鳥篭の夢

目覚める悪意/1



深い闇に揺蕩う感覚。外から内へと圧迫する苦しさと、身体の内側に蠢く熱。
同時に、夢現に感じる魔導の力の奔流。
まるで憤怒と悲哀が入り雑じったような、そんな想いまで伝わって・・・。
ソレが消えていく事が酷く恐ろしいのだという実感はあるのですが、指先一本動かせず音すらも聞こえないような空間で、ただただ無力な私はそれを甘受する他ありません。

────・・・っ!

はて?今、何か聞こえたでしょうか?
暫くの無音。それからぬるい液体が身体中をめぐる感覚。
途端に身体が楽になっていって・・・・・これ、は・・?


────・・・ッ!


「・・・・・・っ?!」

響く声に、弾けるように意識が覚醒しました。
視界いっぱいにティナの泣きそうな顔が・・・あれ?私、どうなりましたっけ?
ええと、此処は・・・祖母の家ですね。少し埃っぽいですけれどあの頃と変わらない空間。
ああ、そうです。私は幻獣の捜索にサマサ迄来て、帝国と幻獣が和解したかと思ったところでケフカが・・───っ。

・・・良かった、無事に目覚めて」
「調子はどう?」
「まだ顔色が悪いな、大丈夫か?」
「はい・・・ティナ、ロック、セリスさんも。ご心配をおかけしました。
まだ体力は回復しきってはいませんが、大丈夫ですよ」

あの時、ほぼ致命傷ギリギリの魔力を注がれたかと思いましたけれど。
気怠さは残っていて身体も重たく感じますが、逆に言えばその程度で済んだようですし。まぁ幸運な方でしょう。
・・・・・・あ、いえ。違いますね。近くに転がっている2つの薬瓶はどちらも強化版ですから・・・2本使ってギリギリセーフ、と。

「ティナ、ケフカが来た後でどうなったか覚えていますか?」
「私は最初の魔導アーマーの攻撃で気を失ってしまったから・・・。
目覚めた時にはこの家にいたわ。カーバンクルがテレポで運んでくれたみたい。
に薬を飲ませて欲しいって頼まれて・・間違えてなくて良かった」
「すみません・・・お手数をおかけしてしまって」 

申し訳なくて眉を下げれば、ティナは首を横に振ります。

「私が見た時にはが全身傷付いていて、顔色も悪かったから。
・・・・・・だから、目が覚めて本当に良かった。
でも封魔壁の扉を壊した沢山の幻獣達が、ケフカに魔石にされてしまったわ。
そのままケフカは村から去ったけれど・・・・・・結局、私は何も出来なかった」

“皆が魔石に変えられてしまうのを、見てる事しか出来なかった”
そう続けて、ティナは強く拳を握りしめました。悲しさと、悔しさとが混ざったような表情。
そんな表情を見ていられなくて、私はティナを強く抱き締めました。
きっと今はどんな慰めの言葉だって意味がないですし、悔しいのは私も同じですから。

「・・・と、そうです。
ロック、レオ将軍はどうされてますか?」
「ああ。傷が深い所為かまだ寝てるぜ。
つっても傷そのものは塞がってるみたいだけどな」
「ケアルはかけたけれど、あれじゃあ気休め程度かしらね」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」

ならば一先ずは安心でしょうか。勿論、油断は禁物ですけれど。


「おねーちゃーんっ!!」

叫ぶような声。セリスさんが扉を開ければ、そこには必死な形相のリルムがいました。

おねーちゃん、起きてる?!」
「リルム!ご無事でしたか、良かった」
「リルムは元気だけど・・・そうじゃなくてっ!
お願い、助けてっ!インターセプターちゃんがっ!!」

涙目のリルムはインターセプターを抱えるように・・だけれど重さからか大きさからか、足元を少し引き摺るようにして家に入ります。
ポタポタと滴る血液から傷が深いものだと分かりました。

「インターセプターっ!?酷い・・・」
「一匹だけで戻ってきおったゾイ。探してみたがあの飼い主の姿は無かったがの」
「そうだったのね」

後から慌てた様子のストラゴスさんもいらっしゃって・・・お2人がご無事で本当に良かったです。
とにかくとインターセプターにケアルラをかければみるみる内に傷は塞がりますが、どこか元気はなさそうですね。
本調子で無いだけではなくシャドウさんが心配なのかもしれません。シャドウさん・・・大丈夫でしょうか?
考えながらインターセプターを一撫ですれば、ぺろりとその手を舐めました。

「さ。傷は治しましたが、油断は禁物ですからね?」
「くぅん」
「じゃあリルムがついていてあげる」
「ではインターセプターはリルムにお願いします。
インターセプター、ちゃんと良い子に言う事を聞いてくださいね」
「わふっ」

