鳥篭の夢

大災害の後/1



ふかふかとしたベッドの感触。嗅ぎ慣れたハーブの香り。
懐かしいような心地好い空間に一度寝返りを打って・・・・・・んん?此処って!?

「おば様の家・・・?」

の、私が使っていた部屋です。
調度品とかもそのまま変わっておらず、でも掃除はされていて埃っぽさはありません。
置いていったハーブ達は水やりをしてくださっていたのかすくすく育ってますね。
でも、どうして此処に・・・・・・?


「うぉっ!?」

うお?

「お袋っ!が生き返ったぞ!」
「こら。そんな風に言うものではありませんよ」
「いて」

バシン。おば様が容赦無くバルガスさんの背中を叩きます。
・・・・・・え?あれ!?

「バルガスさん、生きてらしたんですか!?」
「久しぶりに会った従兄への一言目がそれかよ。
お前の方が死にそうになってたんだぜ」
「バルガスがコルツ山で修行している時に、倒れている貴女を見つけたのよ」
「そうだったんですね、ありがとうございます!
それに・・・バルガスさんがご無事で本当に良かったぁ」

“生きているかも”とは考えの端にはありましたが、本当にご無事な姿を拝見出来るとやはり嬉しいと言いますか。とても安心したと言いますか。
涙腺が弛んで・・・っ。

「泣いてんじゃねーよ。
「うう・・・すみません。お会い出来たのが嬉しくて・・・」
「あー・・・・・悪かった、心配かけたな」

本当です!

「ふふ。驚く事はそれだけじゃないわよ。
もし疲れていなければ後で色々話をしたいわ」
「お前が何であんなとこにいたのかも説明しろよ。
マッシュもいねぇし、お前の目の色も変になって・・」
「バルガス」

ピシャリと遮る言葉。
気遣ってくださる姿に小さく笑みを溢します。

「はい。身体は平気ですから、少し身支度だけしても良いですか?
おば様の仰っていた“驚く事”も是非聞きたいですしね」
「分かったわ。では、軽く食べれる物を用意して待っているわね」
「ありがとうございます、おば様」
「じゃ、後でな」

わしわしと私の頭を乱暴に撫でてから、バルガスさんはおば様を追うように部屋を出ていかれました。
・・・・・・まさか、コルツ山に跳んでいたとは思いませんでしたが。
それにバルガスさんに助けていただくなんて・・これもご縁になるんですかね。不思議ですけれど。

「・・・・・・あら?」

ベッドから降りれば、身体は驚くほど軽く感じます。これはカーバンクルのおかげでしょうか。
感じ取れる魔導の力は強いのですが、常にあった身体を苛むような圧迫感がほとんどありません。
机に置かれている小さな鞄を見つけて中を確認すれば、空の薬瓶や手帳。
それに魔石の欠片が幾つか・・・カーバンクルのでは無いそれが入っていて、魔列車での出来事が夢ではなかったのだと実感します。

さて。気を取り直して。
姿見の前に立って状態を確認します。身体中、ガーゼや包帯で治療を施されている姿。
出血は止まっているようですが傷としては深いものもありますから、ケアルラを唱えて治します。
それから顔を覗き込んで・・・その青に染まった瞳を眺めました。

「バルガスさんが仰っていたのはこれですか」

まるで深い湖の底ような揺らめく光彩は・・・確かに特徴的ですね。普通の碧眼ではない色合い。
魔導の力が干渉しているからでしょうか?不気味というよりは、とても不思議ではあります。
しかしまぁ、悩んでいても瞳の色は戻りませんから一旦置いといて。

今はおば様が着替えさせてくださったのか寝間着ですから着替えないと。
着ていた服は既に洗われて置かれていますが・・・あちこち綻んでますし後で修繕しないとですね。
とは言え流石にこのまま表には出られませんから、タンスの中から普段着を出して着替えます。
髪を簡単に纏めて・・・よし、これで見苦しくは無いでしょう。

「大変お待たせしました」
「こっちも丁度出来た所よ。
2日も寝ていたからお腹に負担の少ないポリッジにしたのだけれど」
「ありがとうござ・・・・・・2日?!」

2日も寝てたんです?私。
驚きながらも用意していただいたポリッジを口に運べば、お腹から小さな音がなりました。
んん。胃が動き出したのは分かりますが、少し恥ずかしいです。
柔らかい麦とミルクの優しい味が口に広がって・・・・・・美味しさが染み渡っていきます。

「貴女が目覚めて本当に良かったわ。
そうそう・・・どこから話せば良いかしらね?」
「是非、おば様の“驚く事”から伺いたいです」
「ふふ。そう・・だったら、貴女が旅立ってから順番に話しましょうか。
───貴女達が行ってしまってから一月経った頃だったかしら・・・。
急にあの人・・主人が、バルガスと一緒に帰ってきてくれたのよ」
「おじ様も!!?」
「ほら、驚いたでしょう?」

くすくすとおば様はとても嬉しそうに笑います。
そりゃあ驚きます!え、つまりあの時の事件では誰も亡くなっていなかったんですよね?!
最初に聞いた時は本当にどうなってしまったのかと思いましたけれど・・・。

