鳥篭の夢

漂着先の縁/5



「ガウガウ!」

目の前の元気一杯な少年に、私は僅かに苦笑しました。
そもそもどうしてこうなったのでしたっけ?少し思い出してみましょう。

確か、魔列車から降りてから私達はバレンの滝へと赴いたんですよね。
本来ならそこから崖下へ続く道がある筈だったのですが、カイエンさん曰く“例年より水量が増している”そうで、道がほぼ消えていて。
いやもう絶対別の道を探した方が良いと思ったんですけど、他に手立てがないって言うので・・・うう。
シャドウさんとインターセプターとも別れて・・・・・・あっ!シャドウさんに報酬払ってないのですがっっ!?ひぇ、どうしましょう?
いえ、今は慌てても仕方ありません。次にお会いした時にお渡ししましょう・・・とと、話題がズレましたが。

とはいえカイエンさんとマッシュと3人で滝を滑り落ちる様に降りていた所で記憶は途切れていて。
それで意識を失ったまま川を漂っていたようなのですが“がうがう”と声が聞こえて・・・。

「がう」

ゆるりと瞼を開けば、間近にまるで新緑のような緑の髪とくりくりと丸い宝石のような深紅の瞳。
不思議そうに覗き込む顔は警戒心も敵意も無くて、珍しい色彩に私も思わずじっと見つめました。

「おまえ、おきたのか?」

あ、お話し出来るんですね。

「ええと、おはようございます?」
「・・・うう。お、は、よ、う?」
「はい。おはようございます」

改めて起き上がって周囲を見れば近くに川があって・・・成る程。この川を流れたんですね、私。
少し前にも似たような事があった気がしますが、水難の相でもあるんでしょうか?
引きずったような跡があって、眼前の少年も濡れているのできっと彼に助けられたのでしょう。

「助けてくださったんですよね?ありがとうございます」
「おまえ、ながれてた。なんでだ?」
「えーと・・・そうですね、モブリズを目指してたんですよ。
でも途中のバレンの滝が増水してて足を滑らせてしまって・・・」
「ころんだか!ころんだのか!!?」

ぱちぱちと何度か驚いたように目を瞬かせて、少年は声を上げました。
それに苦笑して頷いてみせて、それから周囲を見渡します。
マッシュとカイエンさんは・・・いらっしゃらないですよね?
流されている途中ではぐれてしまったのでしょうか?

「私の他にも同じように流されて来た方はいらっしゃいませんでしたか?
男の人で、髪の毛が金色の方と、黒色の方なのですが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!ガウ!ガウしってる!ながれてきた!」

あー、やはり流されてましたか。

「あわててた!なんかさがして、あっちいったぞ!」
「あっち・・・ですか?」

海岸沿いのずっと向こうを指差して・・・とはいえ見渡す限りの平原です。

「あっち、モブリズ!」
「なるほど。ではモブリズまで行ければ合流出来そうですね。
ありがとうございました、私もそちらに行ってみますね」
「がう・・・」

ピタリ。少年の動きが止まりました。
私の周りをくるくる回ったかと思えば、不思議そうな顔でくんくんと私の匂いを嗅ぎます。
・・・が、あの。それは流石にちょっと恥ずかしいのですけれど。どうしたのでしょう。

「・・・おまえ、いいにおいするな」
「へ?」
「うー・・・やわらかい、よわそうだぞ」

まぁマッシュみたいには鍛えてないですが、剣を扱いますから筋肉はまぁまぁある方ですよ?
あちこち触られて凄い確認されてますけども。うんうんって何を納得してるのでしょう。

