鳥篭の夢

集う者達/1



「此処がナルシェでござるか・・・」

カイエンさんは言いながら周囲を見渡します。
パイプが町中に張り巡らされた光景というのはなかなかありませんから不思議ですよね。

あれから・・ニケアで色々あってから無事に皆でサウスフィガロ行きの定期船に乗りまして。
本当はおば様の様子も見れたらとは思っていたのですが・・帝国兵があちこち闊歩していて近づけませんでしたね。
真っ直ぐナルシェへの道程を進んできましたから私達的には最短で来れたのではないでしょうか?

「ナルシェは私も初めてですが・・寒冷な山地、という割には結構暖かいですね」
「蒸気機関が発達してるからな。
町の中を張り巡らせているストーブとパイプの蒸気熱で雪が積もる前に溶かしてるし、そのお陰で寒さも緩和されているって話だ」
「それで防寒具無しでも出歩ける訳ですね」

流石に防寒具が無いと多少寒さを感じますが、無くても凍えはしない程度には暖かいです。
おかげで服嫌いのガウもそのままで来れました。

「がうー・・・っ?!しろいの、とけた!」
「今溶けたのが雪ですよ、ガウ」
「ゆきー!」

キラキラと輝く目をしてガウは降り注ぐ雪に釘付けになってますね。
気候的に獣が原ではあまり雪が降らないのかもしれません。
喜ぶ姿はまるで小さな子供みたいで可愛らしいのですが・・・まぁでもこのままのんびり雪を眺めている場合では無かったですね。

「ガードさん達が言ってたお宅はあそこですかね?」

エドガーさん達は既にナルシェの長老さんとの会談の席を設けていらっしゃるそうです。
事前にエドガーさんが話を通してくれていたようで私達はすんなりと此処まで来る事が出来ました。
で、多分お話をしていらっしゃるのがあのお宅でしょう。
扉を警備するガードの物々しい雰囲気が、いかにも重鎮が集まっているように見えますし。

「すまない、此処で兄貴が・・・。
フィガロ国王とリターナー代表が、ナルシェの長との話し合いの席を設けていると聞いたのだが」
「ああ。フィガロ王から伺っております。
王弟殿下とお連れ様でございますね?どうぞお通りください」

ガードの人は一度礼をすると扉を開けてくださって・・・でも中からは緊張感が漂っていますね。
“魔大戦”“伝説の戦い”“また起こるのか”なんて言葉が飛び交っているのは聞こえますから、また魔大戦を盾に何か仰っているのでしょう。

「兄貴!」

マッシュがその空気を打破するようにエドガーさんへと声を掛ければ、彼は難しそうにしていた表情を明るくさせました。

「マッシュ!それにも。無事だったか!」
「おう!」
「おかげさまで───ぅぇっ!?」 

後ろから急に抱きつかれて思わず変な声が出ましたが。ガウ・・・じゃないですね。
もっと柔らかくて華奢な体躯である事は見なくても分かりますから。

「ティナ。大丈夫でしたか?」
「・・・ええ。も怪我は無い?」
「はい。マッシュ達が助けてくださいましたから」

返せば、頭越しにホッと息を吐いた音が聞こえます。

「ごめんなさい。私があの時油断したから・・・」
「いいえ、油断したのは私の方ですよ。大変ご迷惑とご心配をおかけしました」

鞄もお願いしちゃいましたしねぇ。
腕が緩んだところで身体を反転させれば、ティナの何処か泣いてしまいそうな顔が目に入りました。
ずっとこんな風に気に病んでくださっていたんですね?すみません、普通に大冒険を謳歌していて。
いえ、あれはあれでなかなか道中大変でしたけれど。
ティナがあんな目に遭わなくて本当に良かったです。

「とにかく、元気そうで何よりだ。それで此方は?」

まぁ人数が倍に増えていたらそうなりますよね。
視線を向けられたカイエンさんは一度深く礼をとり、ガウはにこぉっと人懐こい笑顔を向けました。

「ドマ王国戦士、カイエンでござる」
「ガウ、ガウ!!」

ガウ、それでは名乗っているのか口癖なのか分かりにくいのでは無いでしょうか?
ドマ王国がケフカの流した毒によって皆殺しにされた事を聞けば、エドガーさんは眉根に深く皺を刻みます。

「・・・惨い」

ポツリと低く呟きを落とされたのはガードを両脇につけているご年配の方でした。
彼がきっとナルシェの長様なのでしょう。
“惨い”・・・なんて当然の言葉。
だけれどそんな一言で片付いて良い事柄ではない事も私達は理解しています。

「長老。これで理解しただろう!
帝国の奴らは手段すら選ばん。このままではナルシェが滅びるぞ!」
「うーむ・・・だがそれはドマ王国がリターナーに協力していたからの事。
中立を決め込んでいれば帝国とてそんな無茶な事は・・・」

「そんな事はないぞ!」

決めかねているナルシェの長様の言葉に、遮るような別の声。

「ロック!」
「ご無事で良かったです」
「ああ。ティナとも無事みたいで良かった。
エドガーに手は出されなかったか?」

まるでいたずらっ子のように笑うロックの額にエドガーさんがデコピンを一撃見舞わせます。
すっっごい良い音がしましたね?今。

「いってぇっ!?」
「そんな冗談を言ってる場合か。
それよりさっきの言葉の意味はどういう事だ?」
「どうもこうも、帝国はもうすぐ此処にやって来る。
狙いは氷漬けの幻獣だ」

・・・もうすぐ、ですか?

