鳥篭の夢

漂着先の縁/6



「ガウ、プレゼントする!」

モブリスの宿で今後の道筋の話し合いの最中に、不意にガウが立ち上がってそう言いました。
プレゼント・・・ですか?聞いていれば“マッシュとカイエンに干し肉のお礼がしたい”との事で。
ああ、やっぱり良い子ですね、ガウは。

にも!にもやる!」
「良いんですか?」

私は寧ろ助けてもらってばかりだったように思いますが。

やさしい。おいら、すきだぞ!」
「ありがとうございます。私もガウが好きですよ」

ぎゅーっと力一杯抱き締められて、痛いような、嬉しいような複雑な気持ちですが。
でも純粋な好意は何だかくすぐったく感じてしまいます。

「どうせくだらない物なんじゃないのか?」
「ガウのたからだ!ピカピカ、ピカピカ、ピカピカのたからだ!」

両手を大きく広げて主張している辺り、とてもピカピカしてるのでしょう。

「へー、そんなにピカピカしてるのか?」
「ござるはピカピカすきか?」
「だから俺はござるじゃねぇよ!
・・・しかしピカピカかぁ。ロックが聞いたら羨ましがるだろうなぁ」
「トレジャーハンターですしね」

あまり付き合いがあった訳ではないですが、確かに喜びそうです。イメージですが。

「ロックってだれだ?わるいやつか?」
「ん?あぁ、ロックって言うのは・・・」
「なぁなぁ、わるいのか?おいらのたから、とるのか??」
「人の話を聞けよ!!!」

詰め寄るガウにマッシュが頬っぺたを掴んで横に伸ばして怒ります。が、痛そうですよ?それ。
思った以上に伸びるソレを嫌がるようにガウが暴れますが、流石に腕力差からか微動だにしません。
“はぅー”なんて悲しい声を出して・・・んん、流石にちょっとやり過ぎですよ?マッシュ。

「マッシュ。あんまりガウを苛めないでください」
「そうでござるよ、喧嘩は一旦そこまで。
してガウ殿。その宝とは?」
「がうがう!みかづきやま!みかづきやま、ピカピカある!!」

三日月山・・・って、先程も話題に上がっていた場所ですよね。
蛇の道と呼ばれる海底通路を通る予定だとか。
・・・また水ですか、なんてちょっとだけ考えましたがそれはさておき。
同じような事をマッシュがカイエンさんに尋ねれば、カイエンさんは深く一度頷きました。

「うむ。ナルシェに行くには蛇の道を抜け、ニケアから出るサウスフィガロ行きの定期船に乗るより方法は無いでござる。
村の者の話によるとこちらもバレンの滝と同じく増水による影響があるとか。
本来であれば女性を連れ立って行くには険しい道程ではござるが・・・」
「まぁ私は鍛えてるから大丈夫ですよ。
それよりまずは、その三日月山にあるガウのピカピカ探しですかね」
「ピカピカー!」

ぴょんぴょん跳ねるガウにカイエンさんは優しい笑みを向けます。

「そうでござるな。では明日は三日月山を目指してガウ殿の宝を回収。
後に蛇の道を通ってニケアを目指すでござる」
「ござるー!」

ニコニコご機嫌なガウがカイエンさんの語尾を真似て、本日は解散となりました。


「ガウガウ・・・がう?」

さて、翌日。
ご機嫌なガウに道案内をお願いして三日月山に辿り着いたまでは良かったのですが・・・。
首を傾げてますね。あちこちの匂いを嗅ぎながら、探しているみたいですが。

