鳥篭の夢

大災害の後/4



「すまない。遅くなったな」
「いえ。ありがとうございます」

何処か落ち着きのないケフカを横目で眺めながら待っていれば、慣れない手付きでレオさんがティーセットを持ってきてくださいました。
淹れてくださったお茶に口をつけて一息つきます。

「知りたいのは世界情勢、ですよね。
見聞きした分を含めて、私の知っている範囲になりますが宜しいですか?」
「ああ。勿論だ」

言葉に私は1つ頷くと、サウスフィガロで得た情報と、此処までに辿り着くまでに得た情報を組み立てて話していきます。
世界の被害状況。死者、行方不明者。作物不良による食料問題。
今まで見た事の無い魔物の出現。また一部の場所では犯罪も横行し始めている事。
それからベクタや周辺の建物は全て瓦礫と化して、塔のような建造物・・・と、呼ぶべきか。
とにかく、そこにはガストラが居を構えて上空から反逆者を探しだし、武力で粛清している事。
一通り話終えると、聞いていたレオさんは静かに深いため息を吐きました。

「成る程な。前もって帝国の件は此処の村人から情報を得ていたが・・・。
改めて事実として突きつけられるも堪えるものがある。
どうやら世界はかなり混乱した状況にあるようだな」
「そうですね。多くの人々が困窮した状況に追いやられているのは事実です。
強い魔導の力が世界に広がった事によって魔物の凶暴化もみられるようですし」
「そうか。何か力になれる事があれば良いのだが。
生憎、今の私では役に立つ事など出来ないだろう」

そうですか?その剣技があれば充分な気がするのですが。

『おや、珍しいではないですか。
“正義のレオ将軍”が世界の困窮を放置されるのですか?』
「あまり茶化さないでくれ。私とて悩みはする。
忠誠を誓っていたガストラ皇帝に騙され、離反し、世界は壊れ・・・守るべき故郷も民も失った。
帝国への忠義が全てだった故に、唐突にこのような事態になり感情が追いつかないのだ」

僅かな苦笑。あの日からずっとこのように悩まれていたのかもしれません。

『だが貴方はあの時ガストラに反旗を翻した筈だ。
貴方はガストラに騙されていた。それは紛れもない事実でしょう。
強大な力を追い求めただけのその建前を信じ、それらしい甘言を盲信し、世界統一・世界平和の為と多くの命を屠ってきた。
それも紛れもない事実です。
今更、滅びた祖国を想って感情が追いつかないなどと感傷に浸っている場合ですか?』
「分かってはいるのだ・・!私のした事は到底許されるべき事ではない。
忠臣としてガストラ皇帝を諌める事も出来ず、罪無き幻獣達が犠牲になる片棒を担ぎ、戦で多くの部下達が・・そしてか弱き民が死に行く事すら黙認してきた。
それでも私は・・っ。世界が統一されれば平和な時代が訪れると・・・そうなるのだと信じていたのだ」

ですが、結果として過ぎたる力を追い求めたガストラは世界を滅ぼしました。
その切っ掛けがケフカにあるのだとしても、それを許容し世界の修復には力を使っていませんしね。
そして今も尚、恐怖で人心を掌握し、支配しています。

「私は何を信じれば良い?何を守れば良いのだ?
祖国の為だけに剣を握っていたというのに・・・・何もかもを亡くしてしまった」

頭を抱えてしまったレオさんに、声をかけようと口を開いた瞬間。

『相変わらず、甘っちょろい考えだ』

ケフカの冷たい声が響きました。

『いや、驚く程面白味の無い答え・・・・と言えば良いでしょうかね。
貴方が救いたいものは“帝国”の民だけなんですか?帝国そのものが消えれば何の意味も無いと?
とんだ選民思想で驚きましたよ。全く、笑い話にもならない』
「ケフカ・・・」
『“正義のレオ将軍”であれば、今生きている全ての民を救いたい・・等と、反吐の出るような言葉でも吐き出すのかと思いましたが・・・・・・拍子抜けしましたね。
必要な民だけを守るのであれば、さしてガストラと変わらないでは無いですか。
仮に故郷を失ったとして───残された人々は未だこの世界に生きているというのに』

