鳥篭の夢

求める縁は真か偽か/5



「本当にお付き合いしていただいて良かったんですか?」
「うむ。身内が困っていれば手を貸すのは当然ゾイ。
あのシャドウとかいう黒ずくめもおらんようになったしのう」

今朝“俺なりに探す”と簡潔に告げるとインターセプターと共に行ってしまいましたからね。
昨晩少しお話しした際には“帝国に探りを入れる”と仰っていましたが・・・。

「でもリルムを置いて来てしまったわ・・・」
「リルムももう10になる。留守番位は出来るじゃろ」
「すげーふて腐れてたけどな」

ロックはカラカラ笑います。
でも確かに頬袋に木の実を詰め込んだナッツイーターみたいでしたものね。

「流石に幻獣が絡んできますし、危ないですから仕方ありませんよ」
が言ってもあんまり説得力無いよな。
カーバンクルって幻獣は子供の頃に会ったんだろ?」

・・・良く覚えてらっしゃいましたね。

「カーバンクルとな?」
「・・・私が小さい頃に、小動物を連れ回していたじゃないですか。
毛皮の色の青いあの子」
「ああ、おったのう。よくぬいぐるみのフリをしとったあれじゃろう?
動物にしては妙に賢いし、新種の魔物かと思っておったゾイ。
隙あらば観察したかったんじゃが・・・いつの間にかいなくなっとったな。てっきり野に帰ったんかと・・・・・・ん?もしや」
「はい。あの子が幻獣です。
色々ありまして魔石になってしまいましたが・・・」

ピタリ。ストラゴスさんが一度動きを止めました。
それから深い深いため息。

「・・・・・・成る程のう。
そりゃあお前の婆さんが困った顔をしながら薬を作っとった訳じゃ。
全く。生きてこれたのは婆さんのおかげゾイ」
「本当に。心から感謝してますよ」

そう考えると、もしかしたら祖母は知っていたのかもしれません。
何も言いませんでしたが確実にお薬が増えていきましたし。
当時、深く考えもせず暢気に“親友だ”とあの子を見せた時・・・どう思っていたのでしょうかね?

さてと。西の山に到着して・・・うん、中はあまり変わってなさそうです。
途中に出てきた魔物を蹴散らしながら先に進んでいけば、キラキラと輝く三闘神の像の前までたどり着きました。
懐かしいキラキラスポット。久しぶりだと思っていればストラゴスさんは驚いたように像へと近付きます。

「こ、これは・・・・・・三闘神の像!?」
「あれ?ご存知無かったんですか?」
が知ってるという事は・・・こんな奥まで来とったのか!」
「昔の話ですよ。当時はこの像が好きだったんですもん」
「だから薬が増えるんじゃ!」

あーあー、聞こえませーん。
あの当時は常に圧迫感が強かったから気付かなかったんですよね。

「何かのイメージ変わるなぁ」
「そうですか?」
「じいさんが“お転婆娘”だって言ってた理由も納得だよな」
「ストラゴスさん・・・?
色々やらかしていたのは、ほんの子供の頃の話ですからね??」

カーバンクルが魔石になってからは相当真面目でしたよ?自分で言うのもアレですけれど。

「あの頃のイメージが強すぎるんじゃゾイ」
「・・・10になる前には落ち着いてた筈なんですけどねぇ」

うーん、摩訶不思議なお話です。

「・・・・・・で、気になってたんだが三闘神って何なんだ?」
「三闘神は、この世界に魔法をもたらした神様と言われてるんです」
「魔法の神様って訳か」
「はい。遥か昔、天から降りてきた3柱の神は互いの力を恐れて争いを始めました。
その時に魔法の力を与えられ、魔導の力に依った生き物へと変化し、神々と共に戦ったとされる者達が幻獣ですね」

というのはこの像に彫られた文字と文献を読み漁って行き着いた結論ですが。

「なんかこの石像、細かい文字が彫られてるな・・・・」
「それに凄い魔力を感じるわ。
、調子は悪くなってない?」
「ええ。朝から薬を飲んでますから」

バッチリ対策済みです。

「三闘神は魔法の神。という事は幻獣にとって創造神とも言える訳じゃ。
幻獣達は三闘神の像を作って聖地に祀ったという伝説がある。此処がその場所なのじゃ」
「きっと幻獣達はこの像の魔力に引き寄せられてこの島に辿り着いたのね」
「ところで、じいさん。その三闘神とやらは幻獣を生んだ後どうなったんだい?」
「戦いに疲れた三闘神は己の体を石化させて永遠の眠りについたという。
その場所が封魔壁の奥であると伝説は伝えとる」
「封魔壁が幻獣界との接点であるのも、三闘神の魔力によるものなのかしら?」
「可能性は高いですね」

むむ。と考える私達にロックは何度も頷きました。

「な~るほどね」 
「幻獣達が像の魔力に引き寄せられたのなら、あの奥に・・・?」
「ああ、行ってみよう」

一歩踏み出した瞬間、上から何かが───っ!?

