鳥篭の夢

漂着先の縁/7



「うーん・・・」

カイエンさんがガウと何処かへ行ってしまってから、1人で露店巡りをしていた訳ですが・・・。

「やってしまいましたね」

いえ、買うまいと思っていた薬の材料をつい買ってしまいました。
ティナに任せた鞄にアレコレ入ってるので足す必要は無かったのですけれど。
・・・だって凄く状態の良いハーブが売ってるんですもの!お値段も少ししたのは秘密です。
でもこれもご縁ですからね、なぁんて。ニヤけそうになる顔を引き締めないと。

「あら?」

あれはマッシュでしょうか?背が高いので雑踏の中でもすぐ見つかりますね。
心此処に在らず、みたいな顔でふらふらしてらっしゃいますが、やはり私が原因でしょうか?・・・ですよね。
ご迷惑をおかけしてしまいましたし。んー・・・。

「マッシュ!」

意を決して名前を呼べば、ビクリとその巨体が驚いたように跳ねました。
そんな幽霊に遭った訳でもあるまいし。
というか幽霊に対しての方が平然としてませんでした?ちょっと酷いです。

・・」
「先程はすみませんでした。手ぬぐいまでお借りしてしまって」
「ああ、いや。大丈夫だ」

控えめに微笑むとマッシュは自然な動作で私から荷物を預かります。

「これ薬の材料か?」
「分かります?」
「ハーブの匂いがするからな」
「少しだけですよ。質の良い物を見つけてしまって、逃すのが惜しくて」

“こういった物は一期一会なのでつい”と言葉を続ければ、吹き出すように笑われてしまいました。
ああ、良かった。何時ものマッシュです、なんて一安心。
元々マッシュもそんなに女性が得意と言う訳でもないですし、今回は多大にご迷惑をかけてしまいましたから。笑顔を見せてくれるのは嬉しいです。
話しながら宿へと歩けば、不意に手の甲がマッシュの指が触れて、そのままするりと繋がります。
あの。はぐれないようにですか?人は多いですが、寧ろこんな人気の多い場所でこんな事をされれば私だって多少は・・・いえ、結構ドキドキしますよ?
“子供じゃない”と抗議しようかと顔を上げると、同じように顔を赤くされているマッシュが・・・。

あれ?

なんて、一瞬思考が停止しました。あれ、迷子防止なのになんでマッシュまで顔が・・・んん?
ぐるぐるした思考回路。宿に着くまでの間に何を話したのか、寧ろ喋ったんでしょうか?な、状況で気付けば私の部屋に着いていました。

「じゃあ俺は部屋に戻るからな」
「・・・・・・ぁ」

荷物を置いて、解かれた手。それがほんの少しだけ残念だと思ってしまって・・・。
ああ、きっと先程踊り子のお姉さんがアレコレ言ったからでしょうと責任転嫁しつつ。
いえ。白状すれば好きな人の手が離れて淋しかっただけです。
やだ、改めて言葉に直すととんでもなく恥ずかしい。・・・とか考えている場合では無いですね。
このまま黙っていてはマッシュが困ってしまいますから。ええと、早くお礼を言わないと。



普段話すよりも、ほんの少し低めの音。
顔を上げれば、どこか切なげな真剣な表情で・・・。

「そんな顔をされると、俺でも勘違いする」

・・・そんな、顔?とは??
口にする前にひょいと横に抱えあげられてベッドの上に降ろされます。
と、片手を軽く引かれてベッドに倒されると、まるで指を絡めるようにその手を固定されました。
ベッドが軋む音がやけに大きく響いて、絡まるように繋がった手が熱くて凄い心臓がうるさいのですけど。
ええと、あの・・・すみません、混乱しすぎて理解が及ばないのですが何事でしょう?