「随分と急ですね・・・」
「急ではない」

凛とした女性の声。

「元々、前回の侵攻で幻獣を入手する予定だったのが失敗しているからな。
帝国側からすれば面白くもない話だろう。今度は本気で奪いに来るだろうな」

そう言えばロックだけでなく女性も一緒にいらっしゃいましたっけ。
金色の髪に青い瞳。スラッとした長身の美人な方です。
冷たいとまでは思いませんが意思の強さが窺える瞳は、冷静に周囲を見渡しています。

「ロック、この人は・・・?」

ティナが言いかけて、言葉を止めました。何かを思い出すように思案する顔。
もしかしてお知り合いなのでしょうか?

「ああ。彼女はセリス。元帝国の将ぐ・・・」
「そうであったか!何処かで見た顔だと思ったら・・・っ!」

唐突にカイエンさんがロックの言葉を遮りました。帝国将軍・・・でしょうね。言いかけたのは。
となれば元々リターナーに属する国として帝国に敵対していたカイエンさんの気持ちは決して良いものではないでしょう。
勿論、それだけの感情では無い事も分かります。
“ガウ殿、どきなされ”と乱暴に横へ押し退けて・・・んん、これは周りが見えなくなってますね。刀に手をかけた所で、私はカイエンさんの前に出ます。

「待ってください、カイエンさん!まずは落ち着きましょう!!」
「何を仰るか、殿!奴こそはマランダを滅ぼした、悪名高きセリス将軍!
常勝将軍などと持て囃され、幾多の都市を蹂躙し占領していった帝国のイヌですぞ!
そこを退いてくだされ。拙者自ら成敗してくれる!!」

常勝将軍・・・・・・?何処かで、聞いたような・・・。
っと。違いますね。そんな事は今考えるべきではありません。

「それでも・・・セリスは約束してくれたんだ!
彼女は帝国を出て、俺達リターナーに協力してくれると!」
「しかしっ!!」
「俺はこいつを守ると約束した。
俺は一度守ると言った女を決して見捨てたりはしない!!」

前に出て庇うロックに怯む様子は無くて。ピンと糸を張ったような緊張感。一瞬即発の空気。
このままでは危ないですね。
それに、こんなカイエンさんを放っておく訳には絶対にいきませんから・・・。

「カイエンさん」

私はぎゅっとカイエンさんの手を握りしめました。
震える手からは抑えきれない程の怒りが滲んでいて。それは勿論、当然の感情で・・・。

「大丈夫です。私達が、一緒にいますから」

それは魔列車の時にもお伝えしましたが。
またきっと、怒りも悲しみも自分ひとりで抱え込んでしまって。
全部、周りが見えなくなる程に囚われてしまって。
すぐこんな風にご無理をされてしまうんですね?カイエンさんは。
何時も私達を気遣うばかりで、誰かに頼れない不器用さも“らしい”といえば、そうなのかもしれませんが・・・私は・・私達は心配になりますからね?
ひとりで何もかも抱え込んで、こんな風に暴走して欲しくないのです。カイエンさんの為にも・・・。

「カイエン、かなしいか?
おいら、カイエンすき。おいらもいっしょいるぞ。ガウー」
殿。ガウ殿・・・」
「すまない、カイエン。今は2人に免じて・・・」
「マッシュ殿」

カイエンさんは暫く逡巡すると、刀から手を離しました。
すみません。ありがとうございます、カイエンさん。

「私も・・・帝国の兵士でした・・・」
「何っ!?」

ぽつり。言葉を落とすティナに、カイエンさんは驚きと怒りを滲ませながらも近づきます。
・・が、直後たじろいだように動きを止めました。
怯える瞳。セリスさんのような凛々しい雰囲気もない普通の少女にしか見えなかったのでしょう。
私でもそう感じますから。熟練した戦士であるカイエンさんからすれば尚更ではないでしょうか?困惑した表情をされていますし。

「帝国は悪だ。だが、そこにいた者が全て悪ではない」

エドガーさんの言葉に苦々しい表情。分かってはいるのです、きっとカイエンさんも。


「大変だ!帝国が攻めてくるっ!!」

暫く誰もが破れずにいた静寂の中に、駆け込んできたガードの方の声が響きます。

「もう来たか!流石、ケフカのやつ・・行動が早い事だ」

憎々しげに言葉を零すセリスさんに・・・というか、ケフカですか?

「ケフカって、ついこの間ドマにいらっしゃいましたよね?
それでもうナルシェへ進軍ですか?」

短期間でこんなにあちこち向かわせるものなんですか?
それではろくな作戦会議も出来ないのでは??

「ああ。情報が早い・・・いや、貴様はその場にいたのか」

チラリとカイエンさんへ一度視線を向けてから、また私へと戻します。

「元々ナルシェの侵攻はケフカが指揮していた。
策であれば前回の失敗の時点で練っているだろう・・・直々にヤツが来る可能性は高い」
「なるほど。ケフカが相手となれば少々厄介だな。
ナルシェにも甚大な被害が出かねない」

セリスさんの言葉にエドガーさんも頷いて・・・。そうですね、彼は、本当に危険ですから。

「えぇい!しょうがない、戦うしかあるまい!!」

ナルシェの長様が決意したような、半分自棄にやったように叫びます。
が、まぁ此方としては言質を取りましたから。
ええ、バナン様が嬉々とした表情をしたのは気のせいでは無いでしょう。

「長老、敵の狙いは幻獣だが」
「あれなら谷の上に移した。元々、住民の不安も募っていたからな」
「よし、ではそこで死守するぞ!」

エドガーさんの言葉に私達は頷いて、その幻獣があるとされる崖の上まで移動する事になりました。



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