鳥篭の夢

縁を手繰る先/5



────って、本当に寝てしまっては駄目でしょう!

意識が浮上したのと同時にそんな言葉が頭を過りました。
・・・とと。此処は、飛空艇ですか?
ロビーにあるソファー・・・に、座っているマッシュの膝の上?何故?

「おや、おはよう。可憐なお姫様」
「エドガーさん・・・?」

何故にご一緒に??

「いや、があれから兄貴のマントを掴んで離さなくて」

ええと・・・確かに掴んでますね。現在進行形で。
上等な手触りのマントが皺になってしまった事に内心冷や汗をかきつつ、そっと手を離して深く頭を下げました。

「・・・大変申し訳ないです」
「いいや、に選ばれるとは光栄の至りだよ。
マントの1つや2つ。君の役に立てたなら幸いさ」

うう、その爽やかな笑顔が眩しいです。
本当にすみません。と言葉を重ねて・・・っは!という事はもしかして。

「マッシュにも・・・?」
「おう。まぁ気にすんなよ」
「なに。可愛い婚約者に離してもらえないなんて喜びこそすれ、嫌がる訳がないだろう?
から抱きついて貰えるなんてそう無いだろうしな。なぁ?マッシュ」
「ぇっ!?」

抱きつきましたか!
そんな事を言われると恥ずかしいのですがっ!

「兄貴・・・」
「はっはっは。初々しい反応で可愛らしいじゃないか」
「いや、それはそうなんだが・・・」

肯定しないでくださいっ!

「大変申し訳ありませんでした」
「だから気にするなって────」

マッシュの言葉は船内の大きな揺れで途切れました。

「・・・・・・っ!何だ?」
「甲板へ行くぞ、マッシュ!
は・・・」
「大丈夫です。お供させてください」
「ああ、分かった。頼りにしているよ」

少しお休みさせて頂きましたからもう動けますしね。
マッシュから降りて、私達は甲板へと急ぎます。

「うわっ!何だありゃ!?」

階段を上がってすぐに見えたのは・・・・・・クレーンですか?

「おっ。お嬢様は漸くお目覚めのようだな」
「セッツァーさん!」

チラリと私達へと視線を向けて、すぐに舵をとります。
クレーンをすれすれで避けますが・・・あわわ、回ります。回ってます!

「さて。このデカブツをどうやって片付けるかだな!」
「攻撃もなかなか届かんでござるよ!」
「ガウー!!」
「ガウの電撃が効いてなさそうなんだよなー。
、何でか分かるか?」

ええ?流石にそこまでは分かりませんよ?

「他に魔法とかないですかね。
皆さん、何か覚えてらっしゃらないですか?」

使い方は道中セリスさんから教わっていたと思いますが、どうでしょうか?
今なら私もサポート出来ますから練習を兼ねて・・というと少し違いますかね。
でも慣れているのが私とガウでは不安が残りますし。何事にも経験は必要です。
それに幻獣の皆さんの想いを無下にしたくないと言いますか。ううん。

「炎は試したんだが、効いてなさそうだったぜ?」
「熱にも強いんです?」

“折角、初めて使った魔法だったのに”なんてロックが嘆いてますが。
むむむ。火と雷を除けば、氷・・・ですか。

「どう思いますか?エドガーさん」

やはりその辺は私よりずっとお詳しいのでは?

「大抵機械は過剰な電気や水に弱いものだが・・・」
「雷が駄目なら水・・・ですか。氷でも代用できますかね?
・・・・・ん?あの、エドガーさん。魔石が光ってますけれど」
「研究所で新しく手に入れたやつか!
これは・・・ビスマルク?呼んでいるのか?」
「そうかもしれません。・・私がやりますか?」
「いや、俺がやろう。
にばかり任せては格好もつかないしな」

そうですか?では・・・。

「魔導の力は精神エネルギーに依存しますから。
気を強く持ってくださいね!」

魔石から呼び出すとなれば、魔法より多くの精神エネルギーを要するでしょう。
・・・え、カーバンクルですか?あちらは・・ほら、勝手に出てきてますから自前の力かと。
私も干渉されて調子が悪くなりますしね。

「ああ───力を貸してくれ、ビスマルク!」

エドガーさんの声に応えるように、魔石から光が溢れます。
幻影のように淡く透けた巨大な白鯨が姿を表すと、水泡と共に大空を駆け回りました。
なんて雄大で美しい姿なのでしょうか。
まぁクレーンは大打撃でしょうけど。動きが止まっちゃいましたし。

