鳥篭の夢

集う縁・Ⅱ/蘇る翼1



数日後。フィガロ城のメンテナンスも無事に終了し、エドガーさんが城の皆さんへ諸々の指示を伝え終えてから私達はコーリンゲンへと赴きました。
緑の多い村だったように思いますが・・・あの大災害の所為でしょうか?
褪せた緑の草木には花も咲いておらず、村の方々の雰囲気も明るいとは言えませんね。

・・・と。我々が落ち込んではいられません。
とにかくと情報収集する事になり、マッシュとエドガーさん、私とレオさんとセリスさんに分かれる事になりました。
フェッカとカーバンクルはそれぞれにいなくなりましたが・・・まぁ、あの子達は大丈夫でしょう。


「やっぱり良い話なんてのは聞けないわね」
「それは仕方のない事だろう。
特に土壌の変質はどの町でも深刻な問題になっているようだしな」
「魔物の大量発生もですね」

植物が育たなくなった。ナルシェは魔物だらけになってしまった。
そんな話ばかりが飛び交っていて少し気落ちしてしまうお気持ちは分かりますけれどね。
今までも幾つか魔物に襲われて無人になった村を見ましたが・・・まさかナルシェ迄とは。
確か、ナルシェにはモーグリの巣がありましたか。無事だと良いのですが。

「早く世界を取り戻さなくちゃいけないわ」
「ああ。この世界の有り様は許容されるべきではないからな」
「でも問題はやはりあの塔への侵入けぃ───」

「お。どうやら間に合ったみたいだな」

背後から唐突に響く声。振り返れば風に靡く銀髪と傷痕だらけのお顔が視界に入りました。
その瞳はあの時にお会いしたよりもずっと覇気を感じられます。

「セッツァーさん!?」

どうして此処に!?
唖然とする私にニヤリと一度笑ってみせると、私の頬を優しく撫でました。

「久しぶりだな、
まだあのガラクタの山には乗り込んでないようで何よりだ」
「ええと、大口を叩いておきながら大変お恥ずかしいですが・・・。
まだまだ実力も伴いませんし、あの塔への侵入経路も見つかっていなくて」
「だろうな。あれは地上から行くのは無理だぜ」

ご存知という事はセッツァーさんも見に行かれたのでしょうか?
私の頬から手を離すと今度はセリスさん達へと顔を向けました。

「セリスに・・・・・・レオ、だったか。
お前らも久しぶりだな」
「セッツァー・・よね?やっぱりセッツァーだわ!!
良かった!!無事だったのねっ!」
「ああ。ちょっとの間、腐ってたがな。
を見て、やる気出して此処まで来たってトコさ。
確かに俺は夢を失ったし、相棒だって無くしちまった。
だが夢を取り戻すなんてこたぁ他人に押し付けるもんじゃねぇだろ?」
「セッツァーさん・・・」

きっとまだ立ち直れた訳ではないでしょうに・・・。
それでもまた立ち上がってきてくださったんですね。

「あら。何を言ってるの?セッツァー。
こんな世界だからこそもう一度夢を追うんでしょう?世界を取り戻す夢を・・・!」

セリスさんの自信満々のような表情と言葉。
それにセッツァーさんはキョトンとしたお顔をされた後で噴き出すように笑いました。

「強くなったのだな、セリスは」
「勿論よ。そうでもなきゃやってらんないわ」

流石セリスさんです。私では思い至らないその言葉は・・・ええ、きっとセッツァーさんを立ち直らせるに足る力があったのでしょう。
暫く笑っていたセッツァーさんは、一度長く息を吐くとその長い髪を掻き上げました。

「ふふ・・・・・・良いな、それ。セリスの言う通りだぜ。
付き合ってくれるか?俺の夢に・・・」
「当たり前でしょ?」
「ああ」
「勿論。ご一緒させてください」

迷わず肯定する私達に笑みを深めると、セッツァーさんは一度僅かに俯きました。
それから顔を上げてその長いコートの裾を翻します。

「ありがとな。・・・行こうか・・・・ダリルの墓へ」

・・・・・・お墓、ですか?