はもう少し警戒した方が良いと思うぞ。
もし相手が兄貴やロックだったら、今頃どうなってるか分からないからな?」

折角結び直した服のリボンが、握りしめられているのとは反対の手で解かれて床に捨てられます。
あの、今現在も割と洒落にならない状況では無いでしょうか?マッシュ。
開かれた胸元が外気で冷え、固定しているのとは反対の手が首筋を撫でていく感覚がくすぐったくて身を捩れば、深いため息が落ちました。

「マッシュ・・・?」
「ぃゃ、だめだ。修行を思い出せ、俺・・・落ち着け・・・」

何かと戦ってらっしゃるのは分かりますが。
小声で呟くのとは別に自由な方の貴方の手は、頬やら首筋やら耳やら撫でまくってますからね?
早く気づいてください。そろそろ恥ずかしさと謎の状況に私の心臓が持たないのですけれどっ!

「あの、マッシュ・・・」

呼べば、熱を孕んだ青い瞳が此方を向いて・・・あ、いや何でもないです。
今は呼んだら駄目だったんですね?ごめんなさい、間違えました!
等と無かった事に出来る筈もなく。マッシュの親指が私の唇を撫でていって・・・ひぇ。

「頼むから、もうこんな事はしないでくれ」
「こんな事・・・?」

とは?

「こんな風に男を簡単に部屋に入れるのも、肌を見せるのも。絶対に」

肌を露出させたのは踊り子のお姉さんとマッシュですよね?いえ、目が怖いから言いませんが。
それにマッシュを部屋に入れたのは身内だからですし、おじ様の家にいた頃から部屋に出入りするとか普通でしたし。
確かにエドガーさんやロックで同じ状況になるかと問われれば、それは否とお答えしますけれど・・。

「返事は?」
「ひゃぃ・・・・・・はいっ、しないです!大丈夫ですっ」

マッシュ、怖いです!
目も雰囲気も、何と言いますか・・・野生?野生の熊?あ、捕食されるヤツですか?!
必死に何度も頷いて見せれば途端嬉しそうに笑みを見せて──。

ちゅ。

と、首筋にキスが落ちました。そのままべろりと舐められた感触が、して・・ぇ?

「良い子だ」

凄い艶めいた低音を耳元で囁いて、満足そうに笑う顔。
ちょ、あの、すみません。一体目の前の方はどなた様でしょうか?
え、マッシュ?いやいや嘘でしょう。いやでも造詣は確かにマッシュです。
なのに醸し出される色気が何て言うか凄くて、普段とのギャップがっ!

・・」

あああああのあのあの待ってくださいっ。その笑顔と低音はアウトです!
好きな人にそんな声で名前を囁かれて無事な人がいるのでしょうか?私には無理ですっ!やだ、もう本当に無理・・・。
頬を撫でる手は変わらず優しい筈なのに、何時もとは違う触り方に脳が混乱して。現状が分からなくて。
普段とは違いすぎる様子が流石に怖くて、頭が全く状況に追い付かなくて、じわりと涙が滲んでしまうのですけれど・・・。

「あの・・・あの、マッシュ・・・」

本当に勘弁してください。
なんて言葉にする前に、マッシュは思い切り身体を起こすと近くのサイドテーブルにおもむろに・・・。

───ッガン!

「きゃーっっ!!マッシュ!?」

いやちょっと待ってください!何でサイドテーブルに頭を打ち付けるんですか!?

「・・危なかった。いや、ダメか」
「いや、ぇ・・・あの、えぇっ!?」

そんな何を悠長に呟いていらっしゃるのか・・・っ!
勿論ダメですよ、額からドバドバ血が出てますからね!!?