「ガウしってるぞ!おまえ、メスだ!ニンゲン、メスすごくよわい。
ここ、つよいがいっぱい、いっぱいいる!」

ぴょんぴょん跳ねて、如何に沢山出てくるかを教えてくれるのは分かりましたが。

「でも剣を使えますから、多少は戦えますよ。
お気遣いありがとうございます」
「けん?」

くりん。少年は首を捻ります。
あれ?何故そんな反応に・・・嫌な予感と共に腰へと視線を落とせば、有るべき物が無い・・というか。

「ベルトごと無いですね」

あれに鞄も剣も繋げてたんですけれど。バックルで留めるタイプなのが悪かったのでしょうか?
どうりでウエスト周りがすごく楽だと・・・。

「なくしたか」
「無くしましたね・・・」

剣も、鞄も・・・。

「いや、そんな悠長に“無い”なんて言ってる場合では・・・!」

鞄の中には私の常用薬が・・・!最近は2~3日飲まなくても発作は出ませんが万が一の予防が!
ヤバイです。こんな所で身体にガタが来たら・・・間違いなく倒れます。野垂れ死にです。
それに・・・それに、カーバンクルがっ!まさか親友が川に流れていったなんて、そんなまさかこのまま会えなかったら本当に困るのですがっ!!
今生のお別れがこんなうっかりなんて・・・っ!いえいえ、駄目です!絶対に諦める訳にはいきません!
剣も形見ですから諦めきれませんが、まずはカーバンクルだけでも探して・・とは言えこの近辺にはなさそうなのがもう絶望的ではあるのですが。
百面相していたのか、困窮していた私の様子を見かねたのか、少年は心配そうな顔でベロリと私の頬を舐めます・・・舐め・・・・・・え、犬?

「おちついたか?」
「ええ、あの・・・今なんで舐めたんです?」
「う?シルバリオ、そうする」

シルバリオ・・・やはり犬でしたか。
悪気が全く無いのが分かって、ありがとうございますと返せば途端に嬉しそうに笑います。

「がう!ここ、なわばり!けものがはら、なわばり!いっしょ、さがすぞ。
ガウつよい!おまえ、まもる!」
「ふふ、そうですね。丸腰では戦えませんから助かります。
私はです。よろしくお願いしますね」
「がうがう!おいら、ガウだぞ。がうー!」

鳴き声なのか口癖なのか名前なのか少し分かりにくいですが・・・。

「ガウさんでいいんですよね?」
「・・・うう?ガウサンちがう、ガウだ!」

あれ、敬称まで名前と思われました?
むっとした顔が何だか面白くて、私は思わずくすくすと笑いました。

「すみません。ガウ、ですね?」
「ガウー!ガウガウ!」

途端に嬉しそうに笑う顔。“まもるー!”と言いながら元気一杯先行する姿に僅かに苦笑して。
でも、慌てても仕方ありませんものね。まずはマッシュ達との合流。後にカーバンクルと剣の大捜索を目標に。
そうして漸く冒頭に戻るのでした。

川の水でびしょ濡れの服は上着と裾だけ絞って後は諦めましたが、でも空気も乾燥していますしお天気も良いので既に乾いてきましたね。
話を聞けばガウはずっと1人で獣が原にいるのだそうです。小さな頃はシルバリオの群れと一緒だったそうですが、今は自立したのだとか。
途中、ガウの言った通り魔物が出てきましたが全部撃退してもらいました。
“戦う”というよりは“暴れる”といった表現が正しいように思いましたが。それにしても・・・。

「先程のは・・・サンダラでは?」

魔法ですよね?しかも全体掛け。
いえ、サンダラそのものはとてもお上手だったと思います。

「がうぅ?さんだら??」
「はい、ガウは魔法が使えるんですか?」
「まほう・・??」

不思議そうにガウは首を傾げていますが・・・はて。

「ええと、そうしたら先程の電撃はどうやって出したんでしょう?」
「いまのか?まもののマネする!おいら、とくい!!」

腰に手を当てて得意気な表情。そっか、真似で出ちゃうんですね。
魔導の力が少なからず関与していそうではありますが・・・まぁ考えていても答えは出ませんし置いておきましょう。

「ガウはとっても凄いんですね」
「ガウすごい!おいらすごいっ!がうーっ!!」

嬉しそうに笑う顔。よしよしと頭を撫でれば、それはどこか照れたような笑みに変わりました。
まるで誤魔化すみたいに近くにいた魔物達に突撃しに行って・・・ふふ、やはり元気一杯ですね。
暫くそんな風に大暴れしながら・・魔物からすればいい迷惑でしょうが・・何とか先に進みます。
途中、お腹が空いたようなので偶然ポケットに入っていた飴をあげたら大喜びされてしまいました。
・・・と。どうしたのでしょう?急に立ち止まりましたが、またお腹空きました?