「本当は1人でサクッと終わらせてと合流したかったんだが。
どうも土地柄なのか変なのが出てきやがって、なかなか1人で進むのは骨でな。
一体どうしたもんかと悩んでたんだが・・まぁお前らがいれば何とかなるだろう」

先へと歩いていくセッツァーさんの後を追えば、ふと足を止めて振り返りました。
強い決意を宿した瞳。

「・・・・・・蘇らせる・・・もうひとつの翼を!」

もうひとつの翼?セリスさんと私は一度顔を見合わせました。
翼を失った・・・それが飛空艇を失った事になるのでしたら、その件のお墓に飛空艇がある、と。そういう事になるのでしょうか?
それから私達はエドガーさん達やカーバンクル達と合流すると、再会を喜んだ後に先程の事情を説明して早速その墓所を訪れました。
とは言え一見するとただの小高い丘にしか見えませんが。

「前はもうちっと入り口も隠れてたんだがな。
だが大したヤツだ。世界が引っくり返っちまったってのにビクともしちゃいねぇ」

その近くにある隠しスイッチの様なものをセッツァーさんが操作すると、入り口が開かれます。

「おー。スゲー仕掛けだな」
「セッツァーさん、このお墓は・・・」
「俺のダチの墓さ。共に夢を追いかけたあいつのな」
「良かったのか?大切なものなんだろう」

エドガーさんの言葉に、セッツァーさんはどこか遠い記憶を遡るような瞳をしました。
大切なそれを懐かしむような。慈しむような。そんな・・・。

「ああ。雲を抜けた先まで続く瓦礫の塔に乗り込むんだ。
・・・・・それなら、アイツがうってつけだろうよ。
それより墓だからって変なのが出るようになっちまったからな。気を付けな」
「変なのって何よ!?」

“ひぇっ”と背筋を震え上がらせるセリスさんにカラカラ笑いながら、セッツァーさんは先にその中へと入って行ってしまわれました。
ヒヤリとした石造りの室内は僅かにカビ臭さがありますが、崩れているような箇所はありませんね。
カーバンクルが少し出力を上げて光ってくださるおかげで薄暗い室内もよく見えます。

「お前便利だな」
『だろ?お前分かってんなー』

なんてセッツァーさんと笑い合ってますけれど。
多分お2人は気が合うと思います。ええ、何となく雰囲気が似てますから。
・・・と。それは置いておいて。どうやら内部には仕掛けが幾つも施されているようですね。
構造を知り尽くしているらしいセッツァーさんが先導して次々解除してくださってますから、複雑な道も難なく進めていますけれど。
そうですね、問題があるとすれば───。

「またおいでなすったな!」
「さっさとぶっとばしちまうぞ!!」

先程からアンデット系の魔物の類いが出てきている事でしょうか。
多分これがセッツァーさんの仰っていた“変なのが出る”と仰っていたやつですね。
確かに1人でこの数をお相手するのは少々大変かと。
とにかくと、マッシュのオーラキャノンやレイズ系の魔法、聖水を投げつけて撃退していきます。
聖水を多めに確保しておいて良かったです。

「やっぱなら聖水を持ってると思ったぜ」
「“何とかなる”とは、そういう理由でしたか」

いえ。私は流石に作る事は不可能ですよ?聖水は薬品ではありませんからね。
そこから薬品を作る事は出来ますから最近は常備しているだけで。

「ってゆうか、何だってお墓がこんなに広いのよ!」
「確かに結構奥まで進んだよな」
「飛空艇ってのはそれだけで1つの財産になるからな。
墓泥棒なんかに知られたら狙われかねないだろ。だからワザと大掛かりにしてんのさ。
それに・・・あいつの翼を誰かに奪われる訳にはいかねぇしな」

それは大切なご友人だからこそ。
いえ、きっと単純に“友人”だなんて括れないような、きっとそんな想いがあるのでしょう。
・・・・・・と。行き止まりですかね?道を間違えるなんて珍しいのでは。
水路はあるようですが、それと亀くらいしか・・・・・・・・・・・んん?

「亀?」
「亀だ。此処から先はこいつに乗ってくぞ。
普通こんなのに乗るなんて考えないだろ?」

あ、いえ・・・。

「盗賊の方にいらっしゃいましたよね?エドガーさん」
「ああ。つい最近、亀を使って攻略したばかりだな」
「マジか」

マジです。

「とは言え、あの時は踏み台にしただけだが今回は背に乗るという違いはあるか。
初めて見た時は意外性があると思ったが・・・案外動物を慣らすのは有益かも知れないな」
「あー・・・仕方ねぇ。此処の仕掛けはまた考え直すか」

“良い案だと思ったんだが。今はこれで仕方ないか”と呟きながら、セッツァーさんは男性陣にそれぞれ亀の餌を渡していきます。
これで誘き寄せるんですね。

「まさかこんな大所帯になると思わなかったが・・・4往復ってとこか。
余分に準備して正解だな。この種類の亀は臭いに敏感だからこれで往復してくれるだろ」
「4往復・・・」