1つ声を上げると、インターセプターはリルムへとすり寄りました。
それに“えへへ”と嬉しそうに笑うと、インターセプターを抱き締めます。

「おねーちゃん、ありがとう」
「いえ、私にとってもインターセプターは大事なお友達ですから。当然の事をした迄ですよ」
「リルムにとっても大事な友達だもん。だから、ありがとうで良いのっ!」

緩んだ表情は相変わらず天使のように可愛らしいですね。

「レオ将軍だけでなく、雇っていた筈のシャドウまでも・・・帝国め!」
「ごめんなさい・・・私、何も知らされていなくて・・気付けなかった。
ケフカは投獄されていたから大丈夫だなんて安心しきっていたわ」
「それはセリスの所為じゃないだろ?
悪いのは幻獣を・・・魔石を悪用しようとしている皇帝だ」

肩を落とすセリスさんにロックが慰めの言葉をかければ、ぎこちなく微笑みを返します。
それからふとティナが視線を地面に落としました。

「でもそうなると帝国に残った皆が心配だわ」
「そうですね・・・・・皆さん、ご無事だと良いのですが」

飛空艇は故障していましたし、流石に心配です。
と。インターセプターがパッと窓の外へと視線を向けました。
それにリルムも同じ方向へ視線を向けて、驚いたように顔を輝かせます。

「うわぁっ!何あれ!?」
「あれは・・・ブラックジャック号!」
「無事に直ってたんですね、良かった」
「此方に向かってるわね」

“行ってみましょう”とティナが言葉を続けて、私達は外へと出ました。

近くへと着陸した飛空艇からセッツァーさん達が急ぎ足で向かってくるのが見えて一安心します。
どうやら皆さん無事に脱出出来たみたいですね。

「よう、!」
「セッツァーさん、皆さんも!ご無事で安心しました」
「ああ、達も無事みたいだな」

“とは言え、被害がなかった訳じゃ無さそうだが”と周囲を見渡してから苦い顔で続けます。
村のあちこちには爆撃を受けて焦げたような跡がありますからね。
それから私の顔を覗き込むようにして怪訝な顔。あの・・・?

「・・・、お前の目の色ってそんなだったか?」

不意に訊ねられて背筋がヒヤリとしました。
あ、やはり染まってます?そうですよね!あれだけ魔導の力の干渉を受けましたからね!!
内心で汗だくになりながら私は自分の頬に手を添えて首を傾げます。

「やだ、数日見ない間に忘れちゃいましたか?」
「いや、気の所為か・・・変な事言って悪いな。
それより────帝国が裏切った。危うく罠に嵌められるとこだった」
「事前に脱出出来申した。エドガー殿の情報のおかげでござる」
「おお。流石、一国の王」

確かに素晴らしい慧眼です。
ロック達と感心していると、エドガーさんは優美な笑みを浮かべました。

「お茶を運んでくれたレディにご挨拶したら丁寧に教えてくれたよ」

・・・・・・ああ、なるほど?

「・・・・・・便利な特技だな」
「女性がいるのに口説かない。そんな失礼な事が出来ると思うかね?
礼儀だよ。れ・い・ぎ」

ちっちっと、至極当然だと指を振るエドガーさんに・・・んん、まぁ相変わらずですね。流石です。
マッシュは苦笑してますが、ええ、おかげでご無事でしたから結果として良かったかと。
それから微妙な空気を払拭するようにロックが1つ咳払いをすると、チラリとエドガーさん達へと視線を向けました。

「村がケフカに襲われた。
幻獣達もどうやらケフカに魔石にされたらしい」
「レオ将軍はその件に関して何も知らされていないようでした。
ケフカに重症を負わされて・・まだ目覚めていない状況です」

あれだけの深手ですから仕方ありません。生きているという事実が奇跡ですから。

「なんと、レオ殿が・・・!?
あれほどの御仁までも手にかけるとは・・・・・おのれ、帝国め!」
「とにかく作戦の立て直しだな。飛空艇に戻ろう」
「ええ」

頷いて歩き出そうとすれば、不意に服の裾を掴まれました。
見てみれば・・・ストラゴスさん?一体どうされたんでしょう?

