鳥篭の夢

縁を手繰る先/1



「飛空艇・・・ですか」

情報収集してくださった皆さんの言葉に私は首を傾げます。
ジドールに着いてからガウが寝てしまったので、私とマッシュが宿で待機。
残りの皆さんで情報収集や買い出しをお願いしていたのですが・・・。

“オタクのマリア。嫁さんにするからさらいにいくぜ。流離いのギャンブラー”

何でしょう。この簡潔過ぎる程の文章・・・いえ、文章力は私もイマイチ自信はないのでそこは触れないでおきますが。
どうやらオペラ座の大女優マリアさんへセッツァーさんという方からこの予告状が届いたそうです。
何でもそのセッツァーさんは、この世界情勢故に世界でただ一台となってしまった飛空艇をお持ちなんだとか。

「ああ。飛空艇があれば帝国に空から乗り込める」
「でも協力していただけるでしょうか?」

そもそも、どうやってお会いするのでしょう?

「それに関してはちょっと考えがあるんだ。
・・・まぁ、まずは劇場に行ってみようぜ」

確かに、その予告状をお返ししなければいけませんものね。
一度ウインクしてみせるロックに、まだお休み中のガウを起こして私達は劇場へと向かいました。


「おっ、あれは・・・」

劇場の入り口には右往左往する男性が1人。
向こうも此方に気付くと“あの時の!”と、ロックとセリスさんへと近付きました。

どうやら話を伺った限りでは、この劇団の団長さんという方は劇場から雇われているようです。
そして件のセッツァーさんは派手好きな方のようで、芝居が一番盛り上がった頃に攫いにくるだろうと。
芝居を台無しには出来ないし、かといって大切な団員であるマリアさんを攫われる訳にもいかない。
“お手上げじゃないの!”と声を上げたセリスさんに、だから悩んでいるのだと大きな溜め息と共に団長さんは歩いていってしまわれて・・・。

「攫わせればいい」

唐突なロックの言葉。
首を傾げる団長さんに、ロックはチラリとセリスさんへと視線を向けました。

「囮だよ。わざと女優を攫わせてセッツァーの後をつける。
あわよくば飛空艇を横取りする」

その作戦に、セリスさんが必要なのでしょうか?

「ダメだ、ダメだ!マリアにもしもの事があったら・・・」
「だから囮なんだよ!マリアさんには安全な場所で隠れてもらうんだ!」
「・・・・まさか、ロック・・」

エドガーさんは何か感付かれたようですが、私はサッパリ。
ニヤニヤ笑うロックは、セリスさんへと近付きました。

「似てるんだろ?セリスは」
「・・・・・・へ?私??」

まさかご自分に話題が振られるとは思いもしなかったのでしょう。
瞠目して、自分を指差してらっしゃいます。

「マリアに化けたセリスを攫わせて、俺達を飛空艇に案内する」
「名案だ!」
「め、名案って・・・そんなっ!!
わ、私は元帝国将軍よ!そんなチャラチャラした事、出来る訳ないでしょ!」

見るからに狼狽えたセリスさんは、そのままロック達を突き飛ばして奥の部屋に飛び込んでしまいました。
ええ、文字通り飛び込んだので扉に顔面を強かに打ち付けていたような気がしますが・・・大丈夫でしょうか?

「凄かったな、今の」
「うむ。まさしく飛び込んでおったが・・・」
「ガウー?」
、後で診てもらえるかい?」
「はい、勿論です」

ヒソヒソと皆さんとお話ししていれば、ロックは扉に耳を当てていて・・・。
それから急に笑いだしました。

「結構やる気だぜ、セリスは。
よし、早速準備だ!本番までにセリスを大女優に仕立てるぞ!」

ロックの言葉に、私達は頷きました。
勿論、私も出来る限りのお手伝いをさせていただきましたよ。
何故か発声やダンスの練習もご一緒しましたが・・・。
まぁ、お1人よりも2人の方がかかるプレッシャーが違うのでしょう。きっと。多分。

その際に、マリアさんと少しお話ししましたが。
セリスさんとそっくりなのに雰囲気は穏やかで気品があって、それでも気さくに接してくださいました。
そして練習の時の厳しさ・・・女優さんって凄いんですね。しみじみと実感しました。

