鳥篭の夢

行方を求めて/2



「流石、砂漠は暑いですね・・・」

ふぅ。1つだけ息を吐いて眼前の砂礫を見つめます。
いやぁ、まさに黄金の大海原。絶景ですね。

「クェッ」
「ふふ、心配してくれてるんですか?よしよし」

気遣うようにひとつ鳴いたチョコボの背を撫でて皆さんの後を着いていきます。

ナルシェでロックが目覚めてから、チョコボを使いながらフィガロを目指して砂漠まで来ました。
捜索班はセリスさん、ロック、エドガーさん、マッシュ・・・そして、私。
こんなに捜索班に割かなくても・・・とはお思いでしょう。私もそうですから。
というかガウのお守り役を兼ねて、カイエンさんと3人で護衛班になる予定だったんですよ。ただ・・・。

。悪いが一緒に来てくれないか?”

なんてロックに言われてエドガーさんもそれを了承しましたからね。
・・・さてはて。彼は私に一体何を求めているのやら。

「直にフィガロだ───見えてきたぞ」
「お。久しぶりだなー」

何処か嬉しそうなエドガーさんとマッシュの声。
近付いてきたその建造物は、まさに堅牢な王城といった佇まいです。
門番をされている兵士はエドガーさんを見るなり嬉しそうに敬礼しました。

「エドガー様、マッシュ様!
ご帰還お待ち申し上げておりました!」

なんて迎え入れられたと思えば私とセリスさんは、あれよあれよと部屋まで通されます。
どうやら予めエドガーさんから言伝てられていたらしく、砂地を越えて汚れたからとすすめられるままに湯浴みまで。
更に薔薇水や香油とかでマッサージされつつ全身ツヤツヤにされてしまいました。何故・・・?

「きっとエドガーからの事を聞いてるんじゃない?
王弟殿下の婚約者だもの。丁重に扱うべきだわ。
私はとんだ巻き添えをくった気がするけれど」

考え込む私に、同じようにツヤツヤになったセリスさんが深くため息を吐きました。
しかし美人さんが磨かれると本当に眩い程ですね。羨ましいです。

「でも薔薇の匂いに包まれるのは悪くないわね」
「セリスさんは薔薇がお好きなんですか?」
「ええ、そうね。昔はよくローズ・トピアリーを作ったりしたものだわ」
「ローズ・トピアリー!」

それは凄いですね!
きっとお見事だったのでしょう。思いを馳せるような瞳は、どこか幸せの色を含んでいます。
・・・と。ふと我に返ったと真顔になり、ひとつ咳払いをして私へと詰め寄りました。

「それより。それよりも!今後の事を考えるべきだと私は思うが・・・。
そもそもはどのような魔法が使えるの?」

あら。また口調が少し固くなっちゃいましたね、残念。
一度苦笑して見せて、それから思い出しながら指折り数えます。

「私はケアルとサンダーは中級まで。リジェネ、エスナ、スリプル、レビテト・・・迄はいけます。
後、他にも幾つか補助系は覚えていますね」
「それだけ差があるのか・・・頭が痛くなる話ね。
・・・で、あの時使っていた魔法は?魔法を反射するとか言う出鱈目なやつ」
「リフレクですか?あれはまぁ一応先程言った補助に含みます。
ただ逆に言えば“魔法”にしか効果がないですからねぇ」

リフレクを含めた補助魔法・・・テレポ等もそうですが。
あれはカーバンクルと一緒にいた恩恵ではないかと思っているんですよね。
彼が得意だとずっと昔に教えてくれた魔法。何時の間にか使えるようになっていましたが・・・。

「魔法に効果があれば十分だ。
人間からすれば驚異の力なのに、それを跳ね返せるなら戦況を覆す事も可能だろう」
「でも効果時間は短いですし、多少の制限もあります。
使う機会が無かったので詳しく分からない部分もありますからその分リスクも高いですよ」
「それに関しては私の魔封剣も変わらない」

成る程。確かにセリスさんの魔封剣は“身動きがとれない”と言っていましたか。

「セリスさんは今どんな魔法が使えるんです?」
「貴女に比べれば大した事は無いけど。
ブリザラ、ケアル、ポイゾナ、カッパー、ライブラ・・位か」
「十分じゃないですか。
私、その中であればケアル以外は使えませんし」

特にライブラがあれば弱点の発見に繋がりますから、此方が優位に立てますし。

「お互いそれだけ使えれば何とかなりそうで一安心です」
「私は何も安心出来ないが・・・」
「そうですか?」
「剣ならともかく、魔法は実力差が圧倒的だし。
何をするにもにだけ負担がいく事になる」

