鳥篭の夢

集う縁・Ⅰ/砂漠の王2



翌日。出港迄に時間があるからと必要な物の買い出しをエドガーさんと分担した訳ですが・・・。

「んん、やはりニケア。このご時世になんて良いハーブを・・・」

また買ってしまいました。前回も必要ないのに購入してしまったと言うのに・・・っ!
いえ。使います、使いますよ!正直、後悔は一切してないのですが荷物を増やしてしまいました。


「きゃっ」

ん?小さな悲鳴。近くを歩いていた女性が男性にぶつかられて身体がよろめく姿。
軽く歩幅を広げて側に行くと、その身体を支えました。

「・・・・・・っと。
大丈夫だった?怪我は・・・してなさそうかな。
此処は人通りが多いから気を付けないとね」
「あ、ありがとうございます」
「ううん。じゃ、私これから用事があるから」

バイバイ、と。暢気に笑って見せて女性から離れます。
怪我も無さそうでしたからこれ以上の干渉は必要ないでしょうし。さて、私もそろそろ───。


・・・?」


まるで耳に馴染むような、覚えのある声。
呼ばれたソレについ視線を向けて・・・まず目に飛び込んで来たのは蜂蜜色と鮮やかな青。
エドガーさんとは違う鍛え上げられたその体躯が視界に入って、思わず微笑みました。

「マ───」
「あ!ジェラド姐さーん」

“ジェラド”と呼ばれて、反射的に口を閉じてそちらへと顔を向けます。
そうでした、今の私はジェラドなのでした。
人懐こいその笑顔は・・ああ。昨日泣いてらっしゃった人ですね。
そう言えば皆さんのお名前を伺ってませんでしたが・・・いえ、無理に聞く事もないでしょう。

「どうしたの?」
「いや、あの。サウスフィガロに着いたら雑貨屋に寄らせて欲しいんすよ!
最低限の道具はこっちで揃ったんすけど、やっぱナマモノは現地で揃えねぇと悪くなるんす」
「何買うか知らないけど、そんなに時間がかからないなら良いんじゃない?
お兄ちゃんには私から言っておいたげるね」
「すんません、頼みます!
姐さんが言ってくれたらボスも了解してくれるっすよー」

ああ、それが狙いでしたね?直々には言いにくい・・・みたいな。
まぁ必要な物でしたらエドガーさんも駄目とは言わないのですけれど。

「あの、・・・?」

マッシュの隣にいらっしゃるセリスさんの呼ぶ声。セリスさんがご無事なのも本当に嬉しいです。
出来れば再開の喜びを分かち合いたいのに・・・タイミングが、本当に惜しいです!

「姐さんの知り合いっすか?」
「さあ?そもそも名前違うし、人違いじゃない?」
「はー。大変っすね。あ、そしたら俺が追い払って・・・」
「はいはい。行く前から余計な事しないの。それこそお兄ちゃんが怒ると思うなー?
ほら、私まだ買い出し終わってないんだから先に船まで行っててねー」
「アイサー!じゃあ一足先に待ってるっす!」

いってらっしゃーい、なんて見送って。お2人に話しかけられる前に猛ダッシュします。
背後から“え、ちょっと!?!!”とか、“何があったんだ??”とか、大笑いするカーバンクルの声が響きますが、それはさておき。
市場の中を巡って、やはり多少違和感のある鈍い銀髪を見つけるとそちらへと駆け寄りました。

「ジェフお兄ちゃん!」
「どうした?ジェラド。そんなに慌てて・・・」
「私を違う名前で呼ぶ金髪の男女2人組に絡まれそうになったから逃げてきたの。
もう、人違いで絡まれるとか最悪なんだけど」

それだけ情報を出したからか理解してくださったのでしょう。
僅かに思案するような表情を見せた後、一度ため息を落としました。

「そうか。これ以上、絡んでくるなら何とかしないといけないな」
「だよねぇ」

フェッカかレオさんが気付いて事情を話してくだされば良いのですけれど。
折角マッシュとお会い出来たのに、ちゃんとご挨拶もしませんでしたし・・・。

「あまり気落ちするなよ」
「大丈夫。でも、ありがとね。お兄ちゃん」

気遣いは純粋に嬉しいですから。お互いに笑みを見せて、残りの買い出しを終わらせます。
そろそろ出港の時間が近付いて来ましたね。港に行かないと・・・・・・と?
離れた場所で、まるで何かを探すようなセリスさんとその後ろを焦るでもなくついて行くマッシュ達の姿を見かけました。どうかされたんでしょうか?
私の場所を知っていたように視線を向けたカーバンクルに小さく手を振れば、嬉しそうな笑顔。
何だか私の髪と目の色に似た色彩になってますが、カーバンクルもお元気そうで良かったです。