「わしも行っても良いかの?」
「え、でもストラゴスさん・・・良いんですか?」
「うむ。力の使い方を誤った帝国を放っておく訳にはゆかんしの」

でも、それはリルムを置いていく事になってしまうのでは?
何と言うべきかと考えていれば、エドガーさんが不思議そうな視線を向けました。

「貴方は?」
「ああ、この村の人だ」
「魔導士の血を引く人なの。力になってくれるわ」
「魔導士・・・?」

キョトンとした表情をした後、何かに思い至ったのでしょう。
エドガーさんは私へと爽やかな笑みを向けます。やだ、それ怖いやつじゃないですか。

。後で詳しく話してくれるね?」
「ええ。勿論です」

ですから普段の笑顔に戻していただけると、とても嬉しいのですけれど。
・・・・・・と、その前に。

「ストラゴスさん、リルムはどうするんですか?」
「リルムも行く!」
「ダメじゃ」
「ぶーっ!何でよっ!!」

頬を大きく膨らませて怒る姿に、思わずマッシュが笑いました。

「子供は足手まといになるからな」
「何をー!このキンニク男!」
「はっ!口だけは達者だな、嬢ちゃん」
「あの、マッシュ・・・煽らないでください」

そもそもマッシュには魔導士の村だとお話ししていた筈ですが。
あ、聞こえてませんか?ですよね。
まぁ彼は魔法が使えるか否かでは判断しませんから、仕方ないと言えばそうなのでしょうけれども。
戦いなんかに子供を巻き込むなんて許されて良い筈がありませんものね。
地団駄を踏むリルムは悔しそうな顔をして、スケッチブックと絵筆を取り出して───つ!?

「リルムっ?!」
「くーっ。似顔絵描くぞ!」

「「「「わーっ!!止め、止めっ!!」」」」

私が前から、そしてストラゴスさんが後ろから抱きついて身体を固定し、ロックがスケッチブックを素早く奪い取り、ティナが絵筆を持つ手を掴みました。
総出で止める姿に流石のマッシュも唖然としてらっしゃいますけれども。
いえ、絶対にダメなやつですからね?
マッシュにスケッチなんて使えば爆裂拳か、オーラキャノンか、はたまた他の技が出るか。

「分かった分かった。しょうがない奴じゃ」
「やったー!」

大喜びするリルムに私達は思わずため息を吐いてしまいましたが・・・。

「リルム、それは簡単に人に使ってはいけませんからね?」
「う。・・だってキンニク男が馬鹿にするんだもん」
「馬鹿にしたつもりはないと思いますよ。
まだ幼いですから危険な事に巻き込みたくないと言いますか」
「むーっ。大人ってすぐそうやって子供扱いするんだから。
おねーちゃんもそう?リルムは子供だからダメって言う??」

真剣な瞳が私に向いて、思わず苦笑しました。
それから出来うる限り優しくリルムの頭を撫でます。

「いいえ。私は“大人だ子供だ”ではなくリルムが大切だから心配なんです。
旅をするなんて言えば聞こえは良いですが・・。
楽しい事ばかりではありませんし。痛い事や怖い事、危ない事もありますから。
リルムがとても優秀な魔導士である事とそれはまた別物ですよ」
「えへへ、そっか。・・・でも、リルムもおねーちゃん達の役に立ちたいの!
それに、おじいちゃんだって・・・」

もごもごと口の中で言葉を転がして、リルムはストラゴスさんへと視線を向けました。
ストラゴスさんだけ行ってしまうのは心配だし、寂しいですものね。
ええ。私も少しは気持ちが分かりますよ。だから今もマッシュとご一緒させていただいてますし。

「大丈夫ですよ、リルム。ストラゴスさんも了承しましたし私だって反対はしません。
お互いに無理をしないように頑張りましょうね」
「うんっ!」
「じゃ、話も纏まったところで行くか!」


「悪いが、私も同行させてくれないか?」


急に背後から言葉をかけられて、私達は振り返ります。
と、そこには──────っ!!

「レオ将軍・・・・・・っ!!」
「すまなかった。今頃になって目覚めるなどと不甲斐ない」
「いえ、あれだけの大怪我でしたから。
そもそも今生きているだけでも奇跡だと思いますけれど」

そして動けていらっしゃるのですから、本当に素晴らしい生命力です。

「セリス将軍もそうだが私は今回の件に関して何も知らされていない。
ケフカの独断なのか、真に皇帝の意思であったのか・・・この目で真実を確かめさせて欲しい」
「・・・そのフラフラの身体でか?」

鋭いロックの目線。それにレオ将軍は一度口を噤みます。
が、すぐに力強い目線を返しました。

「頼む」

暫くの睨み合い。それからロックは1つ息を吐きます。

「“セリス”だ」

突然の言葉、それにレオ将軍は何度か目を瞬かせました。

「セリスはもう帝国将軍じゃない。俺達の仲間だ。
一緒に行きたいってんなら、まずは呼び方を改めてもらうぜ」
「ロック・・・」
「・・・・・・ああ、善処しよう」

どこか複雑そうな表情。ですが、レオ将軍はしっかりと頷きました。

「では飛空艇に行くとしよう。
作戦を立てる為にもお互いの情報を擦り合わせなければ」

エドガーさんの言葉に頷いて、私達は飛空艇へと向かいました。
ちょっとリルムを口説こうか思案された事は・・・ええ、まぁ聞かなかった事にしますかね。



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