鳥篭の夢

大災害の後/3



「何で合流した時に教えてくださらなかったんです?」

ジトッとした目線をケフカ・・もといフェッカへと向ければ、彼はそっと視線をそらしました。
どうやらセッツァーさんらしき、顔に傷のある銀髪の男性を酒場で見かけたと言うのです。今更!

『いえ。今、特徴を思い出したのですよ。
彼を見かけたのは魔導研究所から逃げる貴女達を追ってクレーンを操作してた時と・・。
ああ、ガストラが偽の和平会談を開く際に、反逆者を炙り出す為にあちこち話させていましたか。
わざわざ牢にいる私の元まで会いに来てくれましたから、その時見かけた程度です。
フィガロ王のように前線で派手な動きを見せないので印象が薄いんですよね、あの人』
「何て事を言うんですか」

確かに飛空艇に残ってくださる事は多かったですが・・凄い功労者なんですけれど。
彼がいなければ帝国への密入国は勿論、あの島が浮上した際にも飛空艇が無ければ行けませんでしたし、全員での脱出も不可能でしたからね。

『飛空艇の操舵手と言う点で、敵として驚異ではありましたがね。
実際ベクタ滞在中にリターナーのリーダーもろとも暗殺命令も出ていました。
残念ながらお仲間と引き離せないままに先を読まれ逃がしてしまいましたが。
まぁガストラはリーダーさえ潰せば終わると読んでいたので気に留めてませんでしたけれど』
「こんな所で帝国の裏事情を知るとは思いませんでした・・・・・・って」

・・・・・・今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような。んん?

「ちょっと待ってください!?今、リターナーのリーダーを暗殺って仰いませんでした?」
『おや、ご存知ありませんでしたか。
リターナーのリーダーは幻獣を使ったベクタへの襲撃、またそれによる民間人への多大な被害を出した事により皇帝から暗殺命令が出ていたのですよ。
元々、帝国への反勢力ですから反対意見も特には出ませんでしたね』
「リターナーに幻獣との和解を依頼していたのにですか?」

やはり最初から裏切るおつもりだった訳ですよね。
リターナーに和平を持ちかけておいて、バナン様を暗殺するつもりだったなんて。
性格が合わないとは言え、流石に見知った方が暗殺されたという真実は動揺してしまいます。

『最終的に裏切る予定であった事は否定しません。
ただあれは厳密にはリターナーではなく幻獣のハーフであるティナとお仲間への依頼ですから』
「屁理屈ですよね」
『何とでも仰ってください』

“皇帝が命じられた事ですし”なんて、いけしゃあしゃあとっ!

『とは言え現地班であるレオとセリス、兵士達は真実を知りませんでしたがね。
あの方々に知られれば何かと面倒な事になるのは火を見るより明らかですし。
ただ普通に考えて、敵が進攻してくれば対処するものでしょう?
騙し討ちですから好みが分かれる戦法ではありますが。そもそも敵地で油断している方がおかしい。
和平条約を破った事、必要のない破壊活動に関しては責められて当然ですけれどね。
それより話が脱線しましたが・・・・・・件の操舵手は宜しいのですか?』
「・・・・・・!そうです、少し行ってきますからお留守番をお願いしますね」
『・・・・・・お留守番。』
「いい子にしていてくださいよ?」
『・・・・・・いい子。』

何か含みのある言い方ではありますが、それは置いといて。
私はフェッカが見かけたという酒場へと大急ぎで赴いたのでした。


「────セッツァーさ・・」

名前を呼ぼうとして・・・あら?ちょっと落ち着きましょう、私。
遠くに見える後ろ姿は確かにセッツァーさんでしょう。が、俯いてらっしゃるように見えますね。
大声でお名前をお呼びして良い雰囲気には見えませんし、逸る気持ちを一度抑えます。
何度か深呼吸をしてからカウンター席に座るセッツァーさんのお隣へと向かいました。

「今晩は。お隣、宜しいですか?」

酒気を帯びた目が私を捉えて、一度瞠目したそれは嬉しそうに細められます。
お隣に失礼すれば、セッツァーさんの腕が伸びてきて一度頬を撫でられました。

「・・・・・・、か。
生きてたんだな。良かった」
「セッツァーさんこそ、ご無事で本当に良かったです。
ちなみにちょっと前にロックにもお会いしましたよ」
「そうか。全然気付かなかった」
「私も偶然ですから。
もしかしたら今までも誰かとすれ違っていたかもしれませんね」