「ティナ!」
「ストラゴスさんっ!」

近くにいたティナをロックが、ストラゴスさんを私が抱えて距離を取ります。
何か巨大な塊が私達がいた場所に落ちて土煙を上げていました。
暫くして土煙が落ち着いたそこにいたのは・・・・・・紫の、タコっ!!?

「貴方、オルトロス!?」
「てめえ、オルトロス!一度ならず二度までも!」
「私なんて遭遇するの3回目ですよ・・・」

やだ、何ですか?この遭遇率の高さ。

・・・これってレテ川にいたあのタコよね?」
「そうです。あれからもご縁があって・・・困るんですよね」
「また出ちゃった。しつこい?だってタコだもん。
でも今回の目的はこの金ピカ像なのだ!ん~、この輝き。すんばらしい~」
「誰がお前に渡すかっ!!」

ロックがナイフを抜いてオルトロスへと斬りかかります。

「なんなんじゃコイツは・・・?」
「たまに絡んでくる嫌なタコです」

私を溺死させようとしたり、セリスさんの上に錘を落とそうとしたり・・・。
思い返してみれば結構やってる事が極悪ですね。
にじり寄るオルトロスがタコ足を伸ばしてくるので剣で切り落としますが・・・キリがないですし。
火か雷の魔法なら効くでしょうかね?ティナと顔を見合わせて詠唱を始めて────


「とーぅっ!!」

────ゴスッ!

鈍い音と共にリルムがオルトロスの真上から降ってきましたが・・・え。

「「「「リルムっ!?」」」」

「おじいちゃん、おねーちゃん!来ちゃった・・・・・・!」

くるん。と、持っていた筆を回してテヘリと舌を出す仕草はとても可愛いですが。

「リルム、お留守番だったのでは?」
「全くじゃ!家にいろと言ったじゃろ!」
「だって~。1人じゃツマンナイんだもんっ。
えへへー。お絵描きなら何でもこいのリルム様、初登場!
ねぇねぇ、あんただぁれ?」
「だぁれ?とは、失礼な!このオルトロス様に向かって!!」

“何か訳が分からなくなってきたな”と呟くロックに思わず苦笑。
確かに私もこの状況が良く分からなくなってきました。
尚も“似顔絵描こうか?”と提案するリルムをオルトロスが一蹴し、それにリルムが悲しそうに泣いて・・・ないですね。これ。
嘘泣きですよね?涙出てないですし。何でしょう、この三文芝居は・・・。
ヒソヒソ話し合うリルムとティナは私へと更に視線を向けて頷きました。
・・・・・・分かりました。私も少しお手伝いしましょう。

「どーすんの?こんな小さい子苛めちゃって!何かあったら許さないわよ!!」
「そうですよ!心の傷にでもなったらどう責任を取るおつもりなんです?
ああ。可哀想に、リルム・・・・」
「えーん!おねーちゃんっ」

しがみつくリルムをよしよしと撫でながらオルトロスへと鋭い視線を向ければ、思いがけない展開だとたじろいだ様子を見せます。

「そ、そんなあ・・・じゃあどーすりゃ良いのよ?」
「描いてもらえよ。格好良く描いてもらえるかも知れないぜ」

“憎いねぇ”なんて冷やかすロックに、満更でも無さそうにオルトロスは頬を染めました。

「オルちゃん、似顔絵描いてもらっちゃうもんねー!」
「えへ。リルムの得意技に任せていてよ!」

嬉しそうに笑ってスケッチブックを取り出したリルムは、絵の具も何もついていない筆をその白紙のページへと滑らせます。

「わぁ・・・」

ティナの感嘆の声。これは・・・筆に込められた魔力でしょうか。
絵の具を使わずとも色とりどりの色彩がスケッチブックを彩ります。
まぁ残念ながら相手がオルトロスなのでほとんど紫ですけれど。

「でーきたっ!」

言葉と共に、スケッチブック・・・・いえ、リルムの描いた絵から強い力を感じます。
もしかしてこれがリルムの言っていた“オリジナルの技”なのでしょうか?

「よっしゃ!オルちゃんに見せ────へぶぅっ!?

・・・・・・タコ足?