「良かったです・・・本当に」

それは心から落ちた言葉で。
本当に、嬉しい真実で。

「あの人ったら、バルガスだけじゃなくて大きな熊を2匹も担いでね?
“このバカを鍛え直す”なんて言ってビックリしちゃったわ。あれからちゃんと話もしたのよね」
「俺に話を振んなよ。
・・・・・俺がしでかした事も、あん時に何考えてたかも全部親父に話したさ。
お互いの考えに齟齬があったって事もな。んで、一から修行のやり直しだ」

“久々に基礎とかしたぜ”なんて肩を竦めていますが、その顔はどこか晴れやかにも見えます。
ああ。きっと親子間にあっただろう蟠りも無くなったのでしょう。なんて。

「そう言えば、大きな熊と言うのは・・・・・?」
「ん?は知ってるだろ、イプー達だよ」

なるほど!大きな熊・・と言われて咄嗟に浮かびませんでしたがあの子達でしたか!
イプー達の話自体はマッシュから聞いてはいましたが、まさかの大熊!

「イプーってバルガスさんが一時保護していた仔熊達ですよね。
どこからか山に迷い込んだという話でしたけれど・・・。
あれ以来もう何年も会ってませんが・・そんなに大きくなってたんですねぇ」
「近所のオバサンみたいな発言になってんぞ、
お前が知ってる仔熊とは違うからな?今のあいつらの一撃はマジでヤバいぜ」
「そうなんですね。全然想像つかないですけれど」

サマサにいた頃の熊みたいな感じでしょうか。昔は熊狩りを目標にした事もありましたが・・・。
イプーに会ってからはもう熊とか狩れないですね。あ、いえ。自発的には・・という意味でですが。

「お前を見つけたのは、世界規模で起こった大災害の直前だ。
イプー達とコルツ山で修行してた時に大地震が来て、ヤベェって時に倒れてたの見つけたんだよ」
「イプー達は?」
「分からん。はぐれちまったからな・・・。
山そのものは潰れたが、麓までは一緒だったから死んではないだろ」
「でも生活が変わっちゃいますよね。大丈夫でしょうか?」

今まで生きてきた山が無ければ獲物の都合や拠点、狩りの仕方も変わるかもしれません。

「ま。熊とはいえ何だかんだ今まで要領よくやってきたんだ。
次の住処も見つけんだろ。気にすんなよ」
「・・・・はい」

そうですね。野性動物の本能を信じましょう。

「それにしても・・・山が潰れてしまう規模の災害だったんですね。
サウスフィガロは大丈夫だったんですか?」
「全くない訳じゃないが被害としては大きくは無いんじゃねーか?
行方不明者と死人を合わせても片手で数えられる程度だしな」
「そうね。亡くなった方がいるのは残念だけれど・・・。
後は大規模な地震の影響で倒壊した家屋が幾つかある程度で済んだもの。
町が立ち行かなくなる程ではない・・・といった感じかしらね」

少し気落ちした様子でおば様が続けて・・・行方不明者は心配ですね。
死者が出てしまった事も残念ですし。
あの時にガストラ皇帝を止められていれば、こんな事にはならなかったのでしょうけれど。

「で。お前の方はどうしたんだよ。
マッシュと一緒に家を出たって聞いたが1人だし・・・目の色も何か変わってるしな」
「んん・・・そうですね。家を出てからは他の方々と一緒に帝国を止めようとしていたのですが・・・。
結果として止められずあの大災害に巻き込まれかけたので、命からがら逃げ出した感じですかね。
マッシュが側にいないのは、逃げる時に慌ててコントロールが上手くいかなかったからです」
「ああ、何時ものやつな」
「何時ものって言わないでいただけます?」

失礼な。

「で。その目は?」

しかもスルーですか。

「・・・・・・イメチェンですかね」
「アホか」

ピンッと軽いデコピンが・・・・いえ、軽くないです。普通に痛い。バルガスさん酷い。
思わず額を押さえて暫く悶絶してしまいましたが、呼吸を整えて顔を上げました。

「私は元々魔力の影響を受けやすいので、色が染まってしまっただけですよ。
別段、問題はありませんから。あまり気にしないでくださると助かります」
「ふーん。なるほどな」

“魔法が使えると色々あんだな”なんて言葉に安堵します。
バルガスさんは知らなかったみたいですね・・・良かった。
まぁカーバンクルのおかげで今は瞳の色が染まっても身体には何の影響はありませんから間違いではないでしょう。
少し不思議な色合いではありますけれどね。

はこれからどうするつもりなの?
やっぱりマッシュを探しに・・・?」
「アイツのが血眼になって捜してそうだけどな。
下手に町を出たら入れ違いになんねぇか?」

確かにそれもありそうですが・・・。

「他にも一緒にいた仲間の安否も気になりますから、準備が出来たら捜して回るつもりです。
ただ・・・・・・あの時に大きな鞄を無くしたんですよ」

私の大事な調薬セット。そして沢山の薬草達を失ってしまいました。
偶然、手帳は小さな鞄に入ってましたから無事でしたが、必要な物が無いのは困ります。

「なので、暫くは必要な物を探しながらサウスフィガロ復興のお手伝いをしようかと。
怪我人の手当て位なら私にも出来ますし」
「ありがとう、。ですが無理は禁物よ」
「お前はすぐに無理するからな。程々にしとけよ」
「はい。ありがとうございます」

心配の言葉と表情。
どこか似ているそれに、私は笑みを溢したのでした。



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