今回、フェッカが気付いてくださって本当に良かったです。

「お酒、お好きなんですか?」
「嫌いじゃねぇな。
けど今は、どっちかって言うと、飲まずにはいられないってヤツかな」

“世界の雰囲気がどうしても耐えられないんだ”、と。
自嘲気味に笑いながら、セッツァーさんは杯を一気に呷ります。

「変な飲み方をすると悪酔いしませんか?」
「良いんだよ、それで」
「薬師としては推奨できないですけれど」
「ったく。はお節介だな」

わしわしと乱暴に撫でられるのは・・・先程ロックにもされましたが。
酔っ払って力加減が余り出来ていないのか、頭がぐわんぐわん揺れます。脳が揺さぶられてますよね?これ。
揺れてる私が面白いのか、セッツァーさんは楽しそうに笑ってから私と目を合わせました。

「なあ。今度こそ、目の色変わってるだろ」
「・・・はい。魔導の力の影響を受けてしまって。
でも色が変わった事以外は問題ありませんよ」
「ふーん・・・?」

あの時、余計な誤魔化しをした所為で感付かれましたかね?
どちらにせよ今はカーバンクルのおかげで本当に問題ないのですが。

「良いな、その色。ずっと見てたくなるような綺麗な青だ」
「そうですか?」
「ああ。飛空艇から眺めた海の色に似てるな。
陽の当たり方、波立つ度に色合いが変わって見える・・そんなやつだ」

何処か懐かしむような、そんな声音で。
その瞳の奥には悲しみを帯びていて・・・壊れてしまったんですよね?飛空艇は。

「あれからとんだけ経ったか・・・。
悪いな。あの時に翼を失って・・・俺はもう何もやる気力が無くなっちまった」
「セッツァーさん・・・」
「元々俺はギャンブルの世界・・・人の心にゆとりがあった平和な世界に乗っかって生きてきた男。
そんな俺に、この世界はツラすぎる」
「そんな事ありませんよ。
今まで危険な中でも一緒にいてくださいましたし、戦ってもくださいました。
大事な飛空艇が何度も危ない目に遭っても、それでも・・・」

あんなにも厳しい戦いと状況下でも、負ける事無く共に戦ってくださったのに。

「でももう俺は・・・夢を無くしちまった」

全てを諦めたような言葉と覇気の無い瞳が悲しくて。
ああ。こんな世界を許してしまったから・・止められなかったから、こんなにも悲しむ人がいる。
セッツァーさんだけじゃない。それを放っておくなんて・・・・・・。

「分かりました」

私が急に立ち上がったからか、セッツァーさんはキョトンとした表情で私を見上げます。

?」
「私が取り戻してきますから、セッツァーさんはちゃんと待っててくださいね。
絶対にガストラを止めて、この世界を少しでも何とかしてみます。
そうしたらきっと・・こんな恐怖政治のような荒廃した世界が終われば、きっとセッツァーさんも夢を取り戻せますから」

そんな顔をしているセッツァーさんを見ていたく無いのです。あの時のように笑ってほしくて。
これは本当に私の我儘で申し訳ないのですが、大切な仲間が悲しむ姿は見たくないですから。

「今はまだ危ないかもしれませんが、世界情勢が何とかなれば飛空艇だってきっと・・・。
機械が関係してくるならエドガーさんもいらっしゃいますし。ね?
だから絶対に自棄になっちゃダメですよ。お酒も少し控えてくださいね」

約束です。そう続けて小指を差し出しますが・・・ええと、唖然としてらっしゃいます?
仕方ありません。無理やりセッツァーさんの手を取って小指を絡めます。
これでお約束しましたからね?お酒は身体に負担の無い程度にしてくださいよ?