「うう・・・なんだ?」

それはこちらが聞きたいのですが。
スンスンと鼻を動かして、場所を特定したのか一点を見つめます。

「こっち!、こっちだ!」

って、駆け出しちゃいましたが待っていただけると助かります!
ガウは足がとても速いですから追い付くのはちょっと大変です。
あっという間に見えなくなったガウを追いかけて、彼が向かっていった方向へと走っていれば・・・んん、何か見えますね。
ガウ・・・ですかね?でも1人ではなさそうな??魔物ぽくもないですし。
考えながら走っていればその内の1人・・・ああ、やはりあれはガウでしたか。
こちらに全速力で向かってきてます・・・って!?

!いた!!」
「きゃっ!?」

タックルは流石に痛いです、ガウ。いえ、彼的にはギュッて抱き締めてくれたんですかね?
ただ、そのままぶんぶん振り回されると目が回りそうなのですが。

「が、ガウ!ちょっと待ってくださ・・・っ!目が・・・っ!!」
「がうがう!ガウみつけた!おいら、みつけたぞ!」
「見つけ・・・え?」

って、何をですか?何とか離して貰えましたが振り回されて頭が・・・。
ええと、探してるのは剣と鞄ですが・・・別に何かを持ってる様には見えないですよね?
それでもガウはまるで犬のように褒めて貰えるのを待ってて。何だか仔犬の頃のインターセプターを彷彿とさせられて、とりあえず撫でます。
照れたような嬉しそうな顔。“がうー”なんてご機嫌な声。それは良いのですが・・・。

「ガウ、てめえ!途中で逃げや───っ!!?」

その声・・・!

「マッシュ!」

良かった!ご無事でしたか!!何だか凄い猛スピードでこっちに向かって来てますね。
あ、知ってます。ついさっき似たような──っ!!?
既視感と共に、目の前でぎこちなく止まったマッシュにドキリと心臓が強く鳴りました。
てっきりガウみたいに抱き締めてくるかと。危ない危ない、自意識過剰です、私。
マッシュは私の手を取ると自分の額につけて、大きく息を吐きます。

「良かった、怪我とかしてないな?」
「はい、大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」
「いや。俺も滝で先行し過ぎたからな・・・悪い。
気づいた時にはだけいなくて焦ったぜ。探してもコレしか見つからねぇし」

これ?重たい音を立てて持ち上げたのは──私のベルト!鞄も剣も無事です、良かったぁ!!
お礼を言ってマッシュから受け取ったベルトを早速巻いて・・ああ、とてつもない安心感のある重み。どこかに流されてなくて本当に良かったです。
チラリと鞄の中を確認した感じではカーバンクルも無事みたいですね。
どこかで傷がないかとか丁寧に見たいですが。
と。考えていれば、不意にのっしりとした重みが肩に・・・ガウ?流石に少し重いですよ?

、なくしたのあったか?」
「はい。お手伝いしていただいてありがとうございました、ガウ。
おかげでマッシュとも合流・・・あれ、カイエンさんは?」

そういえば姿が見えませんが・・・。

「しまった、ガウを追いかけるのに夢中で置いてきちまったな。
というかお前はちょっとから離れろ。潰れるだろ」
「がう?ガウ、つぶさないぞ」

引き剥がそうとしてくれますが絶対に離れないガウにやや諦めつつ、マッシュが走ってきた方向を見れば・・・ああ、いらっしゃいますね。
まだ遠くですが、やはり鍛えていらっしゃるだけあって速いです。ぐんぐんこちらに近づいてきてます。

「お2人共、急に何処かへ走られて驚きましたぞ」
「カイエンさん!」
「おお!殿、ご無事で何より!
・・・して、その状況はどうしたでござるか?」

まぁそう思いますよね!ガウに抱きつかれている私に剥がそうとするマッシュですものね。
苦笑してみせれば、不意に掛かっていた重みが消えました。
ほぼ一瞬と思える速度でカイエンさんの前に移動して───

「ござる?」

あ、そこなんですね?