「・・・ああ!ガウの言ってたピカピカが此処にあるのか!」
「成る程でござる。してガウ殿、どこにあるのでござるか?」

カイエンさんの言葉に一瞬だけガウは動きを止めて、そして首を傾げました。

「ガウ、わすれた」

・・・あはは。そうかなぁとは思いましたけどね?挙動が。

「探してみるか」
「仕方ないでござるな」

ということでガウと一緒にピカピカ探しをすることになったのですが・・・。
掘り起こしたらポーションが出てきたり。
ガウがマッシュを驚かせて500ギル入っていた財布が落ちたり。
時に走りまわり、時にマッシュを追いかけて遊びながら宝探しをするガウを見ながら、私はくすりと笑いました。
何だか私の小さい頃を思い出しますね。
私もよく遊び場だった西の山でカーバンクルを驚かせたり、追いかけたり・・・・・・・あれ?
もしかして昔の私ってお転婆が過ぎませんか?あの子は何で私の親友になってくれたんでしょう?
等と悩みながら進んでいけば、ガウが足を止めると何度目かの穴堀りを開始しました。

「さて。今度は何が出てくるかだな」

ポーションや、アクセサリー、手裏剣、綺麗な色のガラスの破片等々。色々出てきましたからね。

「みつけたぞ!ピカピカ!!」
「確かにピカピカしてますねぇ」
「ピカピカ!たから!ガウー!!」

ガウは無事に見つかって嬉しそうに跳ねていますけれども・・・。

「単なるガラス玉ですのう」

ガラス玉と呼ぶにはもう少し金属部分がありますが。
マッシュが“頭がすっぽり入る”とその丸い物を被ってみせて・・・何だかそれって。

「まるでヘルメットみたいですね?」
「ヘルメット・・・・はーん、これは使えるな」
「ぇ?」

何だか嫌な予感がするのですが。
後、ガウ・・・先程から同じ物を沢山掘り出してますがそれは一体お幾つあるのでしょう?
“たから!たから!”ってとても嬉しそうにしていますけれども。

「多分こいつは潜水ヘルメットだ。
誰かが落としたのを拾ったのかガウが強奪したのかは分からないが。
とにかく、これを被れば水中でも息が出来るし安心して蛇の道を行けるって訳だ」
「ニケア迄空気がもつでしょうか?」
「そればっかりは俺にも分からねぇなー」

そんな笑顔であっけらかんと。
いえ、マッシュはそう言う方ですよね。うん、知ってました。

「どちらにせよ蛇の道を使わないとナルシェには行けないからな」
「ヘルメットも一杯出てきてますし・・・行くしかないですかね」
「ガウ殿、幾つ集めておられたのでござるか?」
「ガウ?」

私達の人数分より多いですよね・・・。

「とにかく行くか!」

と、私達は蛇の道を使ってニケア迄の旅路を急ぐのでした。

・・・で、終われれば良かったんですけどね!
蛇の道って予想外に長いし、増水の影響を受けている所為か水流も激しくて死ぬかと思いました。
途中で見かけた魔物はスリプルで気付かれる前に眠らせて戦闘を回避して。
何と言いますか。無事にニケアまで着けたのは奇跡では無いでしょうか?

「今回もびしょ濡れですねー」
「がうー・・・びしょびしょ」

ガウはふるふると身体を震わせて、まるで動物のように水滴を飛ばします。

「冷てっ!?水滴を飛ばすな、ガウ」
「とりあえず何処かで服を乾かさないと・・・」

船にも乗せていただけないのでは?と、続ければマッシュも流石に頷きました。

「腹へったしなぁ。まずは宿で部屋確保して服借りるか」
「ウー・・・はらへった!」
「そうでござるな」
「ですねぇ」

服の裾を絞れば相変わらず大量の水が落ちて、深いため息が出ました。
幸いにも宿は空きがありましたのでモブリズと同じように大部屋1つと個室を1つ。
そして替えの服を借りて各自準備をします。
ガウが服を着ているのは少し不思議ではありましたけどね。とは言え流石に裸足でしたが。
とにかく“はらへった”と連呼するガウを連れて私達は、宿のご主人がおすすめしてくださった酒場へと行く事にしました。

