鳥篭の夢

行方を求めて/1



「お帰りなさい皆さん。お昼ご飯、出来てますよ」

ティナがいなくなった翌日。
リターナーのメンバーであるジュンさんのお宅を拠点代わりに、皆さんには情報収集をお願いした訳ですが・・・。

「ティナの情報は何かありましたか?」

各々が脱いだ防寒具を受け取ってハンガーにかけつつ問えば、エドガーさんは僅かに表情を曇らせました。

「流石に厳密な場所までは特定出来なかった。
ただ、フィガロの西へ物凄いスピードで飛んでいった・・・という話だ」
「フィガロの西・・ですか」

最後の1つをかけ終わると、そのまま昼食を出す準備に取り掛かります。

「手がかりが少しでもあるなら、そこから追えますものね」
「ああ。コーリンゲンかジドールまで行けば何か別の情報もあるだろう。
・・・心配かい?
「勿論ですよ。ティナは大切な仲間ですから」

悲しい顔をさせてしまいました。あんな顔をさせたくはなかったのに。
私があの時、薬を足してから臨んでいれば・・・結果は違っていたのかもしれません。
ふわり。エドガーさんが優しく両頬を包み込むようにして撫でてらっしゃいますが・・大丈夫ですよ?

「私達からしてもティナは仲間だからね。必ず助けだそう」
「はい、ありがとうございます」

気遣ってくださる言葉は少しだけくすぐったいですが。
ティナの為に動いていただけるのは頼もしくて、私は笑顔でお礼を返しました。
そうして食事の準備を整えて、セリスさんを呼びにいきます。
ロックは昨日からまだ目覚めていなくて看病を手伝っていただいていたのです。

「それで、ロックは?」

全員揃って食事が始まってから、ふとマッシュに問われて私は首を横に振ります。

「まだ目覚めませんね。
傷そのものは治ってますから、体力面の消耗が激しいのだと思いますが・・・」
「ティナの魔導の力に間近で触れていたのもあるとは思うけれど。
魔法は元々精神エネルギーを消費して行使するもの。
だから慣れない者が魔導の力に触れれば心身共に消耗するのは当然の事だわ」

出会ったすぐとは違う口調に、マッシュはやや呆気にとられた表情になります。
話して分かりましたが、セリスさんて気を張っていない時は多少口調が柔らかくなるんですよね。
・・・あれ、口調ですよね?セリスさんの説明が分からなかった訳ではないですよね?・・・ええと。

「まぁ、それは此方では治しようがないですから。
ロックが目覚めるのを信じましょう」

付け加えれば、皆さん頷いてからまた食事を再開しました。

「ほら、ガウ。またお口が汚れてますよ」
「はう」
「慌てて食うなって。まだあるだろ」
「ううー。めし、うまい。ガウ、いっぱいくう!」
「まぁ、美味いのは分かるけどなー」
「嬉しいお言葉ですが、詰め込みすぎないでくださいね?」

ほら、お水も飲まないと・・・!
同時に喉に詰まらせたお2人に慌ててお水を渡せば、やはり同時に一気に飲み干して“はー”と息を吐きました。
こういう所はそっくりですね、本当に。

「もしかしてこれはが作ったの?」
「・・・?はい、そうですよ」
「この量を?」

勿論です。バナン様達は引き続きナルシェの長様との会合でいらっしゃらないですし。
セリスさんにはロックをお願いしましたから私しかいないでしょうに。
たかだか6人分・・・あ、でも少し多く作りましたか。健康優良児がお2人程いらっしゃいますし。
まぁおじ様のお宅にいた頃とさほど変わらない量なので気にしてはいませんでしたが。

殿の作られる料理はどれも絶品でござるからなぁ」
「道中はそこまで凄いものは作れてないですよ」
「いやいや。外であれだけの物が食べられるのはなかなかありませぬぞ」

“どうしても、簡素で味気ないものになりますからな”なんて続けてくださって。
確かに旅の間は材料が乏しいので、その分は頑張りましたけどね。

「ほう。凄いな。
それにこれだけの腕前があればは良い奥さんになれそうだ」
「そう言って頂けると本当に嬉しいです」

あの頃のとんでもなくツラかった花嫁修行が報われる気分になりますよね。
してて良かった、花嫁修行。・・・・・・で。

「どうしてマッシュはそこでお水を噴き出すんですか?」

なんて失礼な。
新しい手拭いを渡しつつ、気管に入ったらしくて噎せるマッシュの背中を擦りますが・・・。
真っ赤になってるじゃないですか。大丈夫でしょうか?