「では、そうとなれば善は急げですから・・・失礼します。
お会いできて、セッツァーさんがご無事で本当に良かったです」

それでは。と、一礼して私は酒場を後にしました。
そのまま真っ直ぐに宿の部屋へと戻ります。

「フェッカ、予定変更です。今日もうこの町を出ます」
『は?一体どうしたと言うのですか?!』

ポカンとした顔のフェッカを横目に、私は荷物を纏めていきます。

「セッツァーさんが安心して夢を取り戻せるようにしないといけませんからね。
飛空艇そのものを何とか出来るアテが無いのが申し訳ないですが・・・。
せめて誰もがガストラに怯える事の無い世界にしなければ。それに善は急げでしょう?」
『それはあの操舵手が何とかすべき事では?』
「飛空艇に関してはお願いしますけどね。
ガストラを何とかするのは元々私達の目的ですし」
『それはそうですが・・方法は?
あの塔に入り口は無さそうだと言っていたのは貴女でしょう?』
「テレポを試してみようと思います」
『戦力が不十分では?』
「ものは試しですよ」

!』

・・・っわ!危ないですね、どうしたんですか?フェッカ。
私の眼前に唐突に現れると、そのまま荷物へと留まりました。

『落ち着きなさい。冷静さを欠けば死ぬのは私達です。
私はまだしも貴女と繋がっているカーバンクルまで無駄死にさせるおつもりですか?』

そこでカーバンクルの名前を出すなんて狡い・・・では、ないですね。
言われて漸く、自分が頓珍漢な事をしていたのだと分かります。
準備も用意も不十分では、ガストラを止めるどころか特攻にすらならないでしょうから。

「そうですね。少し頭に血が昇ってました、すみません。
何とかしないと・・セッツァーさんがアルコール依存症になってしまいそうで」
『そこですか』
「そこも、ですかね。アルコール怖いですよ?
急性アルコール中毒にでもなれば簡単に死んでしまいますし」

必要以上のお酒は毒と変わりませんから。

「世界が絶望に近い雰囲気にありますから、払拭するとなればガストラを止めないと、と。
あんなセッツァーさんを見るのは初めてで、必要以上に焦ってしまいました。
・・・・・でも、そうですよね。今の私ではまだきっとあの方には届かない」

もっと強くならなければいけません。
今の私よりも、ずっとずっと強く・・・・・・。

『そうでしょうね。それに、今の私では特攻すら出来ませんから。
・・・一撃でもヤツに届かせなければ、何の意味もありません』

それはフェッカの存在意義が、と言う事でしょうか?
ああ。そうですね。貴方の唯一の願いすら奪ってはいけませんから。

「ありがとうございます、フェッカ。おかげさまで落ち着きました。
まずは私達の力が確実にあの方に届くように準備をしましょう」
『ご理解頂けて幸いです。ほら、今日はちゃんと休んでくださいよ。
貴女は人間なんですから無理せず体力を回復してください。全く・・・』
「フェッカ。何時から私のお母さんになったんですか?」
『違いますよっ!』

怒る言葉にくすくすと笑えば、フェッカは深いため息を落としたのでした。

さて、翌日。
私達は遠出の為にアルブルグを離れた場所へと移動しました。

『これで座標がズレれば海に落ちる等も考えられますが』
「勿論。ですから目標を“サマサにある祖母の家”に設定します。
あの家が潰れていれば瓦礫の中になりますが・・・まぁその時はその時です」

仮に家が潰れていたら魔導の力で吹き飛ばしたりも視野に入れてますから。
意識を失ったり、パニックにならない限りは対処可能な筈です。

「いざという時はお願いしますね?フェッカ」
『ええ。勿論』

では行くとしますかね。魔導の力を練り上げて、場所を強く思い浮かべます。
場所の設定、人数、個数の調整。細やかな配置を完了させて私はそれを紡ぎます。

「テレポ」

唱えたと同時に、特有の圧力。
外から室内特有の薄暗さを感じて・・・無事に跳べましたね。良かった。
調度品は懐かしい祖母のものですから、無事に残っていたのでしょう。

「フェッカ。ちゃんといますね」
『はい。まさか本当に辿り着けるとは・・・流石ですね、

とにかく村がどうなっているのかの確認をしなければ。
扉を開けようとノブに手をかけたとほぼ同時。僅かに早く扉が開いて───ぇ?
目の前にいらっしゃった人とお互いに見つめ合うように暫く硬直しました。
緑のカッチリとした軍服と、浅黒い肌。変わらぬ特徴的な髪型は・・・。