「この時間でもなかなか客がいるな」

混んでいると言う程では無いですが、確かに。酒場とは言え昼間は食堂を兼ねているのでしょう。
お酒を飲むでもなく料理を楽しんでいる方は多く見えますし。
幾つか料理を注文して暫くすれば美味しそうな匂いと共に料理が運ばれてきます。
ガウは喜んで手をつけますけれど・・・。

「ほら、ガウ。手で食べると汚れちゃいますよ」
「はうー」

流石にソースを使ったお料理はフォークを使った方がいいと思いますが・・・。
うん、まぁガウにはちょっと難しいですかね。
分かりました。フォークを振り回さなくて大丈夫ですから、とにかく手を拭きましょうか。
手ぬぐいで汚れた手と口周りを拭えば嬉しそうな笑顔。
で、また手で食べるので以下繰り返しですね。ちょっと予想はしてましたから大丈夫です、はい。
僅かに苦笑して私も料理を口に運びます。あー・・・美味しい。流石にあの道程はお腹が空きました。

「・・・んふ。ねぇ、お兄さん達。わたしと一緒に飲まなぁい?」

不意にかけられる声に視線だけを向けて・・・ああ、良かった。
マッシュとカイエンさんだけに向けられたやつですね。酒場にはよくある事です。
女性を連れてても声を掛けるなんて事はサウスフィガロでも普通に起こりますものね。
昔は昼食にバルガスさんとマッシュと3人で酒場に行く事もありましたが、お2人共禁欲修行中だったので普通に無反応でしたっけ。
まぁ年長者お2人なら大丈夫でしょう。ガウならちゃんとお断りしますけれども。

──ガタンッ

「・・・カイエンさん?」

椅子から転げ落ちて・・・えぇと、動揺してらっしゃいます?
慌てて立ち上がると、声を掛けた踊り子のお姉さんにわなわなと震える指を突きつけます。

「な、な、な・・・何をふしだらな!そこになおれ!」
「んふふ。真面目なのねぇ。でも、お堅いことは無しよ。
そんなに肩肘張らないで、楽しみましょう?」

“ほら谷間”と、カイエンさんの耳元で囁きながら妖艶に微笑んで胸元を強調するポーズをとります。
それにカイエンさんは、こちらが驚くような凄い勢いで後退さると後頭部を強かに打って倒れました。・・・って!

「カ、カイエンさんっ!大丈夫ですか?」
「むむ。かたじけない、殿・・・」

駆け寄って、ぶつけたであろう後頭部に手を当てて・・・。
あらら、腫れてたんこぶになってます。顔が動揺しすぎて真っ赤になってるのも心配ですけれど。

「カイエン、免疫無さそうだもんな」
「マッシュ殿は平気でござるか?」
「まー、禁欲生活長かったからねぇ。これも修行の賜物ってこと」

カラカラ笑うマッシュに、踊り子のお姉さんは不遜な表情を浮かべると此方を見ました。
此方、というか・・・私、ですか?

「もぉ。みぃんな、つれないんだから。
それとも貴女の手前ガマンしてるのかしら?」

つかつかと私へと近付くと、まだカイエンさんの後頭部を撫でていた私に目線を合わせる為かしゃがみます。
が、お姉さん・・・ドレスの際どいスリットが危ないですよ?中身が見えそうです。等と考えていればお姉さんから深いため息が零れました。

「それとも皆、貴女の虜なのかしらね?」

借りている服の、胸元のリボンの端をおもむろに引っ張って──っぇ?

しゅるり。

衣擦れの音と共にリボンがほどけて、胸元がはだけました。え、何ですか?急に。嫌がらせ?
あ、いやそこまで凄く見えるんじゃないですけどね?
スキッパーシャツをリボンで留めるタイプのこの服は、痴女にはなりませんが少々だらしない程度には胸元が開いてると言いますか。
でも私、普段から服はキッチリ着る方なのでこれは流石に恥ずかしいと言いますか。
・・・・・・で、何で私こんな事されてるんです?