「悪い、。怖がらせたよな・・」

涙の滲んだ私の目元を指で優しく拭いながらも、しゅん・・としてらっしゃいますけれど。その・・・。

「ま、まずは怪我を治しても良いですか?」

言葉に、マッシュは僅かに苦笑して頷きました。
ケアルを唱える私の手に自分の手を重ねるマッシュは、先程とは違い常の雰囲気のように思います。
良かった。というか先程のご乱心マッシュは何だったのでしょうか?
傷を治し終わって手を下ろせば、そのまま優しく握りしめられます。勿論、怖くはないです。
ただ見るからにしょんぼりと気落ちしている方が気にかかりますが。

「改めて・・・すまない、。怖かっただろ?
俺も修行してたし、大丈夫だと思ってたんだが。それに無理やりこんな事をするつもりも無くて・・ああ、いや。これじゃただの言い訳だな。
そうじゃなくて・・・もうこんな無理強いは絶対にしないから、出来る事なら許してほしい」
「それは勿論構いませんが・・・」

こうなったのには私にも非があるでしょう。
男性と2人きりなのに部屋に引き留めようなんてはしたない事をしましたし・・・ね。無意識でしたが。
思い出すと恥ずかしいです。ひぇ、顔が熱くなってきました。

「・・・でも、これは別に一時の気の迷いじゃないからな」
「へ?」
「確かに衝動的に行動したが・・・それは相手がだからで。
俺は多分、お前にしかこんな事はしない」
「ぁ、の・・・」

それは一体・・・。
耳まで赤くしたマッシュは、一度視線を下へと落としてからまた私へ戻します。

「こんな事した後で言うのもなんだが・・・。
ぁー・・・、駄目だな。うん。多分、俺はもう我慢できないから」

それはどこか決意したような表情で。

「俺はが好きだ。
仲間じゃなくて、ただの家族でも無くて・・・ずっとお前の隣にいたい」

切望する声は、ぎゅっと胸を掴むように苦しく響いて・・・。

。お前のこれからの人生を側で共に歩む事を願っても良いか?」

ずっと握りしめていた私の手・・・左手を持ち上げて、薬指に1つ口付けます。
“本当はもっと強くなって自信がついたら言いたかったんだが”・・・って、どれだけお強くなるつもりだったのでしょう?今でも十分実力もあると思うのですけれど。
というか。そもそも、それは・・・。

「マッシュ、それは一般的にプロポーズの言葉になりますが・・・」

左手薬指にキスを落として、未来を乞う言葉。
勿論指輪や腕輪を贈ったりと地域性はありますが・・・。
未来を求める言葉は、紛れもなくそういうもので。

「ああ。プロポーズしてる。
俺はが欲しい。自身も、心も、未来も全部」

目が真剣です。

「駄目か?」
「っ!だめ、じゃ・・・無いです!!」

咄嗟に否定して・・・ああ、本当に上手く言葉が出てこなくて。それがとてももどかしくて、不甲斐なくて、悔しいですけれど。
だからせめて伝わるようにと、マッシュの左手を握りしめて、私も同じように薬指に口付けます。
・・・ぅぅ、恥ずかしいですね、これ。

「私もマッシュが・・・・・いえ、マシアスが好きですから。
・・・まだまだ未熟者ですが、ずっとお傍に置いてくださいますか?」
「ああ」

緩く手を引かれて、彼の胸の中へと飛び込めば、そのまま優しく抱き締められました。
ドキドキしている自分と同じようにマッシュから響く鼓動も早鐘を打っていて・・・ああ、彼も緊張してくれていたのでしょうか。
自分だけじゃないのは嬉しくて。でもやはり恥ずかしくもあって・・・。


「?はい」

顔を上げれば、1つ口付けが落ちてきて・・・ひぇっ!?
目が合うと照れたような、それでいて何時もの笑顔を見せてくれました。

「よし、これで憂いなく今後も戦えるな!
・・・応えてくれてありがとな、
「いいえ、こちらこそ」

こんな私ですが、本当にありがとうございます。

照れたような顔。それが、彼の想いが嘘偽りのないものだと理解出来て。
私のような、普通ではない人間を選んでくださったのが同情や勢いでもないのだと信じられて。
もしこれが奇蹟であるのなら・・絶対に手放しませんよ?私は。私だってマッシュがずっと好きでしたから。

私だって・・・ええ、憂いなく戦いましょう。貴方を害する者があれば容赦はしません。
この力を行使してでも貴方を助けたいと願うのは、ずっと変わらぬ事実ですから。



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