「ん?・・・・・・ああ、あいつらか」
「うん」
「ふむ。しかし生憎だが、丁度時間が無いな」
「だよねぇ」

取り急ぎ港へと向かおうと足を向けると、慌てる足音が近付いて来ました。

「待って!」

セリスさんの声。

「お願い、待って・・・・・・っ!
・・・て、え?・・・・・・も、もしかしてそっちはエドガーじゃない?」
「何を訳の分からない事を・・・行くぞ、ジェラド」
「はーい、お兄ちゃん」

とは言え、こんな往来で応じる訳にもいきませんし。
エドガーさんは一度肩を竦めると、私へと視線を向けて歩きだしました。
だから笑わないでくださいね?カーバンクル。

「ねぇ、エドガー!!」
「そんな奴らは知らないな。
俺達はこれからフィガロ行きの船に乗るのに忙しいんだ」
「惚けないでよ、エドガー!・・・・・・それとも、記憶を無くしたの?
ううん、でもも一緒にいるもの。違うんでしょう?!
何だか喋り方もおかしいし・・・ねぇ、一体どうしちゃったの?」

私達の進路を妨げるようにしてセリスさんが前へと出ます。
足を止めますが・・・ううん、流石にこの状況下では困りましたね。

「お兄ちゃん、美人のお姉さんだからって誰彼構わずナンパしたら駄目だってば」
「ふむ、生憎とこんな美人に声をかけたなら忘れないんだがな。
残念だが人違いだ。俺は生まれた時から荒くれもののジェフって名さ、レディ」

あ。それは───。

「・・・・・レディ、なんて言うのはエドガー“さん”だけよ」

ですよねぇ。
嫌みたっぷりに笑うお姿に一瞬の動揺を見せてからエドガーさんは人差し指を左右に振りました。
それもエドガーさんの癖ですよね?さて。ワザとなのかは私には分かりませんが・・・・。

「レディに優しくってのは世界の常識なんだよ」

流石にその言い訳は苦しいかな、って思いますけれど。
いえいえ、暗に“自分達は仲間だけれど今は明かせない”という意味なのかもしれないですし?

「ほら。皆の事を待たせてるし、早く行こ!お兄ちゃん」
「そうだな」

するりとセリスさんの脇を抜けて、私達は港へと急ぎました。
いや、どちらにせよ出港時間ですし。時間が無いのは本当ですからね。
お2人には是非とも追ってきてくださると助かりますが・・・・。

船へ乗り込み、船長さんへ船を出して貰うように指示を出します。
それから出港迄の間にエドガーさんが話をしている横で周囲へと気配を張り巡らせて・・・重たい足音が2つ。軽いものが1つ。慌てていたのか割と大きな物音でしたね。
まぁ皆さん盛り上がってますし、だからこそ大丈夫だとの判断かもしれませんが。
・・・・・無事に合流して乗り込めた、と認識して良いでしょうか?是非、説明もお願いしたいですが。
あ。フェッカ・・・・・・あの方の説明、大丈夫ですかね?
レオさんだとケフカと呼んでしまいそうですし。ちょっと不安になってきました。

「百面相だな、ジェラド」
「私にだって心配事位あるよー」
「そうか」

ポンポンと軽く頭を叩くように撫でるそれは、心配するな・・と言っているようで。
そうですね。此処で心配しても防げる事でもありませんしね。
苦笑しながら、それでも私は淀んだ海を眺める位の事しか出来ないでいるのでした。

そうして結局は言い出せないまま、私達はサウスフィガロへ到着。
盗賊さんの1人が先に頼んでいましたから少々の買い出し時間がありましたが・・・完了次第、私達はすぐにサウスフィガロを発ちました。
前にサウスフィガロにいた時は町から出る事が無かったので気付きませんでしたが、此処はフィガロ領しか残ってないんですね。
サウスフィガロと洞窟、砂漠だけが存在する島。
話を聞く限り、ナルシェは存在するらしいですが大災害の際に分断されたのだとか。

そんな地殻変動の影響なのでしょうか。
洞窟内の魔物も今まで生息していたものとは違い、凶暴で強いものが多く出現しました。

「全く・・・これ全部ガストラって皇帝の仕業とはな」
「俺達はあの日はフィガロ城にいたっすけど・・・。
世界をこんなにしちまえるなんて、まるで神様みたいっすよね」
「神様ねぇ」

