鳥篭の夢

求める縁は真か偽か/3



エドガーさんの話によると“レオ”という名前の将軍が港町アルブルグで待っていらっしゃるとの事で、私達3人は早速とその場へ赴きました。
まぁお顔は会食の際にティナが拝見したとの事ですから大丈夫でしょう。
帝国兵の駐在する町中を通り抜けて船着き場へと進めば“お待ちしておりました”と帝国兵士がレオ将軍の元へと案内してくださいました。
あら、お出迎え付きだなんて一安心。

「レオ将軍!リターナーの方々が到着されました!」
「ああ、分かった。ありがとう」

出迎えてくださったその方は・・・何処かで見たお顔ですね?そんなに昔ではないです。
緑のカッチリとした軍服に、特徴的な髪型と厳ついお顔立ち。
・・・・・・えぇと。あ、そうです。確かドマに侵攻していた将軍でしたか。

「待っていたぞ。ティナ・・・と、君達は?」
「ご一緒させていただきます、と申します」
「ロックです」

ロックと共に一礼して名乗れば、気さくな笑顔が返ってきました。
もっと武骨な方かと思いましたが・・・人は見かけによらないという事でしょうか。

とロックだな。これから頼む。
私の他に同行するのは帝国の将軍1人と街で雇った男1人だ───2人共!」

呼ばれて此方にいらしたのは・・・・・・シャドウさんにセリスさんっ!?
シャドウさんは先手を打って私を睨んでますし、セリスさんは全く私達を視線に入れてくれませんが・・・流石に少し悲しいですがっ!
でも、何というご縁の巡り合わせでしょうか。

「紹介しよう、セリス将軍とシャドウだ。
・・・どうかしたのか?」

私達とセリスさん達との間にあるぎこちない空気を読み取ったのでしょうか?
レオ将軍は訝しげな視線を此方に送り、それにロックが首を幾度か横に振りました。

「ふむ・・・?とにかく、出港は明日だ。
君達の為に宿をとっておいた。今日はゆっくり休んでくれ」
「はい、お気遣いありがとうございます」

お礼を言えば、レオ将軍は軽く手を上げて返されるとまた兵士と打ち合わせを始めます。
それにしても───。

「セリス・・・」
「セリスさん、ご無事で良かった」
「・・・・・・ティナ、

ティナと共に駆け寄れば、ごくごく小さな声で名前を呼ばれます。
ですが俯いてしまって・・・やはりこの状況下で話し掛けるのは良くなかったですかね?

「・・・セリ──」
「っ!!?」

ロックが名前を呼ぼうとした瞬間、弾かれるように顔を上げたセリスさんは町中へと走り去ってしまいました。
前に出しかけた手を握り締めて、ロックは俯いてしまいます。
あー・・まぁセリスさんもロックが来るとは・・・いや、思ってはいそうですね。
今はまだ心の準備が不十分だったとかそういう事ではないでしょうか?
このどうしようもない重たい沈黙に、ふらりと視線をさ迷わせればシャドウさんの姿。
傍らのインタセプターも尻尾を振って私を見てくれています。

「シャドウさんもインタセプターもお久しぶりです。
またご縁があってとても嬉しいです」

行き先が大三角島なのはアレですが。

「相変わらずだが、今の俺は帝国に雇われた身だ。
あまり暢気に話しかけてくるもんじゃない。
・・・まぁお前らを殺る為に雇われた訳では無いから心配する必要は無いがな」
「ふふ、シャドウさんも相変わらずで安心しました」

然り気無く心配してくださるところとか。

、この人は?」
「あ。ティナは初対面になりますね。
私が何度かお世話になったシャドウさんです」
「凄腕のアサシンだよ。
・・・・・・確かにゾゾでも凄かったからなぁ」

ロックもうんうんと深く頷きます。
そうでしょう、そうでしょう!シャドウさんは凄いのです。

「ゾゾ・・・私が暴走した時にいた場所よね」
「はい。ティナを探す時にもお手伝いいただいたんですよ。
お強いですし、情報網も広いですから本当に頼りになる方です」
「そうなのね」

ティナはじっとシャドウさんを見つめます。
それに暫くシャドウさんも見つめ返しますが、すぐにふいと視線を反らしました。

、余計な事を言うな」
「そうですか?本当の事なのですけれど・・・」

あ、分かりました。私が悪かったです。なのですぐに睨むのはやめませんか?
すり寄ってくるインタセプターを一撫で・・・ええ、シャドウさんが睨むのは怖いのですが、この可愛さを無視する訳にはいきませんから・・惜しいですが一撫でだけします。

「さて、では私達はそろそろ宿にでも行きますかね」
「そうだな」
「ではシャドウさん、また明日」

言葉に一瞥だけくれる姿は相変わらずですので私達は特に気にせず・・・あ、ティナは気にしてらっしゃいましたが・・・宿へと向かいました。

「はー・・・」

不意に落ちるため息。自分の手を見つめるロックの表情は重たいものです。
まぁ先程のセリスさんの事でしょうかね。話しかけられなかった。逃げられてしまった。
それは確かに気持ちとしてツラいですよね。謝罪も弁明も出来ませんから。

