。

『・・・だが、その前にやるべき事がある』
「やるべき事、ですか?」
『お前達が切り離した車両の回収、消滅させた魂の再生諸々だ』
「あー・・・」

・・・大変失礼しました。

さて。到着までの間、流石に前の車両に戻ってあれこれするのは幽霊達を刺激しかねないという事で先頭車両で待っていた訳ですが。
暇すぎてついインターセプターに昔仕込んだ芸をさせて遊んでしまいました。お手とかお座りとか。
シャドウさんからは“余計な事をするな”と言いたげな無言の圧をかけられてしまって・・・いえ、悪気はなかったんですよ?暇でつい。
なんて。そんな風に過ごしていれば、汽笛が聞こえて漸くと停車するのだと私達に報せます。

「着いたようでござるな」
「無事に着いて一安心ですね」

魔列車が完全に止まったのを確認してから私達はプラットホームへと降りました。
此処は最初に乗った場所でしょうか?

「やーれやれ、やっと降りられたな!こんな列車とは早いとこおサラバしようぜ!」

大きく伸びをするマッシュにほんの少しだけ、最初に乗ったのは貴方では?と思ってしまいましたが・・・いえ、言いませんよ?一瞬頭を過っただけです。

「いやはや。拙者、生きた心地が・・・────」

言いかけて、カイエンさんの言葉が止まりました。カイエンさん?
呆然と見つめている先へと私達も視線を向ければ、多くの人達が魔列車に乗り込んでいる姿。
あれ・・・は、もしかしてドマの・・・・・・。

「・・・・・・っあれは、ミナ!シュン!!」
「カイエン、お前の奥さんと息子さんか!?」

お2人しか見えていない、とでも言うのでしょうか。
カイエンさんはマッシュを突き飛ばして────・・わわっ!マッシュ、大丈夫ですか?!
プラットホームから落ちたマッシュをシャドウさんがいち早く助けてくださって、私は深く息を吐きました。外傷もなさそうですね。
というかその巨体を軽々運べるシャドウさんの筋力に計り知れない恐ろしさを感じます。その細身の何処にそんなお力が・・・。
そうこうしている間に、汽笛が鳴って、魔列車が動き出してしまって・・・。

「待ってくれ!ミナ!!シュン・・・っ」

行ってしまった魔列車へと叫ぶカイエンさんに、遠目からでも分かる2つの影。
あれは・・・カイエンさんのご家族でしょうか?


・・・・・・あなた    
幸せだったわ
    ありがとう・・・・・・

パパ!
ぼく、がんばって剣のけいこをして
ママを守るよ!!




それは、私には嘘偽りの無い言葉に聞こえました。
今まで過ごしてきた日々をカイエンさんと共にいられた事が本当に“幸せ”だったのだと。
そして大切な人を“守る”から大丈夫だと。遺される父親に安心してほしいと願う言葉に。
私はそう、聞こえたのです。

汽笛が鳴って、魔列車はまるで溶けるようにその姿を消しました。
違和感のあった雰囲気も無くなって・・・当初から感じていたあれは霊的なものだったのでしょう。
カイエンさんは、呆然とその魔列車が消えた方向を見つめ続けていました。

「カイエ・・・」
「そっとしておいてやれ」

声をかけようとするマッシュを、シャドウさんが止めました。
シャドウさんも、お姉さん・・・いえ、シャドウさんの立場で言えば奥様を亡くされてますから。
私やマッシュよりもっとその想いは理解出来るのでしょう。視線を地面へと落として黙する姿。
ああ、でももしあの時来てくれたのが両親ではなくてお姉さんだったら・・・なんて考えて、その思いを止めました。
益体の無い事ですし。きっとそんな事をしてもシャドウさんは喜ばないでしょうから。

消えた筈の魔列車の汽笛が耳に残っていて、私はただ静かに瞳を閉じました。


「不甲斐ないところを見せたでござる」

何時までそうしていたでしょうか?
目尻を赤くして戻ってきたカイエンさんは、やはりまだ気落ちした様子ではあります。

「もう大丈夫なのか?」
「うむ。あの魔列車に乗っていったドマの者達の為にも・・・。
拙者が何時までも俯いている訳にも行くまいよ」
「カイエンさん」

えぇと。あの・・・。

「大丈夫、私達が一緒ですからね」

だからお1人で全部抱え込まないで、どうかご無理をされないでください。暗にそんな意味を込めて。
強く手を握って・・ああ、ゴツゴツとしたソレは国を守り続けてきた武人のものだと思いました。
護り続けてきた国がこんな惨い形で終わらされてしまうなんて、どれだけ無念だったでしょうか。
まだまだ未熟な私にはこんな事しか言えませんが。
真剣な瞳がぶつかって、それから僅かに眉を下げて緩く笑みを作ります。

「かたじけないでござるよ、殿」
「いいえ」

それに私もただ笑み返しました。



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