「・・・レオ将軍?」
「君は・・・か!」

あ、背後で舌打ちしましたね?フェッカ。

「え?何故此処に??」
「・・・ああ、いや。世界大破壊の際に魔法で此処に跳ばされたんだ。
島の一帯が沈没した事と、魔物が活発に出現するようになったので討伐を請け負っていた。
、君こそどうして此処に?」
「サマサに行こうと思ったのですがどうも地形が変わっているようで座標指定が困難でしたから。
私の祖母の家にテレポで跳んできたんです」

一番鮮明にイメージ出来る場所でしたので。

「成る程。この家は君の祖母のものだったのか。
確かに薬師が元々住んでいたようには聞いていたが・・・すまない。今は私が間借りしている」
「そうだったんですね」

漸く謎が解けました。
急にレオ将軍が入ってきたので何事かと思いましたが。
・・・あ、いえ。あちらからすれば私が急に現れたのですからもっと驚かれたのでしょうけれども。

「あまり家の物には手をつけないようにはしているのだが・・・」
「使える物は使っていただいた方が良いと思いますよ。
道具は使われなければそのままダメになってしまいますから」
「そうか。そう言って貰えると助かる」

安堵したように微笑むレオ将軍に私も笑みを向けます。

「家も、誰かが使わなければ朽ちてしまいますしね。
・・・ありがとうございます」

触らないように。とは言え最低限は手入れをしてくださっているのでしょう。
前に来た時・・まぁ、慌ただしかったのであまりよく見れませんでしたが。
あの時よりも部屋の雰囲気が明るくなったように思います。レオ将軍が使ってくださったからですね。

「急ぎでないなら茶でも淹れよう。
私は未だにこの村の外には出ていないから、情勢を聞かせてくれると助かる」
「分かりました。ありがとうございます、レオ将軍」

お礼に、レオ将軍は一度動きを止めてしまわれて・・・あら?どうされたのでしょうか?

「・・・・・・私の事はレオで良い。もう帝国もベクタも無くなってしまった。
そもそもガストラ皇帝に刃を向けてしまった時点で、私はただの反逆者だ」
『何が反逆者か。主君の暴走を止めるどころか疑う事も出来ない駒の癖に。
忠言の1つも浮かばない者が忠義だ反逆だと口にしないでいただきたい』
「フェッカ」

そんな言い方をしてはいけません。
と言うか、流石のレオ将軍・・・レオさんも今ので気付いたのでは無いですか?
瞠目したレオさんは、信じられないと言いたげな表情のままフェッカを指差します。

「まさか・・・その声、物言いは・・ケフカ、なのか?」

ふいとそっぽを向いてますが、誤魔化せませんからね?

「ケフカ。自ら暴露してるんですからちゃんとお話ししてください」
『・・・・・・分かりました。すみません、
コイツのジメジメとした泣き言を聞いていたらつい苛々してしまいました。
気を遣っていただいていたのに台無しにしてしまい申し訳ない』

私に対して深く頭を下げると、居ずまいを正したケフカは改めてレオさんへと視線を向けます。

「本当にケフカなのだな」
『ええ、そうですよ。
力を欲して狂った挙げ句に世界破壊の一端を担った元帝国人造魔導士ケフカ・パラッツォです。
まぁ・・現在はその魂のひと欠片ですがね』
「何でそんなに卑屈なんですか」

その自己紹介の仕方。
“真実を述べた迄ですよ”と仰いますが・・・いやそれにしても言葉選びが。

「世界破壊を止められなかったのは私とて同罪。
お前が気に病む事ではないだろう。それに・・・あの時、確かに助けられたしな」
『助けたのではありません。
目の前の邪魔なものを蹴飛ばしただけですよ』
「・・・・・・ああ。そうだな」

ふと口元に笑みを浮かべるレオさんに、ケフカはあからさまに舌打ちをしました。

『ほら。茶でも淹れるのでしょう?
を待たせないでください』
「あ、私の事はお気にせず・・・」
「ああ、そうだったな。すまない、淹れてこよう」

言いながらレオさんはキッチンへと向かってしまいましたが・・・。
そんなに大きなため息を吐かなくても良いのではないですか?ケフカ。



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