鳥篭の夢

縁を手繰る先/2



「きゃっ」

飛空艇の一室。やや乱暴にソファーに投げられましたが・・・ふかふかですね。
先程、運ばれていた際も出来うる限り優しく運んでいただいた気がしますし。
・・・思ったよりも優しい方なのでしょうか?
考えていれば、セッツァーさんは目の前の椅子へとどっかりと腰掛けました。

「さて、大人しく吐いて貰おうか」
「吐く・・・というのは?」
「何故、マリアを替え玉にしたのか。そしてお前らの目的だな。
マリアに似てるってだけで、善意の心で替え玉を引き受けたとは考えにくい。
あのタコ相手に立ち回った腕っぷしを見れば、お前らは劇団員ではなくて雇われた人間だろう。
そして劇団に雇われた目的は金ではなく別の何かを目論んでいる。・・・違うか?」
「ご明察です!
でも何故マリアさんが別人だと気付かれたんですか?」

よくよく見なければ分からない程の差異ですよ?

「そりゃあ俺が何年マリアの追っかけ───んん、いや。
確かに顔は似てるが、あの筋肉の付き方は戦いを生業にした人間のもんだ。女優には必要の無い、な。
予告状が気にくわなかったのは分かったが・・・何だ、劇団側から俺の捕縛でも命じられたのか?」
「いえ!そうではなくて・・・。ええと、そうですね。
劇団側が望まれていたのは、マリアさんの無事の確保と芝居の成功です。
それを両立させる為に、丁度顔の良く似ていた仲間がマリアさんの代わりに演じる事になりました。
私達の目的は・・・改めてまたメンバーが揃ったらお願いするかと思いますが。
────私達を帝国領まで連れていって欲しいんです」

私の言葉に、セッツァーさんは意外だと目を瞬かせました。

「帝国領・・・?このご時世にか?」
「はい。大切な友人を助ける為に帝国へ行く必要があるのですが・・・。
“このご時世”なのでどこも船を出してくださらなくて」
「それで空からって事か・・・。
しかしそれこそ、マリアの替え玉なんて俺を怒らせるような真似する必要は無いんじゃねぇのか?」

それは確かにそうですが・・・。

「正攻法ではセッツァーさんにお会い出来ないでしょう?」
「ははっ!そりゃあ確かにな。
成る程、面白い事を考えやがる」

考えたのは私ではありませんけれどもね。それにしても・・・。

「何故セッツァーさんは私を連れ去ったんですか?
偽物とはいえ、文言通りマリアさんを攫ったとしても真相には辿り着けたでしょう?」
「替え玉だと気付いた時は流石にぶちギレかけたからな。
俺の目を誤魔化そうだなんてバカにされて、そんなん連れて帰れるか。
誰かの目論み通りとか、そんなツマンネェ真似出来ねぇよ。
・・・・・ま、お前のおかげで多少頭は冷えたがな。
手近にいたから適当に選んだが、運が良い方に転んだようで何よりだ」

なるほど・・・?少し私には理解しがたい部分もありますが。

「で。死ぬかも知れねぇってのに、ダチを助けにわざわざ帝国へ行きたいんだな?」
「はい。正確には助ける方法を得る為に・・・では、ありますが。
勝手なお願いだとは分かっています。それでも助けてくださいませんか?」

ジッとセッツァーさんを見つめれば、あちらも私を見つめ返します。
勿論セッツァーさんや飛空艇への危険が無いとは言えません。完全に私達の事情で、我が儘で・・・それでも。
暫く見つめ合いのような睨み合いのような状況が続いてから、ふとセッツァーさんは笑いました。

「良いな、その目。俺はそういった覚悟を持った目は嫌いじゃないぜ。
・・・ただそれはお前の覚悟だ」

おもむろに立ち上がると、セッツァーさんは私へと近付きます。

「他のやつはどうだか分からないよなぁ?」
「え、ちょ・・・セッツァーさんっ?」

私の座るソファーに手をかけて、そのまま腕で囲われてしまいましたが。
とすん。そのままソファーの上に倒されて、流石に驚いて全身から電撃が溢れます。

「・・・・・・っつ!?何だ?
さっきもそうだが変な機械でも仕込んでるのか?」
「ああのあの、これはその・・・っ!とにかく、すぐに離れてください!」

慌てる私に、しー、と。顔を近付けて人差し指を自分の唇の前にやりました。
いや、待ってください。冗談でもそのまま上に乗られるのは流石に困ります。
身の危険を感じて顔を上げれば、まるで楽しむような意地悪な顔。