「ロック。大丈夫ですよ、これから暫くご一緒するでしょうし」

慌てる事はきっと無い筈です。

「ああ。そう、だよな・・・」

だから、そんなネガティブにならなくても大丈夫ですからね?
そう慰めながら背中をポンポンと軽く叩けば頷いて返されました。

翌日。更に沈鬱かつ目の下に隈を作ったロックに、昨夜何かあったんだな・・・と思わされましたが。
それはともかくとして私達は大三角島に向けて出発しました。
明日には着くそうで各々休むようにとの事でしたのでティナとお話ししたり、持ち込んだ布の刺繍をしたり。
本当はセリスさんともお話ししたかったのですが・・・・・お会い出来ませんでしたね。残念。

「ふぅ・・・」

暇潰しの刺繍布が仕上がっちゃいました。まぁ元々完成間近ではありましたか。
布を広げて最終チェックをしていれば、コンコンと部屋の扉を叩く音。
ティナでしょうか?扉が開かれて、顔を上げればそこには───っ!

「本当には規格外よね」
「セリスさん!」
「え?何これ、どうなってるの?うわー・・・」

そんなにしげしげと見られるとちょっと恥ずかしいのですが・・・。

「ほんの手すさびの品ですよ」
「暇潰しでこんなの作るとか・・」
「一応手間と時間だけは掛かってますからね」

“成る程ね”と呟きながらも、刺繍布をじっと見つめてらっしゃいます。

「もし気に入られたなら差し上げますよ」
「・・・え、こんなに手が込んでるのに?」
「そこはお気にせず。また縫えば良いだけですから。
それに気に入っていただけた方の元へ行くなら嬉しい限りです」

言葉に、セリスさんは暫く考えた後“ありがとう”と呟くように返されました。
少しだけ頬が照れたように染まっている姿はとても可愛らしいように思います。
畳んで渡されたソレを大事に抱えて、それからセリスさんは僅かに視線をさ迷わせました。

「・・・・・・ねぇ、
「はい」
「・・・・・・本当は呆れたって良いのよ?」

何をですか?
キョトンと首を傾げれば、布を抱き締めたまま俯きます。

「だって、私・・・貴女に甘えてるじゃない。
再会した時にあんな態度をとっておいて・・・なのに、あの時仲間だって言ってくれたに甘えて、今も図々しく部屋まで訪ねてる。
・・・・・・皆に、何て言われるか怖くて仕方ないのに。
だけは大丈夫なんて・・・こんな・・・・・・」

震える声。サラリと零れる金糸のような髪を、私はそっと撫でました。
大丈夫。大丈夫。そんな意味を言葉にせずに伝えるように。

「セリスさんは今回ご一緒されたのは本意では無いんですか?」

問いにセリスさんは小さく首を横に振りました。

「今回の作戦・・ティナは今リターナーに属しているでしょう?
帝国と和平を結んだとはいえ、リターナーは基本的に帝国に悪感情を持っている。
でも幻獣との和平を実現する為には今すぐにでも協力せざるを得ない。
だから皆と一緒にいた私が間に入れば良いんじゃないかって・・・それで、参加したの。
皆に会えるかもって。ロックに会えるかもって・・・そう思ったのは本当よ」
「そうだったんですね」

私達に会いたいという意思がセリスさんにあった。
嫌々参加した訳ではなかった。それはちょっと嬉しいと思います。

「でも・・・・・もう、良く分からないの。
自分では帝国を裏切ってリターナーに属していたつもりだった。
ずっと、そう思ってた。
だけど皆と別れてから今まで帝国での扱いは変わらなくて・・・帝国将軍のままで。
今もこんな風に作戦に参加して、レオ将軍にも“将軍”だって呼ばれて・・兵士達もそう。
・・・・・私、皆の仲間なのよね?
やっと会えるって思って、その時になって私・・・急に不安になってしまって。
このままロックに会っても・・・・・・きっと信じてもらえない。
彼の言葉を信じて良いのかも分からないの。
またあんな目で見られたら・・・私、どうしたら良いのかしら?」

じわりと目尻に涙が滲んで、あっという間一筋零れました。
鞄からハンカチを取り出して優しく涙を拭います。

「大丈夫。セリスさんは私達の仲間ですよ。
セリスさんがそうだと思ってくださる限りは絶対に。
ロックだって、きっとそう思っている筈です」

ほんの少しでも疑ってしまった事を、あんなにも後悔していたのですから。

「だけど・・・」
「ロックの事を信じられませんか?」

なんて言葉はズルいでしょうか?
それでもセリスさんは何度も首を横に振ってくださって、思わず笑みを浮かべます。

「なら大丈夫ですよ。ほんの少しでも勇気を出してみてください。ね?
じゃないと話しかけられずに意気消沈してたロックが可哀想ですし」
「・・・・・・ぁ・・・」

“あ”?