こんなにも世界を破壊するだけの神とは、なんと傍迷惑な事でしょうか。

「ふん、そんな神とやらに無事をお祈りしてる暇なんかないだろ?
俺達はさっさとお宝でもぶんどって派手にやりゃあ良い」
「そっすね、ボス!!」
「・・・・・・と、此処か」

本来ならフィガロの砂漠に続く出入り口がある箇所は、崖崩れで埋もれてしまってますね。
このままであれば行き止まりで引き返さなければなりませんけれど・・・・。

「さ。どうする?」
「此処は俺に任せてくださいっす!サウスフィガロで買ったこいつを・・・と。
よ~し、よしよし。カメちゃん、エサだよー」

お団子状態になっている物を水辺にいる巨大亀に見せれば、ゆっくりとした動きでこちらに向かってきます。
なるほど、亀の餌。確かにナマ物ですからこちらで購入するべきですね。
餌で引き寄せて、それを亀が食べている隙に盗賊の1人が亀の甲羅を踏んで奥の横穴へと入っていきました。あそこが噂のミミズの巣穴ですか。

「やるな」
「俺、昔カメ飼ってたんっす」

そんな子供みたいな笑顔をされると、なぜ盗賊になる道を選んでしまったのかとても疑問ですが。
・・・・・・いえ、人生なんてそんなものなのかもしれません。

「おいで、ジェラド」
「ぇ?ひゃっ!?」

エドガーさんに手招きされたかと思えば唐突に横抱きにされ、そのまま亀を踏み越えていきます。
洞窟内に入るとすぐに降ろしてくださいましたが・・・。

「自分でも跳べるんだけど!」
「何、兄の特権というやつだよ」
「本当に仲良いっすねー、お2人は」

そんな和やかな空気で眺めないでくださいっ!

「ほら。不貞腐れてないで行くぞ、可愛い妹よ」
「原因はお兄ちゃんだけどね!」

人をからかわないでくださいよ。もう・・・。

「此処を抜けりゃあもうフィガロの地下ですぜ!」
「・・・分かった。お前達は先行して城内へ突入しろ」
「「「「アイサー!」」」」

薄暗い城内へと出たと同時に、エドガーさんは鍵のかかった鉄格子を思い切り蹴り飛ばします。
蹴り・・・ひぇ、凄いんですね、脚力。吹っ飛んでいってしまいました。
とにかくと突入して一番に、城内の空気が非常に薄いのだと理解します。
ほとんど換気や空気の循環が出来ていないのでしょう。
長時間こんな状況では本当に皆さんが死んでしまいかねません。

「大丈夫か?もうすぐの辛抱だ」
「エ、ドガー・・・さま?」

倒れている兵士さんに声をかければ、彼は薄く瞼を開きました。
途切れさせながら問う言葉に、ふとエドガーさんは笑みを見せます。
危ないですね。気休め程度ですがケアルをかけておきましょう。

「急ごう、お兄ちゃん!」
「ああ。そうだな」

早く原因を突き止めなければいけませんしね!
盗賊さん達に追いつくと、そのまま地下へと降りていきます。

「俺が調べた情報が正しければ、この最下部に機関室があり最奥に宝物庫がある筈だ」
「おおー、やっとお宝だねー」

私達としては、その動力部を直す事が最大の目的になりますが・・・。
大丈夫でしょうか?エドガーさんがいるとは言え、私は機械関係は全くの素人なのですけれど。
階段をかけ降りて奥の通路を走り抜けます。
その先の扉を開けて・・・広がる光景に、背筋にゾワリとした嫌な感覚が這い上がりました。

「こいつが・・・絡まっていたせいか・・・・・・」

黄色い触手が動力に絡みながら蠢く姿に、純粋な生理的嫌悪。
コイツのせいでフィガロ城が故障したんですね。

「ボス!どうしやす?ボスの話だと宝があるのはこの奥でっせ!」
「俺達が食い止めている間にお前らが・・・・!」
「ボス!危険ですぜ!」
「いくら姐さんと2人でも、この数じゃ・・・っ!」
「良いから行け!」

鋭い声に、皆さんは黙ってしまいます。

「大丈夫だよ!お兄ちゃんが強いの知ってるでしょ。
それより宝物の見逃し無いようにしてよね?」
「ジェラド姐さん・・・」
「こんな狭いとこで大勢いる方が邪魔だ。分かったな」
「ア・・・アイサー!皆、行くぞ!」

慌てるように奥の部屋へと駆け込む皆さんを見送って・・・暫くは出てこないでしょう。うん。
エドガーさんは毎度何処にしまっていたのかも分からない機械達を取り出します。