ですか。でも確かに人数が多いですものね。

「セリスとレオ、俺と、エドガーとマッシュは1人ずつな」
「は!?2人で組むなら俺とが・・・!」
「亀を殺す気か?流石に沈むぞ」
「ぅ・・・」

確かに。1年前とお変わりなければ100キロオーバーですからね。流石に亀も可哀想かと。
寧ろ修行を重ねてもっと筋肉をつけられたのなら、それより重たい可能性もありますよね。
とにかくとセッツァーさんの言葉に項垂れてしまったマッシュの背を優しく撫でて慰めます。
・・・・・・それ位なら良いですよね?嫌そうではないですし。きっと、大丈夫。

「お前らは飛んでんだからそのままついてこいよ」
『おう、任せとけ』

前足を組んで笑うカーバンクルに対して、フェッカはふいと視線を反らしました。

「愛想ねぇなぁ、この鳥。・・・っと、行くか」
「はい。ではお先に待ってますね」
「気を付けてね、
「ふふ、大丈夫ですよ。ありがとうございます、セリスさん」

そこまでバランス感覚が悪いつもりはありませんからね。
何とか二人乗れるだけのサイズの亀に私を前にして乗り込むと、ゆっくりと出発します。

「悪いな、こんなトコまで付き合わせちまって」

暫く進んだ頃合いに、ポツリとセッツァーさんが言葉を落としました。
それに私は振り返ると1つ笑みを向けます。

「いえ。こちらこそ結局セッツァーさん頼みにしてしまってますから。
お手伝い程度ではありますが幾らでもお付き合いしますよ」
「ふっ・・・嬉しい事言ってくれんなぁ」

嬉しそうに笑う声に、私もくすくすと笑いました。
今までのような姿に・・・・・・ええ、少し安心したのもありますね。

「悪かったな。あん時、に背負わせちまっただろ?
だからその荷を貰いに来たんだ。誰かに背負わせるとかカッコ悪いからな」
「そうですか?セッツァーさんは充分格好良いと思いますけれど」

私としては。

「・・・・・・ツレがいんだから、お前はもうちょい言葉に気を付けろよ?」
「え?」
はなー。そういうとこ無自覚だかんなー』
「ど、どういう事です?カーバンクル!」
『どうもこうもねぇだろ』
「ま、それがの良いとこでもあるってやつだな。
とは言え仲間以外に隙を見せるなよ?危なっかしい」
『本当になー』
「ええ!?」

そんなにおかしな事を言いましたか?そして隙だらけなんですか?私!?
呆れた表情で、何だか変な納得のされ方をしてますけれども!!
・・・・・・また修行をし直すべきでしょうか?
悩んでいれば亀が目的地へと到着したようで陸近くで止まりました。
さて、それでは降りま───っ!?

「ほら、隙だらけだろ?」
「小脇に抱えながら言わないでください!
というか、身動きのとれない状況下で背後からなんて卑怯ですっ」
「はっはっは!お姫様抱っこの方が良かったか?」
「そういう話ではありませんよ!」

もう!
でも地面へはそっと降ろしてくださるんですから、優しさが滲み出てらっしゃると言いますか。
しかしこれでも成人しているのですから荷物や子供みたいな扱いは困るのですが。
・・・と。私達を乗せてきた亀はひくひくと鼻を動かすと、元の方角へと戻っていきます。

「な?鼻が良いだろ。
こうやって美味しい臭いにつられて行くって訳だ」
「本当に。でもお腹がいっぱいになってしまったら動かなくなるのでは?」
「今回用意した餌はあの亀の好物だからな。
餌もほんの一口サイズだし、4往復程度ならセーフだろ」

“多分だけどな”と、笑っていますが・・・ギリギリ感が凄いですね。

『分かる。確かに俺もクッキーなら幾らでも入るな』
「・・・カーバンクルはそれしか食べませんよね?」

普通の食事は必要ないと仰ってたのは貴方ですよ。
特に今は魔力で身体を造ってますから、通常の栄養は必要ないのだとか。
私が魔力を込めて作った物は魔力分だけ身になるそうですが・・・。
まぁでもそもそも私の余剰魔力が常に流れ込んでますから無理して摂取する理由もないですしね。

「幻獣ってのは面白いな。
お伽噺に出てくるようなヤツだし何かもっと仰々しいもんを想像してたが・・・・・・」
「まぁ、確かにカーバンクルは面白い子ですけどね」

“幻獣”と括ってしまうのは少し違うような気もしますが。
性格の所為か、長く生きている所為か、お仲間からもどうやら特殊な評価を得ているようですし。
フェッカにちょっかいをかけるあの子を見ながら、私達はつい笑みを浮かべるのでした。



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