「何もしねぇよ。それにお前なら手伝ってやっても良い。
ただちょっとした意趣返し位はさせてもらうぜ?」
「で、でもほらっ。セッツァーさんはマリアさんがお好きなのでしょう?」
「そうだな。偽者じゃない本人がな」

うう、痛いところを・・・。でもそれなら尚更。

「何故こんな事を?」
「言っただろ?ふざけた事考えた奴らにちょっとした仕返しだよ。
どうせ仲間がどっかで見てんだろ?
何、ほんの可愛い嫌がらせだ。ちょっと付き合ってもらうぜ」
「いや、あの・・・これは仕返しにならないと思います。
というか流石に今すぐ退いた方が良いです。本当に、急いでくださいっ」
「あ?」

怪訝な顔をしたと同時。ヒリつくような殺気が届いて──あ、無理です。これ。
反射的にセッツァーさんを力一杯蹴り上げてソファーの向こう側へと転がせば、直後に巨体がその上を掠めていきました。
何か今、一瞬虎が見えた気が・・・熊じゃ無かった。いえ、そうではないですね。
そのまま壁は大破しましたが、まぁ間一髪でしょう。

「マッシュ!」
!悪い、遅くなった!
あいつに何処を触られた?何されたんだっ?!」

凄いスピードで抱き上げられましたが・・・あの、やはりとんでもない誤解が。

「何もされてないですから、どうか落ち着いてください。
・・・・・・だから言ったじゃないですか、セッツァーさん!これは仕返しにはならないんです」
「・・・・・・みたいだな。とんだカウンターを喰らった気分だ」

“いてて”と軽い調子で立ち上がるセッツァーさんに、マッシュは意図が読めないと怪訝な顔をされます。

「悪いな、ちょっとした嫌がらせだ。
誓ってソイツには何もしていない」

“だが・・・”と、セッツァーさんは続けます。

「マリアの偽者を仕立てただけじゃ飽きたらず、俺の飛空艇に無断で乗り込んだんだ。
それなりの理由ってのを用意していただいてんだろうなぁ?」
「騙した事は謝るわ。だけど私達ベクタへどうしても行きたいの!
貴方の飛空艇が世界一と聞いて、だからお願い・・・!」

セリスさんの懇願に、セッツァーさんはジッとその姿を見つめます。

「私はフィガロの王だ。
詳しい話は後でするが、協力してくれたならそれに見合う褒美を出そう」
「拙者はドマの戦士。拙者からもお頼み申す」

続く言葉。それにセッツァーさんは一度肩を竦めました。

「来な」
「じゃあ・・・」
「勘違いするな。まだ手を貸すとは言ってない」

セッツァーさんは扉へ近付くと、顎をしゃくりこの部屋から出るように示します。
私達もその後を追いかけました。とはいえ私は未だにマッシュに抱えられたままですけれども。
先程は私に“手伝っても良い”と仰ってくれましたが・・・どういったおつもりなのでしょう?

案内された先にはまるでカジノ・・・とでも言うのでしょうか?
ギャンブルをする為だろう台が所狭しと置かれたその部屋の一角でセッツァーさんは立ち止まりました。
セッツァーさんはその1つの机の縁を撫でると、1つため息を落とします。

「ふっ・・・・・帝国のおかげで商売もあがったりさ」
「貴方だけじゃないわ。
沢山の街や村が帝国によって支配されているのよ!」
「帝国は魔導の力を悪用し、世界を我が物にしようとしているんだ」
「私の国も今迄帝国と協力関係にあったのだが、最早これ迄だ。
今は反帝国組織リターナーへと属して反撃の機会を窺っている」
「・・・・・・拙者も、家族や仲間を喪ったでござる」
「がうー・・・」

