鳥篭の夢

縁を手繰る先/6



「本当に相変わらずなんですから・・・」

降りしきる雪を溶かす蒸気を遠目に眺めながら、私は1人呟きました。

ナルシェに着いた私達は、街に留まって説得を続けていたらしいバナン様の元へ赴きました。
ナルシェ側としては、先日の一件はあくまでも防衛である。でしたか。
リターナーへの全面協力と援助・・となると街の方々を巻き込む可能性がありますから。
それから帝国首都の状況、兵器や兵士の数、また工場の規模等の報告を受けたバナン様は、なんと幻獣への協力要請を視野に入れ始めたのです。
封魔壁を開いて幻獣達を説得し、リターナーと幻獣で挟み撃ちにして帝国へ攻め入ると・・・。
そして幻獣達を説得し絆を結べるのはハーフであるティナだけだ、と。
まぁ、正直────

少しはご自分でなさってくださいよ。

て、感じでしたけれどね。
え?上に立つ人間は無闇に動かず指示だけ出すものですか?
是非その素敵なお言葉をエドガーさんにもお伝えいただけませんかね?
旅と戦闘。加えて国王としての政務。
・・・・・本当に過労死してしまいそうで心配なのですが。

なんて、益体の無い文句を言っても仕方ないのですけれどね。
あ、いえ。エドガーさんが心配なのは本当ですよ?
それでも先程の事を思い出すとつい苛立って放電してしまいますから、心を鎮める為に散歩をしている訳です。

「お話の途中で出てきてしまいましたが・・・」

ティナには申し訳ない事をしましたね。
本当は側にいなければと思っていたのですが・・・やはり私はバナン様が苦手なようです。




不意に名前を呼ばれて、私はそちらへと視線を向けました。
マッシュ・・・・?こんな場所までどうされたんでしょうか。

「防寒具無しでこんな所まで来たら、風邪引くだろ?」
「あ、すみません。すぐ戻るつもりでしたので」
「ほら。これ着とけ」
「ありがとうございます」

頭からふかふかの布・・・これはケープですか?それを被せられて、くるまります。
ああ。これはとてもふわふわしてて暖かいですね。

「珍しいな、が途中で抜けるなんて。・・・どうした?」
「いえ・・」

何でもありません。と、言いかけて止まります。
何でもない訳ではありませんし。
マッシュをじっと見れば、穏やかな表情をされていて・・・。

「・・・・・・バナン様と性格が合わないだけです」

と、それだけはお伝えしました。
キョトンとした顔。幾度か目を瞬かせて、それから大きな手がのすっと私の頭に乗りました。

「────ああ、成る程な」

わしわしと少しだけ乱暴に頭を撫でられます。

は、ティナと幻獣達を心配してるのか」
「・・・心配というか。そもそも争いを起こしたのは人間ですし。
人間の都合で捕らえたり、助力を求めるなんて・・・・身勝手じゃないですか。
私は幻獣達をこれ以上巻き込みたくないんです」

平穏に生きていた幻獣達を、力を欲した為に捕らえて殺したのは人間です。
それなのに更に力を貸してくれなんて・・・・・なんて自分勝手なのでしょう。

「んー・・・確かにな」

ポツリ。マッシュが言葉を落とします。
それから自分の掌を暫く見つめると強く握りしめました。

「俺達の力不足で幻獣の手を借りなきゃいけなくなったのは事実だもんな。
今までずっと鍛えてきて、結局それだけじゃ届かない現状ってのは俺も悔しい」

そう、ですね。私も・・・悔しいという気持ちもあるのでしょう。
本来ならば自分達だけで解決したかったのに、現状では出来ていませんから。
実力不足。魔導研究所でも、それを大きく痛感させられました。

「・・・でもラムウが言ってただろ?止めてくれって。俺達に力を託してさ。
帝国は魔導の力を“ただの力”として使っている。単なる兵力だってな。
俺はそれが絶対に許せないし、出来るだけ早く止めたい。
そこはも同じだろ?」

言葉に、私は1つ頷きます。
それにマッシュは何時も通りの笑みを見せてくださいました。

「ティナも言ってたぜ。
星が死ぬ前に、幻獣に力を借りてでもこの戦いを終わらせたい。
もしすぐには絆が結べなくても、時間がかかっても。
協力してこの争いを止められたなら、それはきっと可能だと思う・・・ってさ」
「・・・私より、ずっと大人ですね。ティナは」

私にはそう考える事は出来ませんでした。
ただ幻獣を巻き込みたくなくて。だって皆・・・魔石になってしまいましたから。

「まぁ、良いんじゃないか?俺だってそんな小難しく考えらんねぇしさ。
それにの幻獣を巻き込みたくないって気持ちは俺にも分かるぜ」
「・・・・ありがとうございます」

気遣う言葉。それはやはり嬉しくて私は1つお礼を返します。
それにしても・・・理想と現実に差違があるのは当然とはいえ、今回は流石に厳しいですね。
あれだけ沢山の幻獣を犠牲にしてしまって尚、彼等に頼らざるを得ないなんて。

「・・・幻獣達は助けてくださるでしょうか?」
「そりゃあ、流石に行ってみないとなー」

ですよねぇ。

「でもティナだけじゃなくて・・・俺達もいるだろ?
幻獣と親友になれたと、力を託された俺達ならきっと何とか出来るって!」
「そうですね」

絆を結ぶ為に。そして、この争いを終わらせる為にも。
魔大戦を引き起こす可能性があったとしても、繰り返す前に終わらせられれば・・・!

「頑張ろうというティナの為にも、私もお手伝いしないとですね」
「おう!・・・・・・あ、でも」

でも?

「封魔壁は留守番な」

・・・・・・え?