「リルム・・・これは?」
「これはねー、リルム様考案のスケッチだよ!
魔物や人の似顔絵を魔力を込めて描くと、その得意技が出てくるの!」
「だからオルトロスはタコ足なのね・・・」

確かにあの足にはなかなか苦しめられましたしね。
自分の得意技であるタコ足がクリーンヒットしたオルトロスは、わなわなと震えています。

「そんな・・・それじゃあ、まるで・・・・・・まるっきりタコじゃん!」

悲壮感を帯びた叫び声と共にオルトロスは去ってしまいました。
まぁ、そうですよね。格好良く描いてもらえるどころかソレで攻撃されれば・・・・・・うん、まぁ同情の余地はないですが。

「ね?見てくれた?リルムも立派に戦えるよ!
ジジイよりは役立つんじゃない?」
「ジ、ジジイ!?」
「リルム、ナチュラルな暴言は如何かと思いますよ」

流石にストラゴスさんが可哀想です。

「えー!だってー・・・」
「連れてっても良いんじゃない?」
「このまま帰れってのも危ないだろうしな」
「そうですね。1人で帰らせる訳にもいきませんし」
「ホントっ!!」

パッと顔を明るくして、リルムは私達を見ます。
それにストラゴスさんは大きくため息を吐きました。

「分かった分かった。しょうがないやつじゃ」
「やったー!」

なんて大喜びに飛び跳ねるリルムを加えて、私達は先へと進みました。
奥へと進むごとに力による圧迫感が高まりますから・・そろそろですかね。

「おねーちゃん、鞄が・・・」
「鞄・・・カーバンクル?」
「お父さんも?」

ティナもマディンさんの魔石を取り出してキョトンとしてみせます。
今回飲んだのは強化版ですから薬を足す必要は無いですけれど・・・まさかっ!
薄暗い先へと視線を向ければ、背に羽を持つ小さな少女のような姿。あれはもしかして・・・。

『魔石の力・・・?あなた達はだぁれ?』
「この子がおねーちゃん達が探してた幻獣?」

幻獣へと近付いてじっと眺めますが、それにしては不可解です。
封魔壁から飛び出したのは多くの幻獣達の筈。それにこの圧のかかり方は・・・っ!

「リルム、こっちへ・・・!」
「え?・・・ひゃあっ!?」

驚くリルムは私の腕へと飛び込んで、驚きの表情を見せました。
多くの幻獣が此処へと集い始めていますね。竜のような者、小動物とあまり変わり無い者。
様子を窺うように、動向を見定めるように。ですが、どこか好奇の視線も含みます。

『魔石の力だ・・・・・・』
『仲間達の・・・しかし、どうして?』
『何故人間に力を貸している?連れ去った奴等ではないのか?』
『力を託すだと・・・?一体何があったのだ??』

2つの魔石が淡く光を放ち、同時にざわざわと混乱が広がっていますが・・・。

「幻獣がこんなに・・・」
「皆、此処へと導かれた・・・という事でしょうか?」
「じいさん、リルムを連れて逃げるんだ!」
「うむ。行くゾイ、リルム!」
「うんっ・・・!おじいちゃん!!」

ストラゴスさんに手を引かれてリルムも走り出しました。
どうにか対話が出来れば良いのですが。
混乱と困惑と、敵意は分かりませんが・・・それでも良い感情は少ないでしょう。

「おねーちゃん、ティナ!」
「囲まれたゾイ!」
「リルム!ストラゴスさん!!」
「2人共こっちだ!」

慌てて戻ってくるお2人と、ジリジリと距離を詰める幻獣達・・・・どうしましょう。
あ、カーバンクル。今“一撃かまして目を覚まさせろ”って言ってますよね?分かりますからね?
この状況でソレをしたら和平にならないじゃないですか、もうっ!


『待て!』

突然の制止の声。
見ればマディンさんに似た、鍛え上げられた巨体の幻獣の方が此方に向かってきています。
近付いて来る幻獣の方にティナも近付くと、その身体を淡く発光させました。
ティナもまるで応えるように幾度か己の身体を明滅させます。反応してるんですよね?多分。

「何じゃ?!ティナに・・・強い魔力を感じる。
いや、魔導の力というべきか・・・・・・」
「え、え、何??」
「またあの時のように暴走するのか?」
「いえ、大丈夫だと思います」