皆さんも其々に説得の言葉を紡いで・・・・・。
それにセッツァーさんはギャンブルの台へと視線を落としました。

「・・・・・・帝国、か・・・」
「帝国を嫌っている点では、私達と同じね。だから・・・」
「なぁ」

セッツァーさんはセリスさんの言葉を遮って私へと近付きます。
とは言え抱き上げられたままの私は、そのままマッシュが半身ずれたので後ろに下がりましたが。

「警戒されてんなぁ」

くつくつと楽しそうに笑いながら、それでも視線は私にあります。

「お前、名前は?」
です」
か・・・良い名前だな。
さっきも言ったが、俺はのダチの為だっつう決意を気に入ってんだ。
騙されたってのは腹が立つが決意は本物だし・・その目は好きだぜ」

ニヤリと悪い笑顔。良い予感は一切しないのですけれど。

「賭けをしないか?俺は生粋のギャンブラーだからな。
この大空では誰も俺に命令出来ない。俺の生き方は俺が決める」
「一体、何をさせるつもりだ?」
「そうだな・・・方法はそっちで決めてくれて構わねえ。
お前らが勝てば手を貸そう。だが俺が勝てば───を置いていってもらうぜ」
「何言ってんだ、テメェ!そんな勝手な事・・・・!!」
「マッシュ。落ち着け」
「だが兄貴・・・!!」

誰よりも先にマッシュが怒ってくれて・・・私は思わず俯きました。

「別にどうこうするつもりはねぇよ。一応はな。
ツレがいるってんなら一緒に残って貰おうがそこは俺は構わねぇ。
ただ、こんなヤツが一緒にいたら退屈しないだろ?」

“それだけだ”とセッツァーさんは笑います。
心臓が凄く煩くて、胸元で私は手を強く握り締めました。

「もし負けても帝国に送ってはくださいませんか?
その時は、私はそのまま残りますから」
「勿論。それは構わない」

嘘のない瞳。それに私は頷きました。
多分、きっと私は試されているのでしょう。覚悟があるのかどうかを。
そうまでしてティナを助けたいのかを・・・。

「分かりました。お相手させていただきます」
!」
「ギャンブルは初挑戦なのであまり自信はないですが、頑張ってみますね」

「ちょっと待って!」

降ろしてもらおうと思った矢先に、セリスさんが言葉を挟みます。

はマッシュに抱えて貰ってなさい。
私が代わりに勝負するわ───コイントスで良いかしら?」
「セリス!」
「まあまあ、良いから待ってなさい。
表が出たら私達に手を貸してもらう。裏が出たら・・・には悪いけど、残ってもらうわ」
「セリスっ!!」

止めようとマッシュが伸ばした手がセリスさんの腕を掴みます。
ですが逆に射抜くような視線で返されました。暫くの睨み合い。
それからセリスさんは僅かに機嫌悪そうに眉根を寄せてため息を吐きます。
何か勝算があるのでしょうか?マッシュに手を離すように促せば、渋々とそうしてくださいました。

「良いから。マッシュはを守ってて。
・・・で、どう?ギャンブラーさん」
「勿論、受けてたとう!」

“いくわよ”と、取り出した金色のコインは・・・あれ、何処かで見覚えがあります。
ええと。そうです、フィガロ城でエドガーさんに見せて貰った両表の・・・・・・っ!!
弾かれたコインはくるくると回転しながら弧を描いて床に落ちました。

結果は勿論────表、です。

「私達の勝ちね。約束通り、手を貸してもらうわ」

笑うセリスさんを横目に、セッツァーさんは床に落ちたコインを拾うと両面を確認してふと笑みを浮かべます。

「重ね重ね、やられたって訳か。
貴重な品だな、これは。両表のコインなんて初めて見たぜ」
「そのコインは・・・・・・兄貴!?」

驚くマッシュに、エドガーさんは僅かに俯きました。
本来であればこんな事で明かすつもりも無かったでしょう。
私が・・・・こんな事にさえならなければ、きっと。

「イカサマもギャンブルの内よね?ギャンブラーさん」
「はっ!こんなセコい手を使うとはな・・・見上げたもんだぜ。
気に入った!良いだろう、約束通り手を貸してやる!
帝国相手に死のギャンブルなんて久々にワクワクするぜ」