「ござる!ござる!」

ガウはぴょんぴょんと楽しそうに跳ねながらカイエンさんの口調を繰り返します。

「で。なんではガウと一緒にいたんだ?」
「流されてたところを助けてもらったんですよ。
目が覚めた時に傍にいてくれて、1人で荷物も無くて困ってた私を心配して一緒に探してくれてたんです。優しい良い子ですよ、ガウは」
「成る程な。確かに俺達も助けられたっけな」

“声をかけようとしたら逃げたが・・・”なんて続けて。
あれですかね?マッシュやカイエンさんは見るからに強そうだから警戒したのかもしれませんね。
私は弱そうに見えて、それに1人でしたし。だから心配して傍にいてくださったのかも。

「・・・っと、そろそろ止めてくるか」

そう言うとマッシュはカイエンさんの周りをぐるぐる回って、尚も“ござる”を連呼するガウの首根っこを掴んで引き摺ります。
それでも何だかジタバタしてますけれど。

っ!ござるだ!」
「ござるじゃなくて、カイエンさんですよ」
「・・・!そうだった!カイエン!!
カイエン、ござるいうとおこるか?おこったか??」
「怒っては・・・ないと思いますけれど」

微妙な表情はされてますね。
それはどちらかと言えば怒っているとはまた別の感情があるように見えますが・・・。

「あのなぁ、ガウ。実は・・・」

マッシュが小声で耳打ちをして、それにガウは悲しい顔をしてカイエンさんの傍へと戻りました。

「そうだったのか。ガウわるいやつ。おいら、わるいやつ」
「何、斯様に気にしている場合ではござらん。
それに何だかお主とはウマが合いそうでござるよ、ガウ。一緒に来るか?」

言葉にガウの顔がパッと輝きました。

「がう!カイエンといっしょ!マッシュもか?もいっしょか??」
「ああ、まぁな」
「そうですね。一緒です」
「がうがう!いっしょいく!おいらまもるー!」
「もう剣は見つかったので大丈夫ですよ・・・?」

・・・話、聞いてないですよね?元気に“まもるー!”なんて騒いでますが。
それでも笑顔なのは嬉しくて、私も思わず笑顔になりました。

「よし、じゃあ町に戻って宿でもとるか!」
「そうですね、賛成です」

1日を通してハードスケジュールだったので流石にくたくたです。

「女性にこの旅路はきつかったでござろう。
今日はゆっくり疲れを癒すでござるよ」
「ありがとうございます」
「ガウ、といっしょにねるぞ!」
「それはダメだ!」
「がう?」

ガウの言葉にマッシュの高速ツッコミ。
気を取り直してまた走り出したガウをカイエンさんが追いかけて、その後ろ姿にマッシュはため息をひとつ落としました。

「ふふ、お疲れ様です。マッシュ」
もな。それにしてもなついてるよな」
「飴をあげたからでしょうかね?」

なんて言えばマッシュは苦笑。

「確かに、俺もアイツと遭遇したのは干し肉持ってたからだろうしなぁ」
「干し肉ですか?」
「ああ。を探して一旦モブリズまで行った時に情報収集兼ねてな。
はそういう食材とか好きだろ?」
「確かに」

干し肉があればお料理のバリエーションは広がりますしね。

「もしかして私の為に買ってくれたんですか?」

なんて。ちょっとだけ調子に乗って訊いてみれば、思ったより優しい笑顔で──。

「そうだな。ま、ガウに食われたけどなー」

途端。何時もの笑顔になりましたから・・・ええと、今のは気の所為ですよね?
多分、見間違いでしょう。ちょっとドキドキしましたけれど、うん。

、ござる!はやくこい!おいてくぞ!!」
「俺はござるじゃねぇよ!」

“ござるはあっちだ”と言葉を続けて、マッシュはガウを追いかけて行ってしまって・・・。
案外相性良いですね?兄弟みたいな、気安い友達みたいな、そんな雰囲気があります。
お2人を眺めながらのんびりと後を追っていれば、戻ってきたガウの姿が見え───えぇと?

、へーきか!ガウがまもるぞ!」

ひょいと荷物を担ぐように抱えられて、そのままモブリスへと連れていかれたのでした。



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