あら。ケフカがそんな事を言うなんて意外でしたから・・・流石に少し驚きました。
レオさんと共に同じような顔でケフカを見ていたからでしょうか。

『何か反応ぐらいしたらどうですか!』

と、怒られてしまいましたが。
でもその言葉でまるで時が動き出したように、レオさんはふと口元に笑みを浮かべました。

「そうか。そうだな・・・・・。
生まれ育った祖国が潰えたとして、私には救いたい民がいる。救うべき人々がいる。
忠誠を誓う帝国は無くなったが・・・・それでも・・・・・・」

己の掌を見つめて、それから強く握りしめます。
決意の瞳。先程までとは違う、未来を見据えるような・・・そんな表情。

「それでも守るべきものがあるならば今一度、私は剣を取ろう。
例えそれを向けるべき相手が・・・・・唯一、忠誠を誓った方だとしても。
そして今更であれど、主の間違えた道を諌める。
これが臣下として仕えていた私に出来る、最後の忠義だろう」
「レオさん・・・」
『ふん。少しはマシな顔になったようですね』

吐き捨てるような言葉ですが・・・ふふ、素直じゃないですね?ケフカ。

「ああ。お前のおかげだ、ケフカ。
───。不躾な頼みになるが・・・。
もしガストラ皇帝の元へと赴くのであれば、私も連れていっては貰えないだろうか?」
「勿論、構いません。
私達としてもガストラを放置しておく訳にはいきませんから。
レオさんがご一緒してくださればとても心強いです」

戦力としても申し分ないかと。

『まぁ、魔力の欠片しかない私に比べればレオの戦力の方がアテに出来るでしょうしね』
「拗ねないでくださいよ、ケフカ。急にどうしたんですか?」
『いえ。それに今の私は“フェッカ”ですから』
「もう。本当に卑屈なんですから」

魔力の欠片しかないのはカーバンクルが貴方に魔力を分けていないからですし。
多分それも何か考えがあっての事でしょうから、そんなに拗ねなくても良いと思いますけれど。

「気になっていたのだが、その“フェッカ”というのは?」
『“ケフカ”として存在するには・・・私は多くのものを奪ってきたという事ですよ。
あれだけの屍の山を築き上げた私が尚も存在するなどと・・・到底、赦される事では無いでしょう?
狂っていた。正常な精神状況では無かった。判断能力が鈍っていた。
そんな理由でこの罪を無かった事になど出来る筈もないし、してはいけませんからね』
「まぁまぁ。
・・・・・でも、だからこそ貴方はその罪を贖おうとしているのでしょう?」

ですからカーバンクルも、その意思を尊重したのでしょうし。

『ええ。自分という存在が幾度死んでも、ガストラへ不毛に特攻しようと。
仮に世界を元に戻せたとしても・・全ての罪を贖う事は不可能ですがね』
「やると決めたのですから泣き言は無しですよ、ケフカ」
『分かっていますよ』

ふいと顔を背けるケフカに、レオさんは僅かに考えるような仕種をして・・・・。

「・・・・・なかなか難儀な性格をしていたのだな、お前は」
『貴方までそう言うこと言わないでくれますか!?
寧ろ、貴方に言われるととてつもなく腹が立つのですが』
「誰が見てもそういう性格に見えると言う事では?」
まで・・・・・・あぁ、もうっ!!』

大きく翼を広げて幾度か羽ばたくと、ケフカは憤慨した様子で家を出て行ってしまいました。
ふふ。つい揶揄いすぎてしまいましたかね?
思い詰めすぎたところで物事は上手く行きませんから。ほんの少し前の私と同じです。
最善の結果を出す為にも・・・・少しだけ肩の力を抜く事も大切でしょう。

「それで、これからの予定はどうするつもりだ?」
「村長さん達の無事の確認と・・・リルム達がどうしているのか知りたかったのですけれど。
村に戻っている様子はありましたか?」
「いや・・・私は見ていないな。
あのメンバーの中でこの村に着いたのは私だけだ」
「そうですか・・・」

てっきり私の事ですからお2人はサマサに跳ばしたかと思いましたが。
でもレオさんがサマサにいる辺り、被害の少ない土地に皆さんをランダムで跳ばした・・という方が正解なのかもしれません。
これは厄介ですね。
リルムはまだ小さいですから・・・・・無事でいれば良いのですけれど。

「少しだけ村の皆さんにご挨拶だけさせてください。
それからテレポで次の場所に跳びましょう」
「分かった。ではそれ迄に私も準備を終わらせておくとしよう」
「はい。よろしくお願いしますね」

言葉に頷いて私も村を見て回ります。
村長さんにお話を聞きに行けば、リルム達がいない事以外は軽微な被害しか無かったようですね。
被害も建物が少々損壊した程度で、負傷者は出ていないのだとか。
西の山や周辺の土地がほとんど沈んでしまったらしくて・・・確かに村から見える景色は様変わりしてしまいましたが。それでも皆さんがご無事で本当に良かった。
今回は様子見だけしに来た事、またリルム達を見つけて改めて訪ねるとお約束をして村長さんのお宅を出ようとして・・・・・・あら、レオさん?