「よし、このまま駆け抜けるぜ!」

セッツァーさんが一気に飛空艇を旋回させて、クレーンの届かない場所まで飛ばします。
と、ビスマルクさんが消えたと同時にエドガーさんも片膝をつきました。

「確かに・・・これは慣れるまでなかなかキツいな」
「大丈夫ですか?エドガーさん」

鞄の中からエーテルを1つ取り出してエドガーさんに渡します。

「これで落ち着くと思います」
「ああ、すまないな。ありがとう」
「いいえ、こちらこそありがとうございます」

魔法もあまり使った事がないのにいきなり召喚ですから。
精神疲労もなかなかのものでしょう。

「兄貴、今の凄かったな!」
「ああ。幻獣が力を貸してくれた。
・・・・これが力を託されるという事か」

淡く光る魔石は、常と変わらないように見えます。
それでも彼等は意思を持って私達へと手助けしてくださっている。

「この力は正しく使わねばならぬでござるな」
「がうー」
「ああ、そうだな」

各々が自分の持っていらっしゃる魔石へと視線を落としました。
幻獣さん達から託された力・・・特に先程の召喚は本当に圧倒的なものでした。
単に力として行使すれば、確かに世界すら破壊出来てしまうでしょう。
ひとつ間違えれば本当に再び魔大戦を・・・・・・。

「さて。これからどうする?」
「そうだな、ティナが心配だ。ゾゾに戻ろう」
「ティナ?ああ、のダチってやつか」

思い出すような言葉に、私は1つ頷きました。

「ゾゾに行くまでに説明しよう。
ティナやリターナー・・・・・・幻獣の事を」

ロックの言葉に、セッツァーさんは訝しげます。
ですが、きっともうセッツァーさんも無関係ではいられないでしょうから。
巻き込んでしまう今更な罪悪感を胸に抱えながら、私はロックの声に耳を傾けました。

さて。到着したゾゾは相変わらずの雨模様ですね。
時間短縮にティナのいる部屋迄テレポで一気に跳べば、変わらず眠ったままの姿。

「ティナ・・」

エドガーさんから魔石を出してもらいますが・・・・あら、ティナのお父さんの魔石はどれでしょう?
悩んでいれば1つの魔石がふわりと光を帯びました。ああ。この方ですね。
握りしめれば“マディン”というお名前だと分かるその魔石を、ティナの傍らに置きます。

「魔石が・・・!?」
「ティナと反応している・・・?」

断続的な光。それにティナも幾度か光を明滅させて応えています。
そうしている内に・・・ティナの姿も幻獣から人間のものへと変化して。
力が安定した、という事なのでしょうか。

「おとう・・・・・さん・・・?」

“是”だとでも言うように魔石が一度光ります。
ティナの睫毛が僅かに震えて、ゆるりと目が開かれました。

「思い出したわ。・・・私は幻獣界で育った」

起き上がると、ティナは傍らに置いていた魔石を抱き締めます。

「お父さん・・・なのね」

何度か明滅する光は、とても穏やかな返事のようで。
ティナは柔らかく笑むと私達へと視線を向けました。

「お父さんが教えてくれたわ。
私は幻獣と人間の間に生まれた・・・この力も、その為に。
だけどそれを軍事侵攻してきたガストラに知られて。
お父さんや幻獣の皆と、私は・・・・・」
「ティナ」

俯いて強く手を握りしめます。
幼い頃とはいえ・・いいえ。だからこそ余計に、それはツラい記憶なのでしょう。
そっと手を優しく包み込めばティナは顔を上げて微笑んでくださいました。

「大丈夫よ。ありがとう、
それに少しの間だけど、この力をコントロールする事が出来るわ。
だから・・・・・・」

しゅん、と悲しそうにティナは眉を下げてしまいました。
あの・・・どうされましたか?嫌な事でもありましたか??

は私と一緒にいても大丈夫かしら?
またあの時みたいに・・・ならない?」

すぐにでも泣いてしまいそうな顔。
ギュッと胸が締め付けられて、ティナを抱き締めました。

“あの時”────。
私がちゃんと対処していなかったせいで、ティナを不安にさせてしまいました。
それは今も心に残っていて未だ私を心配してくださっている。優しいティナ。

「はい、勿論大丈夫ですよ。
あれはそもそもちょっとお薬を忘れていた私の落ち度ですしね」
「だけど・・・」
「今一緒にいても、触れていても、私は平気でしょう?」

今回はちゃんと薬も飲んでますしね。なんて・・・違いますよね。
ティナの心配は、そこでは無いでしょう。

「確かに私のこの性質は変わりません。
ですが側にいても大丈夫な方法はありますし、短時間であればきっとあの姿でも影響はありません。
どうかそんなに気に病まないでください。それに・・・私もティナの側にいたいですしね」
「ありがとう、
「いいえ。私こそありがとうございます」

ぎゅうっと抱き締め返してくださる腕に力がこもって、それは何だか嬉しくて。
もう顔に憂いは無くて。自分の存在への不安も、私を傷つけたと思い悩んでいらした感情も見えなくて。
ああ、色々ありましたが。
本当に色々ありましたが、ティナが元気になって本当に良かったです。

「あ。ナルシェは今どうなっているのかしら・・・?」
「そうだな。とりあえずナルシェに戻ってみるか」
「飛空艇は何時でも準備出来てるぜ!」
「流石、セッツァーさんです」

パチパチと拍手をすれば、満足そうなお顔。
それにエドガーさんも頷きます。

「よし、では早速出発するか!」
「ええ!・・・・・・ところで、あの・・どちら様?」

チラリとセッツァーさんへと視線を向けて首を傾げるティナに、私達は笑みを零しました。



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