「エドガー!!!」

物陰に隠れていたのでしょうセリスさん達が出てくると、エドガーさんは笑みを向けました。

「何ボケッと突っ立ってる!!セリス、皆も手伝ってくれよ!」
「何という変わり身の早さですか、エドガーさん」

相当つれない態度をとりましたよね?お互いにですが。

「それは仕方ない。此方としても事情があるからな」
「ふふ・・・良かった。何時もの2人で安心したわ」
「感動の再会は後にとっとけよ、セリス!
今はこいつらをぶっ飛ばすのが先だぜ!!」

言いながらマッシュが先行して爪で触手を切り払います。やはり頼もしいですね。
エドガーさんのオートボウガンも確実に触手を射抜き、私達も剣で応戦します。
・・・とはいえ数がなかなか多いですから、何とかしたいですが。

『魔法ぶっ放しゃ良いんじゃねーの?サンダガとか、ファイガとか』
「それだと動力部にもダメージが通るのでは?」
「そうだな、流石に完全に壊れてしまってはこちらが困る。
それ以外の方法で攻撃してくれないか?」
『はー。成る程なー。面倒くせー』

こらこら。そこは面倒臭がる場面ではありませんからね?
動力部が完全に壊れてしまっては私達も危険に晒されますし。

「とは言え、このままでは埒があかないな。
弱めの衝撃波で一度吹き飛ばすぞ・・・!」

レオさんが素早く剣を構えると、それを周囲一帯に放ちました。
鋭い剣圧から放たれた広範囲に及ぶ衝撃波は、動力部にへばりついた触手達を剥がしていきます。
びたびた。と、特徴的な音を立てて吹っ飛んだ触手達が地面に落ちていきますが・・・うぇ。見ていて気持ちの良いものではありませんね。

「流石レオ将軍!これなら魔法も使える・・・っ。
やるわよ、!」
「はい!」

一気に魔導の力を練り上げて触手達へと手を向けます。

「サンダラ!」
「ブリザラ!」

魔法を全体掛けで使えば・・まぁ、殆んどは倒せましたかね。
一部残っていましたが、それもエドガーさんの回転ノコギリとマッシュのオーラキャノンという名の追撃で塵と化しました。
ええ、過剰表現ではなくて本当に。

「レオさんの衝撃波のおかげで無事に倒せました、ありがとうございます」
「いや。機械を傷付けないよう引き剥がす程度の威力にしたからな。
大した事ではない。倒したのは君達の力だろう」
「レオ将軍・・・相変わらずね」

くすくすと笑うセリスさんに私達も笑みを向けます。
見ればエドガーさんとマッシュが動力部のチェックと、再起動を行っているようですね。
暫くすると城全体が一度大きく揺れて無事に直ったのだと分かります。

「ふぅ。やれやれだな」
「おう。これで何とかなったな。
いやー、流石に洞窟から城に出た時はビックリしたぜ」

“何事かと思ったよなー”と、マッシュは笑います。
と。不意にエドガーさんが奥の扉へと視線を向けました。

「・・・おっと、まずい。隠れろ!」

言葉に思わず各々扉から死角になる場所へ隠れます。
ほぼその直後というタイミングで皆さんが出てきましたからセーフですかね。

「ボス!ジェラド姐さん!!・・・・・・あれ?」
「2人共、どこ行ったっすか!!?」

不安そうな声。お互いが見えない位置にいますから声しか分かりませんが。
ジャラジャラ金属がこすれる音がしますから宝物を手に入れる事は出来たのでしょう。

「もしや、あの怪物にやられて・・・・・・」
「そんなっ!!うう・・・っボス、姐さんっ!!」
「短い間のボスと姐さんだったけど・・・優しい良い人達だったな。
・・・・・・行こうか。また魔物に襲われたりなんかしたらボス達に怒られちまう」

あー。また泣いてらっしゃるんですかね?
しんみりした雰囲気は感じられて、思わず苦笑してしまいますけれど。
数日間のお付き合いでしたのに・・・・・・本当に性根は悪くないんですよね。勿体無い事です。
足音が遠ざかり、気配が消えてから私達は漸くと物陰から出てきました。

「あいつ等は放っておいて良いの?宝は・・・?」
「宝など何の価値もない。本当に価値あるものは手に入ったからな。
それより本当の悪はガストラだ・・・決してあのまま放置しておく訳には行かない」
「そうですね。何とかしなければ・・・」

この世界を放っておく訳にはいきませんから。

「一緒に行くだろ?兄貴。
また派手にやらかそうぜ!」
「ああ」

朗らかに笑うマッシュにエドガーさんも笑みを向けて。
まだ城内の皆さんの安否確認は出来ていませんが、一応は解決でしょう。
先程までとは違って弛緩した空気に、私は1つ息を吐き出すのでした。



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