そんなレッスンを乗り越えて───本日は本番当日となります。

「変じゃないかしら?」
「勿論です!とてもお綺麗ですよ」
が言うと説得力ないけど」

え。それは酷いお言葉では?
顔に出ていたのか“だって誰でも褒めそうじゃない”と肩を竦めてしまわれましたが。
・・・んん、おかしいですね。紛う方なき本心なのですけど。

「でも・・・・ありがとう」
「いえ、どういたしまして。
本番は傍にはいられませんが、客席からセリスさんの勇姿を見ていますからね!」
「ええ、今までの練習の成果を存分に発揮してみせるわ!」

ぐぐ。と拳に力を込めるセリスさんのその手を、私はそっと握ります。

「セリスさんなら絶対に大丈夫です」
「当たり前よ」

その笑顔には緊張の色はありません。
だからきっと本当に大丈夫ですね。私は失礼して、客席へと戻りました。
途中ロックにお会いしたので、是非激励の言葉をお願いしたら“任せとけ”ですって。
ふふ、これでやる気が出すぎたら大変ですけれどね。なんて。

「お、。セリスの準備は終わったのか?」
「はい。とてもお綺麗でしたよ」
「ガウっ!、こっちこっち!」
「これこれ、ガウ殿。静かに見なされ」
「はうー」

大きな声で私を呼んだ為に注意されてしまったガウにひとつ苦笑しつつ。
でも今は場面転換中ですからきっと大丈夫ですよ。
ポンポンと叩かれていたマッシュとガウの間の席に座ります。

「お芝居中は静かにしないと駄目ですからね?ガウ。
出来ますか?」
、いっしょか?」
「はい、一緒ですよ」
「ガウできる!いっしょ!」

ぱぁっと嬉しそうな笑顔はとても素敵ですが・・・もう少しだけ声の大きさは落としてくださいね?ガウ。

は最近ずっとセリスと一緒だったからなぁ。
良かったな、ガウ」
「ガウよかった!マッシュとカイエンもよかったか?」

何故にお2人にも・・・・?

「うむ、そうでござるな」
「あー・・・まぁなあ」

そしてそんなに気遣ってくださらなくても平気ですからね?

「しっかし。オペラって何で皆歌い出すんだろうな?」
「マッシュはお芝居を観た事がないんですか?」
「いや。芝居は何度かあるが、オペラは無いなぁ」
「そうなんですね。
私はお芝居を観るのが初めてなので、そんなものなのかと思っていました」
「ああ、成る程なー」

なんてひそひそ話していれば、舞台が暗転して指揮者の動きに合わせて音楽が奏でられます。
セリスさんのシーンですね。大掛かりな建物のセットをセリスさんが歌いながら歩きます。
ああ。この歌、私も覚えてしまいました。
歌と、動きと、ダンスと・・・全ての練習をご一緒しましたからねぇ。
でもセリスさんは本当に凄いです。臆する事なく堂々とした佇まい。
淀みなく歌い上げるその姿は、私では到底出来ない事でしょう。

「・・・ロック殿?どうなされた?」

芝居中だというのに慌てたように走るロックは、そのまま団長さんへと駆け寄ってしまいましたが・・・。
何かを握りしめてらっしゃいましたね?紙みたいな?
何事かを伝えると、団長さんも驚いたように椅子から立ち上がります。

「何ですと!!」

ただならぬ事態と言わんばかりの反応に、私達も顔を見合わせて団長さんへと駆け寄りました。

「どうしたんだ?」
「こんな手紙が落ちてたんだよ」

手紙・・・ですか?くしゃくしゃになったそれには“お前ら気に食わんからオペラ邪魔してやるけんね。オルトロス”と、簡潔な内容が書いてありました。

「オルトロスさん・・・。団長さんのお知り合いですか?」
「全く知らん名前だよ。あー・・・此処まで上手くやっていたのに!!
そもそも、コイツは一体どんな恐ろしい方法で芝居を邪魔しようと・・・?」
「・・・!ウウ・・あそこ!あそこ、なんかいる!」
「あれは・・・・・・タコでござるか?」

タコ?地上なのにですか!?
じっと目を凝らせば、舞台の天井の足場・・・・位置的にはセリスさん達が踊っている場所の真上で、紫色のタコが錘と格闘している姿が───。

「見覚えのあるタコだな」
「見覚えのあるタコですね」

何処で?って、レテ川で。
あのタコ“オルトロス”というお名前があったんですね。初めて知りました。

「どうやら、我々の知り合いだったようだな。
皆に迷惑がかかる前にこちらで駆逐するとしよう」
「せこい真似しやがって!あんな巨大な錘を落とされたらただじゃすまないぞ!」