等と、多分この間1秒も満たないだろう合間にそんなどうしようもない考えが一気に脳裏を過ったとほぼ同時。何故か首回りから胸元を隠すように布が降ってきました。
あ、いや違います。
正確にはマッシュがとんでもない速さで何処からともなく布を取り出して巻いてくださいました。

「ぇ、と・・」

見れば、物凄く真っ赤な顔をして私を見ないようにしてくれてますけれど。

「あの・・・マッ」

“マッシュ”と名前を呼ぶ前に、僅かに指先が布を押さえたままの彼の手の甲を掠めました。
瞬間、ビクリと大きく身体が跳ねて───。

「お・・・」

お?

「女の子がそんなはしたない格好するんじゃありませんっ!!!!」

そう声を大にして猛ダッシュしてしまいました。
あの、ええと・・・マッシュはお母さんですか?じゃなくて。

「え、これって私は悪くないですよね?」
「うむ、いや。拙者、気持ちは分からんでもないでござるが・・・。
無論殿に非はない故、安心して頂きたい」
「がう?マッシュ、どうした?」

変わらず料理を食べ進めるガウに・・・ああ、今までの騒動中気にせず食べてたんですね?
なんて思わず苦笑してしまいましたが。いや、健康的ですしとても良いと思います。

「それよりも、お主!そもそも女子というものは恥じらいや慎みをもつもの!
それを自らのみならず他の女性にまで無理強いするとは何事か!!」
「まあまあ、カイエンさん。落ち着いてください」
「流石に此度の件は落ち着けぬ。店主は何処か!」

なんて酒場のマスターさん迄出てきて一時騒然としてしまいました。
結局はマスターさんが“もうこのような事態にはさせない”事と謝罪をしてくれて収束しましたが。

「うふふ。ごめんなさい、ヤキモチ妬いちゃった。
でも貴女、大切にされてるのね。羨ましいわ」

なんて、踊り子のお姉さんは今までの色気たっぷりとは違う優しい表情でそう仰っていましたが。
・・・・・・さて、なんの事やら。
確かに大切にはして頂いてますけれどね。このメンバーの中では1人女性ですし。
いやぁ、でも酷い目に遭いました。店を出て思わず大きく伸びをします。

「がうー、へーきか?いやだった、あったか??」
「大丈夫ですよ、ガウ。ありがとうございます。
少しだけ驚いてしまっただけですから」
「嫌だったというならばマッシュ殿の方でござろうなぁ」
「マッシュいない、いやだった、あったからか!
マッシュへーきちがうか?ガウ、あばれるか?」
「暴れる必要はござらんよ」

少しだけ困ったような少しだけ嬉しそうな顔をして、カイエンさんはガウの頭を優しく撫でました。
慌てたマッシュは、どちらかといえばお母さんぽかったですけれどね。

「まぁ、マッシュからしても妹分があんな格好にされたら焦りますよね」
「妹分・・・で、ござるか?拙者にはマッシュ殿は・・・」

言いかけて、カイエンさんは言葉を止めます。

「がう?」
「いや、何でもござらんよ。
今のは拙者の失言。どうか忘れてくだされ」
「そうですか?」

では気にしない方向で。それは余り無理強いするものでもないでしょうし。

「ガウガウ!カイエン、!あっち、あっち、いいにおいする!いくぞ!!」
「ちょ、ちょっと待つでござるよ、ガウ殿!」
「え?あれ、ガウ!カイエンさん!?」

こんな人が多い場所で走り出したらぶつか・・・らないですね。流石、とても身軽です。
私的には全力で追いかけていたのですが、あっという間に見失ってしまいました。
カイエンさんは何とか追いついているのでしょう。
“宿で落ち合うでござるー”と遠くから響く声に・・・ええ、了解しました。
なんて苦笑して、お2人が消えていった先を暫く見送るのでした。



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