思いがけない、気遣っていただける言葉。
それはくすぐったくて嬉しくて、思わず笑えば“笑い事じゃない”と叱られてしまいましたが。

「すみません。お気遣いが嬉しくて・・・ありがとうございます。
でもセリスさんでなければならない場面は沢山あるでしょうし。
それに私は何かと未熟な面もあるので、色々頼らせていただきますね」
「頼る?・・・・・・私は、敵である帝国の将軍なのに?」
「“元”でしょう?」

驚くセリスさんに返せば、言葉が出ないと暫くの沈黙。

「・・・騙しているとは思わないの?」
「その時はその時です。自分の見る目が無かったと潔く諦めましょう。
だけど私は今、セリスさんを共に過ごす仲間だと思っていますから」

真剣な瞳。少しの間、沈黙が支配して・・ふ、とセリスさんは笑います。

「全く、おかしな事を言う・・・。
ならばその信頼に応えなければならないわね」

どこか泣きそうな。だけど、それを押し殺そうとするような。
ほんの少しだけ眉を下げた笑顔は、そんな印象を抱くものでした。

それから暫くして夕食がありまして。2人してエドガーさん達にお褒めの言葉をいただいたりして。
いやもう恥ずかしかったですが放電を抑えた私はとても偉かったと思います。自画自賛ですが。
それからもゆっくりとした時間を過ごさせていただきましたから、疲れもかなり癒えましたね。

「ん~~!」

剣の手入れ等を終えた私は大きく伸びをしました。身体が固まりそうなので小休憩。
セリスさんは早々に就寝されましたが、私としてはもう少し。後、薬も作っておきたいのですよね。
常用薬の残数も少なくなってきましたから足しておかないと。
頭の中で今後の事を指折り数えつつ、まずはお散歩を兼ねた気晴らしにと私は部屋を出ました。


「わぁ・・・凄い」

あちこち散策していれば・・・此処が城の一番高い場所でしょうか?
城壁の上に立てば、一面の夜空は何も遮るものもなく、丸い月と散りばめられた星々が群青色の空を美しく彩っています。
来る時は陽光を浴びて黄金に輝いていた砂漠も、今は月光で落ち着いた鈍い金色に見えますね。
静閑と清廉さを合わせたような、昼間とはまるで正反対の雰囲気。昼間と夜との二面性。どちらもとても綺麗で・・・。

「・・・ティナも、空を見上げる位の余力は出てきたでしょうか?」

なんて。身勝手な事を思います。
悲しませたのは私です。彼女を受け止めきれなかったのは私です。
こんなにも魔導の力に影響されやすい身体を、理解しながら対策を怠った私が悪いのです。
だけど。それでも・・・せめて泣いていませんようにと、願う位は許されるでしょうか?

「今すぐ飛んで行ければ良いのですが・・・」

貴女の元へ駆ける魔法が在ったならば・・・。

「君にまで急にいなくなられては困るよ、レディ」

背後からの声。
振り向けば、蜂蜜色の髪が月の光で鈍く輝いているのが目に入ります。

「エドガーさん」
「そんな所に立っていては危ない。此方へおいで」

にこりと微笑んで手を差し出してくださって・・・。
1人でも大丈夫ですが、ありがたくお借りして私は下へと降りました。

「全く、どこの月の女神が降り立ったのかと思ったよ」
「それは私よりもセリスさんの方が似合いそうですけれど」

女神のような豪奢な雰囲気は私にはありませんし。
ふむ。と、少しだけ悩むエドガーさんは暫くして“ああ、分かった”とポンと手を叩きました。

「セリスが月の女神ならば、はその光を受けて可憐に在る光の妖精だな」

まるで“これならどうだ”と言わんばかりの表情に私は思わず笑みを零しました。
それに一瞬だけ面食らった顔になると、エドガーさんも少しだけ照れたように笑います。

「少し酔ってらっしゃいますか?」

ほんの少し何時もより上機嫌な表情。

「わかるかい?」

“ほんの少しだけね”と、エドガーさんは笑みを向けます。
それは普段の穏やかなものとは少しだけ違う、どこか子供らしさを帯びているもので・・・。
ああ、なるほど。マッシュに似ているんですね。流石、双子です。

「昔・・・もう10年程前か。
此処でマッシュとどちらが王位を継承するか決めたんだ」

空を見上げながら、過去に思いを馳せる瞳。

「どうやって決められたんですか?」
「これだよ」

1つ取り出されたそれは・・・コイン?ですか。

「自由を選ぶか王位を選ぶかは勝者次第。
表が出ればマッシュが、裏が出れば俺が勝つ。一回きりのコイントスだった」

“俺”・・・?
ピンと指で弾いてコインを投げ寄越され、何とかキャッチします。
でも、これって・・・両面表?!
顔を上げれば、エドガーさんはいたずらっ子のような顔で笑いました。