どこからともなく機械をお出しするのは少しだけ怖いのですけれどね?
しかしエドガーさんの言う通り、此方で何とかするべきお相手でしょう。
慌てるロックの言葉に、団長さんは1つ頷かれます。

「右の部屋にいる裏方さんに頼んでみなさい。
今は足場へ続く左の扉を閉めているんだが、そっちで開けてくれる筈だから」
「よし、俺がひとっ走り行ってくるから皆は先に足場の入り口の方へ!」
「承知でござる!」
「ああ。行くぞ、皆!」

ロックが駆け出したのと同時に、私達も左の扉の前へと急ぎます。
カチリ。と、私達の到着とほぼ同時に開いて、そのまま通路へと突撃しました。
・・・・・が!

「凄いネズミの数ですね」
「とはいえ蹴散らす訳にもいかないな。
ご婦人の頭に鼠の死骸を降らせる訳にもいくまい」
「地道に倒していくより他に無いでござるな」
「がう!」

一匹倒しては落とさないように跨ぎ、また一匹倒しては・・・・・あぁ、なんて地道な作業なんでしょう。
ぜひ団長さんにはネズミ駆除をお願いしたいところですね。
定期的に殺鼠剤とか撒きましょう。本当に。ネズミは増えるのも早いですから侮ってはいけません。

「何やってんだ?」
「ああ、ロック。良いところに来た。
タコを退治する前に害獣駆除だ」

エドガーさんの言葉に、ロックは“うへぇ”と嫌そうな声をだします。

「すげー量だなぁ。の魔法で一撃じゃねえのか?」
「一撃は一撃ですが・・・お客さんにネズミの雨が降りますけれど?」
「うげ。・・・・・・それはダメだな」
「ご理解いただけて助かります」

まぁエドガーさんは真っ先に気付かれたんですけどね。
ため息を吐きながら、また一匹のネズミを駆除します。
これで粗方片付け終わったでしょうか?
流石に倒しきるには時間がありませんから、タコ・・・ええと、オルトロスでしたね、お名前は。
彼の所まで一本の通路が開けて、私達は一気に走ります。

「此処までだ!」
「今すぐそのふざけた真似は止めてもらおうか」

ドリルを構える姿に怯んだのでしょう。
オルトロスはあちこちへ視線を向け、しかし退路は無いと判断したのかその身体がふるふると震えて───

「えーい、ちくしょー!」

「「「「「え?」」」」」
「がう?」

思い切り体当たり・・・っ!?
ぐらりと身体が傾いて、私達はドミノ倒しのようになって落下していきます。
まずいですっ、急だと流石にレビテトを使う暇が・・・っ!!
無理に身体を捻って、何とか地面へと着地しましたが・・・皆さんはっ!?

「がうっ!!?」
「きゃ!?」

重・・・っ!確認しようと立ち上がる前に、上から降ってきたガウに私は潰されました。
一瞬、目の前がブラックアウトして・・・・・・っは!私、今意識が無かった気が・・・!


「セリスを娶るのはドラクゥでもラルスでもない!
世界一の冒険家!このロック様だぁぁ~!!」

は?え?何故にロックが・・・?
唐突なアドリブに驚きながら辺りを見渡して・・・なるほどと納得しました。
役者さん達が倒れてしまってるんですね。だから劇を通す為に名乗りあげたのでしょう。
というかセリスさん以外、結構酷い有り様になってます。
“下手くそな演技しおってからにぃ!”と団長さんが嘆いていますが・・・いえいえ、頑張ってらっしゃいますから。

「だまぁ~れぇ~、我とてタコの端くれ!
お前なんかにも負けはしないぞ!!お前としょーぶだ!!」

オルトロスも何だかノリノリですが・・・。
ちょっと私としてはこの状況を打破したいのですけれど!!