「・・・・私、昨日の夜も、ロックに会って・・・。
でも、怖くて話を聞けなくて・・・・逃げてしまった」
「あー・・・」

なるほど。朝のとんでもなくローテンションはその所為でしたか。

「大丈夫です、多分。
お互いに仲間だと思ってるんですから、歩み寄る事は可能な筈です」
「・・・・・・ありがとう、

少しだけ元気を取り戻したセリスさんの口元にはぎこちない笑顔。
それに私も笑顔で返すと、幾度も髪を撫でました。
それから、こんな泣いた姿を誰かに見られたら大変だとセリスさんにケアルをかけて。
割り当てられた部屋までお送りすると、私はそのまま甲板へと立ち寄りました。

・・・」
「あら。ティナもお散歩ですか?」

私の言葉に俯いて・・・あ、違いますね。何かお悩みでもあるのでしょうか?

「ねぇ、
「はい」
はマッシュを愛しているのよね」

・・・・・・・・・・・・はい?

「ああああの、ティナ?」
「エドガーから聞いたの。マッシュとお揃いの腕輪・・・前はしてなかったでしょう?
何だろうって思ってて。そうしたら、愛し合う者同士が将来を約束してつけるものだって。
私・・知りたいの。私にはまだ“愛”という感情が分からないから。
皆が知るその感情を・・・幻獣と人間の間に生まれた私でも知る事が出来るのか」

なるほど?真剣な表情と言葉に流石に照れは落ち着きました。
愛・・・ですか。なかなか哲学的と言いますか、難しいお話です。

「ティナが知りたいのは男女間における恋愛感情・・・ですか?」
「え?」
「“愛”なんて簡単に単語で括ってますけれど、“愛情”なんて複雑で不確定なものです。
これ、といった正解がある感情では無いでしょうし。
私がティナの年頃に愛を正しく知っていたかと思うと怪しいですからね」
「え?え??」

混乱したようにティナは何度も目を瞬かせます。

「楽しいとか、嬉しいとか。そんな感情よりもずっと難しいですよ、愛は。
私も未だこれが正しい“愛”なのかなんて分かりませんし」
「え、でも・・マッシュは?」
「んん。勿論愛してはいますが・・・私なりの“愛”になりますかね。
マッシュが全く同じ気持ちでいてくださるかと言えば、それは私にも分かりませんから」
にも分からないの?」

それに私は頷きます。

「家族に抱く愛。仲間に抱く愛。それ以外に向けた愛。色んな愛がありますし。
ティナがそこまで慌てて知るものでもないかもしれませんよ」
「愛は・・沢山あるのね」
「ええ。そうですね」
「じゃあ・・・はマッシュにはどんな愛を感じているの?」

改めて問われると、少し恥ずかしいですが。

「幸せを、何時も貰っているんです」
「幸せ?」
「はい。一緒にいると、心が温かくなるんです。
それは何気ない言葉だったり、笑顔だったり、行動だったり色々ありますが。
嬉しくなったり、楽しくなったり、時には助けられたりもして・・・。
だから私も出来るだけ同じ気持ちを返したいし、傍にいて温もりを共有したい。
彼には幸せでいてほしいし、出来る事なら幸せにしたい・・・なんて」

そんな感じですかね。
改めて言葉にすると恥ずかしくなってきましたが。

「幸せ・・それがの愛なのね。
話していた時の、とても綺麗な顔をしていたわ」
「そうですか?」

自覚はありませんでしたが。

「私にも・・分かるのかしら?」
「分かりますよ。大丈夫。
ティナはこんなにも素敵で優しい子ですから」
「・・・そう言われると何だか恥ずかしいけど」

珍しく顔を朱に染める姿は本当に可愛らしいです。
ふわりとその頬に手を添えれば、それをティナの手が包みました。

「ありがとう、
「いいえ。どういたしまして」

微笑むティナに同じように笑みを返せば、染まっていた顔の赤みが増して・・・あらら?
まるで林檎が美味しそうに熟れたようになってしまいました。
はて?と、考えていれば“先に戻っているわね”と、行ってしまいましたが。
そのまま視線を甲板へと向けて────。

「皆さん勢揃いだったんですか?」

行ってしまいましたがティナに、ロックとシャドウさん迄。

「星を見て寝ようと思ったが・・・気が変わった。
お前はアレを何とかしてやれ」

あれ?シャドウさんの視線を辿れば、座り込んでいたロックが倒れます。
あ、何かちょっと前に見た事ある倒れ方ですが。

「ぅえ~・・・何でこの船、こんなに揺れるんだ・・・・・・っ!」

船の外へと顔を出して、盛大に・・・。
ああ、前回よりも症状がキツそうですね?

「大丈夫ですか?」
「も~ダメ、ぐるぢひ~」
「お薬飲めそうですか?」
「おー・・・・・・・う、ぐえぇ~」
「あー」

とりあえずとロックの背中を擦りながら、私は思わず苦笑しました。



inserted by FC2 system