「マッシュには秘密にしてくれよ」

ああ、そうやって自由を・・・マッシュに、気負う事無く選ばせて。
お優しい方です。誰でも容易く出来る事ではありません。

「お優しいんですね、エドガーさんは」
「おや。今ごろ気づいたのかい?」

いいえ、前から知ってましたよ。
コインをお返ししながらそう告げれば、嬉しそうに私の髪に指を通します。

「でもそれで良かったんですか?
エドガーさんも自由であれば選べた道もあったでしょう?」
「そうだね。そうかもしれないが・・・。
マッシュのように城を出て何かをする、とまではしなかったかもしれない」

“俺にはそこまでの勇気は無かったかもな”と続けてエドガーさんは空を見上げました。

「・・・私、フィガロが好きですよ」
「そうかい?」
「はい。この7年サウスフィガロにいましたが、本当に良い場所です。
活気もあって。皆さん何時も笑顔でいて・・・。色んな方に優しくしていただきました。
この時勢でも誰もが“大丈夫だ”と心を強く持っています」

これはきっとエドガーさんが尽力してくださっているからなのでしょうけど。

「後。ご飯も美味しいですし、薬草も色々流通しているので入手しやすいですし。
私としては万々歳です」

続けた言葉にエドガーさんは思わず噴き出して・・・あれ?私、変な事言いました?
首を傾げれば一房、髪を掬って口付けます。

「ありがとう、
フィガロ国王として、これほど嬉しい言葉はない・・・いや」

一度言葉を区切って髪から手を離したかと思えば、今度は額に口付けが落ちてきました。
・・・ひぇ。と動揺する前に、どこか堪えるような顔のエドガーさんが目に入って止まります。

「そう言ってくれると俺も此処までやってきた甲斐があるな」
「・・・ふふ、エドガーさんは本当に素敵な方ですね」

人知れずどれだけの努力と研鑽を積んできたのでしょうか?
私達が安寧に暮らす為に、どれだけの苦労をされてきたのでしょうか?
それをまるで気取られず飄々とした態度でいられる事のどれだけ凄い事か。

「でも働き過ぎないでくださいね?
過労で倒れたら洒落になりませんし」
「おや。では疲れたらが癒してくれるかい?」
「癒す・・・・・・こんな感じにですか?」

エドガーさんの両手を優しく握りしめて、癒しの光を送ります。
やはり手から通すのが一番得意ですね。力もコントロールしやすいですし。
少し驚いた顔。あ、やはり魔法は少し怖いでしょうか?

「なるほど。こう返されるのか」
「はい?」
「いや。これも魔法かい?」
「みたいなものですかね。ケアルのもうちょっと弱めのやつです」

今回は。

「温かくて心地良い・・・確かに癒されるな、これは」
「それなら良かったです」

力を使った甲斐があるというものです。
何だか嬉しくなってつい笑みを零せば、エドガーさんも同じように微笑んでくださいます。

は良い意味で気が抜けるな」
「そうですか?まぁ私相手に気を張る必要はありませんけれど」
「ああ・・・でも、そうか。そうだな。
俺からすればはもう妹になるんだったか」
「・・・?まぁ、そうですね。一応。義理ですが」

いや、正式に婚姻を結んだ訳ではないのでまだ義理でもなんでもないですが。
“ならば良いか”と、何が良いのかはサッパリ分かりませんがエドガーさんは呟きます。

「どうせアイツの事だから教えてるんだろう?
・・俺のフルネームはエドガー・ロニ・フィガロだ。
どうか君の心にこの名前を留めておいて欲しい」

いや、確かにマッシュのフルネームも存じ上げてはいますけれども。

「王族のフルネームはあまり教えるものではないと聞きましたが」
は家族になるんだろう?なら問題はない」
「そういうものなんでしょうか・・・?」

なら、まぁ良いのかもしれませんが。気安く教えられてしまった感が否めません。

「さあ。あまり夜風に当たると身体を冷やす、もう部屋に戻った方がいい。
それにそろそろフィガロ城を潜航させるからね。外にいては砂に埋もれてしまうよ」
「あら、それは流石に困りますね。
ではお先に失礼します。お休みなさい、エドガーさん」
「お休み、。良い夢を」

軽い冗談に笑って見せて、私は一礼してから階段を降りました。


!」

階段を降りれば、マッシュの姿が・・・どうされたんでしょう?