「ガウ、ガウ!大丈夫ですか?」
「はぅ~・・・」

出来れば私から降りて欲しいのですが・・・目を回していて無理そうですね。
先に回復をしてしまいましょう。別に潰されてても不可能ではありませんし。
出力を普段よりも上げて、私は魔導の力を練り上げます。

「ええい、もうどうにでもなれだ!ミュージックスタート!」

「ケアルラ!」

団長さんの言葉と共にオーケストラの方々が音楽を奏で始めました。
同時に、私もラルスさんやドラクゥさんを含めた負傷者全体へとケアルラを掛けます。
それは皆さんの意識を戻すだけの効果はあったのでしょう。
普段から鍛えている皆さんはいち早く目覚めました。

「ぅぅ・・・っ!!!」
「気付かれましたか?ガウ」

驚いたガウがぴょんっと軽やかに飛び上がれば、同時に重みも無くなってほっと一息。
流石に驚きましたが、ガウがご無事そうで何よりです。

「おいら、わるいした。
、へーきか?いたい、ないか??」
「はい、平気ですよ。
心配してくださってありがとうございます」

だからそんなにションボリしなくても大丈夫ですからね?
よしよしと頭を撫でて、それからオルトロスへと視線を向けます。
もう皆さんは闘ってらっしゃいますね。割と容赦ない感じで。

「さ。あの悪いタコを倒してしまいましょう」
「ガウ!」

とはいえ、私はドラクゥさんとラルスさんを先に舞台端まで寄せておきますか。
まだ目覚めないお2人を何とか引きずって、危なく無さそうな場所へと置いておきます。
これで良し、と。
見れば、やはり多勢に無勢といった様子でオルトロスが劣勢のようですね。
────んん、でもこの感じ。・・・魔導の力?

「ふっしっし!
わいはただのタコじゃないのだっ・・・・・ファぃ」
「サンダー」
「んぎゃあっ?!」

危ない危ない。危うく劇場が燃えてしまう所でした。
こんな所で火の魔法だなんて、なんて非常識なんでしょう。

「おお!さっすが!」
「皆さんもそろそろ簡単なものは使えそうな気がしますが・・・」
「それはまた今度試させてくれ。今は一気に畳み掛けるぞ!」
「よっしゃあ!」
「ガウガウ!」

「ひょえ~!!?あだだだっ!!」

エドガーさんのドリルとマッシュの爆裂拳、追撃にガウのネコキック。
更にロックとカイエンさんが同時に攻撃を仕掛けて、オルトロスの足を何本か落とします。

「あわわわ・・・わいの足が~・・・」
「まだやるのか?」

凄むロックに、びちびちと跳ねる足とを見比べると、オルトロスはその紫色の身体を器用に青ざめさせました。

「今日もダメだったかー・・・タコですみません」

一度ため息を吐いて・・・・・・って、速っ!?
予想以上の俊敏な動きに呆気にとられていると、その後ろ姿を眺めながらロックは楽しそうに笑いだします。

「ま、何にせよ俺達の勝利だな!」

「待ちな!」


───・・・バツンッ


「っ!?」

突如、舞台を照らす明かりが音を立てて消えました。
一時の暗闇と、会場のざわめき。それからすぐにセリスさんの立っている場所にだけ明かりが照らされます。
何処からともなく降り立つ銀髪で傷だらけの男性に“セッツァーだ!”と団長さんが声を上げて・・・あの方がセッツァーさん!

「素晴らしいショーだったぜ!
だが約束通り、マリアは貰って・・・」

セリスさんの腰を掴んで抱き寄せると、怪訝な顔をされます。
それからチラリと・・・あれ?今、私と目が合いました?合いましたよね。
セリスさんから手を離したと思えば、軽やかな動きで私の眼前へと近付きました。
私の手を取るとニッと不敵に笑います。もう既に嫌な予感しかしないのですがっ!

「この俺に替え玉とはなかなか面白い真似するじゃねぇか!
舐めやがって・・・代わりにこいつを貰っていくぜ!」
「何故に私っ・・・・・・ぇ、きゃあぁっ!!」

ぐいと手を引っ張られて、そのまま抱えられると颯爽と走り出します。

ッ!!」
「待て、マッシュ・・・!」

待たせないでください、助けてくださいっ!酷いですエドガーさんっ!!
ああああ、落ち着かないと!放電しそうです。もしかしたらちょっとしてる気がします!
セッツァーさんの髪が既に静電気でふわふわしてらっしゃいますしー!!

団長さんが無理矢理に纏めにはいったナレーションをBGMに、私はがっくりと肩を落としたのでした。



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