「いや、何でもない」

なんて噎せながら言われても説得力が・・・。
そしてエドガーさんも何でそんな楽しそうな顔をするんでしょうか?
あ。でも知ってます。
あれです、おじ様達がよく私とマッシュのやり取りを見てこんな顔をしてましたね。・・・・・・んん?

なんて。そんな和気藹々とした食事も終わって、食後のお茶をお出しします。
そのティーカップの水面を見ながら、エドガーさんは1つだけため息を落とされました。

「どうしたんだ?兄貴。そんなため息ついて」
「いや・・・そうだな。問うならば今しか無いだろうと思ってな」
「問う・・・って何をだよ」

怪訝な顔をするマッシュに・・・いえ、何となく予想はつきますけれども。
深呼吸。それからエドガーさんの目線が私に向いて、にこりと微笑んで見せました。

「まぁ、掛けて楽にしてくれたまえ。
話というのは他でもない、君の事だからね」

にこやかな笑顔が怖いと思う事もあるんですね?わぁ、不思議。
ちょっと現実逃避に調薬しても良いですか?今回の戦闘でかなり在庫が減りまして。え、駄目?ですよね、知ってました。
なんて此処まで一気に良く分からない事を考えながら現実には、はい、の一言だけを何とか返してソファーに座ります。
拒否権なんか無い事は知ってますよ。
話題が出れば諦めるつもりでしたし。遅くてもロックが目覚めれば説明したでしょう。

「兄貴、もしかしての力の事・・・」
「マッシュは知っていたのか?」

チラリとエドガーさんに目線だけを向けられて押し黙りますけれど・・・それ、是と言っているのと一緒ですからね?
それでも今まで気付かれないように尽力してくださいましたから。

「知ってますよ、マッシュは。
おじ様の家で一緒に過ごしていた期間も長いですしね」

だから、もうこう言うしか無いでしょう。
マッシュにとって心から信頼している大切なお兄さんから嫌疑をかけられるなんて、私としても本意ではありませんから。

「とはいえ、私に大した力はありませんから・・・」
「サンダラとケアルラ。それに、私も知らない魔法の3つ」

セリスさんが優雅な所作でティーカップを傾けながら横から言葉を挟みます。

「最低限確認できた中でも、知っている最初2つの魔法はどちらも中級魔法。
私はまだ初級であるブリザドとケアルしか使えないが・・・何か言いたい事はある?」

ええと・・・・。

「サ、サンダーとケアルも使えますよ・・・?」

ではないですよね?すみません、睨まないでください。セリスさん怖い。
ささやかな力しかないアピールに多大な失敗を犯しましたが気を取り直して。
一度、お茶に口をつけて、息を吐きました。さて、何と言いましょうか。

「ティナは言っていた。“自分と同じだと思った”と。
それは君がティナと同じ純粋な魔導の力を持って生まれた、という意味で良いのだろう?」
「純粋と言われると語弊がありそうですが・・・」

元々は私も人造魔導士の血筋ですから。

「まぁ。生まれた時から力があったという意味でなら合っていますよ」
「それはどういう・・・」
「兄貴。の家系はごく稀に先祖返りで魔導の力を持つ子が生まれるらしいんだ。
だが・・・あの、その・・・・・・」

言いにくそうに、私をチラリと見て口篭ります。
ですが。寧ろ私達からはそれ以上の説明はしてなかったと思いますけれど。
あ、でも目の色の件は知ってましたね・・・え、本当に何処までご存知なんですか?
ぎゅっと手を握られて、マッシュは決意したように顔を上げました。