その様には感じませんから、制御出来ているのでしょう。
あの時とは違って今回は何かを伝えあっているようにも思えますし。

『君は・・・ちょっと違う。
ティナには我々と同じチカラを感じる』
「ええ」

反応が終わった幻獣の方は、そう口を開きました。
敵意はないと判断したのでしょう。ストラゴスさんは前に進み出ると幻獣の方を見上げます。

「お前達は幻獣界の者なんじゃな?」
『・・・はい。幻獣界には此方に来てはならないという掟があります。
でも魔石化された仲間を助ける為に若者が扉の前に集結したのです。
その時にティナの姿と想いが聞こえて・・・・・・』
「私も感じました。貴方達の想いが扉の中から」
『ティナが扉を開けてくれた事で外に出る事が出来ました。
しかし此方の世界に出た途端に自分の力と感情をコントロール出来なくなってしまったのです。
魔石化された仲間達を取り戻す事も叶わず、怒りの感情が暴走して・・・。
その為に1つの都市を滅茶滅茶に破壊してしまい、罪の無い人達迄・・・』
「私が感じた強い怒りはその為だったのね・・・。
私と同じ。突然手に入れた力をコントロール出来なくて。
そうして私は自分の存在に対する不安と誰かを傷つける恐怖に暴走してしまった・・・」

俯くティナに・・・そう思わせた一端が自分にあるのがとても心苦しいですが。

「カーバンクルも昔“幻獣界とは違うから調子が出ない”と言ってましたね。
コントロールがしにくいという事だったのかもしれません」
「おそらく幻獣は、あちらの世界では力がある程度抑えられる傾向があるのじゃろう。
それが突然開放された為に・・・」
『幻獣によっては精神に失調をきたし、人に危害を加える者も・・・本当に申し訳ない』
「どうか顔を上げてください。
皆さんは仲間を取り戻そうとした。それは何もおかしな事ではない筈ですから」

そもそも掟を破ろうとした原因を作ったのは人間側です。
幻獣を捕らえ、道具として扱い、そして・・・。謝罪は人間達こそがすべきでしょう。

『そう言っていただけると救われる。
流石カーバンクルと共に在れる方だ。懐が深い』
「・・・・・・だからどうしてそんな言われ方をするんです?カーバンクル」

もしかしてお友達いなかったんですか?ねぇ。
その気まずい事があると黙り込むのは良くないと思いますけれど。

「帝国も幻獣達との和平を望んでいる。どうだ?俺達と来ては」
「・・・・・・我々を許してくれるのか?」

縋るような瞳。それにロックは一度目を丸くしました。いえ、私もですが。
ああ、優しすぎるんですね。本来の幻獣達は。
だから・・・・きっと魔大戦の時も惨状に心を痛めて、幻獣界へと隠れ住んだのかもしれません。
“勿論だ”と手を差し出し笑うロックに、幻獣さんはしっかりと握手を交わしました。

「サマサの村に行ってレオ将軍と合流しよう」
「そうね」

私達も頷いて、サマサの村へと戻る事にしました。テレポを使おうとしたら怒られましたけれど。
幻獣さん達もご一緒するとあって大人数は魔力消費が高いからダメだとティナに注意されて、徒歩での帰宅ですから時間が掛かってしまいましたね。
サマサの村に着くと既にレオ将軍達の姿もあって少々驚きましたが。
どうやらロックが西の山に行く前に伝書鳩を飛ばしていたようです。・・・そう言えばしてましたね。
私達がリルムをなだめている横で何してるのかと思いましたけど、なるほど。
とにかくと簡単な報告を終えると、幻獣さんとレオ将軍は向かい合いました。

「私は帝国の将軍、レオ。
貴方の名前を伺いたい」
『私は、ユラ。
我々はあなた方にとんでもない事をしてしまった。
許してくれなどと言える立場では無いかもしれないが・・・』
「分かっている。犯した過ちを責める気はない。
逆にあなた方を戦争の為の力としてしか考えていなかった自分を恥じる。
魔大戦の過ちを再び引き起こそうとしていた自分達を・・・」
『そう言ってくれるとありがたい』

幻獣さん・・いえ、ユラさんはレオ将軍と固く握手を交わします。
それに裏があるようには見えませんから・・・・・・これで戦いは終わり、なのでしょうか?
ティナと目配せをして互いに微笑みます。
ああ、どうやらロックもセリスさんと仲直りできたようですね。
微笑み合うお2人に、ぎこちなさはもうありませんから。

「お熱いね」
「若さ、じゃのう」

見ていたリルムとストラゴスさんが茶々を入れて、慌てるお2人に皆で笑いました。
争いそのものはきっとまだ無くならないでしょう。
ですが、こうして少しでも平和に近付いていけるのなら・・・・・・。


────・・・ヒーッヒッヒッヒ!

まるで平和な空気を塗り替える特徴的な笑い声。硬質な機械の駆動音。
視線を向けて・・・・・・何故、貴方がいらっしゃるんですか?



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