「あれ、兄貴は?」
「先程そちらで別れましたよ」

ご用だったんでしょうか?
考えていればマッシュは“いや一緒にいるのが見えたから”と言葉を続けます。

「まー、良いか。どうせ明日からも一緒だしな。
それより部屋まで送るぜ?」
「いいんですか?ありがとうございます」

少しでも一緒にいられるのは嬉しいですから。
なんて考えると恥ずかしいので、頭の隅から消しておきましょう。やだやだ、はしたない。
それでもお互いに自然と手を繋ぎながら部屋まで歩き始めます。

「ん・・・やっぱ何か良い匂いがするな。・・・これ、薔薇か?」
「はい。メイドさんにして頂いたんですよ」
「へぇ。何か晩飯の時から雰囲気違ってたのはそれでか」

今の私は香油のおかけで髪の毛も何時もよりつやつやサラサラですからね。
自分でもつい触ってしまう位です。メイドさんの手腕恐るべし、ですね。

「普段の匂いもらしくて良いが・・・」

一房、髪を掬い取られてそのまま匂いを確かめるように顔へと近付けて口付けま・・・した?今。
エドガーさんはそういう事を平気でしそうなイメージがありましたが、マッシュがすると何だかドキドキしますね。

「何時もと違うってのも良いな」
「ふふ。ありがとうございます」

見せる笑顔は何時も通りで、なので私も笑みを一度返します。
多分、今のは見間違いでしょう。そういう事にしておきます。
・・・と、部屋が見えてきましたね。案外あっという間で、ほんの少しだけ淋しいですが。

「じゃあ。あんまり夜更かししないでちゃんと寝ろよ」

まるでお母さんみたいな言葉。それに私はくすくすと笑います。

「はい。気を付けますね。
此処まで送っていただいて、ありがとうございました」
「おう。・・・ああ、そうだ。
「はい?」
「ちょっと手ぇ出してくれ」

手?
言われた通り手を差し出しながら待てば、マッシュはポケットから何かを取り出します。

「ん。悪ぃ、こっちだな」

出したのとは反対の左手をとられたと思えば、小さな金属音を立てて手首に何かがはまりました。
細身の腕輪・・・ですね、シルバー製の。

「兄貴に頼んで用意してもらったんだ。
俺は戦闘で殴ったりするし、も薬作るから指輪よりこっちの方が良いだろ?
いやー。まぁぶっちゃけ俺のサイズが見つかんないからってのもあるけどな」

からから笑うマッシュに、確かにそうかもと思います。
そして何故分かったのだろうかと疑問に思う程のジャストサイズです。
・・・・・・・・・あれっ?!もしかしてこれって、婚約の!

「でもまぁ、それはそれでまたちゃんと用意するから。
今はこれで勘弁な」
「あ、あの・・・これ!」
「ん?駄目だったか?」

キョトンとするマッシュは相変わらずで・・・ほら!そのさらっと行動する所ですからね!
一瞬、何だったのか気づけなかった自分が恨めしい・・・。
慌てて首を横に振ってマッシュにそうではないと意思表示をすれば嬉しそうに笑う顔があって・・・ああ、もう!

「あ、あの・・・ありがとうございます!
でもそうしたらマッシュの分もあるんですよね?」

今の口振りなら。

「それなら・・・マッシュのは私が着けても良いですか?」
「おう。ありがとな」

私のよりかは幾分か太めの、だけれど決して重さを感じさせないソレはきっと彼の事を考えられているのでしょう。
流石エドガーさん。そもそもご用意して頂いていたなんて全くもって気付かなかったです。
金属音と共にマッシュの腕にも腕輪がはまって・・・やっぱりこういうのは恥ずかしいですね。
ちゃんとした約束の品があるというのはマッシュと本当に縁が結ばれたのだと実感してしまって・・。

・・・顔が赤いんだが」
「・・・っ!恥ずかしいんです」

指摘してはいけませんっ!そこは!
顔を上げて抗議をすれば、あの、いや・・・マッシュも凄い顔赤いですけど?

「お互い様じゃないですか」

かろうじて出た言葉に、マッシュは赤い顔のまま私の頬にキスを落とします。が・・・。

「あの・・・本当にもう無理です。恥ずかしさが限界突破して倒れそうなんですけれど」
「いや、今のはが悪い。可愛すぎる。
というかこのままだと自分の部屋に連れていきたくなるから・・・俺はもう戻るからな」
「へ?・・・はい」

はい・・・?
お休みなさいと、よく分からないままに返してマッシュの後ろ姿を見送ります。
何だったんでしょう?さっきの言葉は・・・・・・言葉、は・・・。

「・・・あっ!そういう意味っ!!」

と、彼の姿が見えなくなってから唐突にその言葉の意味を理解した私は、暫くその場に座り込んで動けなくなるのでした。



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