「魔導の力を持って生まれた子は、基本的に幼くして亡くなるらしい。
魔導の力の影響を強く受け過ぎるのだと。
は偶然、薬が見つかったから生きてこられたが・・・」
「成る程。先祖返り・・・だから先程の言葉に対して歯切れが悪かったのか。
純粋な魔導士の家系ではないという意味で。
そして本来は長く生きられない筈が、は例外として生き延びた。と」

意味ありげに微笑んで是とも否ともつかない反応を返します。返すしかないので。
正直に言えば、余計な事を言ってボロが出ないように必死なだけですけれどね。
マッシュが私のいない所で追加事情を得ているようなので下手に口が挟めないですし。
脳内補完で是非勝手にお話を作っていただきたいレベルで頭が痛くなってきます。

本当に、どうしましょう。
考えていれば背後から重みを感じます。見ればガウの不思議そうな顔。

、ビリビリだす、ヘンか?」
「それはその人次第ですからねぇ」

私からは何とも。
ああ、ほらほら。首にじゃれつくと絞まりますからね。少し落ち着きましょう、ガウ。

、ふわふわ。ふわふわ。ピカピカ。きれいだぞ。
おいら、すきだ」
「ふふ、ありがとうございます」

癒しの光の事でしょうか?それとも寝かしつけの時の弱めスリプルとか?
ガウは人の事を良く見てますからね。するりと頭から私の上に落ちて、膝に寝転がりました。

「何故黙っていたんだ?」
「何故・・・ですか?」

そんなの簡単でしょうに。
だけど、敢えてそれを問うのであれば・・・───。

「家の方針ですよ。本来誰も使えない魔法なんてものは秘匿せよ、です。
マッシュに知られた時は本当に泣くかと思う位には怒られましたから」
「あー・・・あん時な」

理由なんてそれで良いですよね?なんて。
懐かしそうにマッシュも目を細めて、その後やや苦笑します。
いやでもあれは本当に怖かったですからね。ほんっっとうに。思わず遠い目になっちゃいます。

「なので私は積極的に魔法は使いませんし、基本的には人に話しません」
「しかし・・・」

続けようとしたエドガーさんの肩を、カイエンさんが軽く叩きました。

「エドガー殿。その辺で・・・」
「カイエン」
「斯様に女性を問い詰めるものではござらんよ」

殿にも事情はあろう”と言葉を続けて、カイエンさんは私へと向き直りました。

殿。いや、拙者も魔法の事など露知らず。
驚いてしまった故に、このように言葉をかける事が面の皮の厚い行為と存じているのだが・・・。
何。拙者達がおるでござる。そのような顔をせずとも良かろうよ」

落ち着いた声音と気遣う言葉。私に近付くと優しく手を握られて・・・。
ああ、なるほど。こんなに嬉しいものでしたか。
なんて。自身でもしておきながら、胸に落ちてきたのは今更な想い。

「ありがとうございます、カイエンさん」

だけれど自然と頬が緩んで、そのままの顔で私はお礼を言いました。

。すまなかった、不快な想いをさせるつもりでは無かったのだが・・・」
「いえ。訊かれるとは思っていましたから。
心構えはしていたつもりだったのですが・・・。
ただ、いざそうなると何と言って良いやら。説明が難しいですね」

特にマッシュがアレコレ知っていた辺りが。
是非ロックには皆さんが説明してください。心からお願いしたいです。

「もしが嫌で無ければ、今後も私達に力を貸しては貰えないだろうか?」
「それは別に構いませんよ」

一領民としては、国王からのお願いを無下にする訳にもいきませんし。
マッシュが心から信頼を寄せるお兄さんからの頼みでもありますしね。
私の返答が意外だったのでしょうか。エドガーさんは僅かに瞠目して、それから少しだけ困ったように笑いました。

「すまない。ありがとう、

いいえ。どうせバレた時から、こうなる事は分かっていましたから。

「どうかお気にせず」

そう返して、私はにこりと笑みを見せました。



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