「世話になったので、挨拶をと思ってな。
───これまで余所者である私を村に迎え入れて頂き、またとても良くして頂き感謝する。
私はこれから己の目的の為にと村を出るつもりだ」
「そうか。こちらこそ、貴方には充分に世話になった。
是非また達と共に遊びにきてくれ」
「ああ、ありがとう」

固く握手を交わしたお2人は、笑顔で別れました。
凄いです。外からの人には特段厳しい村長さんと、あんなにも親しくされてるなんて。
感心しながら家を出れば、漸く気持ちが落ち着いたケフカ・・いえ、フェッカと合流し、私達はテレポで次なる場所へと跳んだのでした。


「しかし・・トントン拍子で皆さんに出会えたかと思えば、また急にご縁が途切れてしまいましたね」
『そもそもあんな一気に遭遇した事が奇跡でしょうから。
荒廃したとはいえ、世界は広い。そう簡単に見つからない方が普通でしょう』

ですよね。
あれから一度アルブルグに戻り、レオさんが件の建造物を見たいと仰ったので、瓦礫が重なったようにしか見えない塔を横切りながらツェンへ。
それからあちこち見て回りたいとの事なので徒歩でニケアへとやってきましたが・・・。
さて。これからどうしますかね?一度サウスフィガロに戻っても良いですけれど。

「ニケアは活気があるのだな。
その前に立ち寄った村は、まるで廃墟のようだったが・・・」
「場所によりけりですね。ニケアは港町ですし、復興も早かったと聞いています」

被害も軽かったようですからサウスフィガロと同じですね。
流石にお昼時ですから。と、色々と懐かしい酒場を訪ねます。
お腹も空きましたし、昼食がてら今後の話し合いでも。
注文して運ばれてきた料理を頂きながら他愛ない話をしていれば、不意にレオさんは気付いたと言わんばかりに“そういえば・・・”と、口を開きました。

「ニケアからだとサウスフィガロへの定期船があったか。
まだ繋がっているのか?」
「はい、私は元々そこから来ましたから。
今度はフィガロ城方面や、ナルシェを見ても良いかもしれませんね」

別方向に探していけばまた新しいご縁があるかもしれませんし。
その方向性で話を進めていこうかという流れになった所で、唐突にボロボロの男性4人組がまるで雪崩れ込むように酒場へと入りました。
テーブル席の一角を陣取ると料理を注文し、それからその内のお1人が大きく息を吐きます。

「いやー、それにしても危なかったな」
「本当だよ。もし大ミミズの穴がなけりゃ、俺達もフィガロの地下でお陀仏だったぜ」
「お頭・・・俺達を逃がす為に・・・・・・ううっ」
「泣くなって!だから今度こそフィガロ城のお宝を盗るんだろ?!
それがお頭の弔いになるってこった!」


フィガロ・・・地下・・・・宝・・?
流石にこれは引っ掛かる単語ですね。詳しい話を伺おうと立ち上がって───。

「おや、麗しいレディ。どうしたんだい?そんなに慌てて」

ローブを被った男性に、謎の言葉をかけられました。
あ、いえ。その声、その言葉のチョイスは・・・・・・っ。
名前をお呼びしようとすれば、彼はそっと人差し指を私の口に当てて“静かに”と示します。

だろう?流石にレオ将軍と共にいれば目立つというものだ」

ローブから覗くその蜂蜜色の髪と、喜色が滲む鮮やかな青の瞳。
浮かべられた柔らかな笑みは最後にお会いした時と変わりありません。ああ、お久しぶりですね。
ただ、彼も私もローブを被ってますから傍目にはなかなか怪しいでしょうが。

「少し話がある。2人共ついてきてくれるかい?」
「はい。勿論です」
「当然、私も構わない」

“こっちだ”と先導する彼の後を、私達はついていくのでした。



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