握り締めたコインを弾いて、セッツァーさんは不敵に笑いました。

「俺の命、そっくりチップにしてお前らに賭けるぜ!」

それは何かを決意したような・・・・・。
いえ、帝国を敵に回してしまう事を決意した、そんな表情でした。
イカサマの賭けでこんな事になってしまったのに・・・・。

「あの、セッツァーさん・・・・」
「んな顔するなよ。お前らは賭けに勝ったってだけだろ?」

ニッと笑って手を伸ばして・・・それをマッシュが払いました。

「別にちょっと位良いじゃねぇか。減るもんでもなし」
「それとこれとは別問題だろ。
に手を出そうとしたばっかりだしな」
「いや、だから冗談だっての。流石にツレがいる相手に手を出す程アレじゃない。
つーか。も何時まで抱えられてんだ?」
「セッツァーさんがあんな事するからです・・・」

全然降ろしてくれる気配がないのですけど。
ジトッとした目線を向ければ、観念したと両手を上げました。

「分かった、分かった。誓って絶対にに手は出さねぇから。
ほら、これで良いだろ?警戒されながらアレコレすんのは性に合わねぇんだ」
「・・・・・・分かった。俺も流石に仲間に対して警戒してたくないしな。
これからよろしくな、セッツァー」
「・・・ああ」

それは良いのですが・・・・結局私はいつ降ろしていただけるのでしょう?


「ふぅ・・・」

一息つきに、甲板へと出て夜風に当たります。
外は海上を渡っているのもあってか、何もない暗闇です。
代わりに夜空から降り注ぐ星々の光や月明かりは、とても綺麗に見えますけれどね。

あれから漸くとマッシュが降ろしてくださったので、ガウとあちこち見て回ったり。
しっかりと整えられた調理場につい舞い上がってしまったり・・・そしてちゃっかりお借りしました。
良いですね、最新設備のキッチン。一度使い方が分かれば何て使いやすい事か。
部屋も個室で使って良いと仰って頂いて・・至れり尽くせりでは?

「何も見えねぇだろ」

なんて取り留めの無い考えを巡らせていれば、セッツァーさんの声。
舵を取ってらっしゃったんですね。

「星は綺麗ですよ」
「成る程な」

ふつり。会話が途切れます。
飛空艇のエンジン音だけが響く空間。

「セッツァーさん・・・協力してくださってありがとうございます」
「そりゃあ賭けに負けたからな」
「でもイカサマです。そんな結果で命を賭けるだなんて・・・」
「良いじゃねぇか。言っただろ?俺はのその目が気に入ったんだよ。
帝国だなんだ、正義がどうだって大義名分を掲げるでもない。
自分の利益じゃなく、ただ自分のダチの為に覚悟を持って自分の命賭けてるヤツなんて今の世の中そうそういねぇ。
俺は好きだぜ、そういうの。・・・・・・まぁ、ちょっと眩しすぎる位だがな」

“だからお前の決意に賭けたようなもんだ”って。
くつくつと笑うその表情は、何処か遠い何かを見ていらっしゃるようで。
だけれど、やっぱり・・・・・・。

「やっぱりイカサマは良くないです。
いえ、あの場面で勝てる自信はないのですが・・・」

そもそもギャンブルとは何ぞや?状態でしたから。
正直、勝ち目はなかったでしょうが。

「・・・ああ、ホントにお前は面白いな。真っ直ぐ過ぎて危うい。
そりゃマッシュや他の奴らがあんなになる訳だ」
「ええ?」

マッシュは分かりますが、他の方々は普通でしたよね?

「あのガキとおっさん・・・ガウとカイエンだったか?
アイツ等は俺を威嚇なり警戒なりしてたぜ。あぁ、エドガーも何気にそうか」

“ついでにセリスとロックもな”・・・って、それは結局全員なのでは?

「確かにこんなんじゃイカサマでも何でもするわな。
こんな危うい奴、フラフラさせとけねぇよ」
「フラフラって・・・別に放浪癖はありませんけれど」
「そういう意味じゃねぇよ」

笑う姿がとんでもなく解せないのですが。
むう。と機嫌悪い顔をしていれば、セッツァーさんは更に笑みを深めました。



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