「嘘っ!今の流れは一緒に行くやつでしたよね!?」
「何でそうなるんだよ。幻獣界への入口なんて行ったら倒れかねないだろ。
に何かあったらどうするんだ」

む。と、少しだけ怒ったような口調に押し黙ります。
倒れかねない・・・のは、確かにお気持ちとしては分かりますけれど。


「でもほら、薬も飲みますから」

魔導研究所みたいに。

「駄目。本当は研究所の時も待ってて欲しかったんだからな?
・・・あの時は俺が折れたんだから、今度はの番。
魔石のおかげで俺達だって魔法が使えるようになってる。
だから・・・・大丈夫だから、な?」

そういう事ではないと思いますが。

「兄貴も今回は人数を割くって言ってたからな。
どのメンバーになるかは分からんが、1人で残る訳じゃないからさ」
「私がメンバーに入るかもしれないじゃないですか」
「それは無いな」

そんなあっけらかんと・・・!

「皆、の体質は知ってるし」
「くぅ・・・この体質が本当に恨めしいです」

魔導の力の影響がなければ・・・っ!!
ただ魔法が使えるだけであれば一緒に行けたかと思うと悔しさ倍増です。
ガックリと膝から崩れ落ちる私に、マッシュはしゃがんで頭を撫でました。
それから手を取って立たせてくださると、ふわりと両手で私の頬を包み込みます。

「たまには俺達を信じて待っててくれって事だよ」
「勿論、皆さんの事は信じていますが・・・」

待つのはあまり得意ではないと言いますか・・・。


「どけどけどけーいっ!」

「ん?」
「へ?」

遠くから叫ぶ声。狼頭の方が猛ダッシュして此方に向かってきています。
狼さんはそのまま私達の横をすり抜けて走り去っていきましたが・・・。

「何だ?」
「さぁ?」

何だったのでしょう?

「マッシュ、!」

先程の方向から、今度は私達を呼ぶ声。
ロックですね・・・?を、追い越してガウが素早く此方に駆けてきました。

!マッシュ!
あいつ、わるいやつ!わるいやつ!ガウウッ!!」
「捕まえてくれ!あいつ、泥棒だ!」
「・・・分かった!」

方向転換。狼さんの向かった方へと、私達も駆け出します。

「あっちは・・・氷漬けの幻獣がいる方か!っ」
「大丈夫です、もう薬は飲んでます!」

おかげで圧迫感は殆ど無く、あっという間に狼さんを追い詰められましたが・・・。

「クポーッ!」
「動くな!動くとこいつの命は無いぜ・・・」

狼さんはその場にいたモーグリを捕まえて人質・・・いえ、モグ質にされました。
鋭いダガーを首元に当てられてしまうと流石に身動きが取れません。
むむ。ここは何とかして狼さんを無力化しないといけませんね。精神集中。大急ぎで魔導の力を練り上げます。

「ま、待て!こいつが・・・っ!」
「スリプル」

手を前に出した事で一瞬身構えましたが、上手く効いてくださったようでそのままストンと眠りに落ちました。
マッシュが近付いて倒れた際に潰されたモーグリを救出してくださいます。

「ビックリしたクポー。
助けてくれてありがとうクポ!」
「喋れるのか!?」
「モーグリがお話するなんて初めて聞きました」
「モーグリ!おいら、はじめてだ!」

私もお目にかかるのは初めてですね。そう言えば。
興味津々に見ていれば、モーグリは自信満々に腰に手を当てました。

「ラムウってじいちゃんに言葉を教えてもらったクポ!
夢に出てきたじいちゃんが、あんちゃん達の仲間になれって言ったクポ。
あんちゃんはぼくの事、覚えてるクポ?」
「俺?」

ロックはモーグリの小さな指で指されて不思議そうな顔をします。
が、暫くして思い出したと手を叩きました。

「ナルシェから脱出する時に手伝ってくれたアイツらか!」
「そうクポ!」
「元々ロックとご縁があったんですね」
「ティナと初めて会った時にな。
逃げる時に助けてもらったんだよ」

逃げる・・・?
あまり状況は想像出来ませんが、なるほどです。

「ぼくの名前はモグっていうクポ。皆これからよろしくクポー」
「私はです。よろしくお願いしますね」

手を差し出されて、握手でしょうか?
その手を握りしめ────っ!

?どーした??」
「モグさん、ちょっと失礼しますね」

両手で腕を掴みます。やっぱり・・・・・・すっっごくふかふかしてます!
凄く触り心地が良いのですけれど。
わ、わ。手が無意識に撫でてしまうのですが・・・え、何これっ!!

「すごい・・気持ちいいですねぇ」
「そうクポ?でも撫でて貰えるのは好きだから嬉しいクポ」
「おいらも!おいらもするぞ!!」

何時まででも撫でていられます。魅惑のふかふかモーグリ。
ガウも感動しているのかぎゅむぎゅむ掴んでますが・・・優しくしてくださいね?

「おい、マッシュ。ガウとがメロメロになってるぞ」
「俺もあんな姿、初めて見たな」

これは初めての質感です。やだ、止まらないのですけれども!
なんて。本当にマッシュ達が止めてくださるまで、ひたすらガウとふかふかを堪能したのでした。

「じゃあコイツは俺がしょっぴいて来るから」
「はい。すみませんがよろしくお願いします」
「じゃあ、モグは俺達と飛空艇に行くか!」
「ガウもいくぞ!」

では皆さんでご案内しましょうか。
ロックに狼さんをお願いして私達は先に飛空艇へと戻ったのでした。


・・・その子はどうしたのっ?」

というキラキラした目のティナが、心行くまでふかふかを堪能するのはもう少し後のお話。



inserted by FC2 system